死神とダンス
もう何もかもが嫌になってしまった。未経験からプログラマとして育ててくれるというから入社したら、プログラマとは名ばかりのExcelで表を作る毎日で、上司から毎日罵倒され、先輩からはなんでお前みたいなのか入ってきたんだと嫌味を言われる。済みません、済みませんと謝りながら終電間際まで働く日々。
あまりにも毎日詰められるので、退職も考えたが、大学の奨学金の支払いもプログラミングスクールへの支払いもあるので辞められない。
ダメな僕に背を押してくれた彼女からも、最近別れ話を告げられた結果となってしまった。
つくづく、僕の無能さに嫌になった。
ある日、SNSを見ていたら「自殺」タグと共に死神を召喚する方法を解説したリンクが貼られていた。
そうだ。もういいや。自殺しよう。
そう思って、真剣にその召喚方法を試してみた。
なんどか試している内に天井灯が瞬いて、チャイナ服の少女が現れた。あのブログに書かれていたことは本当だったのだ……ってどういうこと? なぜチャイナ服?
「死神? 頼む、僕を殺してくれ」
「なぜ? 何か勘違いしている。殺しの依頼は受けていないアル」
だって、その大鎌で……は見当たらない。カンフーで殺してくれるのか?
「死神なんだろう。俺をあの世に連れて行ってくれ!」
「私はあの世への案内人で、無理矢理命を奪い取ることはないアル」
なんてことだ、話は半分本当で半分は嘘か。僕は本当に上手くいかない。中途半端すぎだなと絶望する。
「なぜ死のうとするアルか?」
「仕事が合わない。エンジニアになれば高収入になると思っていたのにそうじゃないし」
「辞めて転職するアル」
「借金がある」
「払うな。自己破産するアル」
「彼女に振られた」
「追うな。新しい彼女を作るアル」
簡単に言ってくれるよ。
「お前、常に2択で考える悪い癖アル。人生、選択肢はたくさんある。新しい道を考えて進めばいいだけのこと。2択で考えるから生きるの死ぬのになる。考え直せ」
「まだ先があるような言い方だな」
死神は僕の背後を指さした。
「そのサボテンはお前が死んだら誰が面倒みるアル。死後、ゴミとして捨てられて埋められてしまうのだ。サボテンはそうはなりたくは無いと思ってるアル。どんな生き物も死ぬのは嫌だと思っている。怖いと思っている。お前もそうアル」
いや、僕は死にたいんだと言いそうになった。
「ふふ、お前がやりたいのは死んで世界に復讐したいだけアル。自殺によって世界否定をしたいというだけ。心の底ではできることなら生きたいと思っているアル」
「もう、苦しくていやなんだよ」弱々しく答える。
「生きることは苦しい。死ぬのも苦しい。息を止めると激痛が待ってるように、死を迎える資格がないものには激痛が待っているアル」
「その資格ができるまでどれくらい待てばいいんだ」
「そんなことは分からんアル。私は普通なら自然に召喚されるのに、お前が無理矢理呼び出したのだろう。1秒後かもしれんし、もしかしたら数万年以上生きるかもしれん」
「生殺しかよ……」
「生とは生殺しだよ。地獄にも天国にもなるアル」
そう言うとチャイナ娘の死神はうっすらと消えていった。ああ、召喚失敗だ。こんな話をするために呼び出したわけではないのに。問題は全然解決してない。一つの希望が潰えただけ。いや、絶望が潰えたのか? 他人任せで殺して貰おうというのが間違っていたのかも知れない。
取りあえず、片づけて寝ることにしたが眠れない。ここしばらく眠れない日々を過ごしている。眠れる薬を処方して貰おうと思って心療内科の予約を取ろうとしたら、どこも1ヶ月から2ヶ月待ちだった。
うつらうつらしただけで、朝が来る。出勤時に踏切で待っていて、心の声が「今だ、飛び込め!」というのと「やめろ!」というのがせめぎ合って足がすくむ。ちょっと躊躇している間に電車は通過し、踏切が通れるようになる。
死ぬのは難しい。
駅に着く。階段を上がろうとすると前方の小学生がふらついたと思ったら、階段を転げ落ちてきた。横のOLがキャッと叫び、止める間もなく、脇を回転しつつ下のコンクリートに倒れ伏した。頭はランドセルのお陰で打っていないようだがグッタリしている。
慌てて、側に行き、少年の身体を横にして気道を確保する。脈はある。呼吸もしている。呼びかけても意識がない。看護師だという女性が現れたので手当を任せ、会社員のおっさんに駅員を呼ぶよう頼み、救急に連絡した。
少年は意識がない。頭を打ったのだろうか?
すると、天から光に貫かれるのを感じて棒立ちになった。長く感じたが瞬間的なものだったらしく周囲は気づいていない様子。
「手当てしろ!」という天啓が来たので、不思議に思う間もなく、少年の頭に触れる。淡い光が出て少年は「うーん」と言って目を開けた。
看護師が少年に「大丈夫? 動かないで」と言う。駅員が同時に到着し、救急車を手配したことを言った。二重手配だけれど、向こうは判断してくれるだろう。取りあえず、少年は意識が戻ったことだし、救急車に乗るまで見送った。
出社すると遅刻の理由を質された。正直に言うと、上司は「本当かそれ?」と言って、続けて、「給料から遅刻分引くからな」と宣う。先輩は無視。先輩が遅刻しても何も言わないのに、仕事が出来ない僕は嫌味を言われる。
Excelと格闘しながら(それにしても、文書を表計算ソフトで作るって変じゃありませんか?)自分に起きたことを考える。あの「手当てしろ!」という声はどこから来て、なぜ気を失った少年を回復させることができたのか。
「おい、コラ! 無能。ボーとしてるんじゃない!」怒られた。なんか酷くない? この会社。同僚も無視して誰も僕に近寄らないし。
腹が決まった。辞めよう、こんな会社。なるようになれだ。そうっと鞄を持って会社を抜け出る。スマホから退職代行業者に連絡して、お願いすることにする。上司に面と向かって言ったって罵倒されるだけに決まっている。もう、相手するの疲れた。
帰り道、雨の中、涙が止まらず、心のどこかで冷静に危険水域に近づいていると思ったが、その一方、どこかホッとしていた。
この先、どうしようかと思い詰めて、また死神を呼んだ。
「なんだ? 私は悪魔と違うアル。呼び出すものじゃ無い」死神は言った。
「なあ、僕を連れて行ってくれないか。頼む」
「昨日言っただろう、私は只の案内人アル」
「僕はどこにも必要とされてない」
「子供を助けた。少年にとっては君は必要だったアル」
「あれは……偶然かなにかで」
「人を助けた。君が居なければ大変なことになってたアル」
死神から言われてふと思った。
「あの場に居たのか?」
「少年を連れて行く予定だったアル。お前が邪魔したアルよ」
そうだったのか。そんな力がなぜ?
「たまに連れてくの邪魔されるアル。いつもそんな力があるとは思わない方がいい」
ああ、そうか。それでも、自分が何かの役に立ったというのは少しホッとした。
「ありがとう。なんか自分でもまだいけるような気がしてきたよ」
「会社は辞めるアルか」
「うん。明日から行かない」
「人間、なんとかなるから大丈夫アル」
「疲れたからしばらく休むよ。ありがとう」
「私は何もしてないアル。お前と話しただけ」
そう言って、チャイナ娘の死神はすうっと闇に消えていった。
次の日、何度も掛かってくる会社からの電話は全部無視して、退職代行業者からの電話だけ出た。借金は交渉して支払いを延期して貰うようにする。借金をなぜしたのか自分を問い詰めたいがそれは置いといて。眠れなかったのは、近所の内科に行って睡眠薬を処方して貰った。少しずつ反対方向に人生を回し始める。
一ヶ月休んで、派遣の仕事を得ることが出来た。時給は前よりは安かったけど、派遣のコーディネーターが経歴盛ってホワイトの会社に押し込んでくれた。
人生大逆転しようとか考えた僕が馬鹿だったよ。物事は少しずつしか変わらない。向き、不向きもある。
ああ、あと、救急車で運ばれた少年からお礼の手紙が来たんだ。命を救ってくれた人たち、ありがとうって。僕はその手紙を大事に取っている。命を救われたのはこっちの方だったから。
葉沢敬一の『気軽に読めるファンタジー短編集』からの抜粋です。今回、後書き以外を「なろう」に全部掲載することにしました。
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現在、続編を執筆中。https://amazon.co.jp/dp/B08D8L221J