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子供の頃の約束を覚えているか?

「みーくーん。もう九時だよ。早く起きてー」


 何だかデジャヴを感じるが、別に夢でもなければ過去にタイムスリップした訳でもない。

 瞼を見開いて、トップアイドルの顔が近くにあるのも、今ではすっかり見慣れた光景だ。


「休みの日くらい起こしに来なくてもいいんじゃないかサヤ?」


 それに平日でも、寝起きの顔を見られるのが嫌なので、なるべく朝は俺の部屋に入らないよう頼んである筈。


「お義母様が『今日は皆でお掃除するから、起こしに行ってちょうだい』ってさ。先週はお仕事が忙しくて出来なかったからねえ」

「あーそういや昨日そんな事を言ってたっけな……」


 俺は瞼を擦りながら呟く。

 にしても俺には小遣いを抜きにしてでも止めたクセに、自分は堂々とサヤに手伝わせるとは、つくづく理不尽な母親である。


「じゃ、みーくん。洗濯するからパジャマ脱いで」

「ああ、ちょっと待ってくれよ……」

「うん……」

「…………」


 …………。


「あのーすいませんサヤさん、出来れば外で待ってて欲しいんですが……」


 何故か俺が脱ぎかけても、サヤが微動だにしなかったので恐る恐る言う。


「どうして? 昔はしょっちゅうお互いの裸見てたじゃない?」

「いやぁ昔はそうだったけどさぁ、やっぱ成長すると恥ずかしくなるもんじゃん?」

「でも私はみーくんにだったら、今でも全部見せてもいいよ……」

「こ、コラ! そういう不用意な言動は慎みなさい!」


 にわかにサヤが両手でスカートの裾を掴み、そのまま捲り上げそうだったので、慌てて制した。


「嘘じゃないよ。確かに今やるとちょっと恥ずかしいけど、みーくんが喜ぶなら私、どんな事でもしてあげたいの……」


 この世界にこれ以上幸せになれる言葉があるだろうか。


「そ、それはありがたいけど、そこまでしなくても気持ちだけで俺は十分嬉しいよ!」


 俺は精一杯の虚勢を張り「ホラホラ、着替えるから出て出て」と言って、やんわりとサヤを外へと促した。


 ……ちょっとだけ惜しい事をしたかな。

 あえて言い訳させて貰えば、思春期男子というのは素直じゃない生き物なのだ。

 しかも母が家に居るのに素直になれる男なんて存在するのか、大いに疑問である。




 唯一の男手という事もあってか、俺は掃除では至る所に駆り出された。

 というかただ良いようにコキ使われているだけのような気がしないでもない。

 どうもこの家では前々から女尊男卑が常態化しているらしい。

 地位向上のデモでも起こすか?


「みーくん、こっちは窓拭き終わったよー」

「おお早いな」


 俺達は今、リビングの掃き出し窓を一緒に拭いている。

 同時に始めた筈なのに、サヤの方はもう自分の分を終えたようだ。俺はまだ最後の一枚が残っている。

 料理もそうだが、サヤは本当に家事全般をそつなくこなす。

 早いだけでなくその仕事振りも完璧で、サヤの拭いた窓は埃一つない。


「サヤってホントに家事が上手いよなー。俺とか母さんだったら割と雑になったりするのに」

「えへへへー」


 サヤは照れくさそうに指で頬をポリポリ掻く。

 博之の台詞ではないが、容姿も超人並みに可愛いし、性格も良く、文武両道で更には家事も完璧と、まさに非の打ち所がない。


「ねえ私……みーくんの良いお嫁さんになれるかな?」

「そ、そりゃあ……なれないなんて言う奴は居ないだろ……」

「他の人はいいの。みーくんの意見を聞かせて欲しいの」


 不満げに俺の服の裾をちょこんとつまみ、上目遣いで見つめてくるサヤ。

 俺としたことが、逃げ腰になってしまった。こんな肝心なところで男を見せないでどうするんだ。

 俺は決意を固めてサヤを真っ直ぐ見つめ返し、強い口調でこう言った。


「サヤ、子供の頃の約束を覚えているか? あの時から俺の気持ちは変わってないよ」

「――みーくんっ!」


 ほぼプロポーズ同然の台詞に感極まったサヤは、凄まじい勢いで俺の胸に飛び込んできた。


「私もだよ! 初めて会った時からずーっと大好き! 私、みーくん以外の人なんて絶対に考えられないっ!」

「うぐっ……ちょっと待ってくれサヤ。そんなに強くされたら苦しいって……」


 サヤの華奢な体躯からは考えられないくらい強い力で締めつけられ、耐えきれずに呻く。

 胸の辺りで頭をグリグリ押しつけられるのも地味に効いた。


「ご、ごめん……」

「それにまだ掃除が終わってないし、一旦離れてくれないか?」

「うん、そうだね。よーしっ!」


 気合の入った声でサヤは、両手でガッツポーズを作る。


「お掃除が終わったら二人きりで、いーっぱいラブラブするんだからっ! ね、みーくん?」

「え……あ、いや……あ……は、はい……」


 可愛い言い方に似合わぬ鬼気迫る勢いに、圧倒された俺は承諾するしかなかった。

 もう一刻も早く終わらせたくて、全部自分一人でやってしまいそうな勢いだ。


 甘えてくるのは嫌ではないが、今のサヤの気迫は軽く恐怖を感じる程で「またマネージャーから急な呼び出しが来ないかなー」などと不覚にも考えてしまった。




 ところが実際に掃除が終わる頃になると、事態は思わぬ方向に転がり始める。


 ピンポーン。


 リビングで休憩していた時、突如、呼び鈴が鳴り響き「水輝ー手が離せないからアンタ出てー」と母に言われて、立ち上がる。

 今日、来客が来る予定は無いし、宅配便が来る事も知らされていない。


 何故だか妙な胸騒ぎがする。

 インターフォンのモニターに映し出された二人の来訪者を見た途端、俺の全身が凍りつくのを感じた。


「アローハー水輝ー。小学校時代のクラスメイトに会いたくて参上仕ったぞー」

「スマン。アポなしで来てしまったのだが、お邪魔しても良いか?」


 そこに居たのは博之と愛美だった。

 果たしてこれは救いの手なのか、はたまた嵐の前兆なのか――

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