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サヤは何も悪くないから

「まったく……サヤも結構無茶するよなー」


 自宅のリビングにて、テレビを見ながら俺はボヤく。


「でもああしなきゃ、私達の事がバレちゃったかもしれないでしょ?」


 そう言って、キッチンから出てきたサヤが俺の隣に座る。

 フリルが大量についたエプロンを着た姿はまるで新妻のようで、平常心を保つのも一苦労だった。


「それはもちろん感謝してるよ? そっちじゃなくてさ、ハンカチ落としていったのはかなりリスキーだったろ」


 万が一、俺以外の誰かに拾われたらどうなっていた事か。


「だーいじょうぶっ。絶対にバレないようにするから!」


 自信に満ちた表情で、サヤは俺の腕にギュッとしがみつく。

 ――何だか上腕二頭筋の辺りに柔らかいものが……。


「絶対に誰にも私達の仲は引き裂けないのっ! 離れていても心は一つだったし、これからは学校も一緒で住む場所も一緒、そして……死ぬ時も一緒……」

「オイオイ……怖い事言うなよぅ」

「だって私、みーくんが死んじゃったら生きていけないもん」

「よせって縁起でもない」


 とは言うものの、切実な眼差しで見つめられ、それが本気である事をひしひしと感じる。

 前々からわかってはいたが、サヤの俺を想う気持ちは太陽の重力並に強いのだと再認識する。

 果たして俺はその重い想いを受け止める事が出来るだろうか……いや真面目な話。


「ねえ、みーくんも、私が死んだら生きていけない?」

「……考えたくもないなそんな事」


 実際に想像して、途轍もなく嫌な気分になった。

 まあサヤの場合、俺だけじゃなく全国各地に同じような男が居るとは思うが。


「少なくとも、それまで通りに普通に生活出来る自信は無いな」

「嬉しい……」


 愛おしそうな声で、サヤは俺の肩に顔を埋める。

 その仕草は子供が親に甘える時にするものに似ていて、猛烈に庇護欲をそそられた。


「どうしたんだよサヤ? 今日はちょっと何か様子がおかしくないか?」

「実はね、昨日ある夢を見たの」

「夢?」


 俺はオウム返しに訊く。


「そう。私とみーくんがお爺さんとお婆さんになってもずーっと一緒に居て、そして百歳になって思い残す事がなくなった時に、二人同時に安らかに亡くなるの」

「ふーん。割と幸せそうな感じじゃないか」

「うん。だから本当にそうなればいいなって思って」


 サヤの脳内では、今の時点でもうそこまで人生の設計図が出来上がっているらしい。

 死ぬ時までずっとサヤと一緒か……。

 遠い未来の事なんてわからないし、実現出来る自信も無いけど……そうなったらいいなと思っている自分が居る。


「ゴメンね。変な事言って」

「いや、謝らなくていいよ。サヤは何も悪くないから」

「みーくん……」


 幼稚園の事件以来、俺は余程の事でもない限り、サヤが何をしようと大抵は許す事にしている。

 多くの人から謂れのない中傷を受けて、卑屈になったサヤはどんな些細な事でもすぐに謝るようになり、それを直す為になるべく謝らないよう言い聞かせて、それが現在でも定着していた。

 まあそれだけでなく、惚れた男の弱みという理由もあるかもしれないが。


「言い忘れてたけど、店では助けてくれてありがとうな」

「んふっ! どーいたしましてっ!」


 サヤはより一層、強く俺の腕に抱き着いてきて、更には手を握りながら指まで絡めてきた。

 俺はけれども拒む事は一切せず、サヤの望むままに任せる。


「ねえ、みーくん」

「ウン?」

「クッキー焼けたんだけど……もう少しこのままで居てもいいかな?」

「……うん」


 気がつくと俺は、自分でも知らない内にサヤの手を握り返していた。




 ピコンッ。


「あ」


 どれくらい同じ体勢でジッとしていただろう。テレビのワイドショーが終わっているから、少なくとも十分以上は経っている。

 突然、サヤのスマホからメッセージアプリの通知音が鳴って、俺達は夢から覚めたように離れた。


「みーくんゴメン。今度は本当にマネージャーから呼び出されちゃったみたい」


 名残惜しそうにサヤが困り顔を作る。


「そっか、なら仕方ないな。頑張って行って来いよ」

「うんっ。クッキーを置いてあるから、帰ったら感想聞かせてね!」


 チュッ。


 サヤは当たり前のように俺の頬にキスをしてから「じゃあ行って来まーす!」と言って、家を飛び出した。

 一応、俺達はまだ付き合ってはいない為、唇にしてくる事はないが、頬にならサヤは、ここは欧米諸国かと錯覚するくらい幾度となく頻繫にキスしてきた。

 おはようのキス、おやすみのキス、行って来ますのキス、ただいまのキス、そして何でもない時でも、したくなったら隙を見つけて即刻キス、キス、キス。


 ある意味で、下手なホラーゲームよりも心臓に悪い。

 でも嫌な気持ちは全然しないのだから――むしろ嬉し……ゲフンゲフン――本当に困ったものだ。

 サヤが出て行く際、キスの余韻に浸っていた俺は「行って来ます」の返事をすっかり忘れていた。


 ちょうどその時、テレビで偶々マジカル・セプテットが出てきて、ようやく我に返った俺は、画面越しのサヤに返事をする。


「行ってらっしゃーい……」


 一人ぼっちのリビングで、心ここにあらずといった声が虚しく響いた。

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