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達者でおったか?

 来たるべき日がついに来てしまった。

 短い期間でありながら、俺にとっては数ヶ月のように長かった春休みが終わり、期待と不安が入り混じった高校二年生の生活がスタートする。

 ――のだが新学期早々、いきなり不安の方に直面する事となる。


「何でまたお前が同じクラスなんだよ……」


 始業式が終わり、教室に戻った俺は憂鬱な面持ちで目の前の男に呟く。


「さあな。クラス分けをした教師にでも訊くんだな」


 冷静な表情で博之は、眼鏡の縁をクイッと上げる。

 出来ればコイツとは別々になりたかったのに。

 長い付き合いでも、良い思い出よりも悪い思い出の方が圧倒的に多く、具体例を挙げ出せばキリがないくらいだ。


「それよりも周りを見てみろ。普通ならクラスメイト同士、春休みは部活はどうだっただの、どこで遊んでいただのという話をする筈なのに、皆あの話題で持ち切りだぞ」

「そりゃ自分達の学校に大人気アイドルが転校してくるんだからな」


 春休みの間から、紫苑紗花が転校してくる事は、SNSで既に生徒達に知れ渡っていた。

 芸能人が珍しくない学校でも、これ程の有名人は初めてなので、皆一様に浮足立っている。


「――なのに何故かここに一人だけ浮かない顔をした奴がいるな」

「誰のせいだと思ってんだ?」


 俺は元凶である博之を強く睨みつける。


「ふむ、この状況から察するに俺以外に友達が居ないのが寂しいんだろう?」

「なわきゃねっだろ! お前が余計な事を喋らないか心配なんだよ!」


 まあ考え方によっては監視しやすいという利点はあるかもしれない。


「それならもう一人、心配な奴が居るだろう。松永も同じクラスなんだぞ」

「え、マジで!? 気づかなかった。愛美も居たのかよ……」


 言われて周囲を見渡すと、確かにその女子の姿が確認出来た。

 松永愛美まつながまなみも、小中高とずっと同じ学校だった。博之とはまた違った意味で、俺にとってはトラブルの種である。


「彼女にも電話で話したんだろう? 何と言っていた?」

「内緒にする代わりに口止め料を寄こせってさ」


 愛美の場合、基本的に無償で何かをする事は絶対に無く、必ず対価を要求してくる。

 その代わり対価を渡せば約束は守ってくれるので、その点では博之よりは信頼出来ると言える。


「ほう、さすがだな、その手があったとは。俺もそうすれば良かったか」

「もし要求してきたら、お前の秘密をバラすぞ」

「落ち着け。冗談だ」


 一応、俺と愛美は幼馴染というヤツだが、極めてビジネスライクな関係にある。

 誕生日すらも例外ではなく、以前「プレゼントが欲しけりゃパーティを開いて何か食わせろ」と言われた事がある。


「ほら、噂をすれば本人がこっちに来るぞ」

「げ」

「やっほーお主ら。春休みは達者でおったか?」


 博之が指差した方向から、ちょっとギャルっぽい容姿をした女子が手を振ってくる。

 あんな古風な言い回しをする女子は、この学校では松永愛美一人しか居ない。


「ああ、ご覧の通り、丈夫な身体に生まれたおかげで至って健康だよ」

「そっかそっか。ならばお母さんに感謝しなきゃでござるなあ」

「どこの世界の人間だよお前は?」


 愛美は日本史が好きなせいで、武士語を多用するのが趣味なのだ。


「ていうか水輝、電話でも言ってたけどアンタ一体どういう事よ? あのサヤちゃんがアイドルになっていて、しかも一緒に住んでるだなんて」

「ちょ、バカ! 声がでけえよ……」


 俺は声を押し殺して周囲の様子を窺う。幸い誰かに聞かれた気配は無い。


「案ずるな。自分達の会話に夢中で誰もこちらの話など聞いてはおらぬよ」

「おらなくても100%って訳じゃないだろうが。もうちょっと慎重になれよ」

「落ち着け水輝。あんまり怒るとさすがに周りの注目を集めてしまうぞ」


 珍しく博之に正論を言われ、俺達は互いに顔を近づけ合ってヒソヒソ声で会話を再開する。


「まさかアンタ達、あの時の宣言通り、本当に結婚するつもりじゃないでしょうね?」

「そんな訳ないだろ。アイツの新居が見つかるまで一時的に家においてやってるだけだよ」

「だが神崎はそのつもりなのだろう? お前の方はどうなんだ?」

「そ、それは……」


 博之の言う通り、サヤは本気で俺と結婚したいと思っている。

 俺もサヤの事は好きだが、再会して一ヶ月も経っていないのに、いきなり人生において重大な決断を下せと言われても困るのが本音だ。

 第一サヤも時期までは指定していない。


「何を悩んでいるんだ。別に相手に不足がある訳でも無かろうに。神崎は性格も良く、スポーツも万能、頭もクイズ番組に出演する程良い。見た目だって――俺はあまり理解出来んが――折り紙つき。どこに問題があると言うんだ?」

「まあ唯一欠点があるとしたら、こんな冴えない男が大好きだって事かしらね」

「喧嘩売っとんのかぃ貴様は……」


 愛美の俺に対する評価は、昔からかなり辛辣だった。

 サヤとクラスメイトだった頃も、中学でそこそこモテていた時も「こんな奴のどこが良いんだか」というのが口癖だった。

 俺に言わせれば彼女の価値基準の方がおかしいのだ。

 愛美を睨みつけた後、俺は博之に向き直ってこう言う。


「つーか俺達はまだ高校生なんだぞ。結婚なんて早すぎるだろ」

「その言い草だと将来的にはその意思があるようだな」

「揚げ足を取るんじゃない。今はそこまで考えてないってだけだ」

「水輝の言う通りでござるよ。人生長いんだし、そう時をく必要もあるまいて」


 意外にも愛美が助け舟を出してくれた。

 彼女はかなり現実的な思考をするから、博之の馬鹿げた話を真に受ける事は無い。


「それに一緒に住んでる時点でもう結婚しているようなものでしょ? どうせ今だって親の目を盗んで毎晩毎晩……」

「オイ」


 しかし博之に負けず劣らず冗談を言うのが好きでもある。


「それもそうだな」

「オイ、お前ら何を勝手に納得してんだ」


 これからコイツらと一年間、同じクラスになると考えると先が思いやられる。

 “期待と不安が入り混じった生活”か。

 期待1:不安9くらいの比率かな?


「どうじゃ水輝よ? この後、学校が終わったらス○バにでも寄って、じっくり話を聞かせては貰えぬか?」


 どうせこれからサヤとの事を根掘り葉掘り訊くつもりなのだろう。

 弱みを握られている以上、拒否すると面倒な事になりそうだ。


 しかし後になって考えてみれば、そんな事気にせず拒否すれば良かったのだと思う。

 何故なら立ち寄った店で、偶然にも大勢の生徒に囲まれたサヤと遭遇したから。


 期待0:不安10。

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