あー恥ずかし……
『ほう、そうかそうか水輝よ。中々面白い事になっているじゃあないか』
「他人の苦労を面白がってんじゃねえよ。こんの薄情者が!」
サヤが退室した後、早速二人の内の片方に電話をかけ、事情を説明し終えたところで、返ってきた台詞がコレである。
『いやいや。どうやらこれで新学期も退屈せずに済みそうだよ』
「テンメー……覚えておれよ」
この男の名は三好博之と言って、小中高ずっと同じ学校に通っている、いわゆる腐れ縁というヤツだ。
眼鏡が良く似合う爽やかなイケメンだが、性格に難があった。
『懐かしいな。まさか小学校のクラスメイトがアイドルになっていたとは。安心しろ、この事は絶対に誰にも言わん。俺は口が固いので有名なんだ』
「ホンマかいな」
『ホンマだ。俺のこの目が嘘をついているように見えるか?』
「見えるわきゃねーだろ! 電話越しなんだからな!」
博之は勉強は出来る反面、ひどくいい加減な性格で、加えて他人の不幸を面白がる癖があるから全く信用出来ない。
『なあに、いくら俺でも夫婦の仲を引き裂くような鬼畜な真似はしないさ。それくらいの分別は弁えているつもりだ』
「夫婦って誰の事だ?」
『お前ら二人はクラス公認の夫婦だったじゃないか。皆の前で誓いのキスを交わしたのを忘れたのか?』
「いつの話をしてんだよ!」
あの時は周りから「チューしろチューしろ!」と囃し立てられて、サヤも割とノリノリだったから、成り行きでそうなっただけだ。
……ちなみにこれは一度や二度だけの話ではない。
「今のアイツはアイドルなんだぞ」
『そのアイドルと同棲している時点でヤバい事に気づけ』
「いや俺だって好きでそうなった訳じゃないからな。バレたら下手すりゃSNSで名前や住所まで晒されて一気に拡散するかもしれないんだし」
『まあそれはそれで面白そうな気もするがな』
「最低だなお前」
ハッキリ言ってコイツにサヤとの事を教えるのは非常に不本意だった。
それでも言わなかったら逆に何をするかわからないので致し方無い。
一応、俺もコイツの知られたら困る秘密をいくつか握っているので、下手な真似はさせないつもりだ。
『冗談だ。さっきも言ったが俺もそこまで外道ではない。それにしても十年間も同じ相手を好きで居続けるとはな、一途な人間も居たもんだな』
「サヤは昔からそういう奴だったからな」
『何を言っているんだ? お前の事も言ってるんだぞ?』
「は?」
相手の言わんとしている事が理解出来ない。
俺が一途? どこが? 母に教えて貰うまでサヤの事を忘れていたのに。
『お前だってこの十年間、一度も彼女を作らなかっただろう。中学生の頃なんて少なくとも六回くらい告白されて全部断っていたじゃないか』
「いやそれは……」
自慢じゃないが、中学生の頃の俺はスポーツが得意だった事もあって、そこそこモテていた。
だが何故か心の中に引っかかるものを感じて、結局、誰とも付き合わなかったのだ。
あれは無意識にサヤの事を考えていたからなのか?
『全く、二人揃って一人の人間しか愛せないなんて逆に理解出来んよ。漫画じゃあるまいし、どういう趣味してるんだか』
「デブ専のお前に言われたくねえよ」
そう、この男は体重80㎏以上の異性だけが好みで、マジセプにも全く興味が無いのだ。
ただ人の嗜好は千差万別なので、これを短所とまで言うつもりはない。
『俺の事はともかく、お前はもう少し素直になれ。アイドルだからって恋愛してはいけないという法律でもあるまいし。思う存分、嫁とイチャイチャしてやるんだな』
「な、何言ってんだ!」
『ああいや、そう言えば同棲してるんだったな。もう既にイチャイチャしているのか?』
……あながち否定は出来ない。
しかしコイツに指摘されると無性に腹が立つのは何故だろうか?
『ところで最後に確認したいんだが、俺以外にお前らの事情を知っているのは本当に《《アイツ》》だけで間違いないんだな?』
「ああその筈だけど」
さすがに他クラスまで噂が広がる事は無かった。
もし耳に入っていても、又聞きの噂なんて誰も信じないだろう。
『成程、なら問題ないな。じゃあ俺はそろそろ切るから、もう一人の奴にもちゃんと説明しておけよ。じゃあな』
通話を切った後、俺は博之の言葉を反芻していた。
俺はずっとサヤの事が好きだったのか?
母から電話で報告を受けていたサヤとは違い、俺の思い出は小学一年生の時で途切れている。
あの頃は恋愛感情がどういうものなのか全然理解しておらず、実際のところ良くわからない。
『わたし、おおきくなったらみーくんのお嫁さんになるー!』
そう言えばあの時、俺はどんな返事をしたんだっけ?
記憶の糸を必死に手繰り寄せて、当時の台詞を思い出してみる――
『おれも、ずっとサヤといっしょにいたい! ぜったいに幸せにしてやるからな!』
――うん、がっつり好きだったわゴメン。
「あー恥ずかし……」
昔の事を思い出し、頭を抱えて一人悶絶する俺だった。
それは子供の頃の他愛ない約束。
大人になればそんな約束をした事さえ、忘れてしまう人が大多数だろう。
だが中には例外もいるようだった。
ちょうど“ここ”にも一人――