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ミルクレープみたいな男です

 愛美達と共に会場に着くと、何故かスタッフに呼び止められて、俺だけ別の場所へ連れていかれた。

 何が何だかわからない状態で案内されたのは、関係者以外立ち入り禁止の区域。

 まさかとは思ったけど、行き先は控室だった。

 いきなりマジカル・セプテットの控室に案内されるとは、サヤの差し金だろうか。

 扉の向こうには憧れのアイドル達が待っている。

 と思いきや実際に入ってみたら、そこに居たのは意外な人物だった。


「やあ久しぶりだね水輝君」

「サヤのお父さん!」


 俺を迎え入れたのは、サヤの父親その人だった。

 最後に会ったのは十年前で、だいぶ年輪を刻んでいたが、その柔和な顔立ちは忘れもしない。


「ご無沙汰してます。お元気でしたか?」

「ああ、おかげさまでね。水輝君も大きくなったねえ。前に会った時は本当に小さかったのに、まるでチワワからゴールデンレトリバーに変わったみたいだ。ハハ」


 何その例え?


「お父さんがお亡くなりになったのは大変残念だったね。弔電を送ったんだけど読んだかな」

「はい」

「そうか、実は今日、君を呼び出したのは娘の話を聞きたくてね。君の家に居る時、娘はちゃんと行儀良くしていたかい?」

「ええ、もちろん」


 実際は割とハメを外していたのだが、まあ許容範囲だろう。

 サヤの父さんと俺は、家でのサヤの事や、十年間の思い出話などで盛り上がった。

 特に俺の父さんと、亡くなった前の奥さん――つまりサヤの血の繋がった母親――については、事故と病気という違いはあれど、どちらも脳の異常が原因だからか、共感するものが多かった。


「いやあ、しかし懐かしいねえ。君はまだあの頃の約束を守っているのかい?」


 “約束”というのは当然ながら子供の頃に交わしたあの約束の事だろう。


「はい、ただ今は学生だから将来的な事になりますけど」

「いや、それはいいんだが、そっちじゃなくて私と約束しただろう? 『おれ、おおきくなったらおじちゃんをおんぶしてあげるー』って」

「あ、ああ……そうでしたね……」


 アレは相手を喜ばせる為のお世辞のようなものだったのだが……。

 まあ、もし義親子になれば老後に現実になるかもしれないな。


「もちろん、サヤの事もどうかよろしく頼むよ。前の妻が死んでから、あの子には色々と辛い思いをさせてしまったけど、君と再会してからは目に見えて生き生きとしてきたからね」

「そうですか」

「ああ生まれ変わった自分の姿を、君に見せたくてずっと頑張ってきたと言っていたよ」


 それからニ、三、言葉を交わした後で、俺は部屋を出た。

 もうすぐライブが始まる時間だ。

 しかしやはりサヤはこの十年間、半端じゃない苦労を積み重ねてきたのだ。

 大勢の仲間達に支えられて、今後はその中に俺も入る。


 と、そんな事をしみじみと考えていると、偶々通りがかったトイレの方で、何やら話し声がした。


「ねえ知ってる? 今日、サヤの噂の彼氏がここに来てるみたいよ」

「らしいねー」


 若い女性の声だ。

 しかもその声には聞き覚えがある。


「写真で顔は知ってるけど、どんな人なんだろうね。里美は直接会ってるんだよね?」

「ええ、サヤと一緒に住んでいるのよ」


 里美と呼ばれた人物の声は、間違いなく秋山里美の声だった。

 他の声も、全員がテレビで何度も耳にした事のあるマジカル・セプテットのメンバーだ。

 秋山里美と話しているのは恐らくギャルっぽい派手な容姿が特徴の琢磨美穂たくまみほだと思われる。

 憧れのアイドル達がトイレで俺の噂話をしている。夢じゃなかろうか。


「それでどうだった、実際に会ってみた感想は?」

「うん。中々性格の良さそうな人だったわよ」

「やっぱりね、私の思った通りだよ。サヤが好きになった人が悪い人な筈ないもん!」


 この声の主はアニメ好きで有名な瀬尾瑠衣だ。

 おっとりとした容姿に反してかなりのオタクで、ゴールデン番組でも平然と深夜アニメの話をする。


「それにその人ってプリ○ュアが好きらしいんだよ。プリ○ュアが好きな人に悪い人間なんて居ないでしょ」


 それはどうなんだろう……。


「でも話によると二人はまだキスしかしてないそうじゃない。一緒に住んでる割には発展が遅いと思わない?」


 今話しているのは毒舌家の伊吹鈴夏いぶきりんか

 歯に衣着せぬ物言いをする事で知られていて、相手がグサッとくる指摘を平気でする。


「別に男女の恋愛なんて人それぞれでしょ」


 秋山里美が擁護する。


「それはそうだけど据え膳食わぬは男の恥って言うでしょ。サヤの彼氏の場合、何層にも折り重なったミルクレープみたいに恥の上塗りをしているように思えるけど」


 一体、何の理由があってそこまで酷評されなきゃいけないんだ。

 まあ、あながち否定は出来ないが……俺がそういう行為をしないのは、サヤはああ見えて貞操観念が結構強いからだ。

 どれくらい強いかと言うと以前、嫁入り前にするのはあまり良くないと言っていた程。

 意外だって? 俺もそう思うよ。

 しょっちゅうバカップルみたいにイチャついてるのに、何故そこだけ旧態依然とした悪しき慣習を踏襲するのか謎だ。


「サヤはそういう肉食系なのは好きじゃないって言ってたわよ」


 内心で愚痴っていると、秋山里美が俺の気持ちを代弁してくれた。


「ねえライブが終わったらサヤに彼氏を紹介してもらいましょうよ」

「いいねそれ、じゃあそろそろ時間だし、行きましょうか」


 瀬尾瑠衣と琢磨美穂がそれぞれ言葉を発した直後、複数の足音がトイレの入口に近づいてきた。

 ところが話に気を取られていた俺は、その場に棒立ちになって、トイレから出てきた彼女達と鉢合わせしてしまった。


「あら、アナタは……」


 秋山里美が驚いた表情で俺を見る。


「この人どなた? スタッフの人じゃないよね」


 訝しげな目をした伊吹鈴夏が問う。


「えーと……先ほどお話していた性格の良さそうな人で、プリ○ュア好きで、何層にも折り重なったミルクレープみたいな男です」

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