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初めて出会った時から私の王子様だったの

「あれ? 母さんはどした?」


 夕飯の支度が出来たとサヤに言われてリビングに来てみたら、母の姿が見当たらなかった。


「お義母様なら『今日は仕事で遅くなる』って電話で言ってたよ」

「ふーん。そっか」


 何か一部おかしな表現があった気がするが、気にすまい。

 というか実の息子を差し置いてサヤに知らせるとは、何たる親じゃ。


「ん? って事は今晩の料理は?」

「もちろん私が作ったんだよ。さ、たんと召し上がれ!」


 ダイニングテーブルに並べられた料理はハマグリの潮汁、肉じゃが、ほうれん草の胡麻和え、玉子焼き等々。

 そう言えば料理番組か何かで、サヤの手料理を見た記憶があるが、まさか自分が食べられるとは。


「みーくんどうしたの? 急に頬っぺた思い切りつねったりして……」

「いや、ちょっと夢じゃないか確かめてる」


 うん痛い。ちゃんと現実だ。


「あ、美味いなコレ」


 試しに玉子焼きを一つ食べてみたら、独りでにそんな感想が出てきた。


「本当!? 良かったぁ!」


 パッと可愛らしく破顔一笑するサヤ。


「えへへっ、みーくんに喜んで欲しくて、お義母様からみーくんの好みを色々教えて貰ったんだぁ」

「そういや最近二人でキッチンで何かしてたな。番組収録とかで忙しい筈なのに、良くこんな短期間で俺の好みに仕上げたよな」

「うん、だって……これから一生作ってあげる事になるんだもん……」

「い、いやーしかしこの潮汁も美味いなー! 出汁が効いているんだな!」


 恥じらいながら囁く姿が何ともいじらしくて、死ぬ程ドキドキした。

 それを誤魔化す為に具を大量に口に入れたせいで、思い切りハマグリの殻を嚙み砕いてしまう。


「ねえみーくん。次は肉じゃがも食べてみてくれる? 一番の自信作なんだ」

「ああ、おっけー……ってあ、あれ? ちょ、うまく取れないな……」

「じゃあ私が食べさせてあげるねっ。はいアーン!」


 俺がジャガイモに悪戦苦闘していると、いきなりサヤが自分の箸で一つ取ってこちらに差し出してきた。


「お、おい。行儀悪いぞ。いいからここに置け!」


 サヤは持っていた俺が示した取り皿に、ジャガイモを綺麗に着地させる。

 ……良く考えたら軽く間接キスする事になるが、本人が気にしていないので別にいいだろう。


「おお、さすが自信作と言うだけあって、今までで一番美味いな」


 何かさっきから俺「美味い」としか言ってないような。

 この語彙力の無さよ。


「ありがとう、嬉しい! 肉じゃがはみーくんの好物だって聞いたから一生懸命練習したんだぁ!」


 まあサヤも喜んでいるみたいだし、いいか。

 それからサヤは自分の仕事の事や、他のマジセプのメンバーの事などを俺に話してくれた。

 今までは母と三人で居たので、こうして二人だけで話すのは新鮮な気持ちがした。


「それにしても、話を聞くとサヤって意外とあの頃とそんなに変わってないんだな」


 俺が覚えている幼少期のサヤは元気が良くて、泣き虫で、少し引っ込み思案で、いつも俺にくっついていた。

 まさに現在とほぼ一致している。


「みーくんだって変わってないよ。みーくんは強くて、かっこよくて、逞しくて、優しくて、初めて出会った時から私の王子様だったの」

「まあ今じゃあ落ちぶれて見る影もなくなっちまったけどな」

「ううん。そんな事ないよ」


 俺は自嘲するも、サヤは強い口調で首を振る。

 そして過去の出来事に思いを馳せるように、遠い目でこう言った。


「幼稚園の頃にさ、誰かがクラスのガラスを割って、私が疑われたの覚えてる?」

「あーそういや何かあったなあ」

「あの時、皆が私を犯人だと疑っていたのに、みーくんだけが私の味方をしてくれたんだよね。先生に問い詰められた時も『証拠はあるのかよ?』って必死に庇ってくれたし。それが本当に嬉しくて、今でも忘れられないくらい記憶に残ってるんだ。みーくんが居なかったら私……嘘でも自分が犯人だって言っちゃってたと思うから」


 当時の事を思い出したのか、サヤの目には薄っすらと涙が溜まっている。


「あれは殆ど魔女狩りみたいなもんだったからな。サヤはずっと違うって言ってたのに」

「うん……」


 集団心理学の用語で、同調圧力という有名なものがある。

 他にも斉一性の原理とか、アビリーンのパラドックスとか似たような用語があるが、人間は集団の中に居ると、それが“正しいのか間違っているのか”とは関係無く、多数派の意見に合わせたがる傾向にあるそうだ。

 あれはまさにそんな状況で、何一つ証拠が無いのに誰もがサヤを犯人だと信じて疑わなかった。


 だが俺は誰が何と言おうとサヤの言葉だけを信じた。

 それから別の目撃証言が出てきて、真犯人が見つかった。

 しかし俺が謝れと言うまで、先生を含め誰もサヤに謝罪しようとしなかった。

 何とも無責任で腹立たしい話だがこれは実際に起こった出来事である。


「その時だけじゃなく、みーくんはどんな事があっても私の味方だったよね。今だって、私がアイドルになった途端、知り合いの人はだいたい余所余所しくなっちゃうんだけど、みーくんは昔みたいに接してくれてるもんね」

「まあ最初は俺もそうだったけどな。でも周りがどう思おうと関係ないだろ。だって何になったとしても、サヤはサヤのままなんだから」


 ちょっと格好つけ過ぎただろうか。

 クローゼットの中にはマジセプのグッズが大量に隠してあるのだが。

 案の定、言われたサヤは目を大きく見開き、見る見るうちに顔が赤く染まっていく。


「もぉー……みーくんってばずるぅい! そーゆーところが好きなのっ!」


 そしてにわかに椅子から急発進すると、物凄い勢いで俺に抱き着いてきた。


「ちょ、いきなりくっつくなって! 飯が食えないだろ!」

「ダーメ! 私をドキドキさせたみーくんがいけないんだから! 私が満足するまで離してあげないもんっ!」

「オイオイ……」


 更に頬擦りまでしてきて、摩擦で顔が熱くなる。

 うん……熱いのは摩擦のせいだ、きっと。


「大好きだよみーくん……」

「知ってる」




 晩飯後、二人で何気なくテレビを見ていたら、結婚式場のCMが流れ始めた。

 常夏のハワイにある最高級ホテルで挙式だという。


「やっぱり綺麗だよねウエディングドレスって。私も早く着てみたいなあ。オーシャンビューのチャペルっていうのもロマンチックでいいよねー」

「うん」


 情緒に耽っているサヤの横で、料金はいくらするのかな、と身も蓋もない事を考える俺である。


「私達の結婚式も、あんな場所でしたいよね」

「うん…………ウン?」


 私……“達”?


「みーくんも早く十八歳になってね?」


 コテンと俺の肩に凭れかかり、サヤが耳元で囁く。


「時間は早送り出来ませんよサヤさん……?」

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