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みーくんは特別なの

 旅館。

 それは日本の美と情緒を体現した風光明媚な場所――などという仰々しい口上は抜きにして、旅館に辿り着いた俺は、建物が思った以上に大きかったので驚いていた。

 内装や料理やサービスも、全てが一級品。

 アイドルが泊まる場所だから予想はしていたが、普通なら高校生だけで泊まれるレベルではない。

 学校側はよくこんな所への旅券を賞品にしたな。


 愛美がどんな手段を使ったのかは知りたくもない。

 お座敷では、窓から見える中庭の景色を堪能出来る。

 だが……。


「見るがいい水輝。向かい側の部屋で熟年のカップルが今まさに情事に耽ろうとしているぞ」


 双眼鏡を覗き込みながら博之が囁く。


「おいコラ博之! 人がせっかく風情を楽しんでるのに、何でテメーは出歯亀なんかしてんだよ!」

「シッ……あまり大きな声を出すな。今いいところなんだ……」


 これフツーに犯罪じゃないのかね。

 まさかこの男にこんな趣味があったとは。

 もしかしなくても俺とサヤのイチャつくところが見たいと言っていたのは、そういう意図があるからだったのか。

 とんでもない奴だ。


「二人共。あんまりはしゃぎ過ぎるんじゃないわよー」


 部屋の反対側でスマホを操作していた愛美が注意する。


「ちょっと待て。何で博之《こんな奴》と一緒にさられにゃならんのだ? 俺は何もしてねえだろ」

「そーねー。大声出す以外は確かに何もしてないわよねぇ。“大声出す以外”は」

「…………」


 そこを強調されると何も言い返せない。

 が、他人の色事を覗き見する奴と同列にされるのは甚だ不本意だ。


「それよりそろそろサヤちゃんが来る頃よ。見られたくない物があれば今のうちに片付けなさい」

「問題ない。見られて困るものなど無いからな」


 博之が断言する。

 今の体勢は十分、見られて困るものだろうが。

 マジカル・セプテットが到着したのは前日。

 サヤとは俺達が来れば現地で合流しようと事前に取り決めてある。

 せっかく会えるのを楽しみにしていたのに、目の前の出歯亀野郎のせいで段々と不安になってきた。




「みーくーん! いらっしゃーい、待ってたよー!」


 数分後、サヤが部屋に入るなり俺に抱き着いてきた。

 まるで飼い主に走り寄る飼い犬を彷彿させる。


「サヤ、お待たせ。ツアーは順調にいってるか?」

「うん! みーくん達の為にお弁当をつくってきたんだよ!」

「おおそうなのか、サンキュー」


 俺だけの為でないのは少々残念だけど、贅沢は言うまい。


「心なしか水輝の分だけやたら多い気がするのだが?」


 一瞬だけ双眼鏡から目を離した博之が疑問を呈すると、愛美が――


「バカね。恋人なんだからそれくらい当然でしょ」

「だけどサヤ、大丈夫だったのか? ライブの打ち合わせとかもあるのにこっちに来て」

「うん、今はお昼の時間だから、三十分くらい暇があるんだ」


 俺の質問にサヤは即答する。

 知らない人が見れば逢引しているように思えるかもしれないが、愛美が居る事で同じ学校の同級生が応援に来てくれただけ、という言い訳が成立するだろう。

 つまり遠慮なくサヤと一緒に過ごせる訳だ。


「オッケー。そうとわかれば一緒に弁当食おうぜ」

「うん!」


 しかし博之だけは「ちょっと今目が離せないから後で食べる」と言って断った。


「ねえみーくん。三好君は何を見てるの?」

「聞かない方がいいと思うぞ。死ぬ程くだらないから」

「?」


 とまあ、そんなこんなで博之以外の三人で昼飯を食べていたのだが、ここで思わぬハプニングが起こった。


「あ」


 サヤが虚をつかれたような声を漏らす。

 照り焼きチキンを口に運ぼうとしたら、ソースが服にこぼれて胸元に大きなシミをつくってしまったのだ。


「あちゃーどうしよう。これじゃあ外に出られないよ……」

「わ、ちょっと待てサヤ、ここで脱ぐのはヤバいだろ!」


 いきなりサヤが服の裾をたくし上げようとしたのを見て、慌てて制止する。


「あっと、そうだね」


 愛美はともかく博之も居るのがマズい。

 幸いな事に、あの男は覗きに夢中でそれどころではないようだが。


「サヤちゃん。私の服でいいなら貸そうか?」

「いいの愛美ちゃん?」

「ええ、どうせ着るのは少しの間だけだろうし」

「ありがと。ちゃんと洗って返すからね」


 サヤは愛美から服を借りて、隣の寝室で着替える事にした。


「ちょっと博之ー。覗いたら承知しないからね!」

「安心しろ。こっちの方が面白い事になっているからな」


 愛美が警告するが、別の意味でもう手遅れだと思う。

 弁当を食べ終えた頃、水色のティアードワンピースに身を包んだサヤが出て来た。


「じゃーん! どう似合うかな?」


 似合うなんてレベルじゃない。

 まるでサヤの為に愛美が用意したように完璧に着こなしていた。


「ああ似合ってるぞ。凄く可愛い」

「ふふっ……嬉しいっ。みーくんに可愛いって言ってもらって!」


 パッと明るい微笑が灯る。


「そんなに嬉しいのか? 普段から何百回、何千回と言われてるだろう?」

「みーくんは特別なの」


 そういうものなのか。


「でもそろそろ部屋に戻らないと。着替えてる間に時間が無くなっちゃった」


 時計を確認すると、もうサヤが部屋に来て三十分近く経過していた。


「そっか、それなら仕方ないな。明日からライブがあるんだよな?」

「うん。みーくん達も観に来てくれるんだよね?」

「ああそうだよ」


 同じ旅館で会える事実を教えた際、サヤが嬉しさのあまり色々と手を回して人数分のチケットを買ったおかげで、俺達はマジカル・セプテットのライブを観る事が出来る。

 もちろん金はそのうち返すつもりだが。


「じゃあ行ってくるねみーくん。ライブ、楽しみにしててね」

「今の時点でも十分楽しみにしてるよ」


 と、部屋のふすまを開けようとしたところで、サヤが躊躇いがちにこちらを振り向いた。


「ねえみーくん……行ってきますのキスしてくれない……かな?」

「ああ、わかった。ただその……」


 俺は前に出てご要望に応えようとしたが、ふと後ろの二人の存在が気になった。

 しかし察してくれたのか、愛美は後ろを向いてくれ、博之に至っては双眼鏡を離そうともしない。

 あれほど俺とサヤがイチャつくのを見たいと言っていたのに、余程凄いものを覗いているらしい。

 気がかりがなくなったところで、俺はサヤの方へ向き直る。


「じゃ、頑張って行っておいで……」

「……ありがとうみーくん!」




 サヤが居なくなった後、覗きを終えた博之が何やらふさぎ込んだ様子なのに気づいた。


「どうした博之?」

「いや、実は男が女の服を脱がせようとしたところで障子を閉められてな。殆ど見れなかったんだ……」

「ああそ。訊いた俺がバカだった」


 コイツにサヤとのキスを見られなくて良かった。


「ところでお前達はさっき何をしていたんだ?」

「お前には教えない」

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