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甘えてもいい?

「え?」


 俺は今、モーレツに困惑していた。

 ……いや真面目な話。


「『え?』ってアンタ私の話聞いてなかったの?」


 俺の反応が癇に障ったのか、目の前で愛美が苛立たしげに顔をしかめる。

 いや、聞いてはいたのだが、理解が追いつかなかっただけだ。

 休み時間にいきなり愛美が話しかけてきたのだが、それが耳を疑う内容だった。


「いい? もう一度だけ言うからしっかり聞いておきなさいよ。今月の連休に一緒に旅行に行かないかって言ったのよ。……“皆で”ね」

「ああなんだそういう事か……」


 開口一番で「一緒に旅行に行かないか」とか紛らわしい事を言い出すから、変な勘違いをしてしまった。

 というか愛美の言い方もちょっと言葉足らずだった。

 相手に正確に理解して欲しかったら、ちゃんと筋道を立てて説明すべきだろう。


「ホラ、この前の体育祭の賞品で旅行券を貰ったでしょ? だからアンタと博之と私とそれからもう一人、彼女の四人で静岡にでも行かないかと思ってね」


 “彼女”とは当然、サヤの事だ。

 俺とサヤの為にデートをお膳立てしてくれるつもりなのか。

 その割には余計なものまでついているが。


「俺と博之だけ? 他の奴らは?」

「帰宅部のアンタと違って忙しいらしいのよ」

「サッカー部の博之は?」

「旅行の間だけサボるって」


 博之からすれば、部活より旅行で遊ぶ方が優先順位が高いのだろう。

 だから万年補欠なのだ。

 若い男女が泊りがけで旅行するなんて、中々魅力的な話だが、残念ながら俺には行けない事情があった。


「ありがたいけど、生憎、来週からアイツは全国でライブツアーがあるんだよな。だから一緒には行けないんだよ」


 ツアーの間は、サヤとは直接会う事は出来ない。

 それまでも会える機会は割と限られていたとはいえ、全く会えなくなるのはこれが初めてだ。

 改めて有名人と付き合う難しさを痛感する。


「そっか。それは残念ね。でも体育祭で一番得点高かったのはリレーのアンタ達だったし、祝勝会も兼ねて三人だけでも行かない?」

「んーまあ考えとく」


 と言っても、博之と一緒に旅行など乗り気がしない。

 それに直接会えなくても、自宅でサヤとビデオチャットやオンラインゲームで一緒に遊ぼうと既に約束してあるのだ。

 遊びのスケジュールもまだ未定なので、おいそれとここで「行く」とは言えない。


「そういや、前々から気になってたんだが、愛美は何でそこまで俺とサヤの世話を焼くんだ? わざわざ赤の他人にそこまでする必要はないと思うんだが」

「……ん、もしかしてアンタ覚えてないの? 昔サヤちゃんとアンタに約束した事」

「約束?」


 心当たりが無さ過ぎて、俺は首を傾げる。

 昔というからには、小学一年生の頃の話だろうが、全く思い出せない。


「遠足に行った時、弁当を忘れた私にアンタとサヤちゃんが自分達のおかずわけてくれたじゃない」

「ああ、言われてみればそんな事もあったなぁ」

「んで、その時に何か恩返しがしたいって言ったらサヤちゃんが『じゃあみーくんと私が結婚出来るよう手伝って』って言ったから」

「え、じゃあまさかお前、今でもその時の約束を守ってるって言うのか?」

「我は約束した事は必ずや成し遂げる主義なのでござる」


 淡々とした口調で語る愛美だが、彼女は昔から妙に義理堅い側面がある。

 もはや義理堅いを通り越して重いくらいだ。


 それは子供の頃の他愛ない約束。

 大人になればそんな約束をした事さえ、忘れてしまう人が大多数だろう。

 だが中には例外もいるようだった。


 ちょうど《《ここ》》にも一人――


「ガキの頃の約束なんだし別にそんな必死にならなくてもいいんじゃないか。サヤもそこまでして欲しくて言ったんじゃないと思うんだが」

「獅子はウサギを狩るにも全力を尽くすという」

「俺はウサギ扱いかい……」


 行き過ぎた気遣いは単なるお節介でしかない。

 愛美の場合はその境界線を行ったり来たりしている気がする。


「冗談はさておいて、サヤちゃんが嫌だと言えば素直にやめるわよ。でもアンタだって何だかんだで私に助けられた事はあるでしょう?」


 それはあながち否定出来ない。

 だが同じくらい余計なお世話だった事例があるのも事実である。


「まあ何にせよ程々にしてくれよな。行き過ぎは良くないぞ」

「わかっているわよ」


 愛美は本当に昔からサヤにだけは甘い。

 本人曰く、サヤは一番の親友だからだとか。




「サヤ、他に持って行くものは無いのか?」

「うん。多分これで全部だよ」


 サヤが全国ツアーに出かける前日の夜。

 俺はツアーに持って行く荷物の整理を手伝っていた。


「あーあ。明日からはみーくんとも会えなくなっちゃうんだよねぇ。寂しいなぁ……」


 そう言って意気消沈した様子のサヤが、力なく俺にもたれかかる。


「まあまあ十年間会えなかったのに比べれば全然マシだろ。ビデオチャットとかで顔だけならいつでも見れるし」

「それでもやっぱり寂しいんだよ。ねえ今日は好きなだけみーくんに甘えてもいい?」

「いいよ、お望みならいくらでも」

「んふふぅ~」


 それから俺はサヤが望む通りの事をしてやった。

 頬をスリスリと擦り付け合ったり、頭を撫でてやったり、膝枕したり、他にも見てる人がいたら胸焼けしそうな事を色々と……。

 長期間会えなくなる分、サヤの気の済むまでスキンシップをとった。

 何だか昔も似たような事をしていたのを思い出す。


「ありがとうみーくん。おかげで頑張れそうだよ」


 満足したサヤが俺の肩にもたれながらお礼を言う。


「それは良かった」

「明日からツアーに行くけど、最初は関東を中心に回るからそんなに離れなくて済むねっ」

「そうだな……ウン?」


 待てよ。

 ふと思ったのだが、俺は何か重要な点を見落としてないか?


「なあサヤ、最初は関東を回るって言ってたけど、今月の連休はどこに居るんだ?」

「えっとねえ、確か静岡だったと思うけど、それがどうかしたの?」


 静岡……。愛美の旅行の行先も静岡だった。

 これは偶然なのか?


「泊まる場所とかも決まってるのか?」

「うん。○○っていう名前の旅館だよ」


 やっぱり……。愛美が持っていた旅券にあった名前と同じだ。

 謀ったなシャ○……。

 だが今回ばかりは、感謝せざるを得ないようだ。

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