元気出た?
時が経つのは早いもので、あっという間に体育祭の日から一週間が過ぎた。
相変わらず代わり映えのしない学園生活を送っている俺だが、あの日以来、憑き物が落ちたように心が軽やかになった気がする。
誰のおかげかは考えるまでもない。
「なあ見ろよ。今週のヤン○ガの表紙、紫苑紗花だぞ」
斜め前の席で、漫画雑誌のグラビアページを眺めている男子の会話が耳に入る。
雑誌にはフリルのついた可愛らしいビキニを纏ったサヤがポーズをとっている。
「この健康的な色気が最高なんだよな」
「そうそう。秋山里美みたいな大人の女も良いけど、まだ成熟してない発展途上の身体って希少価値高いよな」
「すげーわかるわ」
お前らはどこのスケベ親父だよ。
それにしてもわかってはいたが、世の男共がサヤそういう目で見ていると考えると何だかモヤモヤする。
先週、俺はそんな全国の男子の憧れの的に――
「何一人で変な顔してるの水輝?」
前の席に座る愛美が、俺を想像から現実に引き戻した。
席替えで彼女が近くに来てからは、このようにしょっちゅう話しかけられる。
「まあアンタが変な顔なのはいつもの事だけどね」
「ひでえ言い草だな……。だったら訊くなよ」
「サヤちゃんの事考えてたんでしょ?」
「…………」
「もしかして体育祭の日に何かあった?」
実は「何か」どころじゃない出来事があった。
しかし色々と協力して貰ったとは言え、第三者にプライベートな事をどこまで話して良いかわからず、俺は黙り込んでしまう。
「……まあようやくキス出来たのは進歩かもしれないわね」
「って何で知ってるんだよ?」
「サヤちゃんが電話で教えてくれたの」
サヤ……そう言うのは俺にも知らせてから――って俺も似たような事やらかしたから強くは言えないが。
俺は羞恥心を紛らす為に前髪を掻く。
「アンタも幸せ者ね。全国的に有名な女の子に好かれるなんて。絶対に悲しませるんじゃないわよ」
「ああ、わかってるよ」
陸上選手としての未来が断たれ、愛美と博之曰く「何の取り柄も無い男」になってしまった俺でも、好きだと言ってくれたサヤ。
そんな彼女の為なら、自分に出来る限りの事は全てすると決めたのだ。
「それで、あれからサヤちゃんとはどうなったの?」
「残念ながら仕事の方が忙しいらしくてさ、今は殆ど会えてないんだよな。ホラ、もうすぐマジセプのツアーが始まるじゃん?」
「ああ」
マネージャーの人からは「仕事に支障が出ない程度にお付き合いするように」言われているので、邪魔をしないように注意している。
「まあ仕事なら仕方ないわよねー」
「いや、仕方なくないぞ!」
「うおビビった!? いきなり出てくんなよ博之!」
いつからそこに居たのか、背後から急に博之が叫び声をあげる。
「約束が違うぞ水輝。リレーに協力したらお前らがイチャつくのを見せると言ったじゃないか。いつになったら見せてくれるんだ?」
「その事かよ。約束はしたけど時期までは指定しなかっただろ」
確かにリレーでの博之の貢献度は高かった。
もしコイツが本気を出してくれなければ負けていただろう。
と言っても、何でも言う通りにさせるつもりはない。
「大親友との約束を反故にするとは、男らしくないぞ水輝」
「大親友だったら前に俺が貸した昼飯代を早く返せよ」
「……おっと、そろそろ授業が始まる時間だ。席に戻らねば」
はぐらかして逃げた。男らしくないのはどっちだ。
あんな奴に構っている暇はない。
今日は三日ぶりにサヤが帰って来るのだから。
ところが――
「おっかえりぃーみーくん! 待ってたよー!」
帰宅して、サヤが開口一番そんな言葉で迎えてくれた。
突然、飛び込んできた光景に、目を白黒させる俺。
白黒させた原因は、目の前に居るサヤが、フリルのついたビキニを着ているせいだ。
「な、何て格好してんだサヤ……」
「あのねぇ、愛美ちゃんが電話でみーくんが学校で元気無さそうだったから励ましてあげてって言ってたのっ」
アイツ、余計な事を教えやがって……。
恐らく例の男子達の会話を盗み聞きしていた俺をからかう為に愛美が差し向けたのだろう。
「その格好も愛美の差し金か?」
「そだよー。ねえねえ、みーくん。似合ってるかなこの水着?」
「お、おお。そうだな……」
水着姿のサヤがぐいぐいと近づいてきて、反射的に顔を逸らす。
一般的なビキニと比較して、露出度はそれ程でもないが、目のやり場に困る。
「でもその格好のままじゃ一緒に遊べないだろう。早く服を着て来いよ」
「元気出た?」
「ああもうバリバリ元気だよ。いつまでもそんな格好してると風邪ひくぞ」
「はぁーい」
危うく全く別の意味で元気になるところだった。
愛美の奴、明日学校で会ったら覚えていろよ。




