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ここのこいつ

 体育祭の日が時々刻々と迫る中、実行委員は準備に明け暮れていた。

 俺はと言うと、忙しい委員を尻目にいつもと変わらぬ日常を過ごしている。


「水輝ー、ちょっといーい?」


 教室の窓際で黄昏ていた俺に、愛美が近づいて来た。


「体育祭で水輝が出る予定の二人三脚なんだけどさ、ちゃんとペアの人と練習とかしてるの?」

「うんにゃぜーんぜん」


 クジ引きにより、二人三脚で俺と一緒に走る事になったクラスメイトの男子の辺之辺之茂経士へのへのもへじくん(仮名)とは、元々会話もした事の無い関係だ。

 最初からぶっつけ本番のつもりなのだから、練習なんてする筈が無い。


「ダメよちょっとは練習しなきゃ。体育祭ではポイントが高かったクラスの順に賞品があるんだから、絶対に手ぇ抜かないでよ」

「あーいあい、わかったよ」


 学校行事なんて全く興味が無いクセに、賞品が貰えるとなると途端にやる気を出す愛美。

 現金な女だ。


「はあ……それにしてもどこのどいつだよ。賞品なんて面倒臭い提案をした奴は?」

「ここのこいつ」


 あっけらかんとした調子で、愛美が自分を指差す。

 そう言えばこの女も実行委員だったな。


「何サラッと自白してんだお前……」

「賞品を出す事によってアンタみたいなやる気の無い生徒のモチベーションを向上させ、尚且つクラスの結束力まで高まる――まさに一石二鳥の作戦でしょ?」

「ほーそりゃ凄いな。……で、本音は?」

「単に私が欲しかっただけ」

「だろうな」


 大義名分を偽って私利私欲を満たそうとするとは、恐ろしい女だ。

 ただ愛美の言う通り、賞品効果によって生徒達のモチベーションは確実に上がっており、これで一人だけやる気の無い素振りを見せれば総スカン間違いなし。

 何とも面倒な話である。

 こっちはもっと重要な予定を控えていると言うのに――




「えーマジで本当なのか?」

「ウン?」


 休み時間にトイレに行くと、数人の男子が何やら話し合っている現場に遭遇した。


「だからさー、作戦通りにすれば絶対に上手くいくんだって」


 連れションのついでに世間話でもしているのだろうか。

 俺が隣で用を足しているのもお構いなしに、男子達は会話を続ける。


「この学校の体育祭ってさ、変なジンクスみたいなのがあるじゃん?」

「そうそう。リレーで一位になった奴が好きな相手に告白すると必ず付き合えるっていう話だろ?」


 ああ。

 その話なら俺も良く知っている。

 今から十年以上前に、とある男子が大勢の観衆の見守る中で、ゴールした直後に意中の女子に告白した事が話題になり、後に真似する生徒が続出して、いつの間にか恒例行事化したという。

 実際は付き合えてもすぐに別れる場合が殆どらしいが、噂とかジンクスというものは尾ひれがつくものだ。


「それで、本当に香坂はリレーで一位とったらあの紫苑紗花に告るつもりかよ?」


 その単語が聞こえてきた途端、にわかに俺の関心が高まった。


「ああ、そのつもりだよ」


 香坂という男には俺も見覚えがあった。

 確か親が相当な金持ちで、端正な顔立ちと文武両道である事から、学校内では三本の指に入る有名人――無論サヤは除外する。

 ただ自分の地位を鼻にかけている節があり、典型的な“金さえあれば飛ぶ鳥も落ちる”と考えるタイプなので、万人が好いている訳ではない。


「大勢の前なら相手も雰囲気に流されて断るに断れなくなるだろう? その雰囲気を利用するのさ」


 確かに告白の場では往々にして、周りが「もう付き合っちゃえ~」という空気を作り出す事がある。

 成功率が高いのに、その後すぐに別れる率が高いのもそれが理由だ。

 だが、どんなに断りにくい雰囲気でも、サヤがOKする事は絶対にありえない。

 可哀想に、当日あの男は恥をかく事になるだろう。


「香坂って紫苑紗花の事が好きだったのか?」

「まさか、あんなガキっぽい女、全然タイプじゃないよ。アイドルなんて男に媚びを売るしか能が無いバカばっかりじゃないか。付き合ってもどうせつまんなそうだし。彼女にしたら僕も有名になれるからってだけの理由さ。その程度の利用価値しか無いよ。まあちょっとくらい遊んでやってもいいかもしれないけどな! ハハハハ!」

「…………」


 聞くに堪えない下品な笑い声に居たたまれなくなった俺は、足早に立ち去った。

 表向きは冷静に振舞っていたが、実際は腸が煮え繰り返る思いだった。

 出来る事なら今すぐ引き返して、香坂をぶん殴りたい。

 まるで他人を自分の売名の為の道具としか見ていないような言い草。

 何より許せないのは、良く知りもしないクセにサヤを誹謗中傷した事だ。

 どうせ断られるとわかっていても、あんな男に一位なんか取らせてたまるか。


 ――と、威勢だけは良いものの、残念ながらリレーに出る者は既に決まっており、当日に俺が出来る事は限られている。

 ならばいっそ闇討ちでもして怪我させるか。

 いや、それはさすがにやり過ぎだろう。

 雨天中止になるのを期待して雨乞いを……いや、そんな不確実性に頼る訳にはいかない。


 どうしてやろうかと悩んでいた時、悪戯好きな運命の神様が仕事をする事となる。




 翌朝のHR。

 いつもよりざわついた教室で、真剣な表情をした担任が重々しく口を開いた。


「あー知ってる人も居ると思うが実は昨日、今度の体育祭でリレーのアンカー役だった若松が部活中に右脚を捻挫して出られなくなってな。それで――誰か代わりに出てくれる人は居ないか?」


 俺は誰よりも早く手を挙げた。

 絶対にサヤには指一本触れさせない。

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