お願いがあるんだ……
「いきなりこんな事訊いてごめんなさい。あまり人のプライバシーを詮索したくはないんだけど、親友の事となると事情は違ってね」
「その……サヤが秋山さんにそう話したんですか?」
親友に恋愛相談をするのは何らおかしな事ではない。
「“話した”と言うか、サヤちゃんがアナタの話をする時、いつもは楽しそうなのに最近はちょっと様子が変だったから、私が半ば強引に聞き出したんだけどね」
「そうですか……」
「お節介だと思われるかもしれないけど、こういう事はちゃんとアナタにも伝えておいた方が良いと思ったの。サヤちゃんって人一倍、責任感が強くて、一人で色々抱え込んじゃう事が多いから」
にわかに自己嫌悪が押し寄せてくる。サヤが不安を感じる理由。
それは多分、キスしない事よりも、俺がいつか話すと言っておきながら未だに先延ばしにし続けている“あの事”の方が大きいのだと思われる。
俺の前では表情に出さないけれど、やはりサヤは気がかりだったのだ。
「……俺は、本気でサヤの事が好きです。サヤが俺の事を大好きなのと同じくらい」
「そう、良かった」
秋山はホッと胸を撫で下ろすと、カップに残っていた紅茶を飲み干して話を続ける。
「でもそれなら今のままじゃ、お互いにすれ違うだけで良くない気がするのよ。私は部外者だからこれ以上は立ち入らないけど、何か理由があるなら一度きちんと話し合った方がいいんじゃない?」
「そう……ですね」
秋山の言う事は一々正論だった。
彼女はサヤと同時期にスカウトされて、ずっと一緒に頑張ってきたのだから、心配するのも無理はない。
マジセプのお姉さん役なだけあって、面倒見の良い人なのだろう。
さて、そろそろお暇する事になった。
「片付けるの手伝うわ」
「いえ、いいですよ」
俺がそう言っても、彼女は「せめて自分の分だけでも」と運ぼうとする。
最初はポンコツだと思った事もあったが、本当にしっかりしている人だ。
と、見直したのも束の間――
ガチャンッ。
「ああっ!?」
ソーサーを持ち上げた瞬間、秋山がバランスを崩してカップを落としてしまう。
幸いにして割れる事はなかった。
「ごごごごごめんなさい! 弁償するから!」
「お、落ち着いてください! 割れた訳じゃないですから!」
半泣き状態であわあわと取り乱して、財布から万札を5、6枚取り出そうとする秋山を、俺は必死に宥めた。
騒ぎを聞きつけたサヤがやって来てこの場を収めてくれたが、後に彼女が語ったところによると、
「みーくん、サトちゃんに物を運ばせたら危ないんだよ」
そういう事はもっと早く言ってくれ。
いずれにせよ、ポンコツである事には変わりなかった。
二人が家を出てから、俺は秋山の言葉を反芻していた。
『一度きちんと話し合った方がいいんじゃない?』
それは俺もしなければ、とつくづく思っていたところだ。
気遣ってくれるチームメイトが居て、給与もサラリーマンの平均年収を軽く超える大人気アイドルのサヤ。
対するの俺は、何の取り柄も無くて、大事な話なのに何だかんだでサヤに話せていない情けない男。
――だが、そんな情けない男にも意地がある。
その日の夜。
あらかじめ約束していた通り、俺は帰宅したサヤと一緒にゲームをしていた。
「みーくん。ノド渇いたでしょ? お茶持って来たよ」
「ああ、ありがとう」
コップを受け取ると、サヤのさり気ない気配りに、じーんと胸が熱くなる。
「サヤ、ごめんな……。俺、こんな頼りない男になってしまって」
「え、どうしたの急に?」
「いや、昔は俺の方が色々世話焼いてたのに、今は逆になってるだろ。それで常々申し訳ないなって思ってたんだよ……」
嘆息し、力なく項垂れる俺。
と、そこへ不意に後ろからサヤが両腕を広げて包み込むようにして、優しく抱き締められた。
「昔みーくんが私にしてくれた事に比べたら、今私がしている事なんて全然大した事無いよ。それに、みーくんがどんなに変わったとしても、私の気持ちは変わらないよ。格好良いみーくんも、格好悪いみーくんも、私は全部好きだから……」
穏やかな、けれど力強い囁き。
柔らかな温もりがひしひしと背中越しに伝わる。
気づくと俺は、今までの弱気な自分から一歩踏み出すように、正面から思い切りサヤを抱きしめ返していた。
「サヤ、お願いがあるんだ……」
「何?」
ゆっくりと決然とした声で、俺は続ける。
「もうすぐ学校で体育祭があるだろ。サヤも出るんだよな?」
「うん、そうだよ」
「じゃあそれが終わった後、俺の話を聞いてくれないか。大事な話があるんだ」
「……わかった」
俺が体育祭を指定した理由――
それはちょうどその日が父の命日だからだ。




