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今はこれで我慢してあげるっ

 教室の外――グラウンドでは生徒達が興奮気味に騒いでいる。

 まるで有名人でも来たみたいな騒ぎだな、と思って見てみたら、本当に有名人が来ていた。


「キャー紫苑さーん!」


 名前を呼ばれているのはアイドルグループ、マジカル・セプテットのリーダー紫苑紗花。

 現役高校生にして全国の同世代の憧れの的。

 そして――皆には内緒だが俺の幼馴染にして恋人でもある。

 しかもただの恋人ではなく、子供の頃から将来結婚の約束をしていた関係なのだ。

 こんな事がバレたら俺はどうなるかわからない。

 マネージャーの人は「真剣な交際なら文句を言うファンも少ない」と言っていたが、少なくともこの学校ではそれは当てはまらないと思う。


「やっぱ可愛いよなー紫苑紗花」

「そりゃアイドルだもんな」


 そんな事を考えていた時、窓際の席で外の様子を窺っていた二人の男子の会話が聞こえてきた。


「俺、ちょっと前までは秋山里美が推しだったんだけど、もう紫苑紗花に乗り換えたわ」

「わかる。同じ学校になったら印象変わるよな」

「もし運が良かったら付き合えるかもしれないもんなー」


 普通なら雲の上の人であるアイドルが身近な存在になったのだから、そう考える者は彼らだけではないだろう。

 もうすでに相手が居るとも知らないで……。


「でもよー。やっぱそれでも俺は秋山里美の方が好きだなー。あの大人びた雰囲気は誰にも真似出来ねえよ。紫苑はちょっとガキっぽい感じがするんだよなー」


 ムカッ。


 一人の男子の何気無い発言に、俺は苛立ちを覚えた。

 恋人を悪く言われて怒らない奴が居るだろうか。


「落ち着かれよ水輝。下手に怒ったらお主の秘密も明るみになってしまうぞ」


 無意識に立ち上がってしまっていた俺に、愛美が正論で制す。


「それにあんな子供じみた悪口にいちいち反応してどうするのよ」

「くっ……」


 反論出来ずに歯噛みしていると、男子達の会話が更に続く。


「まあ普通の女子と比べたら断トツで可愛いのは間違いないけどな。ウチのクラスだと一番レベル高いのは松永だけど、紫苑紗花と比べたら月とスッポンだもんなー、アハハハ!」


 ムカッ。


 途端に愛美の顔つきが急変する。


「お、おい。落ち着けよ愛美」


 ついさっき「子供じみた悪口にいちいち反応するな」と言っていた張本人が、物凄い剣幕で男子達を睨む。


「……フン、まあいいわ。それよりもあれからアンタ達はどうしたの? せっかく私が仲を取り持ってあげたんだから、キスの一つや二つくらいはもう済ませたんでしょうね?」


 今から二日前、紆余曲折あって俺とサヤがようやく相思相愛になれたのも、愛美の貢献度がかなり大きかった。

 後で知った話だが、実は愛美はサヤからも似たような相談を受けていたらしく、両方の意見を聞いて告白の計画を考えたのだと言う。

 恋愛経験が無いから頼りにならないと思いきやこの女、恐ろしい策士である。

 そんな恩人からの問いに、俺はしかし返答に窮してしまった。


「…………」

「ん? どうしたのその無言は? まさかとは思うけど、またいつものビビりが発動してまだ出来てないって言うんじゃないでござるなあ?」

「いえ……実はそのまさかなのでござる」


 あの日、家に帰った後、当然の如くサヤがキスしようとしてきた。

 ところが俺はまたしてもビビりが発動し、心の準備がどうとか、こう言うのは段階を踏んでからと理由をつけて先送りしてしまう。

 それを聞いて愛美は「ハアァー……」と山の峡谷くらい深い溜息を吐いてこう言った。


「まったくアンタは、この期に及んでまだそんな調子なの? 何でサヤちゃんはこんなヘタレを好きになったのかしらねえ……」

「まあまあそんなに責め立てる必要は無いんじゃないか松永」


 隣で俺達のやり取りを傍観していた博之が口を挟む。


「それに、お前は理解できなくても、水輝には結構良いところもあると思うぞ」


 意外な男から援護が入った。


「そう、例えば……えー……あー……うーん……何だろう? ……………………まあともかくそう言う訳だからあまりキツく言ってやるなよ」

「何がそう言う訳なんだ?」


 結局、何一つ長所を挙げられていない。


「感謝しろ水輝。ちゃんと擁護してやったぞ」

「一体、何を根拠にそんな事が言い切れるのか?」




 帰宅後。


「はい、みーくんアーン」


 そう言ってサヤが差し出してきたスナック菓子を、俺は「あー」と言って素直に頬張る。

 このお菓子は先日デートした時に、サヤがスイート○ンドで取った景品だ。

 何せ一日やそこらで食べきれる量ではないから、こうして二人で協力して処理しているのである。


「ねえ今度は私にも食べさせて?」

「あいよー、いいぜ。ほらアーン」

「アーン。うん美味しー……モグモグ」


 それで何故、食べさせ合っているのかと言うと……サヤの要望を聞き入れたからだ。

 恋人になったのだから、せめてこれくらいは恥ずかしがらずにやらないと申し訳無さ過ぎる。

 ただそれでも恥ずかしくないと言えば嘘になり、気を紛らわす為にPCでFPSゲームをプレイしながらやっているのだが。

 隣でチョコクッキーを美味しそうに食べるサヤを見ていた時、ふと学校での愛美達との会話を思い出した。


「なあサヤ。俺の良いところって何だと思う?」

「え、急にどうしたの?」

「いや、ふと何となく気になってな」


 愛美と博之にボロクソ言われて、自信を失くしたからとは到底言えない。


「みーくんの良いところならいっぱいあるよー。誰とでも気兼ねなく話せるし、困っている人が居れば助けるし、細かい気配りが出来て、それに……何があっても絶対に私の味方だしっ!」


 サヤの力強い言葉を聞いて、沈んでいた気分が晴れ上がっていくのを感じた。

 やっぱりこう言うのは、わかって欲しい人だけがわかってくれれば良いのだ。


「まあでもキスはまださせてくれないんだけどねー」

「うっ……そ、それは――」


 その瞬間、サヤが突然、右手を伸ばしてきて、何か弁解をしようと開きかけた俺の唇をピトッと人差し指で塞ぐ。


「いいの、言わなくてもちゃんとわかってるから」


 言ってからサヤは、人差し指を離して今度は自分の唇にぷにっと押し当てる。


「今はこれで我慢してあげるっ」

「あ……」


 これは完全に間接……。

 こんな俺でも良いところがいっぱいあると言ってくれたサヤ。

 もう色んな意味で俺は頭が上がらない気がする。

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