ゴメン! 今まで何も言わなくて!
そして迎えた日曜日。
俺とサヤは外出の支度を整えて玄関口まで来ていた。
先述したように、二人で居るところを学校の生徒に知られる訳にはいかないので、帽子や髪型を変えるなどして変装している。
サヤはそれに加え伊達眼鏡を装着し、明るい色のブラウスと膝丈のフレアスカートを身につけている。
「どうみーくん? この服可愛いかな?」
「うん中々似合っているな」
服も良いのだが、どちらかと言うと俺は眼鏡の方に視線が引きつけられる。
眼鏡女子にここまで胸がときめいたのはこれが初めてだ。
何を身に着けてもだいたい似合うというのは、一部の人間に許された特権だと思う。
俺の服装は……わざわざ記述する価値も無いのでやめておこう。
「ありがとう。みーくんもその黒いウエスタンシャツとチノパン、凄く格好良いよっ」
「それはどうもサヤ。何で誰かに説明するような口調で言うのか気になるが、褒めてくれて嬉しいよ」
いわゆるアメカジスタイルというヤツだ。
ダサかっこいい服装が俺の趣味なのだが、周りからの評判――主に母や愛美など――は必ずしも良くなかった。
「じゃ、そろそろ行こっか?」
「そーだな」
会話もそこそこに俺達は玄関を出て駅に向かう。
今から行く場所は、地元から三駅離れた所にある複合娯楽施設である。
地元にも同じ施設があって、多くの学校の生徒はそっちを利用するので、顔見知りに会う可能性も低い。
こっそりデートするにはうってつけだ。
慎重に慎重を重ねる為、移動する時は四、五メートル程距離を開けて歩いている。
知らない人からしたら、俺が美少女をストーキングしているようにも見えなくもない。
電車は当然ながら満員だった。
他の乗客からサヤを守る為、ドア側に立たせて俺は反対側に立つ。
すると必然的に向き合って密着する事になる。
「みーくん大丈夫?」
「う、うん。これくらいなら……」
別の意味で大丈夫じゃないけど。
サヤの心配そうな顔がグッと近づけられ、フレグランスの香りが漂ってくる。
……一瞬、理性が危篤状態に陥った。
三駅で降りなきゃどうなっていたかわからない。
目的地に辿り着き、最初に足を運んだ先は映画館だった。
恋愛映画などを観て、良い雰囲気になってからサヤに告白するという愛美の提案で、割とベタな手法だが、効果的ではありそうなので取り敢えず実行してみた。
ところが肝心の映画は、お世辞にも雰囲気作りに適した内容ではなかった。
大まかなストーリーは両片思いの男女がお互い素直になれず、痴話喧嘩を繰り返すラブコメなのだが、男の方が優柔不断で常に女を不安にさせているのが、今の俺には他人事では無い話だった。
『あなたってホント煮え切らない男ね!』
『私はこんなにあなたが好きなのに、どうしてあなたは何も答えてくれないの?』
『もしかしてこの十年の間に私の事が好きじゃなくなったの?』
女の台詞の一つ一つがまるで自分に言われているような気がして、胸にグサグサ突き刺さる。
結局、観終わった後は何とも言えない憂鬱な気分になっていた。
「映画、結構面白かったよねー。みーくん?」
「うん、終始ハラハラドキドキさせられたな」
おかげで俺のメンタルもボロボロだよ。
「ねえ、みーくん覚えてる?」
「ほぇ? 何が?」
何の前触れも無く話題が変わり、思わず頓狂な声が出る。某カードキャ○ターみたいだ。
「この映画館、子供の頃にも何度か来た事があったよね」
「……ああ、そう言えばそうだな」
当時は近所に娯楽施設が無くて、良くサヤの家族と一緒に映画を観に行ったりゲームセンターで遊んだりしていた。
二人でここへ来た時は必ず、屋上で売っているソフトクリームを買うのが習慣だった。
「あのソフトクリームってまだ売ってるのかな?」
「その筈だよ。去年、俺が来た時もあったと思うから。行ってみるか?」
「うん!」
こうして屋上に移動してソフトクリームを買い、近くのベンチで食べる事になった。
何だか本格的にデートらしくなってきた気がする。
一度だけ、すれ違う通行人にサヤの正体がバレそうになったが、何とか誤魔化せた。
「こうしていると本当の恋人同士になったみたいだねっ」
「まあ周りの人からしたら、そう見えるだろうな」
周りには他にも同じようなカップルがチラホラ見られ、俺達もその内の一組と見られてもおかしくない。
ん? というか、もしかするとこれは告白のチャンスなのではないか?
「私達も、早く恋人同士になりたいな……」
「サヤ……」
いや、もう今この機会を逃しては男ではない。
もはや全国のファンを敵に回すだとか恥ずかしいとか、躊躇させるような要素は一切かなぐり捨てて言うべきだ。
決意を固めた俺は、しばし後ろを向いて心の準備をすると、振り向きざまにこう言った。
「ゴメン! 今まで何も言わなくて! どうしても恥ずかしくて言えなかったけど、俺もずっとお前の事が好きだったんだ!」
俺の渾身の叫びは、しかし悲しい事にサヤに届く事は無かった。
それどころか不可解な事に、一瞬前までそこに居た筈のサヤの姿がどこにも無く、何故か代わりに他の見知った顔がそこにあった。
「――ッ!?」
一体何が起こったのか全くわからなかった。
まるで異世界にでも来てしまったのかと錯覚を覚える程の衝撃で、頭がどうにかなりそうだった。
何故ならサヤの代わりにそこに居たのは、俺が良く見知った、しかし本来ならばここに居る筈の無い眼鏡面だったからだ。
「そうか水輝、まさかお前がそういう目で俺の事を見ていたとはな」
「な……な……」
何で博之がここに!?
そう言おうとしたが言葉が出て来なかった。
「お前の気持ちはわかった。だがすまないが俺は男には興味が無いんだ」
「俺だって興味ねえに決まってんだろ!」
自分に向けて言ったのだと思っているようだがそんな訳は無い。
俺が本当に気持ちを伝えたかった相手――サヤは一体どこに消えたのかと周囲を見渡すと、少し離れた場所で誰かと話しているのを見つけた。
待てよ。あの話し相手、何だか見覚えが……。
「いやー偶然だねぇ、こんなところで会うなんて。愛美ちゃんはどうしてここに来たの?」
「んーまあちょっとした野暮用でね」
愛美はしれっとした様子で後頭部を掻く。
話を聞くと、愛美は俺が本当に告白出来るかどうか見届ける為に来たのだと言う。
そう言えばコイツにデートの場所を教えていたのだ。
だからって博之まで連れて来なくてもいいと思うのだが。
「それだけじゃないわよ。私達はアンタ達のデートに邪魔が入らないよう見張るのも目的なんだから。安心して告白を果たすが良いぞ」
「もう現在進行形でお前らが邪魔してるんですがそれは……」
“旅は道連れ”とは良く言うが、こうして余計な二人が加わりつつ、デートは続く