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サヤより大事なものなんて無いよ

 四月下旬。サヤが俺の家に住むようになってもう一ヶ月以上が経つ。

 そろそろゴールデンウイークが始まる頃だ。

 生徒達はそれぞれ友人達と、どこに遊びに行こうだの、誰々の家に泊まろうだの、連休の計画を話し合っている。

 何を隠そう俺もご多分に漏れず、その日が来るのを今か今かと待っている内の一人である。

 ただ俺の場合は他の生徒とは少々事情が異なるが。


「みーくん、ちょっといいかな?」


 自室で連休中のスケジュールを確認していたら、サヤの元気な声が聞こえた。


「どうしたんだサヤ?」

「あのね、今度のゴールデンウイークに二人でどこか遊びに行かない?」


 扉を開けて招き入れるや、そう問われた。

 先日、マネージャーのお墨付きを得た俺達は、相談した結果、同じ学校の生徒にバレないようにならデートしようという事になった。

 さすがに家の中だけで遊ぶのはあまりにも味気無いし、変装してカラオケのようなあまり人目につかない場所に行くなら、リスクも少ない。

 最悪バレてもシラを切り通せば良いのだ。

 俺は確かにビビりだが、そこまでビビり過ぎる必要は無い。


「ああ良いぞ。それで、いつにするんだ?」

「やったぁ! 実はちょうど日曜日にお休みを貰える事になったんだぁ!」

「えっ、日曜日?」


 驚きの声を漏らした俺に、サヤが不審な顔をする。


「どうしたのみーくん?」

「や、別に……なあ、その休みって他の曜日にずらせないのか?」

「ううん。それが日曜日じゃないとどうしてもスケジュールが合わないの」


 サヤは今をときめく大人気アイドルで超多忙。

 きっと日曜日の休暇も、ようやく貰えたものだろう。


「みーくん、もしかしてその日にはもう予定があるの?」

「い、いや。そんな事は無いよ! ただ次の日の方が人が少ないかなー? って思っただけさ」

「そうなの?」


 口ではそう言いつつも、実際はサヤの言う通り、日曜日には確かに予定があった。

 しかもそれを逃すと、いつ次の機会がやって来るかもわからない大切な予定。

 俺がゴールデンウイークを待ちわびる理由もそれだった。

 だが目の前でサヤが瞳を輝かせて楽しみにしているのに断る訳にもいかず、ここは黙っているしかなかった。


「とにかく日曜日だろ? 思い切り遊ぼうぜ」

「うんっ!」


 サヤが太陽のような笑顔を輝かせながら退室した後、俺は押し隠していた憂鬱な気持ちを表に出して嘆息した。


「ハア……」


 仕方ない。“アレ”は諦めるか……。

 そう思いながら俺は机の抽斗から一枚の紙を取り出す。

 それはとあるロックバンドのライブチケットだった。

 ライブの日付は同じ日曜日。

 ロックバンドはイギリス出身の世界的に有名なバンドで、俺も子供の頃からずっと大ファンだった。

 前に来日したのはおよそ十年前。

 この機を逃せば次にいつ来るかわからない。


 しかし……それでもサヤの期待を裏切る事は出来なかった。

 サヤだって忙しい中で遊ぶ時間を作ってくれたのだ。断ればどんなに悲しむか想像に難くない。

 そんな彼女を置き去りにして、ライブを楽しむ事なんて出来る筈が無い。

 まあいいさ。今ならまだチケットの払い戻しも可能だろう。

 問題はサヤがこの事を知ったら、間違いなく気に病むという事だ。

 先ほどの様子からすると、俺の態度から異変を感じ取った気配はないと思われるが、絶対に知られてはいけない。


 ――ところが数時間後、懸念は現実のものとなる。




「みーくん。こんな物を見つけたんだけど……」

「あ……」


 サヤがチケットを手に持っているのを見て、俺は言葉を失った。


「これ、日付が日曜日って書いてある……」

「いや違うんだそれは……」


 何とか釈明しようとするが、上手い言い訳が見つからない。


「日曜日の予定を訊いた時、みーくんの様子がおかしかったから、どうしても気になって、いけないとわかってたんだけど、さっきみーくんの部屋をこっそり覗いたら机の上にこれがあって……」


 大丈夫だと思っていたのだが、結局サヤに見抜かれていたのだ。

 自分の不注意さに呆れと苛立ちが湧いてくる。


「このバンド、みーくんの大好きなバンドでしょ? ゴメンね。せっかく楽しみにしていたのに、私のせいで……」

「ばっ、やめろ! そんな事言うんじゃない!」


 にわかにサヤが昔の卑屈だった頃のような表情になり、慌てて傍に駆け寄る。

 子供の頃から俺が良く曲を聴かせたりしていたので、どれだけこのバンドが好きなのか、サヤも当然知っているだろう。


「私に気を遣わなくていいから、みーくんは気にせずライブの方に行っていいよ」

「――ッ! そんなの出来る訳無いじゃないか!」


 気づくと俺は叫んでいた。サヤは目に涙を溜めている。


「確かにライブに行きたかったのは本当だけど、俺はそれよりもサヤと一緒に居たいんだよ!」

「でも、今度はいつ見に行けるかわかんないよ?」

「そんなのサヤだって一緒だろ。忙しいんだから。どっちも貴重なら俺はサヤの方を選ぶ。俺にとってサヤより大事なものなんて無いよ」

「でも……」


 いくら説得しても、ライブに行けなくなったのはどうしようもない事実で、サヤの罪悪感を完全に払拭する事は難しかった。

 ならばとるべき手段は一つしかない。


「そうだ、こうしようか? いつかバイトとかでお金を貯めてイギリスに行こう。あのバンド、日本には殆ど来ないけど、本国でなら毎年のようにライブやってるから。な?」

「……本当にいいの?」


 瞬間、サヤの瞳にようやく明るさが戻る。


「ああ。さっきからそう言ってるだろ? まあ多少お金はかかるだろうが、本場で見た方が盛り上がると思うし、俺ちょうどイギリスに行ってみたかったんだよねえ」

「じゃあその時は私がお金出すね」

「いやそれはさすがに悪いよ」

「ううん。私のせいで行けなくなっちゃったんだもん。せめてそれくらいのお詫びはさせて欲しいの」

「そうか? じゃあ半額だけ出して貰おうかな。さすがに全額は俺の立場が無くなるから」


 実際問題、今のサヤの収入はサラリーマンの平均年収を軽く超えているから、その程度の金、旅費を含めて余裕で出せるだろうが、そこまでして貰うのは俺のプライド的にも出来なかった。


「わかった! じゃあその時は二人きりで行こうねっ!」


 サヤが満面の笑顔を取り戻したのを見て、俺は安堵した。

 二人きりでイギリス旅行か……。

 どうせならトラファルガー広場やアビー・ロードにも行ってみたいな。

 そして夜はホテルのレストランで夜景をバックにサヤと乾杯――って俺らまだ未成年だったな。

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