んっ美味し♪
「いやー十年ぶりだねーサヤちゃん。あの頃もクラスで一番可愛かったけど、今じゃ信じられないくらい綺麗になったよねー」
「ありがとうっ愛美ちゃん。愛美ちゃんもすっごく可愛くなったよ」
物事というのは本人の理解が追いつく前に、急速に進展する事が往々にしてある。
気がつくと俺の部屋が同窓会の会場と化していた。
「どうした水輝? せっかく小学校以来でこの四人が顔を合わせたというのに、何故そんな死んだ眼をしているんだ? もっと懐かしがれば良いじゃないか」
「死ぬほど顔を合わせてきた奴らに、どうして懐かしがらなきゃいけないんだ?」
女性陣が思い出話に花を咲かせている脇で博之に話しかけられ、俺は悪態をつく。
コイツらがただサヤに会いたくて来たのではない事はわかっている。
恐らく俺達の仲を冷やかすのが本当の目的だろう。
「えーそれでは、再会を祝してあの頃の昔話でも行ってみましょーか」
珍しく愛美がテンション高く「行ってみましょー」とか言っている。そのままご自宅までお帰りください。
今のところは一緒に遠足に行った事や、サヤのお別れ会をした事など、小学校の話題がメインだが、次第に現在の同棲生活はどうなのかに変化してきている。
「安心召されよ。不肖この私めら、口は堅い故、サヤちゃん達の秘密は誰にも漏らさぬよ」
「わぁ、ありがとう二人共!」
愛美の全く説得力の無い宣誓を、サヤはあっさりと真に受ける。
十年振りに再会したのに、もう意気投合したようだ。
「だから私達の目を気にする事無く思う存分、水輝とイチャイチャしていいからね」
「うん、わかった」
「コラコラ、俺の意思を無視するでない」
何故か愛美は小学校の頃からサヤだけには優しい。
自分の性格がひねくれているから、純朴な相手には甘くなるのだろうか。
二人はそれから連絡先を交換して、サヤが引っ越して以降のお互いのいきさつを和気あいあいとした雰囲気の中で語り合った。
「この前サヤちゃんが出したソロ曲、凄く良かったよ。本当に真に迫った歌声で不覚にも感動しちゃった」
愛美が言っているのは数週間前にリリースされたマジセプシングルのカップリング曲で、好きな相手に気持ちを伝えるラブソングだ。
「本当? えへへへ……実はアレ、みーくんの事を考えながら歌ったんだぁ」
「「ああやっぱり」」
愛美と博之がジロリとこちらに視線を向ける。
「な、何だよ?」
「とぼけんじゃないわよ、こんの幸せ者が」
「水輝。せっかくだから曲の感想を聞かせてやれ」
「だから何なんだよ!」
口ではそう言いつつも、俺もあの歌は何度も聴いていて、そういう意図があったと知り、急に心拍数が上がってきた。
「みーくん、私もみーくんの感想聞きたいな。私の歌、どうだったか教えて?」
追い打ちをかけるように、サヤが二人に加担する。
その顔はズルい。そんな切実な面持ちで言われたら拒めなくなる。
「……や、そりゃあもちろん良かったスよ。凄く気持ちがこもっていて」
「本当? 嬉しいっ!」
「わっちょ、やめなさい人前で!」
愛美達が居るというのに、サヤがいきなり抱き着いてきた。
「おうおう、お若いですなあ、お二人共」
「ふむ……」
愛美はニヤニヤ笑いを浮かべ、博之は眼鏡をキラーンとさせてこちらを注視する。
“お若い”ってお前はいくつだよ。
彼らも、もはや野次馬根性を隠そうとしていない。
「ねえサヤちゃん。もし良かったらこれから水輝の中学時代の恥ずかしい話でも聞かせてあげようか?」
「わー聞きたーい!」
「オイ待て! それはマジで洒落にならんからやめろ!」
さすがにそれは悪ノリが過ぎる。
人には掘り起こされたくない黒歴史と言うものがあるのだ。
「いいじゃないの水輝。サヤちゃんもこんなに聞きたがってる訳だし」
「お前はただ面白がってるだけだろ!」
「むう、然らばここは民主的に多数決で決めようではないか。水輝の昔話を聞きたい人ー?」
いや普通に考えたら、俺に味方が居ないこの状況でそんな事をしたらどうなるか、火を見るよりも明らかだろ。
「「「「はーい!」」」」
ホラね。わかってはいたが、当然の如く俺以外の全員が挙手する。
ん? というか何だか一人多いような――
「――って何で母さんまで居るんだよ!?」
いつからそこに居たのか、しれっと母が三人に混じって手を挙げていた。
「オヤツとお茶持って来てみれば何か面白い話してたから、つい何となくノリで」
「何が『つい』だよ! 余計な事してねえで、とっとと出てけよ!」
「そんな邪険にしなくてもいいじゃないのー」
母はしかし気にした素振りもなく、盆を置いて「じゃあごゆっくりねー」と呑気な調子で退室した。
自由な母親だな。
「えーそれでは気を取り直して、多数決の結果に乗っ取り、これより水輝の中学時代の話をしようと思いまーす」
オヤツのシュークリームを手に取り、高らかに愛美が言う。
待ちわびていたサヤと博之は「わーパチパチ」と盛大な拍手を送る。
「ふざけんな! 俺は許可した覚えはないぞ!」
結果に納得していない俺は尚も抵抗を試みるが、愛美は掌を向けて発言を遮った。
「大丈夫よ水輝。ちゃんと“あの事”だけは言わないようにするから」
その言葉を聞き、俺の中の抵抗の意思がしぼんでいくのを感じた。
愛美は博之よりは、他人の不幸を面白がる性質を持ち合わせてはいない。
俺が一番嫌がる話題に触れないのなら、そんなに強く反対する必要は無いかと考え始めたのだ。
ただ感覚が麻痺しているだけかもしれないが。
それから愛美は、俺が中学時代はそれなりにモテていた事や、若気の至りでファッション選びに失敗した事などを話した。
特に女子にモテていた話をしている時のサヤの喰いつきは凄まじく、目に見えてやきもきしながら傾聴していた。
俺はと言うと、所々で文句を差し挟みつつも、愛美が言って良い話題とダメな話題を割としっかり取捨選択しているのがわかったので、最後まで止めさせたりはしなかった。
こういう合理的な配慮が出来る所は愛美の長所で、博之よりマシな理由でもある。
話は思ったよりも和やかな雰囲気のまま、終了した。
「ねえ、みーくん」
「ウン?」
二人が帰った直後、サヤが神妙な面持ちをしてこう訊いた。
「あの事って……何だったの?」
まああんな感じで言われたら誰だって気になるよな。
だが――
「サヤ、今はまだその事は訊かないでくれるか? いずれ時期を見て俺の方からちゃんと話すから」
これは若気の至りといった類のものではない、あんなふざけた空気の中でするには、いささかデリケート過ぎる問題なのだ。
いくらサヤが相手でも、話すのはそれなりに心の準備が要る。
「……うんわかった」
俺の意図を汲み取ったサヤは文句一つ言わず素直に頷いた。
彼女は意外とこういう感情の機微に鋭いところがある。
不満な様子を一切表に出さないのも、俺が必ず約束を守るという、信頼の表れのように思えた。
「あ、ちょっと待ってみーくん。頬っぺにホイップクリームついてるよ」
「えっ嘘?」
さっきシュークリームを食べていた時についたのだろうか。
「どこについてる?」
「動かないで……」
次の瞬間、いきなりサヤが顔を近づけてきて、俺の頬についてるクリームをペロッと舐め取った。
当たり前だがシュークリームを食べている時に、クリームがつくのはだいたい口の周りである。
「なっ!?」
生暖かい感触が唇付近を伝い、背筋がぞわっとする。
一瞬の出来事で抵抗する暇も無かった。
「んっ美味し♪」
啞然とする俺を尻目に、口の端にチラッと舌を出して無邪気に笑うサヤ。
「何でそんなに平然としていられるんだよ!?」
「フフフッ」
しかし今ので微妙な雰囲気になっていたのが普通に戻ったのに気づいた。
もしやサヤは俺を元気づける為にやったのか?
感情の機微に鋭いとは言ったが、ここまでくると逆に末恐ろしいものを感じる。