7.否定
その日から2週間に1通、欠かさず手紙が届く様になった。
しかし内容は最初の時の様な気になる点はなく、
当たり障りのないもの。未だ送り主は不明。
今まで届いた手紙を机に並べてみる。
やはりどれも綺麗で丁寧な字。
これを書いた人は、どんな人で。どんな思いでこれを書いたんだろう。
「あれ、今日も届いたの?」
手紙を眺めていると、楓が机を挟んで正面に座った。
流石にこうも頻繁に届くと、みんなに知れ渡ってしまった。
先生からは気にしすぎない様言われた。
あまりに続く様であれば、届いても俺に通さないにしても良いと。
けれど届けば隠さず俺に持ってきて欲しいとお願いした。
隠されるくらいなら、自分でちゃんと把握しておきたい。
少なくともこの送り主は俺に何かを伝えたくて書いてるはず。
俺はその送り主の心情を知りたい。その為には途中で投げ出してはいけない。
それに今はこの手紙より気になる事があった。
「……楓、白燈は?」
「ん?あー、そう言えばさっき先生と話してるのを見かけたけど。」
ここ最近、白燈の様子がおかしい。
なんだかよく先生とこそこそ話をしている。
何をしていたのかと聞いてみれば、はぐらかされた。
…何をしてるんだ。
色々考えてみたが、結局のところは分からない。
広げていた手紙を片付ける。
「もうおしまい?」
1度首を傾げたが、一緒に片付けを手伝ってくれた。
そして夕飯の時間になり、みんなが集まりはじめる。
…白燈がいない。いつもならシスターと一緒に夕飯の準備をしているはず。
だがそこに白燈の姿はなかった。…今まで手伝わない事なんてなかったのに。
するとノック音が聞こえて、先生が入ってきた。
「やぁ。そろそろご飯の準備も終わったかな?」
先生はにこにこしながら、ちび達と話している。
…普段先生がこの時間に来ることはなく、珍しいのだ。
それに先生は今、1人で部屋に入って来た。
「先生ぇ〜、白燈が居ないんですけどぉ。」
「…あぁ、白燈かい?彼は少し用事があってね。
この時間には間に合わないから、今日はご飯が別なんだよ。」
楓の質問に一瞬。ほんの一瞬だけ顔を硬直させた様に見えたが、
すぐいつもの笑顔に戻り、さらりと答えた。
…俺の考え過ぎかもしれないが、まるでその質問をされる為に来た様に感じた。
質問されなくても、それを言う為にわざわざ来たのか。
…少し敏感になり過ぎか?
何かわいわいとちび達に話しかけられてるみたいだが。
「それじゃあ、ゆっくり楽しんで。」
シスターと何か言葉を交わし、部屋を出ていく。
俺はその後を追った。
部屋の外に出ると、分かっていたのか壁にもたれた先生が待っていた。
「やぁ、黒埜。」
「……白燈の用事って何。」
やっぱりと言いたげな顔だった。
把握されてる感じが気に食わないが、聞かずにはいられなかった。
壁にもたれて腕を組み、何か考え込んでいる先生。
…そんなに、言えない様なことなのか。
「……ごめん。今はまだ、教えられない。」
まぁ、簡単には答えてくれないだろうと思った。
“今はまだ”……。時間が経てば教えてくれるのかな。
先生と白燈が隠している事。
正直少し予想はついてる。けれど俺の考えるそれは“最悪のケース”。
出来れば外れていて欲しい勘だった。
「出来ればさぁ。…いや無理かもしれないけど。白燈には
何も聞かずにそっとしといてあげて欲しいなぁ。」
「無理だな。」
「あはっ。だよねぇ。」
即答すると、苦笑いされた。
白燈が今、何を考えているのか。何をしようとしているのか。
…今度は何を抱えているんだ。
白燈が来た日が頭によぎる。
少し胸の辺りが痛い気がする。
「…仕方ないんだよ。こうするしかなかった。」
「……。」
何に対しての言葉だろう。真意は分からない。
ただ俺の目を真っ直ぐ見てくる。
多分これ以上話しても、何も言うつもりはないんだろう。
夕飯食べ損ねてるし。さっさと部屋に戻るか。
先生に背を向け、ドアノブに手をかける。
「黒埜。」
「…何。」
呼び止められて、ドアノブにかけた手に力を入れるのをやめた。
背中は向けたままだから、先生の表情は分からない。
「…仕方ない。なんて言うのは大人の都合で。白燈にも、黒埜にも。
沢山迷惑をかけてる。2人だけじゃない。楓と龍にだって。」
あの日の事を言っているのか。
白燈と龍が怪我をしたあの日。
あの燿という男と、訳の分からない女の顔が浮かぶ。
「本当に、すまない。本来なら君たちは保護されるべき立場だ。
それを俺の力不足が原因で、怪我をさせてしまうなんて。
あってはならない事で。謝って済む話じゃないし、普通ならもう
ここにいる事すら許されない。本当にす…」
「先生。」
先生の言葉を遮って、振り返る。
先生は頭を下げようとしていた。
遮られた事に驚いたのか、その体勢のまま顔を上げた。
先生は本来、あの日にここを立ち去る予定だった。
流石にあんな事があって。先生のせいではないにしても、
世間はそれを言い訳にさせてはくれなかった。責任者な事に変わりはないと。
でも先生が今、こうしてここに居るのは俺たちのせいだった。
あの後先生が辞めなければならないと聞いて、大騒ぎになったのだ。
ちび達は泣き喚き、白燈やあの龍までもが必死に
怪我は大丈夫だと訴えた。楓は半泣きだったな。
俺も調査に来ていた大人に必死になって訴えかけ、結果的に先生はここに残った。
今考えれば先生にとって、残る事は辛い選択かもしれない。
ここに残れば、周りからなんて言われるか。分かったもんじゃない。
それでも先生はここに残ってくれた。
……あぁ、先生のこんな姿。見たくないなぁ。
「俺たちは今、こうやって不自由なく生活してる。…感謝してるんだよ、これでも。
伝わりにくいと思うけどさ。あれは、どうしようもなかった。
それに、先生だろ。あの燿とか言う奴呼んだの。それのおかげで
あれ以上酷くならずに済んだ。そもそも、もう終わった事だ。」
「……。」
初めて、先生がうつむく姿を見た。
いつも明るくて、にこにこしてて。弱いところなんて見た事ない。
あの先生辞める騒動の時だって。ずっと、少なくとも俺たちの前では。笑ってた。
何でもないような顔をして。
言ってしまえば、ここに居る孤児にとって。先生は全てだ。
“普通”で言う、親の様な存在。何でも知ってる、怒ると怖い。
思ってる事は様々だが、きっと先生を嫌いな奴は1人もいない。
きっと親が居たら、こんな感じなのかなと思う時がある。
1番、信頼されてる人。
「…笑ってよ先生。俺なんかに頭下げないで。…“先生”で居てよ。」
「っ…。そうだね、分かった。」
先生は頭を下げるのをやめた。
先生にはきつい事を言っているかもしれない。
でも先生が俺なんかに頭を下げる姿なんて見たくなかった。
そして俺は部屋に戻った。みんなはもう食べ始めていた。
楓も龍も、何も聞いてこなかった。
俺も何も言わず、黙々と食べた。
その後いつも通り風呂に入り、寝る準備を始めた。
白燈はまだ帰って来ない。
“最悪のケース”の筋が強くなっている。
…でも、もしかしたら。白燈にとっては“最良のケース”かもしれない。
大体俺は何を焦っているんだ。白燈なんて気にしなければいい。
いつだって人を避けて、関わらずに居たんだ。
居ないなら、居なくていい。…はずなのに。
随分絆されてしまった。
そんな事を考えていると、消灯時間になった。
眠れるわけもなく、とりあえず横になる。
しばらくすると、みんなの寝息が聞こえ始めた。
多分、起きてるのは俺だけか。自分の手を天井にかざしてみる。
「…小さいなぁ。」
こんな手に、頼りたいなんて。思うわけないか。
だから隠すのか、白燈。
…普段なら絶対こんな事考えないのに。
すると玄関の方からすごく小さくだが、声が聞こえた。
もしかして、白燈か?起き上がり、ドアの前まで行く。
耳をすますと、さっきより声がはっきり聞こえる。
先生と、白燈だ。
勢いよくドアを開けると、先生と白燈が驚いた表情でこちらを見た。
…白燈の服装がいつもと違う。外出用の綺麗めな服。
「こ、黒埜…。起きてたの?」
「どこに行ってたんだ。」
白燈からの質問はガン無視。先生はやれやれと頭を抱えていた。
みんなはもう寝てるし起きない様に、静かにドアを閉める。
白燈は普段から身だしなみを綺麗にしているが、ワックスまでは使わない。
…綺麗な服、セットされた髪。
“最悪”で“最良”のケースが頭をよぎる。
「何してた。こんな時間まで。」
「何だって良いでしょう?ちょっとした用事だよ。」
施設に居る様なガキが、外に用事があるなんてそう多くない。
用事なんて限られてくる。
白燈は今まで、こうして外出する事はなかった。
それを考えると“血の繋がった”家族と会っている、なんて可能性は低いと思う。
ここに居る孤児たちの中で、そう多くはないが肉親と面会する奴も居る。
家庭の事情、親の病気、金銭関係。
様々な理由で一緒に生活出来なくてここで暮らす。
俺の想像の域ではあるが、白燈は多分そうじゃない。
昔聞いた過去の事。あれが本当なら。
肉親との関係は限りなく薄いか、無いに等しいだろう。
嫌な予感がする。胸の辺りがぞわぞわする。
「……お前、もしかして。」
柄にもなく。“それ”を声にする事を躊躇してしまった。
もし、もしも。これが本当なら。白燈は。
俺の異変に気付いた白燈は首をかしげた。
しかし、その後すぐに顔色が変わった。
「白燈、」
「待って。待って、黒埜!!」
突然大声で名前を呼ばれ、身体がビクッとなった。
白燈の表情は俯いていてよく見えない。
何処か焦っている様だ。白燈の身体は震えている。
……何に、怯えてるんだ。
「お願い。それ以上、何も言わないで。…聞かないで。」
「白燈、お前何に怯えて…」
「怯えてなんかないっ!!」
「白燈、少し声が大きいよ。」
黙って俺と白燈のやりとりを見ていた先生。
白燈がこんなに大声を出すのを初めて見た。
先生の言葉にハッとなり、深呼吸をしている。
…眉間にしわを寄せて、何かを我慢しているみたいだ。
この反応から、白燈と先生が何かを隠しているのは明らか。
そしてそれを言うつもりも、無いようだ。
多分、俺の予想は当たっている。
あぁ、何で俺は。気付いてしまったんだろう。
何でこの答えに辿り着いてしまったんだろう。
気付かずに居れたなら。
きっとこんな思いもしなかっただろうに。
本当、ついてないなぁ。
「白燈。」
「嫌だ、言わないで。」
「白燈。」
白燈は俺に背中を向けてしまった。
…肩が、震えている。
「お前、“養子”になるのか。」
白燈は、何も答えない。
そしてそのまま出て行ってしまった。
先生がため息をついた。
「黒埜。話はここまでだ。…早く寝なさい。」
俺にそう伝えると、白燈を追って先生も出て行ってしまった。
玄関は静寂に包まれた。
……。なぁ白燈、先生。
なんで。
「…。否定、してくれないんだよ。」