4.異様
訪問日当日。
この日は朝から忙しい。
いつもより早めに起きて、まだみんなが寝ている中布団を片付ける。
『黒埜、行くよ。』
いつの間にか起きていて、すでに準備も済んでいる龍。
普段は誰よりも行動の遅い龍だが、この時は1番行動が早い。
俺だけが知っている龍の一面。
いつもそうやって行動してくれても良いと思うんだけど。
音をたてない様に静かに部屋から出た。
外は少しずつ明るくなりだしていた。
先に龍が木を登り、俺の荷物を受け取って貰ってから俺も続けて登る。
ある程度登ると龍が手を伸ばしてくれたから、そのまま引き上げて貰った。
移動が終わると、龍はすやすやと寝てしまった。
俺も起きたばかりだが、まだ朝早いし寝るか。
すぐには眠れないにしても、とりあえず目を閉じる。
あの出来事が脳裏をよぎる。
胸ぐらを掴んだ時の白燈の表情。
驚きと悲しみが混ざった様な顔だった。
キレたのは俺が言うのもあれだが、白燈は悪くない。
ただ、俺が子供だっただけ。あれは八つ当たりだった。
けどこれ以上惨めになるのが嫌で、謝る事すらしなかった。
逃げる事でもっと惨めになるだけなのに。
その後、何度か白燈から声をかけてくる事があった。
けれどそれも無視し続けると次第になくなった。
俺の変なプライドが事をややこしくしている。
龍はともかく、楓もそんな俺を知ってか知らずか
何も言って来なかった。
俺が言えた事じゃないが、甘いなぁと思う。
その甘さ、優しさに。少し胸が軋む様な感覚を覚えた。
…怒鳴られた方がマシだったかも、なんて。甘い考えなのかもしれないが。
施設の方から人の声が聞こえ始めた。
…そろそろみんなが起きる頃か。
遠くで聞こえる笑い声。ちび達だろう、朝から元気だな。
そんな事をぼーっと考えていると、施設の柵の向こうからエンジン音が聞こえた。
結構な台数が居る様だ。
施設の前で止まっていくエンジン音。
…訪問する奴らが来たのか。
でも俺はそこで違和感を感じた。
『…いつもより台数が多い?』
もちろん龍は反応しない。
こんな小さな声で起きる事は、まずないし。
…それにしても数が多過ぎる様に感じる。
正面玄関の方が騒がしくなってきた。入ってきたのか。
あの日の見たものが頭をよぎる。
にやにやと俺らを見下す奴ら。もう顔ははっきりとは覚えていない。
俺に恐怖を感じて、絶望的な顔に変わった瞬間。
殴った後の事は正直、よく覚えていない。
覚えているのは大人達がばたばたと焦りの表情で何か動いていた事。
気がつくと先生の部屋に居て、座っていた。
ふかふかのソファ、普段は入る事の出来ない先生の書斎、本とコーヒーの匂い。
しばらくして先生が来て、怒られる事を覚悟した時。
…強く、強く。抱き締められた。
先生は少し、震えていたのかもしれない。
『……ごめん。守ってやれなかった。…ありがとう。』
一定のリズムで頭をぽんぽんされて。
別に悲しいことなんて何もなかった。何処か痛かった訳でもない。
なのに、どうしてだろう。初めてだった。頰に温かい“何か”が伝っていくのが分かって。
静かに、混乱した。…初めてだからか。
何か分からなくて、怖くていっぱいいっぱいになっていて。
そんな俺に先生は、何も言わずただ。落ち着くまで抱き締めてくれていた。
その日を境に、俺は訪問時になると決まって龍と行動を共にする様になった。
ゆっくり目を開ける。今日は少し気温が高い様だ。
日陰ではあるが、少し汗ばんできた。
いつの間にか寝てしまっていたのか、太陽は真上に居た。
『暑〜…』
静かに零した言葉の後に、強い風が答える様に吹いた。
結構涼しいが、何故か胸にざわつきを覚えた。
何だ…?不思議に思って胸に手を当てて首を傾げていた時。
小さな足音が聞こえた。段々大きくなっていって、走っている様だ。
『っ黒埜!!龍!!』
『…楓?』
焦りと混乱の色を織り交ぜた表情でこちらを見上げていた。
急いで来た様で、汗だくで息を切らしていた。
訪問者が来ている時、この木に近寄ってくる奴はいない。
それは俺への、みんなからの無言の配慮だった。
楓の顔を見てさらに、胸がざわつく。
『どうした?何かあったのか?』
『あの、あのね。助け…えと、来てる人が…あのっ』
『待て、1回落ち着け。大丈夫だから。』
大きな目に涙を浮かべて、何から話せば良いのか分からない様だった。
楓がここまで慌てて泣きそうなんて、今までなかった。
何かあったのは確かな様だ。
急いで木から降りて楓の両肩を掴むと、俺の両腕を掴んで倒れそうになった。
慌てて腕に力を入れて支える。
『大丈夫か、ゆっくりで良いから。』
『う、うん…。ごめん。』
涙を拭って何とか1人で立つ楓だが、
混乱している様で顔は青ざめていた。
“男らしい”かと言えば、それとはかけ離れている楓だが、
いつも余裕そうでここまで怯える事があるのかと驚きが隠せなかった。
『えっと、大人達の中に変な服装の人が居て。来て早々に白燈を連れて客室に
入って行っちゃって。何話してたかは知らないけど、
部屋に入ってしばらくしたら言い合いが聞こえて…』
頑張って話してくれていたのだが、何かを思い出したのか震え出してしまった。
どうにか落ち着かせようと背中をさすってみるが、震えが止まる気配はない。
落ち着かせるなんてした事ないから、どうすれば良いのか分からない。
変な服装…。訪問してくる大人はみんな、スーツを着ている。
今まで例外はなかった。
『気付いた先生が慌ててドアを開けようとしたんだけど、鍵がかかってて。
言い合いは激しくなってくし、大きな物音もし出して…』
最初白燈を連れて行こうとするのを止めに入ろうとしたらしいのだが、
体格の良い男2人組に邪魔をされてどうにも出来なかったらしい。
混乱していて言う順番はばらばらだったが、頑張って話してくれた。
『ありがとう、大体の状況は分かった。後は__』
『“俺ら”が何とかしよう。』
上から声がしたと思ったら、隣に降りてきた。…龍、いつの間に。
話も聞いていた様で、いつから起きてたんだ。
…まぁとにかく楓は落ち着いてから来る様に言い、
1足先に龍と施設内へ走った。
施設に近付くにつれて大きくなっていく声と物音。
結構な騒ぎになっている様だ。
走った勢いのままドアを開けた瞬間。
大きな物音と共に目の前を何かが通過した。
…いや通過したと言うより、“飛んで行った”と言う方が正しいかもしれない。
飛んで行った“それ”の正体は……
『白燈!?』
『ってぇ……』
受け身を取り損ねたのか、倒れたまま立ち上がれずにいた。
急いで駆け寄ると、冷や汗をかいていた。
どうしたら良い?すごく痛そうに悶えている。
視界が少しずつ狭くなっていく気がする。
その時龍が俺を庇う様に背中を向けた。
その龍の影でハッとした。
今、白燈がどれだけ痛かろうが俺に出来る事はない。
…俺に出来る事。
龍の隣に立った。白燈に背中を向けて。
まずは例の変な服装の奴をどうにかするのが先だ。
白燈が飛んで来た方には、ドアの壊れた客室だった。
そこから出てきたのは、確かに変な服装をした奴だった。
“変な”と言うか、ここでその服装はあまりに浮いていた。
前に本か何かで見た。例えが思い付かないが、西洋のドレス?ロリータ?の様な服装。
派手な服装。髪は金髪で毛先が赤のツインテール。
なんか大きいりぼんもついてる。何㎝なんだってくらいの厚底ヒール。
悪いが正直苦手な雰囲気のある女性だった。
『アハハ❤︎軽いから結構とんだね〜❤︎』
話し方も独特。…しかしこいつが白燈を飛ばしたのだろうか。
そんな感じには見えなかった。
俺らに気付いた様で、不思議そうな顔になった。
『ん?あれ?君ら、さっき居た?』
首を傾げながらも、視線はこちらに向いていた。
瞬きもせず、じっと俺らを見ている。
その顔は、あまりに不気味だった。
ゾクッと背筋に寒気が走る。
思わず後ずさりしそうになった時、右腕を掴まれた。
そこでハッとする。隣を見ると龍は真っ直ぐ前を見ていた。
“大丈夫だから”、そう言われている気がした。
後ろに下がろうとしていた左足を戻す。
未だに瞬きせず俺らを見ている顔に恐怖と寒気を感じたが、
もうさっきみたいに後ずさる事はなかった。
右腕にある温もりに支えられていた。
そんな俺達を見てか、無表情の口の橋が少し上がった。
傾げたままだった体勢から顔が元の位置に戻る。
『君、面白いね。』
先ほどの変な話し方とは違い、落ち着いた感じだった。
口元は笑っていたが、目は笑っていなくて真っ直ぐ龍を見ていた。
龍は俺の手を掴んだまま、ピクリとも動かない。
俺は蚊帳の外状態だった。
『でも〜、タイプ的にはこっちかなぁ❤︎』
『っっっ!!!!』
変な話し方に戻ったかと思った瞬間。
離れていたはずの距離は一気に縮まり、いつの間にか目の前にいた。
俺は反応しきれなかった。
その女の手が俺の頰へと伸び、触れる直前。
強い力に引っ張られて、ぎりぎりの所で避ける事が出来た。
驚きのあまり動けなかった俺を、龍が自分の所へ引き寄せてくれたらしい。
気付いた時には、龍の胸の中に居た。
『何よ〜、ちょっと触れるくらい❤︎』
『……。』
話している声とは反比例に、ムッとした表情になる女。
龍は何も言わない。ただじっと女の方を見ているだけだった。
女は話すがそれに対して、俺達は何も反応しないので場には変な空気が流れていた。
スーツを着た大人達は、ただ呆然とこちらを見ていて
シスターはちび達を庇う様に抱きかかえていた。
先生は俺たちが来た時からすでに部屋に居なかった。
楓の話だと、居ておかしくないのだが。
そもそもこの女は誰なのか。何が目的なのか。
どうして白燈は突き飛ばされていたのか。
この女の行動速度の異常さ。何故スーツの大人達は見ているだけなのか。
分からない事が多過ぎる。まずはこの状況を整理したい。
『なんで、白燈を突き飛ばしたんだ。』
『あ❤︎やっと声聞けた❤︎タイプだしぃ、声も良い感じね❤︎良いよ、答えてあげる❤︎』
返答したのが嬉しかったのか、にこにこと笑っている。
俺はまだ龍の胸の中に居たが、安心するのでそのまま動かずに居た。
龍も動こうとはしなかった。
この女の行動速度から、少しも油断は出来ない。
一緒にくっついていた方がいい気もする。
…なんて考えていた時、
『でも〜、ちょっとその状況が気に入らないかなぁ❤︎』
『〜〜、くそっ!!』
その一瞬で近づいて来た女に反応した龍は、俺を突き飛ばした。
いきなりの事で反応出来ず、そのまま床に倒れた。
龍も俺を突き飛ばした反動で、反対側に倒れた様だ。
俺と龍に大きな距離が出来てしまった。その間で宙を舞った女の手。
くるりと俺の方へと向き直し、にこにこしている。
『やっと邪魔が消えた❤︎』
『っ…。』
龍が居なくなって思わず息を呑む。
少しずつ近付いてくる女。
その後ろでどうにかこちらへ来ようとしている龍が見えた。
するとその歩みを止め、龍の方に振り返った女。
どんな表情をしているのかは分からない。
俺はその隙に後ずさった。
この状況はまずい。俺はまだ1度もこの女の速さに反応出来ていない。
龍が女の顔を見て、止まったのが分かった。
そして悔しそうな、何とも言えない表情になる。
『邪魔、しないでよ。』
その声だけで背筋が凍った。今までの声と比べると、低くドスの効いた声。
この見た目の女から発せられた声とは思えないほどだった。
くるりとこちらを向く。表情はにこにこしていた。
『えっと〜?どうして?って質問だったよね?❤︎いやね、あまりに生意気だったからさ〜』
『生意気?』
『そう❤︎ちょーっと好奇心って言うの?テンション上がってたからさ〜❤︎ここの事を悪く
言っちゃったの❤︎汚いとか❤︎ごめんね?❤︎本心じゃないのよ?❤︎むしろダイスキ❤︎そしたらさ〜…』
ちらりと白燈の方を見る。俺もその視線を追う。
白燈は先程よりは痛みが落ち着いた様だが、眉間にしわを寄せていた。
両手は腹部を抑えたまま。
『怒らせちゃって❤︎お部屋でお話ししようとしたら肩掴んでくるんだもん。
女の子には優しくするのがマナーでしょう?❤︎つい足が出ちゃって❤︎
加減はしたつもりなんだけど、思った以上に飛んでっちゃった❤︎』
にこにこと話すこの女に対して、寒気がする。
動くスピード、服、話し方、…。全てが異様で、異常に感じた。
さっきから鳥肌がおさまらない。すると女の手がゆっくり俺へと伸びてきた。
ゆっくりなのに。俺は反応出来なかった。動けなかった。
俺の顔を覆う様に伸びてくる手の指の間から、女の笑った顔が見えた。
息を呑み、強く目を閉じる。顔面に女の手が…触れるはずだった。
何が起きたのか、分からなかった。
覚悟して目を閉じた後、顔面ではなく左手に温もりを感じたのだ。
床に座り込んだままの俺の身体を支えていた左手を、後ろから強く引かれた。
予想外の出来事に、そのままバランスを崩して床に倒れ込んだ。
女の手は先程まで俺の頭があったであろう位置で止まっていた。
女も目を丸くしている。
俺を引き寄せたモノの方へと視線を向けると、視界が真っ暗になった。
『___白燈。』
少し上を見ると、あの綺麗な顔があった。思わず名前をつぶやく。
息切れをしている白燈は、俺を大事そうに抱き締めた。
動くのもやっとの様で、ただ黙って女を睨んでいた。
その場の空気が一瞬凍ってしまったかの様だった。
しかし次の瞬間、俺と白燈の前に立っていたはずの女が消えた。
…いや、“避けた”と言う方が正しいか。
一瞬の隙をついて、近くにあった椅子を高く振り上げている龍。
女はそれに反応して避け、無残に床に叩きつけられる椅子。
勢いを殺す事が出来ない程、全力で殴りかかろうとしたのだろう。
その椅子は大きな音をたてて、脚が折れた。
木製だったため、辺りに木片が散乱する。
『黒埜!!大丈夫!?』
俺の元へ駆け寄ってきて、身体を引き上げてくれる龍。
白燈はうつむいていて、苦しそうな呼吸が聞こえた。
冷や汗をかいている様だ。
『だめ、だよ。あの女に触れられた時、何が起きたのか分からなくて。
触れたと思った瞬間、激しい痛みと、気付いたらここまで飛ばされてた。』
荒い呼吸の中、説明してくれる白燈。
もう座っているのがやっとの白燈の肩を両手で支えた。
少しだけだったが、体重を預けてくれる。
龍はすでに女の方に向き直っていた。
女は大きなため息をついた。そして大きく息を吸い込んで、真っ直ぐ俺たちを見据える。
その大きな目には俺たち3人が写っていた。
『何、さっきから。“君ら”も邪魔するの?』
さっきとは明らかに声のトーンが変わった。
“君ら”か。…不意に視界を塞がれた。
目の前には龍の背中。
『…っっ。お前が一番ムカつく!!!』
すると突然目の前から龍が消えた。
正確には“飛ばされた”と言った方が良いかもしれない。
急に激高した女は龍に蹴りを入れたのだ。そのまま右側へ飛ばされる。
龍の身体は壁に激しく打ち付けられ、そのまま床にズレ落ちた。
この女の力は異常だ。見た目からは考えられない。
『面倒だから、お前。動けなくしてアゲル❤︎』
話し方のおかしい女は、一歩一歩ゆっくりと龍に近づいていく。
龍は床に倒れたまま、動かない。
龍は自分を犠牲にして、俺を守ってくれた。
次は俺が。手の震えを誤魔化す様に強く握り締める。
白燈から手を離し、立ち上がって一歩前に出る。
女はゆっくり歩いているが、今ここから走り出しても
女の方が先に龍に辿り着いてしまう。
…ならば。
女に標準を合わせ、一気に走り出した。
女の身体に全体重をかけて、タックルを仕掛ける。
その一瞬のうちに、女がこちらを向いた。
足を振り上げている。もう避ける事は出来ない。
慌てて立ち止まり、目をぎゅっと閉じて覚悟を決めた。
……痛みがない。
足もちゃんと両足、床についている。大きな音もしない、静かだった。
ゆっくりと目を開けると、知らない男の背中があった。
スーツを着ていて、スラッとしている。
清潔感はあるが髪が少し長く、真っ赤なリボンで綺麗に結んであった。
その男が女の蹴りを受け止めたのか。
人間1人を軽々と飛ばしてしまうあの蹴りを、その細腕で静かに受け止めたのか。
頰に冷や汗が流れた。
……多分、こいつもやばい。
『いい加減にしろ。少し騒ぎ過ぎだ。』
『……燿。』
“燿”そう呼ばれた男はゆっくりと右腕を下ろし、少しはらう動作をした。
女もようやく落ち着いたのか、静かになった。
顔は“不満しかない”と言う表情で、両腕を組んで仁王立ちしている。
燿は龍へと近づき、ゆっくりを龍の身体を引き上げた。
壁にもたれる様に座らされる龍。その表情はよく見えない。
すると燿は俺へ向き合った。動作1つに身体がビクッと反応してしまう。
整った、綺麗な顔だった。その目に感情はなく、まさに“無”そのものだった。
そのまま静かに頭を下げた。
『連れが失礼した。どうも派手にやってくれたらしい。』
ちらりと動いた燿の視線の先には、
まだお腹を抱えたまま座っている白燈がいた。
顔色は最初よりかは、回復している様だ。
燿の動きはすごく静かで、“美しい”と言う言葉が合う。
白燈と同じ類いの人間に感じる。
燿は静かに俺の頰へと手を伸ばした。添えられた手はびっくりする程、冷たい。
そしてゆっくりと親指で撫でられた。
『…怖い思いをさせた事。どうか許してほしい。こちらの神父殿から連絡を受けたのだが。
別件で遅くなってしまった。本当なら最初から居るつもりだったのだが、
緊急で。…本当にすまない。』
無表情で冷たい顔が、少しだけ悲しそうに見えた。
燿とは初対面。見覚えもない。
そのはずなのに、この表情と態度は何だ?
胸元らへんがざわつく。嫌な感じ。
すると冷たい手がゆっくりと離れていった。
くるりと向きを変え、今までじっとしていた大人達の方を向く。
『さて仕事だ。負傷者の手当てと、片付けを頼む。…いいか、丁寧に扱えよ。』
その一言で大人達は一気に動き出した。
多分だが、この燿という男もあの派手な女も。この大人達より若い。
何と言えばいいか分からないが、そんな感じがした。
白燈と龍はあっという間に大人達に囲まれた。
砕け散った椅子も、壊れたドアの残骸も、綺麗に片付けられていく。
ちび達はようやく空気が変わった事で、徐々に落ち着きを取り戻していた。
燿と女は何か話しをしている様だが、よく聞き取れない。
俺は何も出来ず、ただ立っているだけだった。
少しして白燈と龍を囲んでいた大人達が、燿と女の後ろに並んだ。
白燈と龍の身体には、包帯がちらほらと見える。
2人とも椅子に座り、目を閉じてじっとしている。
『本日はこれにて失礼する。本日多くの御無礼、どうかお許し願いたい。
神父殿、また後日改めて挨拶含め謝罪をさせて頂きたい。では。』
燿を先頭にぞろぞろと大人達が帰っていく。
全員が部屋を出て行った後、力なく座り込んだ。
遠くで先生の声が聞こえる。俺に何か言っているようだ。
俺は無傷で。かすり傷1つ__ない。
それなのに、身体は酷く震えていた。