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墓場と白。  作者: 劣
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3.未熟


何年前だったかは忘れた。

白燈ハクヒが来て間もない頃だった気もするし、随分経ってた様な気もする。


だがあの頃はまだ、俺が精神的に不安定な時期だった。

不安定な事について、自覚はあった。

けれど、どうしたら良いのか分からなかった。

ただ全てにイライラして、不快で仕方なかった。


黒埜コクヤ、ご飯出来たよ。』


俺は施設から離れたあの大きな木にもたれて座っていた。

白燈ハクヒは恐る恐る近付いて来る。

俺はそれを1度も見る事なく立ち上がり、施設内に戻るため歩き出した。

後ろの方で慌てて付いて来る足音が聞こえた。

気遣うつもりはないので、さらに歩く足を早めて中に入った。


机の周りには俺と白燈ハクヒ以外、全員揃っていた。

先に座っているカエデリュウの間に座る。

いつからこうなったのか覚えてないが、ここが俺の定位置だった。

白燈ハクヒは俺の真正面の席。両サイドはちび達。

周りはわいわい楽しそうに会話しているが、俺は無言で食べ続けた。

ちらちらとこっちを見て来る白燈ハクヒの視線が気にはなるが。


『やっぱり凄いねぇ。目閉じてるのにちゃんと食べてる。』


にこにこしながら白燈ハクヒの食べている姿を見ているカエデ

食べ始めてからカエデの視線は白燈ハクヒに釘付けだ。

さすがに白燈ハクヒも苦笑いしている。


『それに見た目も綺麗でさ〜。』


白燈ハクヒは返事に困っている様だった。

俺と全てが正反対な白燈ハクヒ

白銀の髪に長いまつげで、細身でスラッとしている。

真っ黒な髪で、死んだ様な目で他に特徴のない俺。

嫌という程に、自分の醜さを突き付けられている様な気がした。

白燈ハクヒを見る度に、イライラした。


食べ終えて、食器を片付け始める。

食事後、自分の使った物は自分で流しまで持っていくのが決まり。

流しに食器を置く。


『あ、みんな居るかい?』


みんなが食べている部屋に先生が来た様だ。

戻るとみんな、先生を見ていた。

この時間に先生が来るのは、本当に珍しい。


『お知らせがあってさ。みんなが居るこの時間が良いかと思ってね。

実は今週末、外部の人が施設見学をしに来るんだよ。』


いつもこの時期になると、10人前後の大人がやって来る。

スーツを着ているせいか、圧が凄くてちび達の何人かは泣いてしまう。


…この訪問は本当に嫌いだ。

施設内の設備、子供の健康状態、神父・シスター達との情報共有などを

行う事が目的らしいが。


『みんなは普段通りにしてて良いからね!大きい人がいっぱい来るけど、

大丈夫!怖くないからね。』


ちび達、そして白燈ハクヒはいまいちピンときてない様だった。

ちび達は覚えてない、初めての奴もいるしな。

白燈ハクヒはこれが初めてだろう。


リュウは興味なさげに食べ続けていて、カエデは複雑そうな顔をしていた。

ふと先生と目が合い、微笑まれた。


黒埜コクヤ、君はリュウと一緒に居ると良い。リュウはいつもの場所から

動かないだろうからね。』


先生はリュウへ視線を向けるが、特に反応せずまだ食べていた。

俺はこの訪問時になると、施設に近付かない。

リュウがいつも寝ているあの木に登ってしまば、気付かれない。

訪問中は木の上でただ時間を潰す。

寝たりもするが基本的に暇なので、本など暇つぶしになる物を準備しないといけない。

何をするか、いつも悩む。


リュウの様に長時間寝る事が出来れば楽なんだけど。

さすがにそれは無理だ。身体がバキバキになる。

先生が部屋を出ていくと、また食事が再開された。

…風呂の準備するか。


『あ、黒埜コクヤリュウ黒埜コクヤって明日別行動なの?』


『……あぁ。』


慌てた様子で近づいてきた白燈ハクヒ

先程までまだ食べていたはずの白燈ハクヒは急いで片付けてきた様だ。

風呂の準備ついでに、明日の荷物も軽くまとめとくか。


『どうして?』


『…お前には一生分からない理由。』


無意識に冷たい言い方になってしまった。

けれどそれをフォローする事はしなかった。しようと思わなかった。

これは八つ当たり。頭では充分理解していた。

だが、言わなくても良い事まで口走ってしまうんだ。

特に冷静さが欠けている今、とかな。


『っ…。僕はここに来て初めて訪問見学がある事を知ったんだ。

聞かないと分からな…』


『聞いても、だ。』


思わず被せ気味に言ってしまう。

白燈ハクヒはムッとした顔になる。

いつもにこにこしてばかりだからか、こんな顔も出来るのかと驚いた。

白燈ハクヒの“怒”の表情を見たのは、この日が初めてだった。


この時、これ以上余計な事を言わなければ良いのに。

俺はすでに、止まらなくなっていた。

もっと白燈ハクヒの怒った表情を見たいという。

好奇心が勝ってしまった瞬間だった。


『勝手に決めつけるなよ。聞いてみないと分からないだろ。』


『お前には縁もゆかりもない、聞かなくて良い話だって言ってんだよ。』


『どうしてそうやって決めつける?』


ヒートアップしていく会話に周りがざわざわし始めた。

ちび達を見ていたシスター達もちらちらと気にしている様だった。

…注目されるのは嫌いなんだけどなぁ。

そんな事をぼーっと考えていた。


『それはお前にあって、俺にはない物だから。』


『僕にあって、黒埜コクヤにないもの…?』


『はぁ、しつこいな。もう良いだろ。』


これ以上、注目されるのは勘弁して欲しい。

充分怒った表情も見れたし。

これ以上騒いでも面倒なだけだ。良い事なんてない。


大体荷物はまとめたし、1足先に風呂に入ってしまおう。

明日の荷物を端に寄せて、着替えを手に持つ。

すると後ろから強めの力で肩を掴まれた。


『良くない!!家族の事を知りたいと思うのは普通だろっ!?』


『何言ってる。他人は他人だ。』


掴まれた肩にある手を振りほどく。

白燈ハクヒは凄く傷付いた顔をしていた。

俺は何も間違った事を言っていない。

誰1人として、ここに血の繋がりは存在しない。

結局のところ、1人は1人だ。


黒埜コクヤは僕に名前をくれた。その時から僕は家族だって__』


『うるせぇな。知るかよ、そんな事。家族だって言うなら放っておけよ。

いちいち深入りしようとしてくんな。』


『ちょっと、黒埜コクヤ。言い過ぎ。』


見かねたカエデが俺と白燈ハクヒの間に入る。

重い空気が流れた。

白燈ハクヒの傷付いた様な顔にイラついた。


『さっきからイラついてたみたいだし、気にしなくて良いからね。

黒埜コクヤは少し頭冷やせ。それは八つ当たりだよ。』


カエデ白燈ハクヒを庇う様な態度にもイラついた。

八つ当たりなのは分かってる。

それでも深入りしてくる白燈ハクヒに、イラつかないのは無理な話だった。


『これからを考えると、言っておいた方が良いと思うけど。』


反応しないでいると、ため息をつかれた。

自分の口で白燈ハクヒに言うには、あまりに惨めだった。

そんなの、これ以上は御免だ。


『昔ね、訪問しに来た人と問題になってね。…相手を怪我させたんだ。

その時は相手も非を認めてくれてそれ以上騒ぎにならずに済んだんだけど、

それ以降黒埜コクヤは参加しない様にしてるんだよ。』


カエデの話を聞いて、白燈ハクヒは顔をこちらに向けた。

俺は外の方を見る様にして、背を向けた。

何となく、白燈ハクヒの顔を見たくなかった。

別に言う言わないどっちでも、支障はないのに。

カエデも余計な事をする。お節介が。

怒りが募るばかりだった。


『まぁ、その問題って言うのがね。その大人が言ったんだよ。…見た目の事。』


『見た目?』


『うん。多分黒埜コクヤ1人に対してだったら何も言わなかったんだろうね。

けどさ、小声でだったみたいだけど“やっぱり施設のガキは汚い”だなんだって。

黒埜コクヤだけ聞こえちゃったみたいで。それにキレたの。』


あの時、たまたま聞こえてしまった。

小声でニヤニヤと笑いながら言ってる奴らの姿が頭をよぎる。

気付いたら先に手が出ていた。

俺自身だけ、見下されるのはもう慣れた。

けれどこの施設の事を知りもしない奴らに悪く言われるのは許せなかった。

ボコボコにして、向こうが悪いのだと認めさせた。

いい大人がこんな醜い見た目の施設のガキに泣きながら謝る姿は笑いものだった。


『え、でもさ。ちゃんと解決したんなら、大丈夫なんじゃ…』


『はぁ?笑わせんなよ。だからお前には分からねぇって言ったんだ。

“大丈夫”な事なんて無いんだよ。また同じ事があれば今度は話せなくしてやる。』


どれだけ時間が経とうが、言う奴は言う。

俺だってキレたくてキレる訳じゃない。

顔を合わせない事でキレずに済むのならそうする。

それが最善策だ。


『みんな、というか黒埜コクヤはさ。気にし過ぎなんだよ。言われたらそれは不快だけど、

相手だって人間だし。言えば伝わるでしょ?それにここに汚い人なんて居ないんだから。』


ブチっと。何かが切れた様な感覚。

気付けば手に持っていた着替えを床に落として、白燈ハクヒを突き飛ばしていた。

白燈ハクヒはそのまま、床に倒れる。大きな音がした。

ほんの一瞬の出来事に、反応出来る奴はいなかった。

そのまま白燈ハクヒに馬乗りになって、胸ぐらを掴んだ。

白燈ハクヒは唖然とした表情だった。


『…お前に。何が分かる。分かる訳ないよな?知った様な口で、いい加減にしろよ。』


先程まで聞こえていたちび達の声も消え、部屋は静かになった。

全員がこちらを見ている。

あまりに静かで、時計の針の音が聞こえた。


『ねぇ、そのくらいにしといたら。』


『……リュウ。』


近づいて来ていた事に全く気付かなかった。

俺の肩を掴み、白燈ハクヒの上から俺を立ち上がらせた。

白燈ハクヒの手を取り、起き上げている。


どうせこのまま話したところで、会話は平行線のままだろう。

ゆっくり息を吐いて、床に落としたままになっていた着替えを拾う。

そうだ、俺は風呂に行こうとしたんだ。

元々大勢の視線を向けられるのが好きじゃない。

逃げる様にその場を後にした。


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