30.彼等
決着のつかぬまま、互いの体力だけがすり減っていく。
俺たちにはもちろんだが、燿と迅李の
顔にも疲労の色が見え始めていた。
お互い、神経と体力をすり減らしながら戦っている。
気を抜けばどちらが倒れてもおかしくない状況。
苦しくはあるが、引くつもりもない。
みんなで生きる為に。その気持ちを胸にパイプを振り上げる。
燿はそれを受け止めはせず、避ける様になった。
きっと燿のにも、体力の限界が来ている。
体力温存の為、だろうな。
白燈もすかさず攻撃を試みるが避けられる。
白燈のあの一撃以降、
まともなダメージを与えられていない。
この苦しい場面で一撃入れられるのは大きい。
パイプをひたすら振り回して、隙を探す。
パイプが空気を切る音、床や柱をこする音。
警棒の電流の音が教会内に響く中で、
龍の声がした。思わず振り向く。
「ゔぁっ!!」
「 龍っ!??」
床に倒れている龍。肩を強く押さえている。
持っていた十字架は少し離れたところに落ちていた。
痛みに悶える龍の顔には、
今までとは桁違いの危ない空気を感じた。
近寄っていく迅李が不気味に笑う。
「これでおしまぁい❤︎」
「っ! 龍っ…」
__バチバチバチッ
警棒を振り上げる。
間に合わないと分かっていたが、走り出そうとした時。
俺の前を“何か”が横切る。
「させるかぁ!!!」
「 龍っ!」
それは先生と楓だった。
楓は何処から持って来たのか、
パイプ椅子で迅李を正面から殴った。
予想外過ぎる出来事にさすがの迅李も驚きを隠せない。
直撃はしたが、迅李はバク宙しながら後退する。
運動能力が高く、攻撃をされたにも関わらず綺麗なフォーム。
迅李はまだそれだけ余裕があるという事か?
先生は楓が殴っている隙に、
龍を抱えて距離を取る。
「 黒埜っ!危ねえ!!」
「っ!」
俺も人の心配をする余裕はない。
白燈の声で反応して、ぎりぎりのところで警棒を避けた。
避けた反動でパイプを振り回すが、当たらない。
これではラチがあかない。
続けて攻撃を試みるが全部空振り。
「うわぁああひぃぃいぃ来るなぁぁぁ!!」
「!?」
また後ろからの叫び声に振り向いてしまった。
柱に追い詰められた楓。
酷く怯えていてパイプ椅子を落としてしまった。
流石にまずい。額から嫌な汗が流れる。
「ここはいいから行って!!」
「 白燈っ!でも、」
「いいから早く!!!」
白燈に背中を押され、走り出した。
白燈を1人にするのも危険だが、
それ以上に楓が危ない。
パイプを振る回すが警棒を上手く使って避けられてしまう。
しかし後退したので楓から引き離す事は成功。
怯えきっている楓の腕を掴んで、盾になる。
楓は俺の背中で小さくなり震えていた。
俺たちの中では1番怖がりな楓。
きっと龍を助ける時も怖かったはず。
「よく頑張った。 龍を助けてくれてありがとう。」
「…違う、違うんだ。」
震えながら何かを言おうとする。
俺の服を掴んで何とか落ち着こうとするが、
震えは一向に止まりそうにない。
このままでは俺も戦えない。
どうするべきかと考えていると、
楓は口を開いた。
「似て、たんだ。若い、女の人、が、」
何を言っているのか、分からないけど。
きっとそれはトラウマ、なのだろう。
そのトラウマがいつのものか分からないが、
今まで一緒に居てこんな事はなかった。
……親の記憶か?何となくそう思った。
「大丈夫。よく見て。」
「ひっ…あ、」
無理矢理顔を掴んで迅李を見せる。
迅李はこっちを睨みながら様子を伺っている。
楓は一瞬怯えたが、
すぐにトラウマのものとは違うのだと気付いたらしい。
震えが止まった。
「巻き込まれない様に龍と先生のとこに行ってな。」
「で、でも、」
「大丈夫、大丈夫だから。」
楓を追いやって、パイプを握り直す。
ここからは、1人だ。
みんなを守る為、やらなきゃいけない。
大丈夫、そう言い聞かせながら走り出す。
警棒とパイプのぶつかる音が響く。
すると迅李の顔が一瞬、歪んだ。
俺はそこを見逃さなかった。
「ここだぁああああ!!!」
「っ!!」
その一撃は迅李の手首に見事当たり、
警棒が宙を舞って弾き飛んだ。
勢い任せにパイプで殴ると迅李は腕でガードしたが、
パイプの一撃を腕では庇いきれない。
短い唸り声をあげ、床に倒れ込む。
俺は急いで警棒の回収に向かった。
床に転がっている警棒を掴んでやっと、深呼吸をする。
これで迅李は武器なしだ。
それでもこいつが怪力だって事を忘れてはいけない。
試しにボタンを押すと、けたたましい音で電気が流れる。
でもこれで、少しは状況も変わるか?
迅李がゆっくりと起き上がる。
「別に続けてもいいけど、傷を負うだけじゃないか?
今なら軽傷で済むぞ。」
「ははっ、面白い事言うね…」
立ち上がった迅李は弱々しく笑った。
腕は震えている様に見える。結構ダメージを食らっているらしい。
ふらふらしながらもじっとこっちを見る。
その目はさっきよりも、生き生きしているみたいだった。
「僕は、武闘派の集落で育ったんだ。
今はもう、僕しか居ないけど。そんな僕が逃げちゃ、
死んでったみんなに笑われちゃう。」
「絶滅した、武闘派の集落……もしかして、!」
後ろで先生の声が聞こえる。
先生は何か心当たりがあるらしい。
その声に迅李はまた笑った。
「昔森に入った子供の殺害を疑われた集落が惨殺されたって事件…。
結果その集落は何もしてなくて、
偶然集落の外に居た女の子が1人生き残った事件があった。」
「ふふふ…よく知ってるねぇ❤︎
そんな僕が"逃げる"なんて、する訳ないでしょ?❤︎
武闘派の名が廃れちゃう❤︎」
そして真っ直ぐ俺に向かって走って来る。
迅李は戦う事を辞めない。
…それがいつも正解ではないと。
教えてやらないといけない。
警棒のボタンを押す。電気の流れる音。
別に怪我をさせたい訳じゃない。
出来れば軽傷で、戦う気を失わせる方法は…。
掴みかかろうとする迅李の手を避ける。
すぐにもう片方の手で、俺を掴もうとするのも避ける。
意地でも俺の動きを塞いで、警棒を取り戻す気らしい。
避けながら隙を見つけ、その手に向かって警棒を当てる。
叩くと言うよりは一瞬当てて、電流でダメージを与える感じ。
_バチッッ!!!
「っ!!」
「逃がさない。」
電流に怯んだ隙を逃す訳にはいかない。
電気の流れる警棒を迅李の首元に近付ける。
迅李は咄嗟に腕でガードしたが、
袖が焼けてしまったのか煙と焦げ臭い匂いが鼻をかすめる。
もう腕はぼろぼろで、痣や火傷跡が目立つ。
笑ってはいるものの、痛みからか引きって歪んだ表情。
「そこまで、ぼろぼろになってまで、
燿に協力する理由は何だ。借りでもあるのか。」
「…。」
質問には答えず、唇を噛み締めている。
迅李には実力がある。
きっと迅李がその気になれば、
燿を含めたこの場全員を殺す事だって出来たはず。
しかし今の状況は圧倒的劣勢。
「もしかして、迷ってるんじゃないの。
…間違ってるんじゃないかって。」
「…。」
「 燿は間違っていて。
こんな事意味がない、辞めるべきだって。
気付いてるんだろ?どうして止めてやらない?」
迅李の、目の奥が微かに揺らぐ。
ここ来てすぐ、 迅李は辞めたらと口にした。
燿の一言によって飲み込んでしまったけど。
飲み込んでもなお、心の奥底にはきっと。
だから本気が出しきれず、今の状況になってしまった。
迷いがあったから、隙を作ってしまった。
俺が優勢になれる程の、隙。
迅李は頭のおかしい奴だと勝手に思っていた。
けど多分こいつは燿より、
それ以上にちゃんと仲間意識があるんだ。
「自分の思ってる事飲み込んで。黙って見てるだけが優しさか?」
「…っ。」
「…そんなの、相手の顔色伺ってるだけじゃねぇか。
お前は燿を受け止めてやる事も、
間違っていると教えてやる事も出来ない。
家族同然の奴に、意見1つ言えないお前に!!
俺らを!!殺す覚悟があってたまるかよっ!!!」
頭に血が上って、思いのまま叫び走り寄る。
その言葉は確かに迅李に届いて、動きを封じた。
抵抗なく警棒は迅李の首元に当たり、
耳を塞ぎたくなる様な電流音が教会内に響き渡った。
ボタンから手を離すとその音は止んだ。静寂の中、迅李は床に倒れた。
燿と白燈も一連の流れを見ていたらしく、
唖然とした顔でこちらを見ていた。
迅李は意識があって目も開いていたが、
小さな唸り声をあげ続けるだけで起き上がろうとしない。
…その目は涙で濡れていた。
「… 迅李?」
燿が呼ぶが、もちろん返事はない。
身体中が痺れて声も出ない、立てもしない。
燿の顔はみるみる内に青ざめていく。
しかし次の瞬間には、白燈に向かって走って行った。
は、?俺は目を疑う。…切り替えの早さが尋常じゃない。
こっちに来るかと思ったが、戦いを続行した。
迅李は、仲間じゃなかったのか。
こうなると迅李が不憫で仕方なかった。
警棒のボタンを押すと、変わらず嫌な電流音が響く。
俺はボタンを押したまま、 白燈に加勢する。
2人がかりでも燿の動きはやはり早く、
次々と受け止められ避けられてしまう。
「お前に燿に!!良心はないのかよっ!
迅李は、仲間じゃなかったのかっ!!」
「俺は俺のやるべき事をするだけだ。
邪魔をする奴も、足手まといな奴も俺にはいらない。」
冷たい言葉を吐き、俺と白燈の攻撃を跳ね除け距離を取られる。
俺の脳裏には迅李の涙を流す顔が横切る。
ブチっと頭の中で音がする。
本当に燿、お前は、救えない。
「お前は、そうやって周りを見る事をして来なかったんだな。」
「…あ゛?」
じっと、怒りに満ちた目が俺を映す。
俺は身体中を満たす自身の怒りを、
ゆっくり息と共に吐き出す。
落ち着け、そう自分に言い聞かせながら。
「お前がそうして疎かにしてきた結果、俺の両親は死んだ。
迅李は俺相手に、動けなくなった。」
「何が、言いた、」
「まだ、気付かないのかよ。」
まだだ、まだ。
今にも殴りかかりたい本能を、理性が必死に抑える。
俺も、 燿も、互いから目を離さない。
「お前言ったよな、母親が自分を撫でた時嬉しかったって。
じゃあお前は、泣いてる母親に、何かしたのか?
抱き締めたか?寄り添ったか?
聞いた限りお前はそれを傍観してただけに聞こえたが?」
「…!」
「お前の母親が死ぬ前、お前を膝の上に座らせた。
お前の話の中ではそれが初めて、お前と母親が触れ合った時だった。
何故母親はお前を抱き抱えた?
何故お前に、父親に対する気持ちを話した?」
「…。」
「っっ!!分からないのかよっ!!!」
1度だけハッとした顔をするが、
すぐに表情を曇らせていく燿。
なんでどうして、気付かない?
全てを言ってしまうのは簡単だ。ただ事実を述べるだけ。
でもこいつは、こいつの場合は。
自分で気付かなきゃ、意味がない…!!
俺が何を言ったところで嘘だと突き返されるだけ。
だから自分で気付かせないと、こいつはいつまでも受け入れない。
どうする?もう言ってしまうか?
もどかしさばかりで、手段が見つからない。
「分からないって何だよ、他人のお前に何が分かる?
会った事も、見た事もない俺の母の何がお前に分かったって言うんだよ。」
燿は酷く混乱している様で、頭を抱えて唸りだした。
今まで思っていた事が勘違いであったと言われ。
他人の俺には分かって、燿本人が気付いていない母の気持ち。
きっと予想外ばかりの出来事に、
気持ちと頭の整理が追いついていない。
すると震える手で警棒を持ち直す燿。
ボタンを何度も押しては、電気を流す。
「…うるさい、うるさいんだよ。
俺は、愛されていなかった、それが現実で、事実で、」
ぶつぶつと呪文の様に繰り返している。
白燈は燿を警戒し、攻撃態勢をとる。
こいつは今極限の精神状態。変に刺激するのは避けたいが。
どうするか、そう考えた時だった。
俺は警戒していた。隙を見せたつもりもない。
…無自覚のうちに隙が出来てしまっていたらしい。
「うわああぁあああ!!!」
「な、っ!!!」
__バチバチバチバチッ!!
叫び狂う燿は何の前兆もなく、
本当に突然、襲い掛かってきた。
力を入れていたはずの身体は反応が遅れ、避けれないと悟る。
だめだ、ムカつくほど綺麗に俺の胸に飛び込んで来る。
警棒が直撃してしまえば、きっと意識は飛ぶ。
電流のショックで生きているかすら予測出来ない。
途端に怖くなって、強く目を閉じた。
…耳に響いたのは嫌な程響く電流音。
鼻をかすめたこの匂いは肌の焼ける匂いだろうか。
確かに、警棒は直撃している。
しかし俺に、痛みは来ない。
あったのは、……温もりだった。
「……………、…せ、んせ、…?」
なんで?どうして?何が起こってる?
先生は確かに俺の後ろに居たはず、だって楓と龍と。
俺よりずっと後ろに居たよね?
頭が真っ白で、考えたいのに働いてくれない。
「…間に、合って、良かったぁ。」
「なんで、せんせ?ここに、」
「ははっ、痛い、なぁ。」
掠れた笑い声がすぐ耳元で聞こえる。
違う、聞きたい事はそんな事じゃなくて。
じわりと身体のずっと奥にいたかの様に熱い涙が、
目から溢れて頰に流れてく。
熱くて熱くて、火傷しそうなくらいに熱い涙。
震える手で先生の身体を支えるが、
先生はもう力が入らないみたいで全体重が身体にのしかかる。
「僕、何も出来てなかった、から。
ごめん、ごめんね?頼りなくて、何も出来なくて。」
「せんせ、せんせ…」
「でも、でもさぁ?」
ふふふと笑う先生。その声はもう消えてしまいそうな程小さい。
動け、動け、動かなきゃ。
なのになんで、身体は震えるだけで。
「 黒埜が、怪我しなくて、良かったぁ。」
ずるりと、崩れる様に倒れる身体。
微かに力の入っていた先生の腕がぶら下がる事で、
それは現実なのだと告げられた。




