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墓場と白。  作者: 劣
34/40

30.彼等


決着のつかぬまま、互いの体力だけがすり減っていく。

俺たちにはもちろんだが、ヨウ迅李ジンリ

顔にも疲労の色が見え始めていた。

お互い、神経と体力をすり減らしながら戦っている。

気を抜けばどちらが倒れてもおかしくない状況。

苦しくはあるが、引くつもりもない。

みんなで生きる為に。その気持ちを胸にパイプを振り上げる。

ヨウはそれを受け止めはせず、避ける様になった。

きっとヨウのにも、体力の限界が来ている。


体力温存の為、だろうな。

白燈ハクヒもすかさず攻撃を試みるが避けられる。

白燈ハクヒのあの一撃以降、

まともなダメージを与えられていない。

この苦しい場面で一撃入れられるのは大きい。

パイプをひたすら振り回して、隙を探す。

パイプが空気を切る音、床や柱をこする音。

警棒の電流の音が教会内に響く中で、

リュウの声がした。思わず振り向く。


「ゔぁっ!!」


リュウっ!??」


床に倒れているリュウ。肩を強く押さえている。

持っていた十字架は少し離れたところに落ちていた。

痛みに悶えるリュウの顔には、

今までとは桁違いの危ない空気を感じた。

近寄っていく迅李ジンリが不気味に笑う。


「これでおしまぁい❤︎」


「っ! (リュウ)っ…」


__バチバチバチッ


警棒を振り上げる。

間に合わないと分かっていたが、走り出そうとした時。

俺の前を“何か”が横切る。


「させるかぁ!!!」


リュウっ!」


それは先生とカエデだった。

カエデは何処から持って来たのか、

パイプ椅子で迅李ジンリを正面から殴った。

予想外過ぎる出来事にさすがの迅李ジンリも驚きを隠せない。

直撃はしたが、迅李ジンリはバク宙しながら後退する。


運動能力が高く、攻撃をされたにも関わらず綺麗なフォーム。

迅李ジンリはまだそれだけ余裕があるという事か?

先生はカエデが殴っている隙に、

リュウを抱えて距離を取る。


黒埜コクヤっ!危ねえ!!」


「っ!」


俺も人の心配をする余裕はない。

白燈ハクヒの声で反応して、ぎりぎりのところで警棒を避けた。

避けた反動でパイプを振り回すが、当たらない。

これではラチがあかない。

続けて攻撃を試みるが全部空振り。


「うわぁああひぃぃいぃ来るなぁぁぁ!!」


「!?」


また後ろからの叫び声に振り向いてしまった。

柱に追い詰められたカエデ

酷く怯えていてパイプ椅子を落としてしまった。

流石にまずい。額から嫌な汗が流れる。


「ここはいいから行って!!」


白燈ハクヒっ!でも、」


「いいから早く!!!」


白燈ハクヒに背中を押され、走り出した。

白燈ハクヒを1人にするのも危険だが、

それ以上にカエデが危ない。

パイプを振る回すが警棒を上手く使って避けられてしまう。

しかし後退したのでカエデから引き離す事は成功。

怯えきっているカエデの腕を掴んで、盾になる。

カエデは俺の背中で小さくなり震えていた。

俺たちの中では1番怖がりなカエデ

きっとリュウを助ける時も怖かったはず。


「よく頑張った。 リュウを助けてくれてありがとう。」


「…違う、違うんだ。」


震えながら何かを言おうとする。

俺の服を掴んで何とか落ち着こうとするが、

震えは一向に止まりそうにない。

このままでは俺も戦えない。

どうするべきかと考えていると、

カエデは口を開いた。


「似て、たんだ。若い、女の人、が、」


何を言っているのか、分からないけど。

きっとそれはトラウマ、なのだろう。

そのトラウマがいつのものか分からないが、

今まで一緒に居てこんな事はなかった。

……親の記憶か?何となくそう思った。


「大丈夫。よく見て。」


「ひっ…あ、」


無理矢理顔を掴んで迅李ジンリを見せる。

迅李ジンリはこっちを睨みながら様子を伺っている。

カエデは一瞬怯えたが、

すぐにトラウマのものとは違うのだと気付いたらしい。

震えが止まった。


「巻き込まれない様にリュウと先生のとこに行ってな。」


「で、でも、」


「大丈夫、大丈夫だから。」


カエデを追いやって、パイプを握り直す。

ここからは、1人だ。

みんなを守る為、やらなきゃいけない。

大丈夫、そう言い聞かせながら走り出す。

警棒とパイプのぶつかる音が響く。

すると迅李ジンリの顔が一瞬、歪んだ。

俺はそこを見逃さなかった。


「ここだぁああああ!!!」


「っ!!」


その一撃は迅李ジンリの手首に見事当たり、

警棒が宙を舞って弾き飛んだ。

勢い任せにパイプで殴ると迅李ジンリは腕でガードしたが、

パイプの一撃を腕では庇いきれない。

短い唸り声をあげ、床に倒れ込む。

俺は急いで警棒の回収に向かった。


床に転がっている警棒を掴んでやっと、深呼吸をする。

これで迅李(ジンリ)は武器なしだ。

それでもこいつが怪力だって事を忘れてはいけない。

試しにボタンを押すと、けたたましい音で電気が流れる。

でもこれで、少しは状況も変わるか?

迅李ジンリがゆっくりと起き上がる。


「別に続けてもいいけど、傷を負うだけじゃないか?

今なら軽傷で済むぞ。」


「ははっ、面白い事言うね…」


立ち上がった迅李ジンリは弱々しく笑った。

腕は震えている様に見える。結構ダメージを食らっているらしい。

ふらふらしながらもじっとこっちを見る。

その目はさっきよりも、生き生きしているみたいだった。


「僕は、武闘派の集落で育ったんだ。

今はもう、僕しか居ないけど。そんな僕が逃げちゃ、

死んでったみんなに笑われちゃう。」


「絶滅した、武闘派の集落……もしかして、!」


後ろで先生の声が聞こえる。

先生は何か心当たりがあるらしい。

その声に迅李ジンリはまた笑った。


「昔森に入った子供の殺害を疑われた集落が惨殺されたって事件…。

結果その集落は何もしてなくて、

偶然集落の外に居た女の子が1人生き残った事件があった。」


「ふふふ…よく知ってるねぇ❤︎

そんな僕が"逃げる"なんて、する訳ないでしょ?❤︎

武闘派の名が廃れちゃう❤︎」


そして真っ直ぐ俺に向かって走って来る。

迅李(ジンリ)は戦う事を辞めない。

…それがいつも正解ではないと。

教えてやらないといけない。

警棒のボタンを押す。電気の流れる音。

別に怪我をさせたい訳じゃない。


出来れば軽傷で、戦う気を失わせる方法は…。

掴みかかろうとする迅李(ジンリ)の手を避ける。

すぐにもう片方の手で、俺を掴もうとするのも避ける。

意地でも俺の動きを塞いで、警棒を取り戻す気らしい。

避けながら隙を見つけ、その手に向かって警棒を当てる。

叩くと言うよりは一瞬当てて、電流でダメージを与える感じ。


_バチッッ!!!


「っ!!」


「逃がさない。」


電流に怯んだ隙を逃す訳にはいかない。

電気の流れる警棒を迅李ジンリの首元に近付ける。

迅李ジンリは咄嗟に腕でガードしたが、

袖が焼けてしまったのか煙と焦げ臭い匂いが鼻をかすめる。

もう腕はぼろぼろで、痣や火傷跡が目立つ。

笑ってはいるものの、痛みからか引きって歪んだ表情。


「そこまで、ぼろぼろになってまで、

ヨウに協力する理由は何だ。借りでもあるのか。」


「…。」


質問には答えず、唇を噛み締めている。

迅李ジンリには実力がある。

きっと迅李ジンリがその気になれば、

ヨウを含めたこの場全員を殺す事だって出来たはず。

しかし今の状況は圧倒的劣勢。


「もしかして、迷ってるんじゃないの。

…間違ってるんじゃないかって。」


「…。」


ヨウは間違っていて。

こんな事意味がない、辞めるべきだって。

気付いてるんだろ?どうして止めてやらない?」


迅李ジンリの、目の奥が微かに揺らぐ。

ここ来てすぐ、 迅李ジンリは辞めたらと口にした。

ヨウの一言によって飲み込んでしまったけど。

飲み込んでもなお、心の奥底にはきっと。


だから本気が出しきれず、今の状況になってしまった。

迷いがあったから、隙を作ってしまった。

俺が優勢になれる程の、隙。

迅李ジンリは頭のおかしい奴だと勝手に思っていた。

けど多分こいつはヨウより、

それ以上にちゃんと仲間意識があるんだ。


「自分の思ってる事飲み込んで。黙って見てるだけが優しさか?」


「…っ。」


「…そんなの、相手の顔色伺ってるだけじゃねぇか。

お前はヨウを受け止めてやる事も、

間違っていると教えてやる事も出来ない。

家族同然の奴に、意見1つ言えないお前に!!

俺らを!!殺す覚悟があってたまるかよっ!!!」


頭に血が上って、思いのまま叫び走り寄る。

その言葉は確かに迅李ジンリに届いて、動きを封じた。

抵抗なく警棒は迅李ジンリの首元に当たり、

耳を塞ぎたくなる様な電流音が教会内に響き渡った。

ボタンから手を離すとその音は止んだ。静寂の中、迅李ジンリは床に倒れた。

ヨウ白燈ハクヒも一連の流れを見ていたらしく、

唖然とした顔でこちらを見ていた。

迅李ジンリは意識があって目も開いていたが、

小さな唸り声をあげ続けるだけで起き上がろうとしない。

…その目は涙で濡れていた。


「… 迅李ジンリ?」


ヨウが呼ぶが、もちろん返事はない。

身体中が痺れて声も出ない、立てもしない。

ヨウの顔はみるみる内に青ざめていく。

しかし次の瞬間には、白燈ハクヒに向かって走って行った。

は、?俺は目を疑う。…切り替えの早さが尋常じゃない。

こっちに来るかと思ったが、戦いを続行した。


迅李ジンリは、仲間じゃなかったのか。

こうなると迅李ジンリが不憫で仕方なかった。

警棒のボタンを押すと、変わらず嫌な電流音が響く。

俺はボタンを押したまま、 白燈ハクヒに加勢する。

2人がかりでもヨウの動きはやはり早く、

次々と受け止められ避けられてしまう。


「お前にヨウに!!良心はないのかよっ!

迅李ジンリは、仲間じゃなかったのかっ!!」


「俺は俺のやるべき事をするだけだ。

邪魔をする奴も、足手まといな奴も俺にはいらない。」


冷たい言葉を吐き、俺と白燈ハクヒの攻撃を跳ね除け距離を取られる。

俺の脳裏には迅李ジンリの涙を流す顔が横切る。

ブチっと頭の中で音がする。

本当にヨウ、お前は、救えない。


「お前は、そうやって周りを見る事をして来なかったんだな。」


「…あ゛?」


じっと、怒りに満ちた目が俺を映す。

俺は身体中を満たす自身の怒りを、

ゆっくり息と共に吐き出す。

落ち着け、そう自分に言い聞かせながら。


「お前がそうして疎かにしてきた結果、俺の両親は死んだ。

迅李ジンリは俺相手に、動けなくなった。」


「何が、言いた、」


「まだ、気付かないのかよ。」


まだだ、まだ。

今にも殴りかかりたい本能を、理性が必死に抑える。

俺も、 ヨウも、互いから目を離さない。


「お前言ったよな、母親が自分を撫でた時嬉しかったって。

じゃあお前は、泣いてる母親に、何かしたのか?

抱き締めたか?寄り添ったか?

聞いた限りお前はそれを傍観してただけに聞こえたが?」


「…!」


「お前の母親が死ぬ前、お前を膝の上に座らせた。

お前の話の中ではそれが初めて、お前と母親が触れ合った時だった。

何故母親はお前を抱き抱えた?

何故お前に、父親に対する気持ちを話した?」


「…。」


「っっ!!分からないのかよっ!!!」


1度だけハッとした顔をするが、

すぐに表情を曇らせていくヨウ

なんでどうして、気付かない?

全てを言ってしまうのは簡単だ。ただ事実を述べるだけ。

でもこいつは、こいつの場合は。


自分で気付かなきゃ、意味がない…!!

俺が何を言ったところで嘘だと突き返されるだけ。

だから自分で気付かせないと、こいつはいつまでも受け入れない。

どうする?もう言ってしまうか?

もどかしさばかりで、手段が見つからない。


「分からないって何だよ、他人のお前に何が分かる?

会った事も、見た事もない俺の母の何がお前に分かったって言うんだよ。」


ヨウは酷く混乱している様で、頭を抱えて唸りだした。

今まで思っていた事が勘違いであったと言われ。

他人の俺には分かって、ヨウ本人が気付いていない母の気持ち。

きっと予想外ばかりの出来事に、

気持ちと頭の整理が追いついていない。

すると震える手で警棒を持ち直すヨウ

ボタンを何度も押しては、電気を流す。


「…うるさい、うるさいんだよ。

俺は、愛されていなかった、それが現実で、事実で、」


ぶつぶつと呪文の様に繰り返している。

白燈ハクヒヨウを警戒し、攻撃態勢をとる。

こいつは今極限の精神状態。変に刺激するのは避けたいが。

どうするか、そう考えた時だった。

俺は警戒していた。隙を見せたつもりもない。

…無自覚のうちに隙が出来てしまっていたらしい。


「うわああぁあああ!!!」


「な、っ!!!」


__バチバチバチバチッ!!


叫び狂うヨウは何の前兆もなく、

本当に突然、襲い掛かってきた。

力を入れていたはずの身体は反応が遅れ、避けれないと悟る。

だめだ、ムカつくほど綺麗に俺の胸に飛び込んで来る。

警棒が直撃してしまえば、きっと意識は飛ぶ。

電流のショックで生きているかすら予測出来ない。

途端に怖くなって、強く目を閉じた。


…耳に響いたのは嫌な程響く電流音。

鼻をかすめたこの匂いは肌の焼ける匂いだろうか。

確かに、警棒は直撃している。

しかし俺に、痛みは来ない。

あったのは、……温もりだった。


「……………、…せ、んせ、…?」


なんで?どうして?何が起こってる?

先生は確かに俺の後ろに居たはず、だってカエデリュウと。

俺よりずっと後ろに居たよね?

頭が真っ白で、考えたいのに働いてくれない。


「…間に、合って、良かったぁ。」


「なんで、せんせ?ここに、」


「ははっ、痛い、なぁ。」


掠れた笑い声がすぐ耳元で聞こえる。

違う、聞きたい事はそんな事じゃなくて。

じわりと身体のずっと奥にいたかの様に熱い涙が、

目から溢れて頰に流れてく。

熱くて熱くて、火傷しそうなくらいに熱い涙。

震える手で先生の身体を支えるが、

先生はもう力が入らないみたいで全体重が身体にのしかかる。


「僕、何も出来てなかった、から。

ごめん、ごめんね?頼りなくて、何も出来なくて。」


「せんせ、せんせ…」


「でも、でもさぁ?」


ふふふと笑う先生。その声はもう消えてしまいそうな程小さい。

動け、動け、動かなきゃ。

なのになんで、身体は震えるだけで。


黒埜コクヤが、怪我しなくて、良かったぁ。」


ずるりと、崩れる様に倒れる身体。

微かに力の入っていた先生の腕がぶら下がる事で、

それは現実なのだと告げられた。


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