2.成長
あれから約8年。
俺は15歳になった。
“彼”こと、白燈は初めこそなかなか馴染めずにいた様だが
さすがに8年も経てば周りとも打ち解けて良く話す様になった。
初めて会ったあの日でもよく笑う奴ではあったが、それ以上に明るくなった。
あと変わった事と言えば、
「あ、黒燈!また髪ボサボサにしてるんだって?みんなから聞いたよ!」
…白燈が少し、いや結構うざい。
ちび達と仲良くなってしまったせいで、ちび達は白燈の手下みたいになってる。
面倒で髪を結ばないでいると、ちび達が白燈に報告する。
なんだか白燈にとっての“目”の役割を果たしている様だ。
大体、結ぶと言ってもぎりショートくらいの長さだし。
このままで良いんだけど。
「見た目が暗くなるでしょ?というか手入れもちゃんとしないなら、いっそ切れば良いのにさ。」
小言をブツブツ言いながら、俺の髪を結んでいく。
元々手先が器用なのか、いつも丁寧に結んでくれる。
小さい頃は俺よりも小さかったはずの白燈の手は、
いつの間にか俺より大きくなっていた。
手だけではない。身長も抜かされた。
…いや別に気にしてないけど。
そんな大きくなった白燈だが、あの“美しさ”は健在していた。
よくシスターの手伝いをしていて、畑仕事も率先してやっているが
俺よりずっと白く透き通った肌。
髪も真っ白で光に当たるとキラキラしていた。
「はい、出来た。これくらい自分でしなよね。」
そんな事を言いつつも、声は少し嬉しそうだ。
俺の髪を結び終わると、シスター達の手伝いに戻って行った。
よく手伝いをして、面倒見も良い。
見た目は整っているし、性格も良いなんて周りからは好評価ばかりだ。
「今日も忙しそうにしてるね〜、彼。」
ボケっと白燈を見ていたら、いつの間にか隣に楓がいた。
楓もあの頃と比べると体格もガッチリしてきた。
高身長で痩せているのに変わりはないが。
「相方、引っ張りだこのモテモテだね〜。」
「まぁ世話好きだからな。…あと相方言うな。」
楓は、にこにこしながら白燈の様子を見守っている。
この教会は小さい子供が多いから、人手が足りていないのが現状で
こうしていつも白燈がその分を手伝っている。
白燈いわく、「家族の面倒をみるのは当然」らしい。
…俺なら絶対しないが。
今でも最小限の奴としか関わらない。
「ねぇ黒埜!今日せっかく天気良いし、浜辺の方でお昼食べない?」
こちらに顔を向け、大声で呼ばれた。
こんな白燈の提案で、先生にも許可を貰ってプチピクニックをする事になった。
シスター達と白燈は弁当作りに取り掛かる。
サンドイッチを作る様で、ちび達も手伝いをするみたいだ。
「黒埜と楓、暇なら“リュウ”を呼んできて!」
どうやら手が空いているのは俺らだけらしい。
庭の木の上で寝ているであろう、龍を呼びに行く。
あの白燈の名前をつけたあの木だ。
龍は、楓と同い年で現在17歳。
龍は俺より他人との関わりが少ない。
でもそれは俺みたいに他人と関わりたくないからではなくて、
ただいつも寝ているから、声をかけようにも無理なだけ。
別に他人を毛嫌いしている訳ではない。
起きている時であれば普通に話をする。
「リューウー!!いるんでしょー?起きてー!!」
楓が大声で叫ぶが、返事はない。
龍は1度寝たら、なかなか起きない。
楓は木登り、というか運動全般苦手なので、
こうなると俺が上まで登って起こしに行かないといけない。
登り慣れた木を登って行くと、小さく寝息をたてて寝ている龍発見。
本当に気持ちよさそうに寝ているが、よくそんな長時間寝れるな。
軽く尊敬出来るくらいだ。(別に褒めてはない。)
「おい、龍。起きろ。」
「んん〜?あぁ黒埜、どうしたの?」
肩を強めに揺らすと目をこすりながら起き上がった。
のんきに大あくびをしている。
「白燈の思いつきで、海で昼飯を食べる事になった。」
「良いねぇ。気持ちよさそう。わざわざありがとう。」
二人で木から降り、楓と共に3人で施設内に戻った。
全員がバタバタと忙しそうに準備を進めている。
俺は特に持っていく物もないから、端の方に座って待つだけ。
楓も龍も特にする事がなく、俺を両方から挟む形で座った。
龍は早速寝始めていて、俺の肩に頭をのせた。
すぐに気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。
「白燈のお弁当、楽しみだね〜。」
様々動いている様子をにこにこしながら眺めている横顔。
楓はいつも1歩みんなと離れて、見守っている。
みんなと距離を置く俺の隣で。
にこにこと、楽しそうに。
そんなに楽しそうに見てるなら、混ざって来れば良いのに。
いつもそう思うが、それでもここに居る。
見ているだけで、ここまで楽しそうにしているのなら
実際に混ざりに行った方が楽しいだろうにと思う。
前に1度だけ。どうしてなのか聞いた事がある。
すごく不思議そうな顔をされた覚えがある。
『近くじゃ見えないじゃん。みんなの笑顔。少し離れるだけで沢山の笑顔が見える。
それに黒埜、ほっとくと勝手に居なくなっちゃいそうだし。』
まだ、白燈が来るより前の話。
今どう思っているのかは知らないが、いつも隣に居る。
特にお互い、何か話したりもしないが居る。
まぁ、俺も“それ”に慣れてしまったが。
「さて行こうか。」
準備ができた様なので、龍を起こして立ち上がる。
そして白燈が持っている荷物を横から取る。
何もしてないし、せめて荷物持ちくらいはする。
白燈が持っていた大きな水筒は俺、楓はお弁当、
龍にレジャーシートを持たせる。
まぁこいつらも何もしてないし。
「え、ちょっ!良いよ、重いし。僕が…」
俺の荷物を取ろうとするから、早歩きでかわす。
あわあわしている白燈を無視して、1足早く教会を出る。
すると諦めたのか、俺の隣まで来て普通に歩いた。
龍と楓は、遥か先をちび達と歩いていた。
…完全に俺と白燈置いてかれたな。
しばらく歩くとアスファルトは土になり、草木に囲まれた道へとなる。
これが海への近道となっている。
すると右手側の草木がなくなり、海が見えてきた。
いつの間にか足元には赤錆びた線路があった。
「やっぱり海に来て正解だったね。」
にこにこと海を眺めている横顔。
先を歩く楓や龍、ちび達もわいわい騒いでいる様だ。
急に白燈がこちらを向いて、左手を差し出してきた。
「…手、繋いじゃ、だめ?」
少し照れているみたいだ。
この光景を少し懐かしく感じながら、その左手に右手を重ねた。
あの日、初めて白燈と喧嘩をした時の事。
…まぁ、あれは喧嘩というより俺が1人で勝手にキレただけだが。
白燈は満足そうに笑っている。
その顔を見て何故だか、何とも言えない気持ちになった。
「ほらー!!2人とも早くー!」
いつの間にかもう浜辺へ降りて、準備を始めているみんな。
俺と白燈も急いで浜辺まで降りる。
降りた所で、手を離した。
「幸せだな…」
白燈の呟いた言葉に、聞こえないフリをした。
太陽はもう真上にあったが、“あの日”の朝焼けが脳裏をよぎっていた。