24.景色
「彼は教会の組織内でも幹部の上位だ。
組織自体がそこそこ大きくてね。
幹部内に詳しくない僕でも知ってる人物だよ。
その彼が遥か昔に使われなくなった教会を管理している。」
「それは、異例な事なんですか?」
「そうだね。僕みたいな神父は旧教会で建物だけが残っている時、
取り壊すまで管理を任される事がある。でもそれはその神父が管理する
教会の近くにその建物があればの話なんだよ。」
もうすっかり日は登ってしまい、
眩しそうに運転している先生の横顔を見る。
建物が古くなってきたりするとリフォームしたり、
新しい建物に引っ越して古い建物を壊す事がある。
教会は神聖な場所だし、
古くなったからと言ってすぐに壊す事はしないらしい。
出来ればリフォームして使い続ける事が理想だけど、そうもいかない。
「取り壊されてもおかしくない程、古い教会なんだ。
そこはただ祈りを捧げる為に作られた教会みたい。
もう何十年も前に管理していた神父が亡くなって、
取り壊される予定まであったらしいんだけどね。」
それにも関わらず、現在も取り壊されていない旧教会。
場所は森の中で、今では誰一人近く人は居ないらしい。
でも元々森の中にあった訳ではなく、
何十年と月日が流れて木々に囲まれていったらしい。
確かに怪しい。行ってみる価値は充分にある。
「その教会を何かで使うつもりだったのか。
もしくは彼、燿にとって何か
思い入れのある場所なのかもしれないね。」
「まぁ行けば分かる事だけどな。」
先生の言葉に、ずっと黙っていた龍が呟く。
楓もそうだが、さっきから口数の少ない2人。
きっと、不安で心配なんだ。
僕に何が出来るのか、分からないけど。
…しっかりしなきゃ。黒埜を連れ戻す為に。
しばらく車で走っていると、少しずつ木々が増えてきた。
かと思うとあっという間に辺りは木でいっぱいになる。
「もうすぐですか?」
「うん、地図の通りだともうすぐ見えてくるはず…」
「先生っ!見えた!!」
先生の言葉を遮る様に叫ぶ楓。
どうやら木々の隙間から旧教会の屋根が見えたらしい。
「うん、僕にも見えた。あれが旧教会だね。」
すると急にアクセルを踏み、スピード上げる先生。
いきなりだったから思い切り座席に頭をぶつけた。
でもきっとすぐそこに、黒埜が居る。
旧教会の前に車を止める。
急いで車から降りて、旧教会の入り口に向かった。
鍵はかかっていない。
少し重い扉を開ける。
「黒っ埜、……」
「誰も、居ない。」
黒埜の名前を呼びながら勢いよく入ると
誰も居ない、空気のこもった匂いが鼻をかすめた。
僕に続いて入った楓は、落胆の声をこぼした。
教会内全体を見渡しても、人の気配は感じない。
…外したのか。なら黒埜は何処に?
「…くっそ、!」
握り締めていた手を強く壁に打ち付ける龍。
先生は何か考えている様で、口元を押さえて黙っている。
念のためと、奥まで入って何か手がかりがないか探って回る。
みんなはただ黙って座っている様だった。
「…もしかして、」
「ちょ、先生!?」
先生が小さく呟いたかと思うと、
急いで外に出て行ってしまった。
僕らは3人で顔を見合わせ、すぐに先生の後を追った。
外に出ると車を漁っている先生が居た。
近寄ると見ているのは、
僕がさっきまで持っていた、地図の書かれた本。
「先生?どうしたの?」
「…。」
楓の問いかけにも反応せず、
ただ一心にページをめくって何かを探している。
その場にはただ本をめくる音だけが響く。
すると突然、その手が止まった。
「…やっぱり、」
「いい加減説明してよ。どうしたの?」
しびれを切らした楓がもう一度言う。
そしたら近くに来る様に言われ、4人で本を囲う様に立った。
先生は俺の手を取って、本にそっと乗せた。
僕に、そこに何が書かれているのかは見えない。
でも時々、感じることがある。
それは黒埜の横顔だったり。
楓の笑う顔だったり、龍の寝顔だったり。
本当に見えてる様に、感じる。
最近、そんな事が増えた。
…もしかして、目がまた見える様になるんじゃないかって。
でも心の底から、喜べない自分が居た。
それは僕に、目が見えていた時の記憶がない事。
全くではないが、思い出せない事がほとんど。
もし目が見える様になったら。
今感じている事、体験している事。
…黒埜の事。楓の事。龍の事。
この施設での事全部、忘れてしまうんじゃないかって。
……それが酷く、恐ろしくて。
「…白燈、深呼吸をして。」
不意に名前を呼ばれて、我にかえった。
言われた通り、ゆっくりと深呼吸をする。
先生は僕の手を本の上でゆっくり動かした。
その動きは、優しく本を撫でるかの様。
ぼんやりと頭に浮かんできたのは、見たこともない教会。
教会の前には1台の車が止まっている。
扉は閉まっているが、そのすぐ近くに鎖と南京錠が落ちている。
僕はまるで風にでもなったかの様にその場所を見渡す。
身体がふわりと浮かんだかと思うと、
重そうな扉に向かって飛び込んだ。
一瞬怯んだが、その身体はするりとその扉を通過した。
教会の中は手入れされてはいる様だが、
所々年季が入っていて、ボロさが気になった。
目の前には大きなステンドガラス。
綺麗なそのステンドガラスの中央で、悲しそうな女の人。
胸の前で両手を組み、祈っているのか。
「…見えたの?」
「ふぁはっっ!!げほっ、ごほっごほ」
先生の一言で一気に現実に引き戻される。
思わずむせて、痛む胸を押さえた。
何が起こったのか分からない楓と龍は、
僕の背中をさすって心配してくれる。
…正直、僕にも何が起こったのか分からない。
僕が今見たあの景色は…?
「白燈、大丈夫?」
「…先生、見えたって何。
白燈に何をしたんだ。」
「り、龍。だ、大丈夫、だから。げほっ」
今にも先生に掴みかかりそうな龍の腕を掴む。
必死に息を整える。…大丈夫そうだ。
落ち着いた僕に一安心する楓。
龍は掴む腕を離したら先生に噛み付きそうな勢いだ。
「…今、見たことのない教会が見えた。
行った事の記憶もない、古びた教会。」
「え、もしかしてこれの事?」
そう言う楓は本を指差す。
どうやらその本に教会の写真があるみたいだ。
しかしその写真とは少し、異なる事があった。
それは、僕が見た扉の前に落ちていた鎖と南京錠。
「鎖と南京錠なら、ちゃんとしてあるよ?
これでもかってくらい、頑丈に見えるけど。」
「白燈、確かに鎖と南京錠は外れていたんだね?」
「そうだけど…」
楓は細かくその本に載っている
写真の様子を説明してくれる。
どうやら僕が見たのは、その教会で間違いないみたいだ。
先生はまた考え込んだかと思うと、口を開く。
「黒埜はこの教会に居る。」
「…どういう事だ?」
不機嫌そうに言う龍。
どうやら燿という人物は、
今居る旧教会の他にも旧教会を管理していたらしい。
「白燈の見たっていう教会と
この写真が違う事で確信した。鎖と南京錠が外れていたって事は
誰かがそこに“入った”って事だろう。」
「どうして僕にだけ見えたんですか?」
「白燈は感受性が強いからね。
原因は分からないけど、
その目が見えない事と関係があるのかもしれない。」
僕の手を取って本に触れさせたのは、
ただ僕が本を見る事が出来ないから少しでも
分かりやすく説明しようとしただけらしい。
そしたら僕の様子がおかしくなって、
もしかしたらって思った様だ。
まぁ結局のところ、現象の原因は分からないって事だ。
「そうと分かれば早くここを出よう。
この本の教会も今は使われていない古い教会みたい。
ここから結構離れた場所にあるんだ。」
急いで車に乗り込み、すぐに出発した。
ここに来た事で結構な時間ロスをしてしまった。
エンジンをかけ、走り出す車。
太陽はもうすっかり真上に来ていた。




