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墓場と白。  作者: 劣
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1.出会い


圧倒的な“美しさ”がそこに居た。

“かっこいい”や“可愛い”とは、明らかに違った。

男、ましてや同じ7歳の子供に対して使うなんて思いもしなかった。

それでも当時の“彼”に似合う他の言葉を見つけられなかった。

この日、人生最大の“美”に遭遇した。


当時7歳の俺は、この教会で保護されている孤児の中では年長だった。

俺より上は2人だけ。あとは年の離れたちびっ子ばかりだった。

孤児の数は特別多い訳ではないが、親しい奴は居なかった。

ただ俺は何をする訳でもなく、意味を持たない時間だけが過ぎていた。

そんな教会に“彼”は連れて来られた。


最近は教会にやってくる子供のほとんどが、まだ泣くことしかできない乳児か、

3歳未満の小さな子供ばかりだ。

この施設内の孤児から『先生』と呼ばれる若い神父の背後に立っていたのは、

真っ白でキラキラと光を反射させる髪色の髪とまつげ、透き通る肌。

“彼”を色で例えるなら、間違いなく白だろう。

そして孤児という言葉からはかけ離れている、整った顔をしていた。

他の奴らもいつもとは何か違うと感じたのか、外の風の音が聞こえる程静かだった。

その場にいる全員の視線を集める“彼”は、先生を盾にして顔だけをこちらに見える様にしていた。


『さて皆さん。集まってもらった理由に、もう気付いたかな?

本日この教会に新しい家族が増えました。』


ニッコリと微笑み、“彼”を背後から移動させた。

“彼”の肩に手をかけ、自己紹介を促している様だ。


『……はじめまして。』


少しうつむいて、小さな声ではあったがそう言った。

見た目に似合う、綺麗な声だった。

だが俺は違和感を感じていた。先生の後ろにいてうつむいていた事もあり気付かなかった。


『なぁ、なんで目を閉じてる?』


多分、ここに来た時からすでに閉じていた様に感じた。

目を閉じているからか、長いまつげがより際立っている。

俺は“彼”の顔をじっと見つめた。


『あぁ、コクヤ。よく気が付いたね。この子実は、目が見えないんだ。』


周りが少しざわつき、すぐに静かになる。

だから閉じているのか。


『けどとても聴覚が優れていてね。それに人の気配を感じ取るが

上手なんだ。そうだな、例えば…』


先生は“彼”を俺の目の前まで連れて来た。

そして俺の手を取り、握手をする形にした。


『今君の前にいる子は、同じ年の黒埜コクヤ。』


優しく微笑みながら“彼”の背中を押す先生。

すると“彼”は何の迷いも、狂いもなく、俺の手を握った。

まるで“見えている”かのように。

少し冷たい、細い手。


『…よろしく。』


少し恥ずかしそうに照れ笑いをする姿もまた綺麗だった。


『…どうして手の位置が分かった?』


『あ、えっと。目が見えないのは本当だけど。その…』


困り顔になってしまった。何か嫌な事でも聞いてしまったのだろうか。

きっと話したくない事なのだろう。


『言いたくないのなら、別に良い。初対面なのに図々しくして悪かった。』


『あ、え…』


手を離すと、ハッとした顔でこちらを向いた。

手を離したのを合図に他の子供たちが“彼”を囲んだ。

あっという間に囲まれて、自己紹介合戦みたいになっている。


『すっごい人気だねぇ。まぁあの見た目のせいでもあるのかな。』


『…お前は行かなくて良いのか。』


隣で俺と同じ様にみんなの様子を見守っている高身長の少年。

当時9歳のカエデ


『もみくちゃにされるのは、ちょっとなぁ。人混み苦手だし。』


まぁ現に、“彼”はもみくちゃにされている。


『さぁ皆さん。自己紹介も良いですが、今日はもう1つ大切なことをしなければ!』


先生の声を合図に静かになった。

ここに来た時に全員必ず行う事。

俺もカエデも。ここにいるちび達も全員やった事。


『名前を決めましょう。』


ここに連れて来られる子供の中には名前がない奴がほとんど。

教会の前に乳児を置いていく。…なんて事はよくある。

稀に名前だけ書かれた紙や母子手帳らしきものを一緒に置いていくケースもある。

様々なケースがある中で、全員と平等に関わる事を大切にしている先生は、

名前があろうがなかろうが、全員に名前をつける。

まぁつけると言っても考えるのは先生だけではない。

“みんなで考える”事も時には大切だと先生は言う。


勿論中には親が唯一くれたものが名前だからと大切にしたいという奴もいる。

そういう奴にとっては、この名前は仮の名前となる。

いずれ成長し、ここから出ていく時に親から貰った名前がある奴は

社会に出てから使うという形になる。

名前が元々ない奴はそのままここで貰った名前を使う。


『今回はせっかくだし、コクヤ。君につけて欲しい。』


『……は?』


ニッコリ笑いながらこちらを見る先生。

なんで俺が名前をつけないといけないんだ。

今までも新しい奴が来て全員で名前を考える時、関わらないよう避けてきたのに。


『赤ちゃんじゃないんだ。自分で考えさせれば良いだろ。今までだって

ある程度年齢が高いと本人の意見を尊重してつけてただろ。』


『そうだね、じゃあ2人で考えなさい。せっかく年も近いんだ。

少しでも早く仲良くなって欲しいんだよ。』


にっこり笑ってはいるが、目が笑っていない。

強制で拒否権はない、と。


『…ちっ。おい、来い。』


慌ててこっちに駆け寄ってきた“彼”。

“彼”を連れて部屋を出る。庭へ向かった。


特にふらついたり、何かに掴まって歩く訳じゃなく

本当に“見えている”かのように後ろをついて来る。

目が見えていないなど、嘘に感じてしまう程。

“不自然”なくらいに“自然”と歩いていた。


建物から少し離れた所に大きな木がある。

1人になりたい時、昼寝をしたい時によく来る。

木の根元に座ると、どうすれば良いのか分からないのか立ったままの“彼”。


『…こっち、座れば。』


ぱぁっと顔が明るくなり、俺の隣に座る。

それにしても面倒な事になった。名前決める時、避けてたのバレてたのか。

座ってる体勢からズルズルと腕を後頭部で組んで横になった。


『自分の名前だし、好きにすれば。』


何も返事はないが、“彼”が考えている間寝て待つか。他にする事もないし。


『……あの、寝た?』


『起きてる。』


声をかけて来るとは思わなかった。無視してもよかったのだが、驚いて返事をしてしまった。

声すら透き通っているから、つい反応してしまう。


『えっと、さっきはごめん。あの、言いたくないとかそんなのじゃなくて。

信じてもらえないと思ったんだ。人、いっぱい居たし。言いづらくて。』


さっき……。あ、目の事を聞いた時か。

自分から聞いておいてあれだが、頭から抜けていた。


『…今から話す事。ここの教会の人にも嘘をついていて、本当の事を話していないんだ。』


『いや待て。何でそんな事俺に話すんだ。』


教会に話していないという事は、先生も知らないという事。

“彼”がどうしてここに来たのかは知らないが、

俺よりは早くに知り合ったはずの先生に話していない事を今日、

しかも数分前に顔を合わせたばかりの俺に何を話すというんだ。

(顔を合わせたと言っても“彼”は俺の顔が見えないのだが)


『他にそれを知ってる奴は?』


『さぁね。少なくともこの教会関係者に知ってる人は居ないと思うけど。』


起き上がって“彼”を見ると、両足を抱える様にして座り、

どこか遠くを見ている様だった。

…目は閉じてるんだけど。


『じゃあ、どうして会ったばかりの俺に言う?』


『…分からない。けど君と握手した時、すごく安心したっていうか。懐かしい?…は違うかな。

なんて言えばいいか分からないけど、心地良くて。温かくなった。

だから他の汚い大人より信用できるかなって。それと…』


目は見えていない。本当なら俺の位置も、顔の向きも、目線も分からない。

そのはずなのに。“彼”は、こちらを向いた。

まるで目が合っているかのような感覚に背中に鳥肌がたつ。


『ただ僕が、君を。信じてみたくなったんだ。…勝手な話だけどね。』


照れた様に笑う“彼”。太陽の光がよりその“美しさ”を輝かせていた。

それはもう、眩しいくらいに。

どうしてそう思ったのか、出会ったばかりの俺を信用出来るのか。

“彼”の過去、何があったのか。俺は知らない。

俺にはどうしてもその心理が理解出来なかった。


『俺が他の奴に話さないとは限らない。』


『いいよ。他人に秘密を明かすのにリスクはつきものでしょう?』


今まで誰にも言わず。1人で隠し続けた秘密。

それをバレるリスクを犯してまで、俺に話すメリットはない。

…何がしたい?何が目的だ?


『流石に怪しむよね。こんないきなりで。でもさ、1人で隠して騙し続けるのって、

すごく神経を使うから、疲れる。』


両足を抱え、俯いてしまった。表情は分からない。

不安、なのだろうか。

こんな見知らぬ施設に連れてこられて。

見るもの全てが真っ暗な“彼”が、安心出来る場所など果たしてあるのだろうか。


『……話せ。』


『え。』


驚いて顔をあげた。そして小さな声で『…ありがと』と聞こえた気がする。

他人に干渉しない様に、生きてきたのに。

悲しみに満ちた様な顔をする“彼”を前に、他に何も言えなかった。


それから“彼”が語ったのは、その目について。

生まれつき、目が見えない訳ではない事。

ある日突然目が見えなくなり、目が見えていた頃の記憶の一部が抜け落ちている事。

それに幼い頃の記憶、過去の記憶が所々ない事。

そして、


『何も見えてないんだけど、何となく分かるんだ。どこに何があるとか。

“感じる”って言った方がしっくりくるかなぁ。結構正確に分かる。』


そういう話なら、さっきからの行動にも全て納得がいく。

しかし、そんな事があるのだろうか。

“見え”はしないが、“感じる”なんて。


『正直、自分でもよく分からない。僕、耳が良くてさ。音も聞きながら動くから、

“見えてる”様に動きが正確で、気持ち悪いんだって。』


俺が最初に気付いた違和感。

それは他者も気付く大きな違和感だった。

“異常”、“非現実さ”だった。


『だから、言わない様にした。他人より少し、耳が良いって事にして。』


突然目の前が真っ暗になる事は、どれほどの恐怖だろう。

誰も信じられない。文字通り、たった1人。


『普通目が見えない相手に対して警戒する事ってないでしょ?

絶対しないとも言えないんだけどさ、少なくとも目が見えてる人よりは警戒が薄れるみたいでさ。

それにこの通り、子供だし。使いやすいと思ったんだろうね。』


『…利用された?』


『そう。表向きは良い施設のフリをして。目が見えない子供だって大歓迎!!みたいな感じ?

本当は面倒で仕方ないくせにさ。俺は“普通”じゃないからさ。怪しい取引とか、スパイじみた事も

させられたよ。深い事情は話して貰えなくて。ただ荷物を受け取ったり、何かのデータを

コピーして来いって言われたり。潜入中は1人で歩けない、何も出来ない“フリ”をさせられてた。

警戒を少しでも解くためだろうね。』


自分自身を蔑む笑みにも見えた。

“汚い大人”。どうしてそんな言い方をするのか、納得がいった。

“彼”はこの小さな身体にどれ程の事を抱えているのだろう。

“彼”はその身でどんな闇を歩いているのだろう。


しかしそれらを聞いても、ここまで隠してきた事を

初対面の俺に話す心理は理解出来なかった。


『君を信じてみたい。そう思ったら信用して欲しくなった。嘘をつき続けたまま

信用して欲しいなんて、ムシが良すぎるでしょ?』


この事を話すのは、“彼”にとって高過ぎるリスク。

誰かに聞いて欲しかった。ずっと1人だったから。

“彼”はそんなリスクを犯す程、追いつめられていたのか。

ただ“彼”の言っている事全てが真実とは限らない。

全てが非日常すぎる。


『…お前の言っている事を全て信じる訳じゃない。』


『うん、分かってるよ。』


他人に関わる事を嫌って。

極力最小限に避けてきたはずなのに。

ましてや秘密を知ったり、名前をつけるなんて。

無理。関わりたくない。

そうだ、俺は断る。拒否、拒絶する。


……はずだった。“今まで”の俺なら。

けれど今、俺は迷っているのかな。

本当なら即答してしまえるはずの問題に。


『あ、そうだ。1つ、聞きたい事があって。』


『…経緯はともかく。お前の秘密を聞いたし、別に良いけど。』


嬉しそうに笑う。そこだけ花が咲いたみたいに。

真実かどうかは別として、秘密を聞いておいて断る気にもなれなかった。

答えたくない内容なら言わないつもりだが。


『…聞こうか迷ったんだけど…。どうして“女の子”なのにわざわざ一人称が俺なのかなって。

今まで言う人いなかったから、ちょっと気になってさ。あ、偏見とかじゃないよ?』


ちょっと焦った様に付け足す。

俺は思いもよらない質問に、固まってしまった。

頭が真っ白になる。


『な、んで…』


『え?』


『なんで“女”だって気付いた?』


別に声が高い訳じゃない。

話し方だってどちらかというと、男っぽい。

“女”だと判別するにはあまりに難しい。


『え、いや。なんでって。女の子だなって…』


俺は“男”として見ると、少し髪が長いくらい。

“目”が見える奴でも、ほとんどは俺を“男”だと間違う。

なのに“彼”は。俺が“女”だと気付いていた。

これが俺の中で“決め手”となってしまった。

さっきまでの迷いが消えていく感覚。


『……別にこれと言った理由はない。ずっとこれだ。』


『そっか!』


にこにこと笑っている。

何がそんなに面白いのか。

7年間で俺が笑った回数を“彼”は1日で上回っているだろう。

なんなら、数時間で。

それほど“彼”は良く笑う。

そんな“彼”に、これまで避けてきた対人関連に、関わっていく第一歩として。


『お前、名前どうする。』


『あ、それね!君に決めて欲しいんだ!』


真っ直ぐ笑う。眩しいくらいに。

“名前を決めろ”なんて、なかなかきつい事を言う。


『良いのか?そんな重要な事を初対面の俺が決めて。』


『君じゃなきゃ、だめなんだよ。』


全く、どうして迷いなく即答するんだ。

本当に理解出来ない。

しかし気付かぬ内にこんなにも関わってしまった。

後戻りするには、もう手遅れだろう。“彼”の頰に手を伸ばした。


『お前は___』


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