14.愛娘
「それから町まで一気に駆け下りた。
止まれば死ぬ、そう自分に言い聞かせて。
血だらけの僕らを見て、町は大騒ぎになった。
僕と君はすぐに保護されて、警察が家に向かった。
……けど、」
「…けど?」
「…全て、燃やされていた。
家も、研究所も。」
終始先生の身体は震えていた。
ずっと、ずっと。思っていたよりずっと。
過酷で、残酷だった。
俺は両親に、先生に守られて今生きている。
それを今まで知らずに、のうのうと生きていたのか。
そう思うと、自分に対する怒りが芽生える。
「その後はしばらく入院した。
君の今後について話し合った結果、僕はここに配属された。
僕が職務に慣れた頃、君も退院してこの施設に来たんだよ。」
俺が覚えていない過去の話。
先生は今までどんな思いで俺を育ててくれたんだろう。
きっと沢山、思い出したはずだ。
その日見た、景色の事を。
「僕が君を抱いて、走り出す直前に。言われたんだ。
“俺らの事はこの子がちゃんと成長するまで黙っていて欲しい”って。」
「……。」
「僕ら自身、施設育ちだったからかもしれない。
…真意は分からないけど。君が君らしく育って欲しい。
そういう気持ちが込められているんだって、思った。」
先生はうつむいた。
それから少し顔を歪めて、深呼吸。
まだ、何かあるのか。
先生が抱えている事。それは想像するよりもずっと重い。
俺に負担にならない様に、言葉を選んでくれている。
俺なんかに比べれば、先生の方がずっと傷は深いのに。
「…もし、もしも君が。幸せだったら。
親の話はしないで欲しいって。あの人たちは誰より
君を大切に想っていたのに、それなのに。
君が幸せなら、それを邪魔したくないからって…。」
肩を震わせ、頭を抱える先生。
あぁ。俺は。こんなに俺を想ってくれている人に。
そんな人たちがいた事に。気付けなかったのか。
胸が苦しくなる。
「ゆ、優司さんや、麗子さんの、
気持ちを知ってるのに、、それを秘密になんて…。
苦しかった。ずっとずっと。」
「先生…」
「いいか!?お前は!大切な人を失わなくていい様に!
自分の気持ちに、正直に、生きて欲しい…。」
俺の肩を掴み、縋る様に言う。
先生はあの日、俺の両親を失った。
俺の、命と引き換えに。
本当はみんなで、助かりたかった。
それが先生の気持ち。
「…白燈は今、養子になろうとしてる。
理由は…。神父に、なりたいんだって。」
「先生みたいに、って事?」
「そう。」
元々先生が育った施設は大きな施設で
金銭的にも余裕があり、学校に通う事が出来ていたらしい。
しかし俺らの今いる施設は、食に困っている程ではないが
裕福とも言えない。他にも子供はたくさんいる。
それなのに1人を学校に通わせるのは難しい。
そのため、学校に関するお金を出してくれる人が必要だった。
そこで養子を募集している人を探して、
白燈が心地良く過ごせる環境を整えていた。
数日、遅くまで外出していたのもその面会のため。
「そもそも白燈はどうして神父になりたいの?」
「…1つは、自分に家族が居ないから。
自分と同じ様に孤独な子を1人でも多く、救いたいんだって。」
白燈らしい理由だな。
母親の事は、よく覚えていないそうだ。
目が見えなくなったのは、母の死が原因なのかもしれない。
それだと時期的にも説明がつく。
「あとは…君の為、らしいんだ。」
「…は?俺?」
「うん、詳しい事までは分からないんだけどね。」
何度か聞き出そうとしたらしいけど、
誤魔化されて話してくれなかったそうだ。
俺と神父になる事が、どう繋がるんだ?
先生もそう思ったみたいだが、結局聞くのを諦めたらしい。
「君に頼むのは、間違ってるかもしれない。
けど、それでも。今まで一緒に白燈と一緒に育ってきた
君にだからこそ。…人間は脆くて危うい。それに白燈は、
自分を粗末にする癖がある。…どうか、そばで支えてあげて欲しい。」
今まで俺らを見守ってきた先生の言葉。
誰が言うよりも重みのある言葉だった。
先生は俺の両親から、俺の命を託された。
そんな先生に支えてくれなんて言われて。
俺に断るなんて事、出来る訳ないじゃん。
それに相手は白燈だ。尚更、断るなんて。
「…俺、なんかで、白燈を支えられるかな。」
「何言ってんの。黒埜ならきっと。
…誰が育てたの思ってるんだよ。」
ふっと。気の抜けた様な笑顔。
いつもの先生。悲しげな表情は消えていた。
そんな表情と一緒に俺の不安な気持ちも消えた気がした。
「それに、あの人たちの子供だ。
…不可能なんて、似合わないよ。」
少し俯く先生。そして2冊のノートを机に置いた。
…俺の両親の、日記。
俺の両親が生きていた、証。
少し年季が入っている。何度も読んだのだろう。
「これは、君に…」
「ううん、先生。それは先生に持ってて欲しい。」
「え?」
俺に両親の記憶はない。
今この日記が必要なのは、俺より先生だ。
受け取りたくない訳じゃない。
両親が書き留めてくれた日記。
記憶のない俺にだって、大切で特別なノート。
俺より両親と過ごした時間の長い先生にこそ、今は必要な気がする。
「…必要になったら、取りに来るから。
それまで先生が持ってて。」
「ふっ…。分かったよ。」
俺の表情を見て微笑む。
先生は、どうしてそうするのかを聞かない。
いつも、俺の気持ちを優先してくれた。…それは今も。
俺にはやらなければならない事が出来た。
それを終えるまで、どうか。
「先生、白燈は。」
「今日は施設にいるはずだよ。行っておいで。」
頷いて、その場を後にした。
まずは白燈と話をしよう。
俺の気持ち、白燈の気持ち。
分からない事を。
「…優司さん、麗子さん。
見てるかなぁ。あんたらの娘は、立派に育ってくれたよ。
僕が思ってるよりずっと、強い子に。」
それから急いで教会から出た。
来た道を走って戻る。
みんなのいる部屋まで戻ると、ちび達に紛れて座っていた。
何やら積み木で遊んでいる様だった。
「…白燈。」
「くろにぃ、どうしたの〜?」
声をかけると何も言わず、すっと笑顔が消えた。
手を止める事なく、積み木を積み上げている。
周りにいたちび達が代わりに反応した。
俺の方には顔も向けず、ただ黙っている。
「…白燈に話がある。少し借りていいか?」
「うん!いいよ〜!でももうすぐ完成するから早くしてね?」
ちび達が白燈を急かす様に腕を引く。
白燈は渋々立ち上がった。
廊下に出ると、静かについてくる。
「それで?話って何。僕は話す事なんてないけど?」
「俺はあるんだよ。…養子の事だけど、」
「何の話?僕知らないけど。
意味分かんないし、もういいでしょ。時間の無駄…」
さっさと部屋に戻ろうとする白燈の腕を掴む。
するとその手を払われてしまった。
…びっくりした。白燈はバツの悪そうな表情をしている。
さすがに腕を払うのはやり過ぎたと思ったのか。
まぁ払おうと思ったんじゃなくて、反射だったみたいだけど。
それでも少し顔を歪めている。
そんな所を見るとやっぱり良い奴なんだと思う。
怒り慣れてない感じが伝わってくる。
「頼むから、ちゃんと話を聞いて欲しい。」
「…。」
俺の真剣な態度に押されたのか、諦めた様な表情。
そのまま廊下で話しても良かったが、
大切な話だからと客室を使わせて貰う事になった。
シスターに断りを入れてから2人で部屋に入った。
お互い向かい合う形でソファに座る。
…何から話すか。
何だか勢いでここまで来てしまった。
いざとなると何て話そうか分からなくなる。
「…黒埜。あのさ、」
俺、ではなく。
先に切り出したのは白燈だった。




