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墓場と白。  作者: 劣
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12/40

10.親子


声に驚き、持っていたファイルを落としてしまった。

誰もいるはずのない部屋。

ここにいるはずのない人の声だった。

…全然気配に気が付かなかった。


「…どうして、」


「それはこっちのセリフだね。」


にっこりと笑いかけてくる。

そして俺の落としたファイルを拾い上げる。

ファイルを開き、じっとそのページを見つめている。


「こんな事になるだろうと思ってたんだ。」


何処か悲しげな表情でファイルを見つめる先生。

俺は確かに先生が出て行くのをこの目で見ていた。

それなのに先生はここにいる。

どうやら先生には俺の行動など予想の範囲内らしい。


「ならなんで。止めなかったんだ。

鍵の隠す位置を変えるだけでも防ぐ事は出来ただろ。」


「…何でだと思う?」


俺の質問に質問で返してきた。

悲しげな表情のまま、俺に微笑む。

どうして?鍵を移動させるのが面倒だった?

いや鍵の隠す位置を変える事など、それ程の労力ではない。


ならどうして?

多分先生は俺がどうしてファイルを見に来たのかを

きっと見透かしている。

俺がこのファイルを見れば、両親の事を黙っていたのもバレる。

それらを分かった上で、わざわざ俺に見せたのか?


「俺に、見せる必要があった?」


「ん〜、ちょっと違うかなぁ。」


ふふっと笑って、ファイルを閉じる。

俺を通り過ぎて部屋の奥にぽつんと置かれている椅子に座った。

机にファイルを置いて、俺に向き合う。


「見せる必要はなかったよ。別に言えばいい話だし。

見せるにしてもわざわざこんな回りくどい事しなくて良いでしょ。」


俺がわざわざ先生や白燈ハクヒの目を盗んで教会に忍び込み、

地下まで行ってファイルを見に行かせる。

俺にこうさせなければならない理由?


「施設だとみんな居るし。別室でも誰にも聞かれないとは限らない。

ここは自陣って言うかさ。聞かれないって安心感がある。

誰にも聞かれず話がしたかったんだよ。

黒埜コクヤがここまで来なかったら話すつもりはなかった。」


俺が行動したなら。知るために行動したなら。

その時は話すと。受け身な考え方。

俺は先生に、聞きたい事が沢山ある。


「それで?俺はここまで来たけど。何を話すつもりな訳?」


「そうだね。何から知りたい?」


何処までも受け身な先生。

その態度にイラつきを覚えた。

知りたい事?全部だ、全部。俺に隠してる事、俺が知らない事。

言い出したらきりがない。


「あぁ、ごめんごめん。意地悪な言い方だったね。

そうだな、話す事は沢山あるからね。」


先生は反対側にある椅子を指差した。

静かにその椅子に座る。

先生はテーブルの上で手を組んで何か考え込んでいる。

俺は静かに先生の言葉を待った。


「まず、両親の事。黙っててごめん。」


ただ黙って先生を見つめる。

先生の視線は少しうつむき気味で、

その目はいつもの明るい色ではなく、心なしか悲しげだった。

先生はこの部屋に現れてからずっとこの調子だ。

いつもの先生とは、違う。


「意地悪した訳じゃないんだよ。…口止めされてたんだ。」


「口止め?誰に?」


「君の両親に、だよ。」


うつむき気味だった視線が上がり、じっと俺を捉えた。

心臓が一瞬、跳ねた感じがした。

俺の表情が強張ったのが分かったのか、先生はふっと笑った。

そしてまた視線が下がってしまう。


「まぁ口止めと言っても、

落ち着いて話が出来た訳じゃないけどね。」


思わず首をかしげる。…どういう意味だ?

そもそも先生はどうやって俺の両親と知り合ったんだ?

分からない、知らない事だけが積み上がっていく。


「何処から話せば良いのかな。

…こうして考えると君が知るべき事を何1つ話せていないんだね。」


この言葉は俺への言葉ではない気がした。

本当に呟くように。語りかける様な口調で。

先生はどれだけの事を知っているんだろう。

いつもの優しい先生なのに、何処か恐怖を感じてしまう。


「まず1番気になるだろう事から。

黒埜コクヤ、君の両親は。…もうこの世には居ない。」


「……。」


特に驚きもしない。

元々判明していないと思っていた両親。

気にした事もなかった。

大体ついさっき名前を知ったんだし。


しかし少しだけ、心臓が軋んだ様な気がした。

今更だと思っているのに、分かっているのに。

無意識のうちに期待していたのかな。

血の繋がった家族に、会えるかもって。

“普通の家族”を温かさを、知れるのかって。


別に今のこの生活に不満がある訳でも、

この施設にいるみんなを心から嫌っている訳でもない。

ただ無意識に憧れていた。

“普通の家族”、“血の繋がった両親”。


「これ。唯一持っている君の両親の写真。」


仲良く肩を組んで笑っている3人組の写真。

真ん中の人は今より幼げな顔立ちの先生。

その両サイドの人がきっと、俺の両親。


ノリの良さげな2人が先生に無理やり肩を組んでる様に見えた。

けれど先生も満更でもなさそうで、ぎこちなく笑っていた。

楽しげで仲が良いのが、写真から伝わってくる。


「2人と出会ったのは、お互いまだ子供だと呼ばれるくらいの時。

僕は君らと同じで、施設出身なんだ。

僕だけじゃなくて君の両親も。」


俺の両親2人は同じ施設だが、先生は別の施設で。

初めて会ったのは俺の両親が先生の施設を訪ねて来た時。

当時の先生は今の様な面影はなく荒れていて、

俺の両親はとても勉強熱心で頭が良かったらしい。


両施設の神父同士が仲が良くて交流があった為、

社会勉強という名目で神父について来ていた様だ。

…というのはただの建前で、

ただ楽しそうだからってだけだったらしい。


話を聞いていると、どうやら両親はとても明るい人みたいだ。

会ったこともない人の話なのに、何故か少し微笑ましくなった。


「初めて会った時、それはうざくてさ。無視してもしつこいし。

でも何度も絡まれて話す様になって、根は良い人たちなんだって知って。

当時の僕は昔の黒埜コクヤみたいな感じだったんだ。

1人でいる事が好き、その方が落ち着くんだ。」


信じられないでしょ?と苦笑いをこぼす。

確かに俺の知っている先生は、いつも誰かに寄り添っていて

笑って話をしているイメージしかない。

そんな先生の過去。


…だから俺が1人で居ても、そんなに強く言われなかったのかな。

他のシスターにはよく『みんなと遊んだら?』だの、

『1人で居ないでみんなの所に行きなさい』だの口うるさく言われた。

けれど先生だけは、俺に何も言わなかった。


黒埜コクヤには昔の自分を重ねていたのかもしれない。

…お互い抱えているものは違う。黒埜コクヤは僕と違って

とても優しい心を持った子だと知っていた。だから何も言えなかった。」


「俺は、別に…」


黒埜コクヤ、君に“知って欲しい”話があるんだ。」


じっと俺の目を見つめる先生。

その目の奥には真っ直ぐで揺るがない光が見えた気がした。


「僕が1人を選んでいたのは、ただ。その方が楽だったから。

他人と関わるなんて面倒なだけ。興味もない。

だから1人だった。けれど黒埜コクヤ、君は違うでしょ。」


「……。」


「君は自分のせいでみんなが傷付くのを恐れた。

傷付けるくらいならと、1人を選んでいた。

僕はそれを知っていたから、何も言えなかった。」


先生にその話をした事はない。

昔、白燈ハクヒに話して以来。この話を持ち出した事もない。

それを先生は、そのずっと前から知っていた。


俺は思わず先生から目を逸らした。

なんだか自分の中を全て見透かされてしまう気がして。

怖くなった。


「僕と黒埜コクヤが出会った時の事、覚えている?」


首を振ると、「そっか」と呟いたのが聞こえた。

ちらっと先生の顔を見ると、目線は下を向いていた。

また何か考え込んでいる様だった。


「僕が黒埜コクヤと初めて出会ったのは、

優司ユウジさんと麗子レイコさんに家に呼ばれた時だった。

僕はまだ神父になりたての頃で、黒埜コクヤは生後数ヶ月。」


当時の事を思い出しているのか、微笑んでいた。

先生の目線は3人が仲良く肩を組んでいる写真にあった。


「まず、分かって欲しいのは。…黒埜コクヤ

君は確かに愛され、歓迎されて生まれてきたんだ。

優司ユウジさん麗子レイコさん、2人の愛情をいっぱいに

受けて、生まれてきたんだよ。」


先生の拳が微かに揺れている。

俺は、何故か分からない。

会った事も、その声を聞いた覚えもない2人。

情なんて、ないと思っていたんだけどなぁ。


先生のその言葉を聞いて、頰に熱い“何か”が流れた。

元々先生から両親の話はなかったけど。

憎まれ、邪魔なものとして。生まれて来たんだと思っていた。

勝手にそう、思い込んでた。


知らなかっただけ。確かに俺は、愛されていたんだ。

そう思ったら止まらなかった。

泣いているのに温かい気持ちでいっぱいになる。

抑えきれずに小さく声が漏れる。

そんな俺を先生はただ黙って、微笑んで見ていた。


俺が泣き出してしまったので話が中断してしまった。

先生は俺が落ち着くまで待ってくれた。

ようやく落ち着いてきた時。


「…初めて黒埜コクヤを抱いた時、とても温かくて。

これが“愛情”の重みなのかなって思ったよ。

2人はとっても幸せそうでさ。

初めて“本物”の家族のぬくもりに触れた気がした。」


先生も少し目が潤んでいる様に見えた。

先生も俺の両親も。血の繋がりのある家族を持たない。

そんな俺たちにとって、血の繋がりはとても特別なものに見えた。

きっと俺の両親も、先生も。そう思ったんだろう。


「…だから、先生を呼んだんだね。」


「え?」


「先生にも味わって欲しくて。…幸せだよって。」


俺の言葉に驚いた様な顔を見せる先生。

両親の本心なんて分からないけど。

そんな気がした。きっと2人にとって先生は

ずっと大切な人で、だから幸せを共有したくて。


俺は話を聞いただけ。生後数ヶ月の記憶なんてある訳ない。

それでも2人が先生を、どれだけ大切に思っているのか。

痛いくらいに伝わって来た。そして少し、嬉しかった。

すると先生は両手で顔を覆って、うつむいてしまった。

…あれ、震えてる?


「先生?」


「ほんとにさぁ…、あぁもう。」


声は何処か震えていて、泣いている様だった。

予想外過ぎてどうして良いか分からない。

ハンカチ……いや、俺ハンカチとか持ってないわ。

え、どうすれば良い?俺変な事言ったか?


「君らは本当に、僕を泣かせるのが得意だよね。」


「君ら?」


「君ら親子だよ。僕を泣かせるなんてやっぱり親子だ。」


落ち着いたのか涙を拭って、顔を上げる。

その顔はいつもの様に笑っていた。

“親子”って言葉がなんだか照れくさかった。

慣れない言葉だったけど、先生から自然と発せられて嬉しかった。


「言われたんだよ、その時2人に。

『嬉しい事、幸せな事は共有すべきだろ?家族なんだから』って。

こんな奴の事を家族だなんて。本当馬鹿なんじゃないのって思った。

でもそれ以上に嬉しくて。」


じわじわと溢れてくる涙を拭う先生。

でも表情は笑っていた。

確かに俺の両親は存在していて、3人は仲が良かったんだ。

それがとても誇らしい事に思えてきて、

俺まで泣きそうになる。


黒埜コクヤを抱きながら、泣いたのを今でも覚えてる。

2人には笑われたなぁ。…施設でもみんなは家族だって、

言われる事はあったけど、」


先生はゆっくり目を閉じた。

まだその目からは涙が少し流れていた。

先生の表情はいつも以上に優しかった。


「僕の“初めて”の家族は、君ら親子だったんだよ。」


俺たちのこの施設でも、“家族”とよく言う事がある。

先生にとって、俺は初めての家族だった。

俺は知らなかっただけで、ちゃんと愛されて生まれて来て。

確かに家族が存在した。“大切な家族”が。

嬉しいのに心臓がきゅーって痛くて。

なんて言っていいのか言葉が出てこない。


「……。でも、なんでかなぁ。

どうして神様は、あの人たちを守ってくれなかったんだ。」


先生の声が急に怖くなる。

それは俺に言う訳でもなく、両親に向けた言葉でもない。

自分に向けた様な、そんな感じがする。

一気に冷たく、悲しい様な空気になる。


「僕の、大切な人たちを。僕の家族を。」


今度は片手で頭を抱えて、俯く先生。

幸せだった家族に、何があったのか。

先生の目の奥が、暗くて揺れている。

先生は、何を見たんだ。


「…あの頃は、しばらく雨が続いてて。

その日も雨が降っていて、じめじめした日だった。」


覚悟を決めた様にゆっくり話し出す先生。

その緊張は俺にも伝わってくる。

手汗が滲むのが分かる。


「…黒埜コクヤ、覚悟して聞いて欲しい。」


…覚えているのは、指先が冷たくなっていく感覚。

先生の苦しげな顔。額から流れる冷たい汗。


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