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墓場と白。  作者: 劣
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9.幼子


ひんやりとした空気。

ゆっくり階段を降りると、扉がある。

この扉の先に俺の知りたい事がある。

うるさい心臓、手が震えている。


鍵を差し込むと、それはすんなりと飲み込まれる。

鍵を回すと、静かに開く音がした。

重い扉を開けると薄暗い部屋の中。頼りないライトが1つだけ点いていた。

無機質な金属製の棚には、ずらりとファイルが並んでいる。

奥には小さなテーブルと椅子がぽつんと置いてある。


1つ1つ分厚いファイル。ファイル数自体はそんなにある訳ではない。

背表紙には番号がふられているだけで、どれに何が書いてあるのか分からない。

ひとまず適当にファイルと手に取り、開いてみる。

この人が施設に来た当時の写真だろうか。横に名前が書いてある。

この人物が誰なのかは知らない。

見覚えもないし俺より先にこの施設に居た人だろう。


写真に名前、何処から来たのか。その人に関する事が丁寧に書いてある。

しかもこれ、手書きか?この字ってもしかして、先生の?

先生がここの神父になった時から、こうやって書いてるのかな。

1人1人丁寧に事細かに書かれている。

どのページも手書きで、先生のみんなに対する気持ちが本物なのだと

改めて感じた。1人1人を誰よりも、理解しようとしてくれている。


本来の目的を忘れ、しばらく誰かも知らない人の情報を読んでいた。

このファイルから伝わってくる、先生の優しさを探していた。

先生はこの部屋で1人、これを書いていたんだろうか。

人によっては手帳の切れ端が貼り付けられているものもあって、

きっと気付いてメモしては、こうしてファイルにまとめていったのだろう。

そのマメさも、先生らしくて笑えた。


だがそうもして居られない。

あまり長時間姿を消していると、みんなに怪しまれる。

そのファイルを棚に戻し、自分のファイルを探す。

どうやら年代順に並べられている様だ。


「ここに、全てが書いてある。」


ファイルを開こうとする手が震える。

もちろん、俺だけではない。白燈(ハクヒ)の事も。

もしかしたら俺に隠している事だって、書いているかもしれない。

無駄に、慎重に。ファイルを開いた。


ページをめくる。これは…(リュウ)だ。

俺の本来の目的は自分と白燈ハクヒの情報だ。

勝手に見るのは気が引けた。すぐにページをめくる。

そこに居たのはカエデだった。


「……?」


違和感を覚えた。すぐにページをめくろうとした手が止まる。

その写真のカエデは今より少し幼げな顔なのは当たり前だが、

気になったのはそこではなくて。長い髪に、目立つ包帯。

ぱっと見、女の子かと見間違える程。

…いや知らない人が見れば、女の子と思うだろう。


面影が全くない訳ではないが、名前を見ないとカエデだと言い切れない。

無表情の冷たい目。今のカエデからは考えられなかった。

俺が来る前から既にこの施設に居たカエデ

リュウもそうだが、この施設に来た頃の2人を知らない。

何があったのか気になったが、勝手に見るのは違うと思った。

まぁ俺は今から勝手に白燈ハクヒのを見るんだけど。

とにかくページをめくる。…聞いたら答えてくれるかな。

聞ける機会があったら聞いてみよう。本人に、直接。


「…俺だ。」


次のページに居たのは、嫌いな醜い顔。

今と対して変わらない髪型。少し幼い感じがしない事もない。

ここに来て随分と経った。見た目ばかり成長している。


出身地は身に覚えのない土地名。

けど驚いたのはそこじゃなかった。…両親の判明有無の欄。

はい、に丸がしてある。…両親が誰だか分かっているのか?

今までそんな話、聞いた事ない。


どんな些細な事であれ、両親についての情報があれば知らされる。

それが虐待をしてきた親、金銭面で一緒にいれない親。

そんな事は関係ない。その、はずなのに。

俺は両親がいる事を聞かされていない。

まだ、生きているのか。既に死んでいるのかすらも。


先生はどうして、俺の両親について話をしてこなかったんだ?

何故俺に両親の事を隠した?胸の辺りがぞわぞわする。

本文は比較的簡単にまとめられていたので俺でも読めた。

…所々難しくて分からないのもあるけど。


「親の名前…苗字が条園ジョウエン、父親の名前は優司ユウジ

母親の名前は麗子レイコ。」


聞き覚えのない名前。でも確かに俺の両親の名前の欄に書いてある。

この人達が、俺の両親。

胸に手を当てなくても心臓がドクドクいっているのが分かる。

他に親について分かる事はないか。詳細を読んでみる。

すると“両親について”と書いてあるのを見つけた。


「…別紙にて、記載?」


他にも情報が書いてあるものがあるのか。

とりあえずこのページで知りたい事はこれくらいか。

一応出生地などをメモしておこう。あと親の名前も。

そして次のページをめくる。…白燈ハクヒだ。

目を閉じている事でまつげの長さが強調されている。

白燈ハクヒの両親が判明しているかどうかの有無。

はい…だった。しかし両親名の欄に名前は1つしかなかった。

名前の感じからして、分かっているのは母親の方か。

読み進めていくと、詳細のある文に目が止まった。…思わず息を呑む。


「……母親、病死、?」


白燈ハクヒが話してくれたあの過去の話が頭をよぎる。

どうして白燈ハクヒがあんな目に遭わなければならなかったのか。

怒りでファイルを持つ手に力が入る。

その母親の事の下記に、次の事が続けて記載されていた。


『母親の病死後、当時4歳だった白燈ハクヒは母親の数少ない親戚に引き取られる。

母親の両親とは絶縁状態でなかなか引き取り手が見つからず、

長い話し合いの末、子供のいないとある親戚夫婦に引き取られる。』


きっと嫌な事をたくさん言われただろう。

4歳だろうと、大人が嫌な話をしているくらい。その場の空気で察してしまう。

ましてや、白燈ハクヒだ。察していない訳ない。

先生の字は、心なしか震えていた。…怒りか、それとも悲しみか。

先生は心を痛めていたに違いない。


『その夫婦は親戚内で評判が悪い。法外な事に関わっていると

噂されている程だった。しかし引き取る事を止める者は誰1人としていなかった。

巻き込まれる事を恐れたのだろう。

そして何より、外面の良い夫婦だったのだ。裏の顔を知っていたのは親戚で

世間体的にも夫婦に引き取られるなら、と言う話だったらしい。

白燈ハクヒは1人だった。』


名前の端が少し滲んでいる。…先生泣いたのかな。

幼くして母親を亡くし、劣悪な環境に引き取られてしまった白燈ハクヒ

唯一の味方であったろう母親は突然いなくなって、みんなに嫌がられ。

どんな、どんな思いで。過ごしていたんだろう。

そう考えるだけで心臓の辺りが痛い。


『この頃から既に白燈ハクヒは目が見えていなかった。

本人に確認したところ、いつ頃見えなくなったかは不明。

当時母親の担当医をしていた方を訪ねた。

母親が病に倒れたのが、白燈ハクヒが4歳になったばかりの事。

担当医は白燈ハクヒが目が見えない事を知らなかった。

少なくとも母親が生きている時は目が見えていた様だ。

発病から母親が息を引き取るまで、そう時間はかからなかった。

元々身体が強い方ではなく、母親本人が幼かった時から床に伏せがちだった。』


元々出産なんて出来る身体ではなかった様で、

とても難しい出産だったみたいだ。

それでも周りの反対を押し切り、無理に出産した。

そこで両親とは絶縁状態に。

出産時にはその担当医が携わった様だが、父親については

母親が頑なに話さなかったと言う。

どこまで読んでも心が痛むばかりだった。


白燈ハクヒをこの施設に引き入れる事になった経緯について、

きっかけは担当医からの連絡。

担当医は白燈ハクヒがどうなったのかを知らない。

しかし母親から親戚について話を聞いた事があった担当医は、

それが引っかかっていた様でこちらに連絡したとの事。すぐに現場に向かった。

そこで見つけたのは、まともに食事出来ず痩せ細った白燈ハクヒだった。』


先生はそこで初めて、白燈ハクヒに出会ったらしい。

その夫婦はここと似た様な施設を経営していた様だが、裏の顔があった。

そこにいた子供に虐待は日常茶飯事。

最悪な事に、そんな幼い子を商品として売っていたのだ。

あまりに胸糞悪い話に、怒りが募っていく。

奴隷として扱われ、時には感情の吐き捨て場にされた。

ここの様に大きい組織ではなく個人業だった為、

外面の良い夫婦から周りが気付く事はなかった。

もしその担当医が連絡をして来なかったら。

考えるだけでも寒気がした。


『しかし白燈ハクヒは売られる訳ではなく、

目が見えない事を逆手に利用していた様だ。

他の子らが“商品”として売るのに対して、白燈ハクヒは“道具”だった。

初めて声をかけた時、白燈ハクヒは、笑った。

きっとまた新たな仕事をさせられると思っての反応だろうと思った。

こんな劣悪な環境にいて、この様に笑う子を初めて見た。』


白燈ハクヒは考えられない程の劣悪な環境に居た。

初めて来た時の事を思い浮かべる。

同じ歳とは思えないくらい綺麗で、落ち着いていた。

初めこそ緊張していたのか警戒していたのか。

先生の陰に隠れていたものの、すぐに環境に馴染んだ。

それも汚い仕事をさせられてきたからなのだろうか。


『すぐに保護し、食事を取ってもらった。

痩せ細ってはいたものの、風呂にはたまに入っていた様子。

事情を聞くと“仕事の前には必ず入れさせられた”との事。

見た目を綺麗にしておく必要のある仕事内容だったからの様だ。』


それからしばらくは医療機関にて体調の回復を待ち、

この施設へやって来た様だ。


『しかしその夫婦も、白燈ハクヒも。仕事内容に関して、

頑なに口を割らなかった。夫婦はまだしも、白燈ハクヒは何を聞いても

ただ笑うだけ。笑うと言っても口角が少し上がるだけ。

あまりに自然な愛想笑いだった。』


俺は白燈ハクヒから直接その話を聞いた。

でもなんで先生に話さなかったんだ?

目に関しては話さないのは、きっと今までの経験上の警戒からだろう。

仕事内容は別に話しても良くないか?

それを言ったところで白燈ハクヒにデメリットはないだろうに。

…デメリット?


白燈ハクヒには、それを言えない理由があった…?」


例えば脅されていたとか。いや夫婦が逮捕された以上、

夫婦が白燈ハクヒに害を及ぼせるとは思えない。

じゃあなんだ?なんで白燈ハクヒは言えない?

そこでピンときた。

そして先生も俺と同じ考えに行き着いたらしい。


『きっと話はここでは終わらない。

事情聴取の様子も警察から聞いたが、どうもこの夫婦がここまで

誰にもバレずにこの様な事を出来る風に見えなかった。

あまりにスムーズに行き過ぎている。器用過ぎる。

これは憶測に過ぎないが…』


きっと。裏で手を引いている奴が居る。

相当な手練れで、他にもこの様な施設があるのだろう。

そして白燈ハクヒはその人物に、接触した事があるのかもしれない。

そこで何かを脅されるか、言われて。

言う事を拒んだ?

しかもこの後、夫婦は同時期に獄内にて自殺している。

これでその裏で手を引いていた人物から遠ざかってしまった。

この書かれている事が更新されていないとなると、

白燈ハクヒは今も話していない。

先を読み進めようとしたその時だった。


「……何、してるの?」


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