8.権利
翌日。
白燈は昨日の事などなかったかの様に生活していた。
ただ、いつもと違う事があるとすれば。
俺は避けられているという事くらいか。
いつも通りシスターの手伝いをし、ちび達と楽しそうに会話している。
どうしてあいつは、養子になろうと思ったんだ?
今まで養子になる奴が居なかった訳ではないが、
まさか白燈がそうなる日が来るとは思いもしなかった。
ここにいる俺らを“家族”だと、いつも言っていた。
誰よりもその意識が強い白燈。
そんな白燈が養子なんて、誰が思うだろう。
そして俺の頭には、先生のある言葉が浮かんでいた。
「…“仕方ない”。あれはあの日の事を言っていたはず。」
しかしその言葉がどうも腑に落ちなかった。
あれは本当に“あの日”、白燈と龍が
怪我をした時の事を言っていたのだろうか。
その言葉の裏に先生の思いが隠されてた気がしてならないのだ。
「黒埜?なんか言った?」
「…いや、なんでも。」
俺の隣で本を読んでいた楓が顔を覗き込んでくる。
養子の話は、気付いた後も誰にも言っていない。
あの白燈が、家族になってもいいと思えた人が居たと言うのか。
…どんな人なんだろう。
すると玄関の方で話し声が聞こえた。先生とシスターか。
「あれ、どこ行くの?」
楓に答えもせず、声のする方へ向かった。
質問こそしてきたが、ついては来なかった。
楓は妙に空気の読み方が上手い。それに何度も助けられている。
そっと気付かれない様に聞き耳をたてると、どうやら先生は出かける様だった。
「それではみんなを頼みます。朝までには帰ってきますので。」
「かしこまりました。お気を付けて。」
シスターから鞄を受け取り、出ていく先生。
こうやって先生が出かけていく事は良くある。
基本的に年中忙しいみたいだし。
シスターが部屋に入ってくる前にその場を離れた。
…朝まで、と言ったな。
部屋をゆっくりを見渡す。
白燈はちび達の相手をしている。今日のシスターは2人。
1人は白燈と同様、ちび達の相手。もう1人は洗濯をしている様だ。
まだしばらくはそのままこの部屋から動く事はなさそう。
俺は怪しまれない様に静かに部屋を出た。
人気のない廊下。普段は滅多に来る事のないこの廊下を進むと裏口がある。
静かに裏口を開けると、辺りは木や草が伸び放題になっている。
その茂みを進んでいくと、教会の裏側へ出る。
入口の方へ回り込んで人が居ない事を確認する。
先生が不在の時は閉鎖されている教会。扉はもちろん鍵がかけられている。
だが、確かここら辺に……。
記憶を探る様に近くの茂みに入った。辺りを手当たり次第に探ってみると
手に何かが当たった。…小さな鉢植えだ。
その中にはウッドチップが入っていて、手を入れると冷たい金属に触れた。
取り出すとそれは、鍵だった。
あの白燈と龍が殴られた騒動の後、俺は先生の書斎に連れて来られた。
その時鍵を忘れて来たと先生がここを探って出しているのを見たのだ。
先生には『みんなには内緒ね』と言われたが。
まさか役立つ日が来るとは思わなかった。
茂みから抜け出し、教会を開けた。
大きな音を立てて開く扉。入ってすぐ扉を閉めて、内側から鍵をかけた。
静まり返る教会内。教会の2階に先生の書斎がある。
階段を上り、先生の書斎部屋の扉の前まで来た。
しかし、部屋はこれだけではない。…この教会には地下がある。
そこに俺や、他のみんなの家族や来た時の状況などの
情報が書かれたファイルが保管されている。
その部屋に行くためにはまず、鍵を見つけないと。
無防備にも書斎に鍵はかかってなくて、すんなり入る事が出来た。
「…変わってない。」
あの時来た頃と変わらず壁一面どこを見ても本に囲まれている。
家具の位置も変わっていない。
たった1度だけ来た事のある部屋。けど何処か懐かしく感じて落ち着く。
部屋を見渡してみるが、鍵らしきものはない。
先生らしい、綺麗に整理整頓された部屋だ。
少し気が引けるが、仕方ない。机の引き出しに手を伸ばす。
ゆっくり引いてみると、なんだかよく分からない物がたくさん入っていた。
物は多いが引き出しの中も整理整頓されている。
慎重に引き出しを開けて、鍵を探す。
そして最後の引き出しを開けた時。
「あ、」
他の引き出しより物が入っていなくて、ぽつんと置かれた1つの鍵。
…いや、これは地下の鍵じゃない気がする。
机の上に教会の鍵と一緒に並べてみる。
引き出しに入っていた鍵は何処かオモチャのような見た目だった。
持ってみると重さも全然違う。
例えるなら……、オモチャの箱でも開けるような鍵だった。
どうしよう。地下の鍵がないのなら、話にならない。
きっとこの部屋の何処かにあるはずなんだけど。
とりあえずどうしようもないから、部屋の中を探し回る。
真っ先に探しにかかったのは本棚。
しかしこんなたくさんの本の中に隠されていたのなら、見つけられる気がしない。
適当に本に手を伸ばし、その背表紙を指でなぞる。
「…あれ、この名前。」
この部屋の本はどれも難しいものばかりで、
俺にはなんて書いてあるのかすら分からないものばかり。
その中に数冊だけ、見覚えのある文字が並んでいた。
その本のタイトルも名前も読めはしないが見た事がある。
俺はこれを何処で見たんだ…?
同じ作者の物だろう。名前は同じでタイトルは違う物が並んでいた。
そんなに本数がある訳ではない。
この本の何かが引っかかる。
「…あ、そうだ。」
しばらくその背表紙をなぞったまま、じっと考えていると。
ふと思い出した。ずっと昔に先生が俺に話してくれた本だ。
俺は勉強が嫌いで。
みんなが読み書きを練習する中、俺は投げ出してしまった。
シスターも俺の暴れように手がつけられず、ついに先生に呼び出された。
俺は怒られると思っていたのだが、そうではなくて。
その時に、この本の話を聞いたんだ。
先生の好きな本の話。
みんなが昼寝をしている中、俺は先生と庭のあの木の根元に座って。
先生の話してくれるその世界はとても楽しかった。
ただ黙って聞いていただけだったが、
あんなにキラキラした世界がその本にあるのかと感動したのを覚えている。
『これはね、先生が1番好きな本なんだ。とても力強くて背中を押してくれるような。
作者の優しさが本の至る所に溢れているんだ。』
活き活きと話す先生の横顔が脳裏に浮かぶ。
この小説には確か、2人の少年が出てきたんじゃなかったっけ。
たくさんの試練に立ち向かう2人の少年。
最後は、どうなったんだっけ……?
そんな事を考えていると、違和感に気付いた。
同じタイトルの本が、2冊ある。だがその内1冊はすごく色褪せていた。
その色褪せている方を手に取ると、鍵がついていた。
本に鍵…?先生は俺に話す時、本を読みながら俺に分かるように話してくれた。
その時はこんな鍵がついた本なんて持ってなかったはず。
そこで点と点が繋がった。
さっき見つけた鍵を手に取り、その本についている南京錠に入れてみる。
すんなり鍵は南京錠に飲み込まれ、ゆっくりと鍵をまわす。
“カチッ”と開くような音がした。
鍵を抜いて、南京錠を外す。
本を開くとページの真ん中がくり抜かれていて、そこに鍵が入っていた。
教会の鍵と少し似ていて、でも違う鍵。
多分これが地下の鍵だ。机の上に本を置いて、鍵を取り出す。
鍵を握る手が少し震えている。
こんな事、本当ならするべきではない。
けど教えて貰えないのなら、自分でどうにか知るしかない。
俺にだって、知る権利くらいはあるはずだから。
本を机に広げたまま、地下にある部屋に向かった。




