幽玄の森
湿気った風が吹く。
囁き声のようにざわめく木々は、幾重にも枝を重ね合わせて陽の光を遮る。
ここは幽玄の森。
ゴースト系モンスターの巣窟である。
その幽玄の森に入ってからしばらく経った。
ゴーストモンスターも出現した。
したのだが…、
「なんかふわふわしたモンスターだ!
リアム、あれ行くぞ!」
「あれって何でしたっけ?」
「私も知らん!行くぞ!」
「了解です!」
ゴーストモンスターをタコ殴りにするレプとリアムの姿がそこにあった。
「ごめん、ちょっといい?」
「どうかしたか?」
怪訝そうな顔で小首を傾げるレプとリアム。
幽霊は消滅した。
「なんで素手で幽霊殴ってんの?」
ゴーストは4次元世界の物質に生き物の精神エネルギー的なものが転写された存在である。
故に、物理的な攻撃は基本当たらないはずなのだが…。
「リアムは神様の、主の聖なるお力をお借りしているので、幽霊さんでも友達になれるのです」
リアムは僧侶的なあれだから仕方ないとして、レプは?
「リアムは良いとして、レプは?」
「なんか殴れた」
うーん…。
俺は深く考えるのを辞めた。
物理無効の幽霊を普通に倒せるのなら、俺の勇者PT離脱計画が台無しだ。
別の作戦を考えねば。
「あれ、ところで勇者は?」
戦闘中、勇者は後ろの方で大人しくしていた。
さてはコイツ幽霊苦手だな。
「いや、私はちょっと急に荷物持ちが懐かしくなっちゃって…」
「あんなに荷物持ち嫌がってただろ」
「うぅ…」
少女勇者は涙目でぷるぷると震えている。
「怖いのなら怖いと…」
「こ、怖くないもん!」
「そうか…」
意地っ張りな奴だ。
そうだ、これで行こう。
意地悪なこと言って嫌われてパーティ追放されよう作戦。
「幽霊が怖いのなら、一生荷物持ちでもしてればいい」
「えっ」
勇者が意表を突かれたかのように少し驚く。
「勇者なんて別の奴に任せて逃げちまえば?」
「…」
いつも明るくにこにこ笑っている勇者の顔に陰りが生まれる。
効いたか。
次はレプだ。
「…そんなこと初めて言われた」
俺がレプの方に向き直った際に勇者がぽつりと何かを呟いたが、それは木々のざわめきに絡め取られ、俺の耳には届かなかった。
「やーい脳筋」
「のうきんとはどういう意味だ」
「脳みそまで筋肉って意味だ」
「なるほど、褒め言葉か」
「違う」
「脳内まで筋肉の私に死角はない」
「死角しかねぇじゃねぇか!」
駄目だ。
レプは皮肉を理解出来ないらしい。
あとはリアム…
リアムの方を振り向くと、リアムはキラキラと瞳を輝かせこちらを見ている。
どうやら褒めてくれると思っているらしい。
「リアムは…」
名前を呼ぶとリアムは背筋をピンと伸ばし、まるで投げたボールを取ってきた仔犬のように褒めて欲しそうにしている。
「…リアムは良い子だなぁ」
「えへへ」
負けた。
り、リアムは良い子だからパーティ追放してくれって言えばきっとしてくれる、と思いたい。
なんでそんなに地味に好感度高いんだ。
さっきのお菓子が気に入ったのか?
やれやれ安い女だ。
内心悪態をつきつつも、俺の手はリアムの頭を撫でていた。
その髪は雛鳥の羽毛のように柔らかく、何時間でも撫で回していたい位に掌が離れない。
心を鬼にして手を離すと、リアムはやや名残惜しそうにこちらを見つめている。
くっ。
俺の心が鋼でなければ、この誘惑に負けていただろう。
誘惑に勝ったご褒美として、俺はリアムの頭を撫でた。
「モンスターの気配だ」
レプの視線の先にはゴーストモンスターが三体浮遊していた。
バーストゴースト。
自身の霊気をビームのように発射するモンスター。
ビーストゴースト。
死した獣の思念が寄り集まったモンスター。
ブーストゴースト。
なんか速い。
瞬時に臨戦態勢を取るレプとリアム。
一歩後ろに距離を置く俺。
俺の後ろに隠れる勇者。
戦闘が始まる。
次回予告
突如現れた三体のゴーストモンスター。
果たして、勇者パーティは如何に立ち回るのか。
次回、『強敵現わる』
ネタバレ。タコ殴りにして勝つ。