出発
「出発進行ー!」
宿屋のチェックアウトを済まして外に出るなり、勇者が叫んだ。
通行人の何人かがこちらを見るが、勇者だと分かると納得したように通り過ぎていく。
「何故叫ぶ」
「きちんと冒険していることを民衆の方々にアピールしておかないと、王様からの援助が止まる可能性が…」
こいつ意外と苦労人なのでは。
荷物持ちの俺は歩きながら勇者連中から寝具や予備の武具、回復薬などのかさ張る物を受け取り、収納スキルで収納していく。
勇者が追跡スキルを持っているとはいえ、俺が持ち逃げするとかは考えないのだろうか。
そんなことを考えながら歩く内に、国と外とを隔てる防壁までたどり着いた。
「行ってきます!目的地は幽玄の森だよー!」
守衛に手を振る勇者を横目に見ながら国を覆う防壁を通過する。
流石勇者、指名手配犯の俺が居ても顔パスだ。
門の正面は開けた平原が広がっていた。
冷たい風が吹く度に膝丈くらいまでの草が波のように揺れ動く。
こちらの方面はあまり商隊が通らない為、舗装されていない小道が遠くまですらりと伸びていた。
魔法使いと僧侶が先頭を往き、真ん中を勇者、最後尾は荷物持ちの俺が歩く。
草原にぽつぽつと点在する樹木には鳥の群れがとまり、翼を休めている。
時折、小道の端に生き物の巣と思しき穴が口を開き、獲物を待ち構えるかのようにその薄暗い闇を見せびらかす。
「あ、エルッパの実がなってるよ。
ちょっと取ってくる!」
荷物持ちから解放され、まともな冒険が出来るようになったのが嬉しいのか、勇者がはしゃいでいるようだ。
「お前らは魔王を倒すことが目的なのか?」
勇者が果実を取ろうとしてぴょんぴょんしているのを遠目に見ながら、レプとリアムに問い掛けた。
「さあ、勇者はそうだろうが、私は強い奴と戦えればそれで良い。
勇者と旅していれば強い奴と戦えるしな」
こいつひょっとして魔法使いではなく武闘家なのでは?
「リアムは平和な世界になればと思いまして…」
リアムは良い子だな。
「…それで、拳を交えたら友達になれると聞いたので、世界中を友達でいっぱいにすれば、世界が平和になるかなーって」
この子、思考がちょっと武闘家寄りじゃない?
「そうか、がんばれ」
「はい!」
何となく口から出た応援の言葉に、リアムは嬉しそうに返事をする。
世界平和、か。
そうこうしている内に、勇者がエルッパの実を抱えて戻って来た。
「人数分、よっつ!」
勇者がぱたぱたと駆け回り、一人に一つずつ果実を配っていく。
エルッパの実はこの世界のポピュラーな果物で、白い外皮に包まれているが中身は鮮やかな赤色で、食べると虫歯予防になるそうだ。
俺は後で食べようと、エルッパの実をスキルで収納した。
「む、モンスターの気配がするぞ」
先頭を歩くレプが、声のトーンを落としてそう言った。
気配とか武闘家かよ。
魔法使いなら探知魔法で見つけたとか言って欲しかった…。
勇者パーティは即座に臨戦態勢に入る。
同時に、巣穴に潜んでいた黒い獣が飛び出し、レプの頭部に噛み付こうと大口を開けて跳躍する。
レプは冷静に間合いを見極め、風を切り裂くような鋭い蹴りを獣の下顎へと叩き込んだ。
蹴りの威力が高かったのか、黒い獣の跳躍の勢いは殺され、やや後ろへ吹き飛ばされる。
獣は身軽そうに空中で一回転すると、体勢を崩さずに器用に着地した。
大きい。
黒い獣は牛のような大きさで、硬質そうな黒い毛に体中を覆われている。
鋭い牙を剥きながら、体毛からぎょろりと覗く四白眼がこちらを睨みつけている。
狼に近い生き物で、昔見たジェヴォーダンの獣という生き物に似ている気がする。
「リアム」
「はい」
間を置かず、レプとリアムが駆け出した。