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お題:お饅頭・時計・霧

前話より長めです

チッチッと誰かの腕時計の秒針が動く音が暗い夜の山小屋の中に響く。


「救助はまだなのかしら……もう4日よ?食べ物ももうこのお饅頭1つだわ! 」


女性がヒステリックに叫ぶ。


「騒ぐなよ。不快だし、なにより腹が減る。無駄に喚いて大事な食糧を無くす気か? 」


無精髭を生やした男性が睨めつけながら女性に言う。


俺たちの焦りは既にピークだ。もはやこれまでなのだろうか……



俺は某県某市の有名な山に来ていた。

高校時代に出会った登山を社会人になった今でも続けているとは思いもしなかったが、こうして休みの日に山に登ると気持ちが晴れやかになる。

今日もこうしてこの山に登りに来たわけなんだが、どうも胸騒ぎがする……

天気予報でも今日は晴れだと言っていた。大丈夫だと信じ、俺は登山具を背負い、山を登り始めた。


最初の方は順調だった。

胸騒ぎは気の所為だったと思えるほどに空は晴れ渡り、雲一つない日本晴れ。山頂ではいい景色が見られそうだと俺の足も軽やかだった。

異変に気づいたのは山の中腹辺りだろうか。

明らかに登山者が少ない。むしろ俺以外の登山者が見当たらない。有名な山ならば休日は登山者と並んだりすれ違ったりするものなのに、登り始めて1人として出会わなかった。

この時点で帰るべきだった……


中腹を少し過ぎた頃、ちょうど14時頃だったか。少し霧が出始めた。山の天気は変わりやすい。霧や雨が降ることも多々ある。

明日も休みだ。そう思い、麓の案内板にあった少し先の山小屋で夜を越す事にした。


ギィっと山小屋のドアを開ける。

山小屋は簡素な作りであったが、1晩くらいなら大丈夫そうだった。

中は薄暗く、少し埃っぽかった。

中には机や椅子、申し訳程度の毛布が置いてあった。

そして先客もいた。


「あら、アナタも避難してきたの?ついてないわよね。霧なんて」


薄暗く良く見えはしなかったが、20代から30代くらいの若い女性がいた。彼女も霧が出てきたため山小屋に避難してきたようだ。


「そうですね。とりあえず1晩よろしくお願いします」


俺は彼女にそう告げると背負った登山具を床に置き、そのまま床に座った。

俺以外にも登山者が居たんだという事に安堵しながら、先客の女性と世間話をして時間を潰していた。


15時を過ぎた頃、山小屋のドアがギィっと開く。

入口には無精髭を生やした大柄の男性が立っていた。


「なんだい、先客がいたのか」


男性はそう呟き、中に入ると背負っていた登山具をドサッと床に置き、その場にドスンと座り込んだ。


「1晩よろしく頼む」


男性はそう言うと壁にもたれかかり目を瞑った。


その晩、俺たちは各々持っていた食糧を食べ、毛布にくるまり寝た。


「一体なんなんだ。こりゃあ……」


翌日の朝、俺は男性の驚いた声で目を覚ます。


「ん~?一体何なのよ? 」


女性もその声で起きたようで、2人して入口へ向かう。時計は朝8時を指していた。

外を見ると言葉を失った。

そこには1m先も見えないほどの濃霧が広がっていたのだ。

まさに雲の中にいるような光景だった。

朝、霧が出ているのはわかるが、ここまでの濃霧は異常だ。このままでは下山することも出来ない。

そう思い救助を要請しようとスマホを取り出すも表示される「圏外」の2文字。スマホは暇つぶしのできる光源となった。


「とりあえず、霧が晴れるのを待つしか無さそうだな」


男性はそう言い、山小屋の中に戻っていった。

俺と女性もそれに従うように戻った。



あれから12時間が過ぎた。

辛うじて届いていた陽の光も落ち、辺りは闇に包まれた。

しかし、依然として濃霧は晴れない。

俺たち3人はもう1晩山小屋で過ごすことになった。


明くる日も、濃霧が晴れることは無かった。

焦る。

俺たちは帰ることが出来るのだろうか……

スマホの充電も切れ、会社に電話することも暇を潰すことも光源にもならなくなった。


「アタシたち帰れるのかしら…… 」


女性が呟く。その声色からは不安が見える。


「わからん。が、生き延びることが出来れば出られるだろう」


男性がそう励ます。

霧が晴れるのがいつになるか分からない今、生き残るには水と食糧が重要になってくる。


「皆さん、食糧はあとどれくらい残っていますか?残っている分を集めて3人で分けていきませんか? 」


俺は彼らに提案する。


「霧が晴れるのがいつになるか分かりません。だから協力して生き残るためにも食糧を分け合っていきませんか? 」


俺がそう言うと彼らは自分の残りの食糧を寄せ集めてくれた。

男性の持っていたのはスティック型の栄養調整食品が残り1本。

女性が持っていたのは500mlペットボトルに半分入った水。

俺が持っていたのは残り1つとなったお饅頭。

これでいつ来るか分からない救助を待てというのか……


「ほ、本当にこれだけ……? 」


女性が弱々しく呟く。


「携帯電話も充電切れ、食糧も無い。この状況で何日持つのか……」


男性も最初よりずっと覇気のない声を発する。

その晩、俺たちは男性の持っていた栄誉調整食品の半分を3等分し、食べた。


翌日も濃霧が晴れることは無かった。

ここまで来るとなにかに巻き込まれたんじゃないかと思えてくる。

朝は何も食べず、昼に残り半分の栄誉調整食品をみんなで分け合って食べた。


陽が落ちる。

闇がやってくる。

それは人の孤独を掻き立てる。

残ったのは水とお饅頭。

チッチッと暗い山小屋の中に誰かの腕時計の秒針が動く音が暗い夜の山小屋の中に響く。


「救助はまだなのかしら……もう4日よ?食べ物ももうこのお饅頭1つだわ! 」


女性がヒステリックに叫ぶ。


「騒ぐなよ。不快だし、なにより腹が減る。無駄に喚いて大事な食糧を無くす気か? 」


無精髭を生やした男性が睨めつけながら女性に言う。


俺たちの焦りは既にピークだ。もはやこれまでなのだろうか……




『1週間程前から某県某市の某山に登った男女3人の行方が分からなくなっています。警察は遭難として自衛隊と共に捜査に乗り出していますが、一向に見つかっておりません。尚、この山には山小屋のようなものはなく、神隠しのように消えているとの事です。家族の方にお話を聞いたところ………』

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