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違います。あれは娘ではありません」
「……あなたは誰?」
カインをうしろに従え私が問う。前世の記憶ではここにいるのはあの人だった。
黒髪の娘は両手を鎖でつながれていた。
黒い瞳を細めてこちらを見る。
「……呪いを与えよう、リリアーナ、悪役令嬢、お前が全ての元凶。呪いを刻印せし魔女よ!」
聞き覚えのある声? と思った瞬間、どさりと気を失い床に倒れこむ少女。鎖はかなり長い、だけど自由に動ける長さではなかった。
「……え?」
気を失った少女が、次の瞬間顔をあげる。
その顔は、『私』ではなくまだあどけない少女のものだった。
丸い目、何処か愛らしい顔立ち、だけど美しいと言われた闇の娘のものではない。
「リル!」
「顔が違う……」
牢の中にある少女は前世の私ではない、だがあの顔とあの言葉は何?
「顔が違うのは……」
「取りあえず魔女殿、この牢から娘を!」
「逃がそうなどとは思わないことですよ」
後ろを振り向くといつの間にか真紅の髪の男性が立っていた。
見覚えはないが、あの火の精霊の主だろう。
年の頃は20歳すぎ、真紅の瞳をした青年は嘲笑いながら手を突き出す。
「火よ、汝の祝福を求めん」
唇を歪め呪文を唱える魔法使い、前世知っていた魔法とは違った。リルが使えるのは光と闇、後は水。
火とは相性が悪い。
今の私の属性は闇と後は光、相反するものでも使えたのは前世の魂の蓄積だからだと老いた魔法使いは告げた。
「水よ、我が双璧となせ!」
私がある程度使える魔法のうちの一つ、水の壁を出すと、カインは闇の魔法を唱える。
闇では火には勝てない。
「消えろ、闇の娘!」
悪役令嬢と呼ばれた前世、どうやっても私の犯した罪は消えないのは自覚していた。
愛しているという言葉を残してあの人は消えた。
「消えたくなんてありません! 水の精霊よ!」
前世の記憶が一瞬蘇る。
魔力を拘束された記憶。
水の精霊が出現し、火の球を消し去る。
魔法なんて学園の授業で習っただけだった。
今世は何も知らないままでいたかったのに。
『王太子妃になられるのなら、覚えておいてください。王族にしか使えない魔法があるのですよ。リリアーナ』
魔法教師が告げた言葉も蘇る。
王族のみが使える特別な魔法、だから私には血の祝福がないから使えないと。
必要なのは血、一滴の血があれば使える。
だけど私には王族の加護など……。
再び求めるのなら、王族の血を求めるべきだ。
でも覚えてはいない。
「ほらカイン、あの子を助けて!」
私が慌てて言うと、魔法を繰り出し、牢屋を破壊すべく行動しているカイン。
でもどうにもならない。
「闇ではなく光で!」
銀のペンダントをカインに投げた。対価が必要。新月ではあるが光の精霊ミカエラが……。
「これが求めていたものだ」
ペンダントが舞い、カインの手に収まる。その瞬間、カインはにやりと下卑た笑いを浮かべ、私を強い目で睨みつけた。
「え?」
「その娘を捕らえよ、ユリウス」
「はい、父上」
私は何か間違えたの? カインはクスクスと楽しげに笑う。
光の精霊を対価と引き換えに呼び出すアイテム。
握りしめ、闇の娘よとご苦労だったとカインは笑った。
「そうそう、カインというのは愛称だ。私の名前はカインではなくアベル。カインというのは人で一番最初に己の身内を殺したものの名だ!」
この国の王はアベル……。
黒髪をした東方の血をひく者、それだけは知っていた。
男は下卑た笑いを浮かべ、ペンダントを手に嘲笑していた。
姦計にはまったことに気がついたが遅すぎた。
一瞬魔法の呪文が遅れ、私は火の精霊に補足されてしまう。
「御苦労ユリウス、その娘を捕らえておけ」
「はい父上」
クスクスと笑う赤髪の魔法使い、どこからが本当でどこからが嘘なの? 牢の中にいる娘は本物らしかった。
どんとお腹を殴られる。気を失いながらも私は強い瞳で王を睨み続けた。
嘲りの笑みで王は私を見ているだけだった。