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「陛下はあなたの闇の精霊をお望みだ」
「誰か政敵でも殺させたいの?」
「いや、シャルル王太子の……」
「シャルル?」
「ああ」
私の胸がずきりと痛む、この国に住んではいた。しかし王太子は違う名前だったはずだ。
私がそれを尋ねるとカインは上の兄が死んで、下の弟が王太子になったばかりだという。
しかし名前すら知らない王子だったが、妾腹ということで納得した。
「よく許したものね」
「その王子しかもう残っていないからな……」
カインの娘は王太子とは恋仲だと聞いた。それで捕らえられたと、カインはもともとは庶民で、魔法の腕を買われて取り立てられたそうだ。
だからその娘と王太子が恋仲だと困るということか。
「それで、どうさせたいの?」
「たぶん、闇の力とやらでシャルル王太子に娘をあきらめさせ、公爵令嬢との縁談を承知させたいと……」
「私は洗脳の魔法は使えないわ」
「闇の魔法なら何でも使えると思っている節が」
馬に揺られながら事情を聴いては見たが、でもどうしたって王が愚かだと思う。
私の力はあまり扱いがよくない。
下手をすれば国ごと滅ぼすものだ。
黒髪の魔法使い、確かカインが着ている衣装は少し見覚えがあった。
前世の記憶であの人が着ていたものに少しだけデザインが似ている。
東にある地方のものだった。
「……東の」
「私は東の出身だ」
「なるほど」
東には札を使う国があるらしい。
確か前世のあの人も札を持っていた。イーストマジックなどとも呼ばれるものだが、この力も他の者たちが欲するものだった。
「イースタンマジックが使えるなら、あなただけでも」
「私にはその魔力がない、だからこそあなたを連れてこいという命令に従うほかなかった」
東の魔法は万能と聞いた、札だけで魔物を封じ、人を癒す。
だけどその力はないと再びカインは否定した。
「リルを助けたい、どうしても陛下はリルを殺そうとされている」
「処刑されるの?」
「私が闇の魔女を連れてきたのなら考え直すと」
「どうしてこう愚かな人ばかりなの」
私は苦笑いするしかない、侍女の子として生まれたシャルル王子は、幼いころは市井で育った。
そして数人の兄たちが不慮の死を遂げ、だれも跡取りがいなくなり王は彼の存在を思い出し呼び寄せたと聞いた。
数人の王子たちが死んだのは知っていたが、みんな消えてしまったとは思わなかった。
「リルはシャルルとは幼馴染で恋仲だった。私もさすがに王太子妃などは無理だと思うが、リルは絶対にシャルル王子と……」
「別れないといったのね」
「ああ、それで捕らえられた」
しかし同じ名前の少女が処刑されようとしていて、王太子がシャルル、なんという皮肉? しかし私はふと思い出す。
愛しいあの人はシャルルの縁続きじゃなかった?
ならあの人がいるかもしれない。
でもそんな偶然があるだろうか? それに前世にかかわりがあるのなら、私はたぶん恨まれている。
前世私を殺した王国はもうない。
数百年も前のおとぎ話だ。
だが闇の精霊に愛された娘、闇の娘の伝説は残る。
銀の髪の娘は一人だけ、世界にたった一人。
緑の瞳の娘もたった一人。
闇の精霊を従え、世界を無に帰する。
遠い昔、私以外の災厄の魔女もいたらしい。彼女も同じ色彩だったと老いた魔法使いは教えてくれた。
彼もクロスに殺されたのだけど。
「リルは絶対に……」
「殺させないから安心して」
私は彼の娘と同い年、シャルル王太子は一つだけ上らしい。
年齢も違う、それに聞いたところ、シャルル王太子は金の髪に青い目ではない。
リルという少女も黒髪に黒い目。
それを聞いて安心した私がいた。
お前たちを永劫に呪ってやろう。そういった前世の私はすべての人間を来世までも呪うと誓ったのだ。
もし二人が私の前世と関わり合いになる人たちだったら、愛するものを失い不幸になるはずだった。
だけど年齢も違う、容姿も……だからたぶん大丈夫。
不吉な思いに囚われながらも私は闇の精霊が近くにない安堵と、どうにかなるだろうかという不安にさいなまれていた。
そしてあの人がいるかもしれないというかすかな期待が私の中に存在した。
あの人の呼ぶ声に耳を傾けずにいられようか?
でも私はあの人とたぶんであってはいけないそんな気もしていた。でも魂がどうしてもあの人を求めてしまうのを感じていた。