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「水の精霊よ、わが願いを聞け」
「水の精霊よ、わが願いを聞け」
詠唱を何度か続ける。彼女の魔法ならなんとか発動するようだが、どれも当たりじゃない。
今は多分2日目、あれから誰もここには来ていないが、たぶんアイテムの使い方を調べているんだろう。
呼び出しの呪文を知ってはいるんだろうが、ある一定以上の魔力がないと発動しない。
猶予は少ない。
私は何度か前世の中にある解錠の呪文を試してみた。
魔法は発動するが、どれも外れ。
しかし解錠以外の魔術も試したが牢は破壊できない。
実際、どうしたらいいのか迷っていた。
精霊は王を殺すだろう。一瞬でも私が憎んだ者をクロスは消し去るのだ。
『お前が憎むものは私が消してやろう。悲しむ顔は見たくない、だからこそ……』
母が闇に消えたとき、精霊クロスはさも当然というように言ったのだ。
精霊には善悪はない。
光の精霊や闇の精霊もその限りではない。
ならばこの国は必ず滅ぼされる。
一瞬とはいえ私はあの王と、そしてユリウスとかいう男を憎んだからだ。
「どうしてこう愚かな人ばかりなの!」
「リリシアさん?」
私は鎖を外そうと試したがまるでダメだった。アン・マリーは牢を破ろうといろいろな魔術を試したが全くダメだった。
「私、ここで消えても……」
「あきらめてはだめ」
これは何の再現なのだろうか? 本当に悪夢だ。
繰り返し繰り返し夢に見る。
幼いころは闇が私を呼んでいるのは自覚していたが、まだ普通の子供だった。
だが私を精霊クロスは呼んでいたのは間違いではなかった。
ずっとずっと彼は私を愛しているとと呼び続けていたのだ。
でも私は彼を愛せない。
善悪の概念を持たない人殺しがクロスだ。
無邪気で無知、私を害するものはすべて消す。
私が関わりあった人間しか消さないのだから、誰とも会わなければいいわけだったのに。
どうしてこんなところに来てしまったのだろう?
少しだけ黒髪が前世の父に似ていたのだ。
父は東の人間だった。
公爵の娘と婚姻した父は東をずっと懐かしんでいたのだ。
それが私とあの人を引き合わせることにもなった。
「悪役令嬢って一体どういうことなんですリリシアさん?」
「そう呼ばれる人間だったってことよ」
私は手のひらから光を出す呪文を唱える。発動はしない。
アンが唱えると発動した。
闇属性なのだから光属性をぶつけたらどうか? と思ったがこれも発動しない。
闇はこの子も殺すだろう。
それだけは避けたかった。
だからこそいろいろ試しているが、どうしてこううまくいかない?
確か前世、愛しい人を自分の宝石箱に閉じ込めて、永遠に自分のものにしようと……。
いいえ違うこれは私の記憶じゃない。
私はあの人とただ幸せになりたかっただけだ。
永遠にずっと一緒に、でもその想いは叶うことなく。
あの人は消えてしまって、いえ違う……。
私はリリシア、悪役令嬢と呼ばれた過去は昔なのに、私が私であることがあいまいになる。
銀の魔女は一人きり、緑の瞳で青い空を見る。
憂鬱なほど青い空はとても見ていると心が痛くなる。だって空はあんなに青いのに私は憂鬱なのだから。
ああ、これは誰が言った言葉だったの?
もう思い出せない。
男は裏切る者、不実といったのは母だった。
裏切らない男なんていないのよといったのは誰?
この記憶は悪役令嬢と呼ばれたリルの記憶? 私はリリシア、今はただ闇の精霊クロスの契約者。
「リリシアさん?」
「早くしないとクロスが目覚めるわ」
もう2日たっている。食事すら差し入れられなくなっている。
なぜかはわからないが、たぶん光の精霊の召喚に戸惑っているのかもしれない。
光の精霊ミカエラは対価を求める。
だから対価を求められたらいけないから呼び出しは人生に数度にしたほうがいいよリリシア。
老魔法使いはそう言った。
白い髪を撫でつけ、どうしてこんな運命に生まれたのだろうと寂しげに笑っていた。
クロスが彼を殺したのは、私が敵意を抱いたからではなく、彼の明確な意思によってだった。
「諦めては駄目」
覚えている限りの呪文を使い果たし時に、ふと浮かんだ呪文。
それは前世愛した人が唱えたものだった。
唱えた瞬間、白い光が辺りを支配し、長い黒髪、目隠し、身体中に呪符を巻き付けた女性がそこにたっていたのだった。




