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第一章トンカツ 六節目

「お待たせしました、トンカツ定食です♪」

 意気揚々と繰り出して行った逍子、道悟は以後の様子に衣の滓を掬いながら聞き耳を立てておく。ちなみに、香の物はコストの関係で廃止となっている。

「おお!? ボリューミーっすね!」

「今回は特別仕様なの、召し上がれ♪」

「食べ比べっすね・・・頂きます!」

 食事が開始され、然るべき後に驚愕の声が道悟の耳へ届いた。

「うぅ・・・美味過ぎる!? こんなに口に合うトンカツは初めてっす!」

「うふふ、ありがとうございます♪ どんどん食べてね?」

 それから暫くは、食事をする音と垂れ流しているテレビの音声だけが店内に響いていた。時折、部活女子が食べながら何かを言っていたが、道悟の位置では流石に聴こえない。なので彼は、厨房の椅子に腰掛け、勝手にほうじ茶を煎れ、一息つく。これなら滑り出しは、好調と言っても良いだろう。何の気なしに賢い携帯を取り出して、ネットニュースを確認する。

 世を騒がせる話題に埋もれる様に、南峰城市で発見された変死体についての記事がひっそりと上がっていた。記事の内容は、遺体の身元が主だった。40代の会社員男性、退社後からの足取りが不明となっている。死因は失血性ショック、野犬の群れに襲われた可能性が高いと目されているという。

「当たってるけど、字が違うんだよなぁ・・・」

 この事件、一般的な捜査では遠からず迷宮入りすることだろう。事態を推論する為のピースが、圧倒的に足りないからだ。そもそも、立件されるかも怪しい。不慮の事故として扱われ、建前上の野犬駆除が行われるはずだ。もちろん、この辺りを本当に野犬が徘徊しているわけもなく、逃げ出したペットが見つかるだけだろう。関係者には、なんともやりきれない幕引きである。

 だが、これ以上の被害を発生させない抑止力としての効力は発揮している。不可解な事件が起きれば、大抵の人々が警戒し出して襲い難くなるものだ。加えて、この辺りのヌシが余所者の暗躍に気付いたのだという意思表示にもなる。これで、余所者も好き勝手には動けず、凶行を抑えざるを得ない。後は網を張って掛かるのを待ちつつ、ゆっくり炙り出して行けば良いはずだ。はずなのだが、一抹の不安を拭えずにいる。やはり、正体が掴めていないのは不利だ。何をしでかすか、判ったものではない。

「おい、新田ぁ!」

 唐突に声を掛けられ、道悟は我に返った。声の主はもちろん、逍子である。

「何てね♪ 驚いたかしら?」

「すみません、オーダーでしたか!?」

「いいえ、新しいお客様は来ていないし、あのお客様も今しがたお帰りになったわ」

「そうでしたか・・・では、何用で?」

「この溢れ出そうな想いを伝えようとしたら、脱け殻と化していたものだから・・・呼び戻さねばと、奮起したの! こんなに声を張ったのは、久しぶりね」

「そんなこと無いと思いますが・・・すみません、考え込んでしまったようです」

「・・・今朝の事件のこと?」

 思いがけず言い当てられ、道悟は表情に出さない様に苦心した。独り言でも呟いていたのか、自信が無くて不安になる。

「あの、それは・・・」

「・・・やっぱり、心配よね!」

「・・・はい?」

「さっきのお客様、物騒なのに一人で帰っちゃったの!」

「あぁ・・・そういう」

「・・・そういう?」

「いえ、お気になさらず・・・」

「あの子、家は近くだし、大通りを歩くからって聞かなかったのだけど・・・心配だから、私の相棒を貸そうとしたの、でもあっさり断られたわ」

 逍子は懐から、あの拳銃型鉛筆削りを取り出し、慰めるかの如く、スライド部分を優しく撫でた。つまり、接客中もずっと持っていたという事になる。

「何故今も持ち歩いて・・・というか、護身用だったんですね、その無駄に凝った鉛筆削り」

「もちろん! ドッキリはついでの遊びで、本命は護身用。新田君も騙せたから、効果ありそうね♪」

「ええ、そうですね・・・女将は思考と行動が奇抜、良く言えばブッ飛んでいるので、騙されてしまいました」

「良く言ってないわよ、それ♪」

 逍子は口角だけを吊り上げた暗い笑みを浮かべ、鉛筆削りの銃口を道悟の頬にグリグリと押し付けた。

「止めてください、削れてしまいます・・・・・・それで、肝心要の料理の評価はどうだったんですか?」

「それはもう、バッチリよ! 最高の夕飯だって、褒めちぎってくれたわ♪ ほら、これを見て・・・」

 逍遙は腕に抱えていた色紙を、道悟に見える様構えた。

「署名も、きっちり貰えたのよ。ちなみに、名前は個人情報保護の観点から、ニックネームにしてもらいま~した♪」

「へぇ・・・好スタートじゃないですか」

「ええ・・・勝ったわ」

「いや、あの、まだ一人・・・」

「そう、これは小さな一歩。でも、私達にとっては大きな・・・」

「・・・聞き飽きました、そのフレーズ」

「・・・地球は、青かった・・・」

「日本以外では、神は居なかった、が有名らしいですよ」

「・・・・・・がはっ」

 逍子は両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。

「新田君がぁ、苛めるぅ~」

「失敬な、苛めて無いですよ・・・たぶん。これは、忌憚無き意見です・・・おそらく」

「頑張ろうとしているのにぃ・・・忌憚が無さ過ぎるよぅ~」

「励ましなら、若女将から貰ってください」

「遙花ちゃんは反抗期だから、励ましてなんてくれないわ!」

「な、なるほど・・・では、もう少し優しい嘘を多用して・・・」

「・・・うふふ、な~んて♪ 冗談だから、安心してね?」

「え? あ、また騙されたのか・・・ちなみに冗談って、どこからどこまでですか?」

「私がへたり込んだところからよ、料理の感想は本当だから安心して」

「そうですか、それなら良かったです・・・それはそうと、食べ比べの軍配は、どちらに上がったんですか?」

「それはもちろん、新田君の揚げた方よ♪ 悔しいけれど、こればかりは仕方無いわね」

「まあ、のびしろがあるって事ですよ」

「そうだと良いわねぇ・・・そういえば、今度は友達も誘って来てくれるそうなの。待ち遠しいわ♪」

「客層がねずみ算式に拡がっていくのは願ったり叶ったりですね」

「ええ・・・ゆくゆくは、このしょうように活気が戻ってくれたら、嬉しいのだけど・・・叶うかしら?」

「女将・・・無責任な事を言いたくは無いのですが、驕らずに続けていけば、不可能ではないと思います。それだけの才能は有ると、俺は感じてますから」

「あぁ、新田君・・・割りと実益も欲しいのだけど、叶うかしら?」

「・・・ほんと、良い性格してますよね。ふぅ・・・実益が欲しいなら、精進あるのみです。修行価格から早く脱け出さないと、いずれは赤字ですよ?」

「うぅ・・・それは言わない約束でしょ、おとっつぁん!」

「誰がおとっつぁんなものですか・・・ふざけてないで、女将らしく、次のお客様を迎える準備を調えておいてください!」

「大丈~夫♪ 今のしょうようへ一日に一人以上の客が来る事は無いから!」

「何てところに自信を持っているんですか、貴女は・・・」

「えへっ☆」

 逍子がどや顔で、一昔前のわんぱく坊主みたいな決めポーズ(親指で軽く鼻先を弾く)をし、道悟が苦笑いにすらならない、表情筋の引き付けを起こしていたその時、再び店の戸口が開かれる音が響いてきた。

「すみませーん、表の貼り紙なんですけど・・・」

 先ほどの部活女子とは異なる、男性の声だった。

「あれ、来ましたね、二人目?」

 道悟がそう呟くと、逍子のどや顔がみるみる青ざめていき、生気の無いどや顔という世にもシュールな表情を生み出していた。

「うぅ・・・どうしましょう、新田君?」

「どうもこうも、出迎えてくださいよ、女将。笑顔を浮かべて、さっきみたいに出迎えれば良いんです。あ、言動は可笑しかったので、改善してくださいね?」

「え、ええ・・・やってみるわ」

 逍子は神妙に頷くと、回れ右でカウンターへ出ていった。

「へいらっしゃい! 今日は活きの良い豚野郎が入ってますよ♪」

 やはり、何かが可笑しい。この日は、逍子がこんな調子ながらも、新たに5人の客が訪れ、皆が快く色紙に署名をしてから帰っていった。これで計6人、初日にしては嬉しい入りである。あのやっつけ感MAXな貼り紙が功を奏したらしい。22時、割かし充実した気分で、道悟は店を出た。

 合作とはいえ作った料理が美味いと言われ、僅かながらの金銭に変わった感動というは、筆舌し難いものである。ニヤニヤしてしまいそうなのを堪えながら、道悟は駅へと向かう。そしてその折りに、虫の知らせが彼に届く。カグが話したがっているようだ。

 道悟はすぐさま、携帯を取り出し、耳に押し当てた。

「どうした、カグ?」

「道悟・・・昨日と同じモノが、見つかったぞ」

 カグの言葉は道悟を、熱病の様に頭をふわふわさせられる非日常から冷たく血生臭い現実へと一挙に引き戻していった。

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