第一章トンカツ 四節目
遙花に、こってり怒られた後、道悟と逍子は買い出しに出る事になった。
「おかしいな、俺は被害者のはずなのに・・・」
道悟は、がっくりと肩を落としながら、駅への道を歩いている。
「ええ、新田君は私の餌食になっただけ。まったく、遙花ちゃんったら、慌てん坊さんなんだから♪」
逍子は、頬に手を添え微笑みながら、道悟と並んで歩いている。遙花からのお叱りで反省している様には、到底見えない。
「そんな事を言って・・・また若女将に怒られますよ?」
「私は怒った遙花ちゃんも、割かし好きよ?」
「それは何と言うべきか、若女将に対して同情を禁じ得ませんね・・・それはそうと、買い出しに行くのは、駅前のスーパーで良いんですよね?」
「ええ、その通り。父は三ノ丸町の商店街経由で仕入れをしていたのだけれど、それは客足が多かったから。今や閑古鳥が大合唱している我がしょうようでは、大量入荷大幅値下げが前提の商店街ルートは使えない。言わずもがな、大赤字なの。一応パイプは維持しているのだけれど、現状はスーパーやドラッグストアでセール品を買い貯めをした方がコスパが良いのよ・・・大声では、言えないけど♪」
「なるほど・・・風前の灯火ですもんね、あの店」
「はっきり言われると、流石に傷付くのだけれど・・・否定はしない、頑張りましょう♪」
「ご存じとは思いますが、俺には特別な料理の腕も、商才もありません。過度な期待はしないでください・・・でも、店が軌道に乗るまでは、お手伝いしますよ」
「うふふ、ありがとう♪ 新田君のおかげで、ようやくスタートラインに立てたわ・・・人件費の掛からないしもべなんて、最高ね♪」
「時々言葉のチョイスが果てしなく間違ってますよ、女将? せめて、ボランティアと言ってください」
「はーい♪」
取り留めの無い会話をしているうちに、二人は駅前のスーパーマーケットに到着した。ここでは二日に一度、食材が安売りされる。逍子曰く、その分カレールーや鍋の素などの簡単調味料類がメーカー小売価格に据え置かれており、ついでに買って頂けると利益が出るという仕組みらしい。普通は思惑を読んで簡単調味料類は他店で買い求めるものだが、心得ている者は思惑にあえて乗り、適度に利益を落としていく。それは安売りをしてくれる店舗への感謝の気持ちであり、少しでも維持してもらいたいという強かさゆえの投資でもあるそうだ。
現在は夕方の安売りタイム、それは主婦(夫)層との戦いになる。バーゲンセールで思い描きそうな、もみくちゃの取り合いが起きるわけではない。暗黙の了解の様な動きが決まっているのだ。スムーズかつ的確に、欲しい食材を欲しい数だけ確保し、迅速にその場を譲る。回転率が良過ぎて、あっという間に山盛りだった食材が消え失せていくというわけだ。
逍子は慣れた様子で、二家族二日分程の食材を確保し、カゴを持たせて待機させておいた道悟の元へと戻る。この繰り返しを目の当たりにし、道悟は自分が連れて来られた意味を悟った。ただの、荷物持ちだ、と。だがしかし、荷物持ちが居るか居ないかで、戦果は大きく左右される。一人ではカゴも持たねばならずに機動力が低下しがちで、積載量も限られてくる。それに対して、荷物持ちを有する手合いのフットワークは軽い、少しの隙間に滑り込み、食材を確保していく。そしてそれを預けて行けば、変わらぬフットワークで次の戦場へと赴ける。見事なヒット&アウェイ戦法を体現する空母、それが荷物持ちなのだ。
手持ち無沙汰の道悟は、次々と託される食材を持ちながら、そんな事を考えて暇を潰していた。買い物を終えた逍子も、嫌がる遙花を無理矢理連れて来なくて済んで助かったと、道悟に感謝を述べている。
しょうようへ戻った後は、逆転の光明たるトンカツ定食の準備に入る。それに伴い、道悟は服を着替えたいと逍子に申し入れた。
「着替え? そのままじゃ駄目なの? 私はいつも制服のままよ?」
「前にも言った通り、俺の学校はバイトを校則で禁じています。なので制服のまま働くわけにはいきませんし、何より・・・制服に臭いが付いたら嫌なんです!」
「臭い? ・・・はっ!? もしかして私、臭っているのかしら!?」
「消臭剤、掛けて無いんですか?」
「ええ・・・掛けてないわ」
「それは・・・確実に、臭ってますね」
「そんな・・・それじゃあ最近、友達に逍子ちゃんと居るとお腹空く~とか、先生がやたらと早弁を疑い始めたのは・・・全部私のせいなの!?」
「・・・十中八九、貴女のせいですね」
「そんな・・・・・・がはっ!」
逍子は床に膝を突き、両手で顔を覆った。
「ぐすっ・・・きっと、私は陰で・・・味噌臭い女と言われていたのね!?」
「・・・トンカツ揚げたばかりなので、揚げ物臭い女では?」
「それはもっと嫌ぁ!?」
「なら、女将も着替えたらどうです?」
「それは・・・駄目よ」
「何故? そこまで、こだわる理由があるんですか?」
「これは・・・証なの」
「証? ・・・まさか、ご両親と何か関係が?」
「いいえ、これは・・・現役女子高生であるという証。女子高生が女将をしているタクティカルアドバンテージを、易々とは捨てられないわ!」
「はぁ、何を言い出すかと思えば・・・捨ててください、そんな優位性。客層がおかしくなる前に!」
「うぅ・・・分かったわ、着替えてきます!」
そう言い残して、逍子は厨房の奥へと消えていった。道悟はとりあえず、座敷を借りてブレザータイプの制服からTシャツジーパン姿への着替えを済ませる。彼が脱いだ制服を鞄にしまっている時に、割烹着姿の逍子が戻ってきた。
「新田君の分も持ってきたわ♪」
そう言って逍子が差し出したのは、男性用の割烹着だった。
「・・・それは?」
「父の仕事着です♪」
「えっと・・・まさか、それを着ろと?」
「yes♪」
「・・・重たいです」
「大丈夫、これはスペアだから♪ ・・・着ていたものは、一緒に燃やしたわ」
「女将・・・」
「さあ、ごねている暇は無いわ。さっさと着て、開店準備を始めましょう?」
「はい・・・でも女将、割烹着の下が変わっていない様な気がするのですが?」
「いいえ、変えたわよ? これはね、中学の頃の制服♪」
「はぁ・・・・・・チェンジで!」
「えぇ、駄目なの~!?」
結局、逍子は再び着替える事となり、中学時のジャージで落ち着くことになる。