第一章トンカツ 三節目
遺体の件は、翌朝のニュースで小さく報じられた。幸か不幸か、各メディアの注目は先週発覚した芸能界のスキャンダルに集まっていたからだ。扱いも、何らかの動物に襲われて亡くなったと思われる身元不明遺体、という実に曖昧なものであったが、平時なら話題に挙がる事すらない街での怪事件なだけに、南峰城市並びにその周辺の学生間では虚偽を含んだ噂が、無責任に飛び交っていた。それはもちろん、道悟の在籍するクラスも例外ではない。
彼らの中で、本気で怖がっている人間が、果たして何人居るのだろうか。コエェ、ヤベェと連呼しているが、嬉々とした表情を浮かべている。自分に関係なければ、凶悪事件も盛り上がる為の口実に過ぎなくなるのだ。自らも何時なんどき同じ様な道を辿るのか判らないというのに、気楽で羨ましいなと、道悟は笑う。知らぬが花なる造語は、つくづく言い得て妙で、彼のお気に入りである。
地元民という理由で、学友達に捕まる前に、道悟はそそくさと帰路に就いた。自宅には帰らず、そのままバイト先のしょうようへと向かう。何故なら、一々帰宅していては、何かと無駄が多くなるからだ。その最たるものは、電車賃である。
時刻は15時45分、昨日より2時間も早い出勤だ。道悟が戸口をノックしようと、手の甲を近付けた次の瞬間、その背中に硬質な物体が押し付けられた。
「・・・動くな」
ドスの利いた、つまり低音で嗄れた声が耳元で響く。
「・・・お前は、やり過ぎたのさ」
硬質の物体が、ちょうど腎臓の辺りに強く捩じ込まれ、道悟は眉間にシワを寄せる。
「後生だ・・・俺の顔を見てから、逝きな」
「・・・はあ」
道悟は嘆息を漏らしながら、首だけを動かし、背後に目をやった。
「バァーン♪」
道悟の背後には、セーラータイプの制服姿の逍子が、したり顔で自動拳銃を手にして立っていた。
「うふふ♪ びっくりした?」
「はい、びっくりしました、色んな意味で・・・何してるんですか?」
「昨日観た映画のワンシーンがかっこ良くてね・・・駅で新田君を見掛けたから、襲撃してみたの♪」
「はぁ・・・ついさっき思い立って、よくモデルガンが手元にありましたね?」
「ああ、これは朝から持ち歩いていたのよ。友達を軒並み餌食にしてきたからね♪」
「わざわざ学校でまで・・・楽しかったですか?」
「十人十色、みんな面白可愛い反応を見せてくれたから・・・堪能出来たわ♪」
「・・・楽しそうで何よりです」
「ありがとう♪ でも、新田君は無反応だったから、不完全燃焼かな?」
「すみません、拳銃を突き付けられる予定が無かったもので・・・」
声で判ったという答えは酷と判断し、道悟は適当な答えを述べた。
「予定が無いのは当たり前、それでも乗るのが・・・粋ってものなのよ!」
「なるほど、一理ありますね・・・・・・もう一度、やり直しますか?」
「ええ、挑むところよ♪」
ということで、道悟は戸口の方に向き直り、逍子は拳銃を彼の背中に押し当てた。
「新田君・・・貴方はさっきこの銃を、モデルガンと言ってたじゃない?」
「ん? はい、言いましたけど?」
「これね・・・うふふ・・・実は、モデルガンじゃないの」
「・・・え?」
道悟の身体に緊張が走り、汗腺という汗腺が開放されていく。嫌な汗が、背筋を伝っていった。
「またまた・・・電動ガンというオチでは?」
「・・・いいえ、違うわ」
撃鉄を起こす音が、道悟の耳に届く。逍子の雰囲気がこれまでと違う事が、彼の不安を誘う。もしも、本物だったとしたら、という不安を。
「見せてあげる・・・君の血の色を」
「・・・くっ!?」
道悟は咄嗟に振り向き、自身の肘で拳銃を弾こうとしたが、逍子は予期していたらしく、ぶつかる寸前に肘を曲げて、今度は道悟の鼻先に銃口を突き付けた。
「うふふ・・・残念♪」
冷淡な、妖艶とも言える笑みを浮かべ、逍子は引き金をゆっくりと押し込んだ。
「・・・バァーン」
その時、逍子の握る拳銃の銃口からは、銃弾ではなく妙なモーター音が代わりに漏れ出てきた。
「・・・・・・はい?」
「これね・・・鉛筆削りなの♪」
逍子は満面の笑みで、拳銃型鉛筆削りを引っ込めた。
「良く出来てるのよ、これ。撃鉄が電源で、銃口から鉛筆を入れるの。削り屑は排莢口から棄てられて、電池はマガジン式にグリップ内に収納、リロードまで再現可能。小学生の時に、サンタさんに密輸してもらったの♪」
「えっと・・・・・・つまり、どういう事ですか?」
「同じ展開だと、驚かないかと一芝居打ったのだけれど・・・大成功ね、やったわ♪」
「っ・・・してやられたというわけですね。女将、貴女の評価を改めねばなりません・・・生唾を呑む、見事な演技でした。全米も啜り泣くことでしょう」
「うふふ、ありがとう♪ いくら褒めても、ハグしかあげませんからね?」
「ハグはしてくれるんですね・・・・・・いりませんが」
「然り気無く傷付いたわ!? ・・・こうなれば、ハグをして良さを分からせるしかないのでは!?」
「止めてください、制服にシワが出来てしまいます」
「うふふ、照れなくて良いのよ~♪」
逍子が黒い笑顔でにじり寄れば、道悟はその分後退していく。すると程無くして、戸口にぶつかる事になる。戸口は施錠されており、逃げ道は存在しない。道悟がアイロン掛けの覚悟を決めたその直後、戸口が勢い良く開け放たれた。
「店の前で何やってるの、恥ずかしい!!」
まさに怒髪天を衝く、顔を真っ赤にした遙花が二人を一喝した。