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第一章トンカツ 一節目

 新田道悟は魔性の使徒、つまりカグの使い走りである。

 その役割は、主である魔性のモノに好みの魂を運ぶこと。関係性は魔性によって様々だが、道悟とカグとはある種対等、共存共栄の関係を築いていた。カグが大層、彼の事を気に入っているからだ。

 カグは魔性のモノでありながら、善行を良しとする稀有な存在だった。悪行を行なう者、強いて言うなら欲に溺れた者の魂を、カグは好む。魔性が魂を欲しがる理由も様々だが、カグの場合は魂を糧に失われた力を取り戻す事が出来る。その魂が罪深い程に、回復率も高まるので好ましいのだとか。

 道悟はそんな人間を集める為に、ネットを利用している。料金次第でどんな願いでも叶えてくれるカグ様、そんな都市伝説めいた噂を拡散させたのだ。噂話は怪しければ怪しい程に良い、分別のある善人は避けて通り、脛に傷のある者だけが近付いてくるからだ。

 それでも切羽詰まった一般人が接触してくる事もある為、道悟は料金を高額に設定している。一回で500万、そうすれば金持ちしか残らない。胡散臭さを倍増で、消費者金融に借りてまで頼みたいとも思えない。そして、大金を有しながらも魔性と取引をして願いを叶えようという者は欲深いに決まっているので、結果的にカグ好みの魂がやって来るという算段だ。

 そんな仕組みを、道悟は小学生の頃に構築し始めていた。今では、定期的に小悪党を供給する事が出来ている。先の三枝も、その一人だ。

 だが凡百の怪談話の様に、語り継ぐ者が居なければ信憑性が生まれない。そこで、道悟はそれを回避する方法を編み出していた。魂を剥がれて時に残る身体、つまり脱け殻に新たな人格を与え、日常に帰すという方法だ。善行を為し、家族を愛し、噂を広める。そんな三原則を植え付けてから脱け殻は遺された記憶を基に擬似人格を生成し、野に放たれる。三枝の脱け殻も、朝のニュースを観た限り、放たれた直後に自主したようである。どのくらいの罪に問われるのか定かではないが、どのみち刑務所へ入るだろう。そして刑務所内で、彼は噂を啓蒙する。すると、悪人から悪人へねずみ算式に噂が伝播していく。そしてまた、哀れな罪人がカグの前に立つ事になる。

 これは効率的にカグへ悪人の魂を届ける為の方法であり、最善の方法だとは道悟本人も考えていない。悪人が料金を揃える為に、さらなる罪に手を染める危険があるからだ。だが、カグはその様な事は気にしない。善行を好むと言えども、彼は魔性のモノ。悪行を無くしたいのではなく、悪人を裁きたいだけ、人間を救いたいのではなく、悪人の魂を喰らいたいだけの善魔なのだから。

 道悟は南峰城市外の私立高校に通いながら、カグの使い走りをして日銭を稼いでいる。カグが欲しいのは魂であって、金はいらないからだ。料金は全て、道悟の懐へ入る。けれど、彼が豪遊することは無い。程々に生活費を頂いたら、NPO団体を通じて各方面への援助に回していた。主に、児童養護施設へと。



 授業を終えた道悟は、早々に帰路へ就いた。

 自宅に着いたら着替えをし、稼業用の携帯を確認する。また一人、接触を望む者が居るようだ。適当に都合の良い日を問うメールを送り、ソファに腰掛ける。すると居眠りなんて始めてしまい、気付けば日が落ちようとしていた。

 道悟は凝り固まった身体を伸ばしつつ、ダイニングキッチンへと足を運んだ。夕飯はどうしてくれようかと冷蔵庫を覗いたその時、彼の脳裏をある事が過って行った。

「ああ、なんてこった・・・」

 食事処の件をすっかり忘れていた事に気が付いたのだ。

 パーカーを纏い、道悟は急いで自宅から駆け出した。それから最寄り駅までノンストップで走り抜き、帰宅ラッシュに揉まれつつ、本丸町駅に降り立った。現時点で18時、まだ言い訳の立つ時間帯ではある。額にかいた汗をハンカチで拭いながら、食事処しょうようへと早足で向かう。近くまで来て、暖簾が掛かっていない事に気付いた。条件通り、営業を停止しているようだ。

 道悟が戸を叩くと、すぐに逍子が開けてくれた。彼女はいつも、ニコニコと微笑んでいる。

「ああ! 待ってたのよ・・・学校で何かあったの?」

「すみません、その・・・委員会の手伝いで下校が遅れてしまって・・・一応、急いだのですが」

 道悟は適当に話をでっち上げた。

「そうなの? 無理させてしまってごめんなさいね。さあ、入って入って」

「あ、失礼します」

 道悟が敷居を跨ぐと、逍子は戸をゆっくりと丁寧に閉じていった。

「学校は、私服登校なの?」

 不意に、逍子が尋ねてきた。急いで来たと言うわりには着替える時間はあったのか、道悟にはそう勘繰られているように思えた。

「・・・違いますよ。うちはお堅い私立校で、実はバイト禁止なんです。誰が見ているか判らない手前、申し訳ありませんが、駅のトイレで着替えて来ました」

 バイト禁止なのは嘘では無い、道悟は咄嗟に限りなく発覚し難い嘘をついた。

「バイト禁止!? それって、大丈夫なの?」

「御心配無く、もしもの時はボランティアと言います。バイト代を受け取らなければ、バイトではありませんし」

「バイト代、受け取らなければって・・・本気?」

「ええ、最初から貰うつもりはありませんよ。明日も知れない店から、お金を貰うのも忍びないですしね」

「それは優しいのかしら、ヒドイのかしら・・・むむっ、甲乙付け難いわ!」

「あはは・・・優しさでお願いします。それで、今日はどうしましょうか?」

「考えたのだけれど・・・まずは、トンカツから特訓を始めようかと。だって私達、トンカツで始まった関係だもの♪」

「・・・牛カツでしたけどね」

「ツッコミが的確ね、有望だわ♪ そういえば、名前を未だ知らないのだけれど・・・何君?」

「ああ、そうでしたっけ? ・・・こほん、俺は新田道悟と言います。以後お見知りおきを」

「みちさと君・・・みちさとって、どんな字を書くのかしら?」

「えっと・・・道路のどうに、悟りのさとでみちさと、と書きます」

「なるほどね・・・・・・それにしても、みちさと君って呼び難い名前ね」

「不躾にも程があると言いたい所ですが、気持ちは解ります。俺個人としては、名字呼びを推奨しますよ?」

「そうね・・・じゃあ、ミッチーと呼ぶわね♪」

「・・・人のオススメ、聴いてましたか?」

「あ、ごめんなさい!? 君付け、忘れてたわね」

「そうではなくて・・・その、どこぞの夢の国から難癖付けられそうなアダ名は止めてほしいんです。切実に」

「私は気にし過ぎだと思うの・・・ハハッ☆」

「はぁ・・・どうか新田でお願いします」

「そう、残念・・・でも、よろしくね新田君。改めまして、私は波田野逍子。気軽に逍子ちゃんって、呼んで良いのよ?」

「・・・分かりました。よろしくお願いします、女将」

「聞かなかった事にされた!? けっこうショックだけれど・・・女将って、何だか甘美な響きね」

「気に入りました?」

「うふふ、秘密♪ ・・・それじゃあ、早速トンカツ作りを始めましょうか?」

「散々脱線しておきながら、早速って・・・そうですね、早く作って帰りたい気分です。あっ、割烹着というか、エプロンとかあります?」

「ええ、取ってくるわね♪」

 逍子が厨房の奥へ消えて行くと、道悟は纏っていたパーカーを脱ぎ、適当なカウンター席の背もたれにそれを掛けた。そして、Tシャツ姿で何となく柔軟体操をしていると、逍子がエプロンを抱えて戻ってきた。

「はい、これが新田君のエプロンよ♪」

 逍子が道悟に手渡したのは、フリル付きの花柄エプロンだった。

「わぁ・・・・・・どうも、お借りします」

 道悟は顔色一つ変えず、エプロンを身に付けていく。こうしてフリル付き花柄エプロン姿の男子高校生が爆誕した。

「かなり小さめですが、一応大丈夫そうですね」

「・・・大丈夫じゃないわ!?」

「え、駄目ですか?」

「ええ、ダメダメね。ここは盛大にノリツッコミをする流れのはず・・・女性用かい! って?」

「漫才は料理だけにしてください・・・エプロンとして機能してくれるなら、俺は何でも構いませんから・」

「む、無頓着というか無関心というか・・・そういうのは、良くないと思うの!」

「自分で渡しておいて、この人は・・・分かりました、実はフリルが気に入らなかったので、引き千切ります」

 道悟が肩口のフリルを鷲掴むと、逍子が血相変えて彼の腕にしがみついた。

「止めて、母の形見なの!!」

「イタズラ感覚で何てもの着せてくれてるんだ、貴女は!?」

 二人がすったもんだを繰り広げていると、厨房の奥から新たな人影がスッと現れた。

「・・・お姉ちゃんがプレゼントして、お母さんに一度も着てもらえなかった形見だけどね」

 そう種を明かしたのは、逍子をそのまま少し幼くした様なジャージ姿の少女だった。

「遙花ちゃん、それは言わない約束!?」

「言わないと何時になっても話が進まないでしょう・・・どうも、妹の遙花です」

「・・・どうも、新田道悟です」

「お姉ちゃんから話は聞いています、無茶を頼んだ様ですみません」

「いえいえ、そんな事は・・・決めたのは俺ですし」

「そうですか・・・姉は見た通り中身がお子様ですから、気を付けてくださいね」

「あら・・・エプロン、面白くなかった?」

「センスが小学生レベルなの、お姉ちゃんは」

「だったら、新田君を凝視してみて?」

「何なの、まったく・・・」

 逍子に促され、道悟を凝視する遙花。居心地の悪い道悟は、何気なく胸を張ってみた。

「・・・・・・っ!?」

 遙花は顔をクシャッとしかめると、カウンター席まで移動して腰を降ろした。

「そ、そんな事より、早く料理作ってよね。今日の夕飯は任せろって言うから、コンビニに寄って来てないの」

「はいはい、お任せあれ♪」

 逍子は親指をグッと立てて見せるなり、道悟の腕を掴んで厨房の奥へと引き込んだ。

「あの、夕飯は任せろってどういう事なんですか?」

「しーーっ、カウンターをこっそり覗いてみて?」

「・・・はい?」

 言われた通り、道悟が陰からカウンター席の方を覗き見ると、遙花がカウンターにうつ伏せに倒れ、小刻みに揺れていた。

「くふっ・・・シュール過ぎ・・・ふふっ」

 そんな声が、漏れ聞こえて来る。

「あれは・・・ツボに入ってますね、笑いの」

「素直に成れないお年頃なの、悪く思わないであげてね?」

「御心配無く、シュールなのは自覚していますから」

「うふふ・・・それじゃあ、料理を始めましょうか?」

「ええ、彼女が笑い死ぬ前に完成させましょう」

 こうして、やっと道悟の一般的なトンカツの作り方実演が幕を上げる。

「まあ、トンカツの作り方は御存知のようですし、万が一知らなくても検索エンジンがありますから、ざっくり行きましょう。まずは豚肉、だいたいピンク色のやつですね、これに下処理を施します。大体は味付けですね。次いで、その豚肉を小麦粉、溶き卵、そしてパン粉の順に責め苦を与え、最後に低温で熱しておいた油の中へ蹴落とし、良い声で哭くのを堪能しましょう。声がより高音に、色がきつね色になったら引き揚げます」

 道悟は滞りなく調理を終え、揚げたてのトンカツを等間隔にカッティングし、千切りキャベツと共に盛り付けた。

「さあ、完成です。二人分なので、御姉妹で食べてみてください」

「はーい♪」

 というわけで、舞台は波田野姉妹の実食へと移行する。

『いただきます』

 二人揃って箸を取り、短冊状のトンカツを口へと運び頬張る。すると、やはり同時に目を見開き、同時に感想を述べた。

『普通だ、普通に美味しい!』

「うん・・・そうでしょう。これが、ごく一般的なトンカツなのです」

 普通、そう言われるように作ったというのに、道悟は何故か感じる心の痛みに耐えていた。

「こんな真っ当な手料理を食べた、久しぶり・・・お姉ちゃんのは前衛的過ぎて、コンビニ弁当ばかりだったから。それでも・・・」

「サクサクとした油切れの良い衣と、程よく火が通ったジューシーな豚肉。まさに教科書通り、完璧な揚げ方・・・でも、これは・・・」

「・・・そうです、これは一般的なトンカツ、言ってしまえば素人の揚げたトンカツ。家庭の夕飯ならいざ知らず、商品になるかと言えば、答えは否なのです。普通過ぎて、話にならない! そう、俺なら金を払いたくもない!!」

「おお、驚くべき自己否定・・・(大丈夫って言いたかったのにな)」

「・・・そうですね、新田君の料理には・・・愛が足りないのよ!!」

『・・・・・・愛?』

 道悟と遙花は、ほぼ同時に同じリアクションを取った。

「そう、LOVEとも言うあれよ。愛こそ最強の調味料、食べてくれる人の笑顔を思い浮かべて作れば、その料理は唯我独尊の境地? に至れるはずなのよ!」

「はっ!? ・・・何故、途中で疑問符が?」

「お姉ちゃん・・・それ、昨日観てたドラマの台詞そのまんま過ぎ・・・しかも最後間違ってたし」

「ふふっ・・・・・・知ったかぶりたいお年頃♪」

 突然、一昔前のブロマイドみたいなキメ顔とポーズを取る逍子。遙花は笑いを必死に堪え、道悟は感情の消え失せた白い目を彼女に向けた。

「・・・真面目に考えないなら、俺は消えますよ?」

「帰るどころじゃなかった!? ごめんね新田君、ここからは真面目モードで頑張るから!」

「古今東西、真面目モードと言う人が、本当に真面目になるケースは稀ですが・・・面倒なので話を続けましょう。女将、常連のお爺さんにサバの味噌煮を出した際のクレームを、詳しくお聞かせ願えますか?」

「・・・ええ、構わなくてよ?」

 逍子は佇まいに科を持たせつつ、嫌に艶かしく返答してきた。

「それが・・・貴女の真面目モードなのか?」

「割りと・・・本気よ?」

「・・・先程までので、お願いします。切実に」

「はーい♪」

 通常モード? と思われる能天気ニッコリ顔に戻った逍子は、腕を組みながら首を傾げ、過去の記憶を遡った。

「あの時は確か・・・・・・こんな糞みたいな料理に金など払えるか、痴れ者が! 味付けだけは良いのが、これまた絶妙に腹立たしいわ!! ・・・だったかしら?」

 怒れる爺が乗り移ったのかとばかりの名演をこなす逍子。それを観た道悟は、何やら考え込んでから、口を開いた。

「分かりました・・・少し、考えがあります。女将、もう一度トンカツを作りましょう」

「ふふっ、見せてもらおうか、虎の子新田君の、考えとやらを♪」

 逍子は席を立つと、鼻歌混じりで厨房へと移動していった。

「・・・・・・はぁ」

 道悟は、大きなため息を漏らしながら、肩を落とした。

「・・・姉の相手は、疲れましたか?」

 道悟の様子を上目遣いで窺いながら、遙花が呟いた。

「いえ、疲れたわけではなくて・・・・・・少しは肩の力を抜いた方が良いだろう、と思っただけです」

「へぇ・・・そんな事を言う他人は、初めてです。大抵の人は、姉の事を素で沸いてると判断しますから」

「・・・そうですか。私には、痛々しい空元気にしか見えませんがね」

「空元気・・・?」

「おっと、雇い主には秘密にしておいてくださいね。それと、若女将にはこのまま試食をお願いします」

「わ、若女将? それ、私の事?」

「ええ、女将の妹君なので、若女将。駄目でしたか?」

「いえ・・・初めてそう呼ばれたので、驚いただけ・・・です」

「あはは、気を悪くさせたのではなくて、安心しました。それでは、少々お待ちください」

 道悟は一礼して、逍子の後を追い、厨房へと入って行った。

「・・・・・・変な人」

 遙花はそう独り言ると、千切りキャベツをムシャムシャと頬張りだした。

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