第二章からあげ 七節目
月曜日からトンカツ定食は定価に戻り、新たに唐揚げ定食が修行入りした。そして時を同じくして、中間試験一週間前に突入する。
道悟にとっては、稼業、店の手伝い、勉強の三重苦。どれも捨て置けず、どれも手が抜けないとなれば、どれも無難にこなせば良い。逍子にはとんだ失態を見せてしまったゆえ、今度は気を引き締めて取り組むと心に誓う。疲れはしても、衰えは知らない。こう見えて、まだまだ少年なのである。
朝昼は目を皿の様にして学び、夕は眼光鋭く揚げ具合を見据え、夜は血眼になって殺人鬼を捜す。そんな日々を既に五日程こなした土曜日、唐揚げの署名が早くも半分集まったこの日(ヌルゲー化を避ける為、一度署名している人は原則ノーカウントとした)、仕事終わりの道悟へカグからメッセージが届く。
「読み通りだったぞ、道悟」
「読み通り・・・重点を置いている試験範囲のことか?」
「違う・・・・・・この前の依頼者の件だ。よもや忘れたか?」
「試験仕様に変更するから、だいぶ前に頭の奥へ押し込んでいてね・・・誰だっけ?」
「鈴原・・・我にゲームエンジンなる物を注文した男だ」
「鈴原、ゲームエンジン、検索・・・なるほど、必ずヘマするからと、俺が念押ししていた人か・・・読み通りという事は、違反を?」
「そうだ・・・あの男は契約条項第2項に違反した」
「第2項、ゲーム製作以外への力の使用を禁じる・・・だったか?」
「そうだ、あの男は重大な越権行為を実行し続けている。欲のまま、寝食を忘れ、ただひたすらに。魂は十分に脂を付けたはずだ。急行し、我が前へと引っ立てよ」
カグとの話が済んでから、道悟は落胆の溜め息を盛大に漏らした。
「もう少し耐えてくれると想定していたが・・・まさか一週間持たないとは、残念だ」
とはいえ、あのゲーム好きが早くも滑落した理由に興味はある。現場へ飛んで、はっきりさせるとしよう。
道悟は人気の無い路地へと曲がり、人目が無いのを確認してから、指を打ち鳴らした。すると、炎が彼を包み込み、まるで煙の様に道悟の姿は掻き消えた。
鈴原は北本丸町、オフィスビルと背比べする様に建つタワーマンション群の一室に居を構えている。何故知っているかというと、幻覚を見せる際、相手の記憶を確認しているからだ。
ゴドーはまず、鈴原を監視していた火猿と合流し、状況把握に努めた。
「ウッキー!」
火猿曰く、鈴原は幻覚内で一週間掛かっていたゲーム製作を、たった一日で終えていたらしい。幻覚とはいえ、一度やったことで大幅に時間を短縮出来たのだろうが、驚異的な執念である。
その後は改良とプレイを交互に繰り返す日々だったそうだが、実際に作っていたのは異なるモノだったらしい。それは、人の感性を備えた電子的存在。つまり、喜怒哀楽を初め、肉体以外の人らしさ全てを持ったNPCを作り上げていたのだ。
設定した通りに動くのではなく、自発的に考え、行動するNPC。それはもはや新たな生命の創造と言っても過言ではない。桁違いの演算能力、そして莫大なデータ容量を有するカグのゲームエンジンだからこそ可能な奇跡なのである。
とはいえ、それ自体はゲーム作りに関係してくるので、問題は無い。問題なのは、鈴原がゲームとして作ったものを物質世界に持ち込もうとしている事である。鈴原の自宅は半分、裏庭とは異なる奇怪な空間に変貌しているそうだ。
「よくもまあ、綺麗に道を踏み外してくれたものだな」
ゴドーは口調は、悲嘆さをまったく臭わせない、むしろ楽しんでいるようであった。
「聴こえているか、カグ? 俺はこれから懐に飛び込んでくる。多少手こずるかもしれないが、援護はいらない。それよりも、市内監視網の維持に集中してほしい」
「了解した・・・殺すな、欲しいのは魂だ。お前の仕上げで、極上の魂へと昇華させよ」
「アイサー、主様」
ゴドーは指を鳴らし、室内へと突入した。中は中で特に異常は無く、ゴドーは廊下を進み、リビングへと至る。
リビングには、幻覚内で見たのと同じ金属の球体が、ゴミの山の中心に陣取っていた。鈴原はあの中か、ゴドーは拳銃を一つ現出させ、銃口を球体に合わせる。だが次の瞬間、球体の一部が開き、鈴原が顔を覗かせた。
「やはり来たか、案内人・・・俺の行動が契約に反したのか?」
「ええ、物質世界への干渉は違反ですよ、鈴原様・・・処断させて頂きます」
「はい・・・そうですかと処理されてたまるか! ようやく夢が叶ったというのに!!」
「貴方の夢は、好きなゲームの世界に浸りたいというものでしたが、変わったのですか?」
「ああ、変わったのさ。俺は彼女を誕生させるんだ!」
「彼女? よく分かりませんが、抵抗するなら早くしてください。私も暇では無いのですよ」
「くそ・・・望み通り、抵抗してやるさ!」
球体が閉まるのと同時に、室内が閃光に包まれる。そして光が消えると、そこは荒野のただ中だった。
「ほう、これが侵食現象ですか・・・面白い」
ゴドーが興味深そうに周囲を見回していると、地面から怪物が生えてきた。ファンタジーゲームではお馴染みのオークやゴブリン達、鈴原には悪いが、道悟としては割りと見慣れた面子だというのはここだけの話である。もう一丁、拳銃を現出させ、敵が動き出すのを待たずに乱射していった。
眉間を撃ち抜かれ、炎上し、地面に倒れる怪物達。どうやら倒せるらしい。楽々と敵を一掃した後、ゴドーは姿の見えぬ鈴原に向けて挑発を行なった。
「気は済みましたか、ゲームマスター?」
そして、この挑発が効いたようで、次は空の向こうからドラゴンが飛来してくるのが見えた。
「意外性がありませんねぇ・・・」
ゴドーはやれやれと肩を落としながら、銃口をドラゴンを向け、トリガーを引いた。吐き出された弾丸は、鈴原の世界だろうと物理法則を無視して飛翔、ドラゴンを撃ち落として魅せる。
このゴドー無双状態に痺れを切らしたのか、今度は地平線を隠す程の怪物の大軍勢が突如として現れた。
「う~ん・・・飽きましたね」
ゴドーは大軍勢ではなく、明後日の方向に銃口を向け、トリガーを引いた。吐き出された弾丸は空間自体に穴を開け、荒野の世界はそこからひび割れていき、気付けばゴドーは元の室内に立っていた。先ほど撃ち抜いたのは、ゲームエンジン本体。弾は内部で炎上し、鈴原が黒煙に巻かれた状態で転がり出てきた。
「はい、確保です」
ゴドーは鈴原の首根っこを掴み、そのまま軽々と持ち上げた。
「ファンタジーとしては安直でしたが、シューティングとしては楽しめましたよ」
「くそ・・・何で・・・」
「何で設定が働かないのか、ですか? 本当は私に負荷を与えたかったのでしょうが、それは無理ですよ。私に抑えられない力を与えるわけないのだから」
「そんな・・・彼女はどうなる?」
「彼女・・・なるほど、貴方は人工知能に恋を・・・安心してください、貴方達は一つになれますよ。主の腹の中で、ですが」
そう言って、ゴドーは指を鳴らした。行き先は当然、カグの社殿。
「や、止めろ!?」
鈴原がジタバタと暴れると、ゴトッと重いモノが落ちる音がした。それは鈴原の肉体、彼の魂だけがゴドーの手に鷲掴まれ続けている。
「貴方に次はありませんが、少しだけアドバイスを。願い事は、夢が叶ってからの事を想像して、考えた方が良いかと愚考します」
「くそがーー!!」
ゴドーは自らの腕ごと、篝火の中へ鈴原を押し込んだ。
「アアアアアッ!?」
鈴原は瞬く間に燃焼し、消し炭すらも残らなかった。ゴドーは炎から手を引き抜き、フーフーと息を吹き掛ける。息も出ないし、熱くも無いのだが。
「美味であったぞ、道悟」
人の半身型に炎が変わる。
「ほら、大事でしょう、先行投資?」
「その通りだな・・・」
「どうかしたのか?」
「謝らねばならない・・・また心臓の無い死体が見つかった」