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第二章からあげ 三節目

「缶蹴り・・・ですか?」

 道悟と遙花はしょうようを出て、近くの公園を目指し、てくてく道を歩いていた。遙花曰く、遊びに付き合って欲しいのだという。そして、何をして遊ぶのかと問うた答えが、缶蹴りだったのである。

「はい、缶蹴りです・・・ご存知ですよね?」

「ええ、まあ、うろ覚えですが・・・あれって、大人数でやる遊びじゃありませんでした?」

「もう、誰もやりませんから・・・こうやって、誰かが付き合ってくれるのも久しぶりです」

「・・・・・・女将なら、付き合ってくれそうですけどね」

「お姉ちゃ・・・姉はその、何と言うか、正直言って戦力外なんです。以前、缶の蹴り方を教えていたら、日が暮れました」

「な、なるほど・・・だから留守番を選らんだのですね、女将は」

「そうみたいですね、姉にしては賢明です」

 道悟が遙花から、逍子の対処法を聞き齧っているうちに、二人は中々だだっ広い公園へと辿り着いていた。目立った遊具は無く、ベンチや公衆トイレが無ければ、何かの建設予定地としか思えない。そして何より、公園で遊んでいる子どもの姿は見受けられなかった。

「駆け回るには最適な場所なんです、ここ・・・遊具が無いので、小さな子達は来ませんから安心して缶を蹴り飛ばせます。たまにお爺さん達がゲートボールや将棋を差したり、親子が自転車の練習に来たりしますが、今は無人ですね・・・最高です♪」

 遙花は鼻唄混じりに公園内へと駆け出し、その中心点に空き缶を設置した。

「ここで缶蹴りをやる時は、よくルールを変えてたんです。障害物とか無いですから、だるまさんが転んだとミックスさせたり、鬼が目隠しをして棒を振り回し、当たったらアウトにしたり・・・」

 追い付いてきた道悟に、遙花は空を見上げながら、過去の話を語り聞かせた。

「今回は、過去に一番行なっていたルールを適応します」

「その、ルールとは?」

「投擲で缶を吹っ飛ばしても良い、です!」

「・・・・・・それは、缶蹴りの概念を根底から覆しているのでは?」

「障害物が無いので・・・まずは私が蹴りに行きます。新田さんは缶を守ってください! あと、目を閉じて15秒数えてくださいね♪」

 そう言って、数少ない障害物であるベンチの方へと駆けていく遙花。道悟としては、初めて垣間見る遙花のハイテンションに驚きを禁じ得なかった。やはり、姉妹なのだなと沁々思う。地面に置かれた缶に足を載せ、道悟は目蓋を閉じた。

「15、14、13・・・」

 妙案を提供し、下準備も手伝ってくれた遙花へのお礼として、遊びに付き合っている。つまり、これは接待、如何に彼女を気分良く勝たせるか、というゲームなのだ。怪しまれない程度に手を抜いて、缶を蹴らせてやれば良い。

「・・・3、2、1、0!」

 15秒数え終え、道悟は目を開き、周囲を見回した。パッと見た感じでは、遙花の姿は見当たらない。ベンチの後ろに隠れ、足が見切れているという展開を予定していたが、その様子は無かった。となると、隠れられそうなのは、公衆トイレくらいなものである。

 道悟は、しばらくトイレの方を注視していたが、遙花が出てくる事は無かった。ここに来て、彼の脳裏に一抹の不安が生じる。不審者に誘拐された可能性は無いだろうか。遊んでいる最中に誘拐されるというのは頻繁に聞く事柄だ。仮に誘拐されていた場合、責任は随伴者の道悟にある。

 下手人は決して逃がさない、道悟の意識が完全に缶から逸れた次の瞬間、突如として石が飛来し、缶を弾き飛ばした。

「っ・・・!?」

 石の飛んできた方向に目をやると、ベンチの後ろに先ほどまで無かった遙花の姿があった。

「これは・・・何事?」

 鼻高々と帰還した遙花に、道悟は何が起きたのか質問した。

「良いでしょう、お教えします・・・実はあのベンチの背もたれの部分にしがみついていたんです。そして、新田さんの注意が逸れた瞬間に、小石でスナイプしました」

「なんとまあ、アグレッシブな・・・」

 缶のあった公園の中心から、ベンチまでは大体50メートル。そこから一瞬で狙いを定め、的確に撃ち抜いてみせるとは、相当遊び慣れていると言わざるを得ない。

「私は、あと5つのスナイプポイントを有しています。お教えしたのは、手の内を明かさなければフェアな戦いが出来ないと判断したからです」

「なるほど・・・では、こちらも本気で挑まねばならない様ですね」

 道悟はニヤリと不敵に微笑むと、公衆トイレの方へと歩き出していった。

「それは、楽しみですね」

 遙花も不敵な笑みを返すと、空き缶を所定の位置に戻し、踏みつけた。そして目を閉じて、15秒数え出す。

「15、14、13・・・」

 この公園は、遙花にとって庭の様な場所である。どこに隠れられて、どうやって近付くのが効率的なのかは既に遊び尽くしているのだ。公衆トイレは最大の障害物だが、逆に予想され易く、常にマークされてしまう事で、身動きが取れなくなってしまう。遙花としては、新田という人物はまだまだ未知数だが、地の利を知り尽くす彼女に勝てる可能性は低い。

「・・・3、2、1・・・0」

 一方的な勝利とは、実に虚しいものだが、無いよりはマシである。遙花は儚げに微笑みながら、目を開けた。さて、どうやって公衆トイレの陰から燻り出そうか。幾つかある方法を吟味していたその時、遙花の足下にあったはずの空き缶が、前方へとすっ飛んでいった。

「なっ!?」

 遙花が横に目をやると、そこには華麗なシュートフォームを決めた道悟の姿があった。遙花からすれば、瞬間移動でも決められた気分である。

「よし、これで同点ですね?」

 優しく微笑み掛けてくる道悟に、遙花は舌を巻いていた。

「フェイント・・・公衆トイレへは行かずに、私の後ろへ回り込んでいたんですね? 砂地で足音が発ち易いのに、どうやって・・・」

「不思議な事は何も、抜き足差し足ってヤツですよ」

 道悟は数歩、足音を一切発てずに歩いてみせた。

「ふふっ・・・新田さんの事を、侮っていました。貴方とは良い戦いが出来そうです」

「それは、光栄ですね。ですが手を知り尽しているからこそ、付け入れる隙もある・・・負けませんよ?」

「そちらこそ、ビギナーズラックはそうそう許しませんから、油断なさらぬ様に」

 二人は乾いた笑声を響かせた後、すぐさま第2ラウンドに突入した。それから二人は一進一退、互角の勝負を繰り広げ、開店時間ギリギリまで争ったが、決着は付かなかった。

「ハァ・・・やりますね、新田さん。私の中で変な人から遊び人へランクアップ、です」

「ふぅ・・・どちらにせよ、碌な評価では無い様な? 俺としても、若女将がここまで活発な方だったとは、意外でしたよ・・・いつも、何処かつまらなそうにしていたのは、こうやって遊ぶ友達がいなくなったからですか?」

「・・・・・・そうですね。皆変わってしまいました。お洒落やゲーム、SNS・・・去年の今頃はここを駆け回っていたのに、中学へ上がった途端に寄り付かなくなった。成長と言えば聞こえが良いですが・・・呆気なくてつまらないです」

「・・・分かりました。時間が許す限り、俺が相手になりましょう。思いの外楽しかったですし、本気で遊ぶというのも悪くないですね」

「新田さん・・・・・・あ、ありがとう、ございます・・・」

 遙花は俯きながらそう呟くと、くるりと道悟に背を向けてしまった。

「どうかしたんですか?」

 疑問に思った道悟が、遙花に近付こうとしたその時、道悟自身が誰かに肩を掴まれてしまった。

「すみませんが、ちょっとお話しを聞かせて頂けませんかね?」

 道悟が振り返ると、そこには紺色の帽子と衣服に身を包んだ男が全力の作り笑顔を浮かべて立っていた。

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