第二章からあげ 二節目
同日の昼、遙花は階下の食堂が騒がしい事に気が付いた。すぐに、姉が呼び付けていた、新田道悟が到着したのだと思い至る。
「頑張れ~」
逍子に連絡先を知られたのが運の尽き、彼は主導権を握られてしまったのだ。遙花は素知らぬ顔で姉の塩にぎり(トースターで焼き目を付けてみた)を食しながら、取り留めのない番組を流し観ている。巻き込まれるのは御免だと、言わんばかりに。
だが程無くして、彼女の携帯に着信が入る。相手はもちろん、姉の逍子だ。遙花もまた主導権を握られている一人に過ぎないのである。
「・・・もしもし?」
露骨に怪訝そうなトーンで遙花が応答しようと、逍子は気にしない。啜り泣く様な声で、ヘルプミーと自分勝手な救援要請を発してくる。
「もう・・・分かったから、泣かないでよ」
遙花は溜め息と共に立ち上がると、人前に出られる程度の身支度をしてから、階下の食堂へと降りていった。
「あっ、遙花ちゃん! 待っていたのよ♪」
食堂のカウンターには、憎たらしい程の笑顔を浮かべてケロッとしている逍子と眉間にしわを寄せ、難しい顔をしている道悟の姿があった。
「ん? ああ、こんにちは、若女将」
「こんにちは、新田さん・・・それで、何で私を呼び出したの、お姉ちゃん?」
「よくぞ聞いてくれました! 新田君と新商品について話し合っていたのだけれど、中々煮詰まらなくて・・・だからね、遙花ちゃんにジャッジしてもらおうと考えたのよ♪」
「傍迷惑な・・・・・・それで、話はどこまで進んだの?」
何だかんだ協力してしまうのが、遙花のスタンスである。
「えっとね、まずは手羽元から消費していこうって、事になったのだけれど・・・」
「待って・・・手羽元って、どんなのだっけ?」
「翼の付け根、胴体との接合部分から先、人で言うところの肩から肘までの上腕部分を指します。大抵さっぱり煮等に利用される骨付き肉ですね」
「新田さん、詳しいな・・・というか、さっぱり煮で良いんじゃ?」
「ええ、俺もそう言ったのですが女将が・・・」
「さっぱり煮って、インパクトが無い気がするの!」
「・・・と言い張ってまして」
「はぁ・・・とりあえず、お姉ちゃんは全国のさっぱり煮に今すぐ謝罪して」
「全国のさっぱり煮!? ・・・ごめんなさい、全国のさっぱり煮さん!」
「ふぅ、茶番はここまでにしてと・・・それで反論するって事は、お姉ちゃんには案が有るってことだよね?」
「それはその・・・・・・ありません」
「はぁ、この姉はどうしてこう・・・鶏肉かぁ・・・よく判んないけど、唐揚げにでもしたら?」
『その発想は無かった!!』
道悟と逍子は同時にカウンターを叩いて立ち上がり、言い放った。
「わっ、ビックリしたなぁ・・・もう、何なの!」
「その発想は思い付きませんでしたよ、若女将。貴女は・・・天才か?」
「素晴らしいわ、遙花ちゃん! 鳥手羽元の唐揚げなんて、聞いたことも見たことも無いもの・・・インパクト十分ね♪」
「そ、そう・・・良かったわね、あはは・・・」
二人のテンションの高さに圧され、苦笑を浮かべる遙花。今さら、検索エンジンでサクッとヒットしたとは、言い出し難い状況である。それにしてもこの二人、まずはメニューを調べてみようとは思わなかったのだろうか、遙花にはそこが疑問だった。
「早速、試作してみませんか? あ、でも、まずは下味を付けないとか・・・」
「そうしましょう♪ そうだ、我が家秘伝のソースで漬け込むのはどうかしら?」
「なるほど、姉妹揃って冴えているようですね・・・それで、手羽元は何処に?」
「それはもちろん、冷・・・・・・あっ」
「冷・・・なんです?」
「・・・冷凍庫に、入れっぱなしだったわ」
「はい? それはつまり・・・試作する為に呼び付けたというのに、肝心要の鳥手羽元を解凍し忘れていたと?」
「・・・・・・てへぺろ☆」
「この・・・とりあえず、試作する分だけレンジで解凍しましょう。他は冷蔵庫に移して自然解凍で」
「アイアイサ~♪」
道悟の提案通り、すぐさま冷凍されていた鳥手羽元の一部をレンジで解凍し、秘伝のソースをベースにした調味液に漬け込んだ。後は味が染み込むまで数時間、待つ必要がある。とはいえそれまで手持ち無沙汰なので、道悟らはトンカツや汁物等の下準備にも取り掛かったのだが、それも一時間半程度で完了してしまった。時刻は午後3時、道悟にとっては、一旦帰宅するのも億劫だし、それまで職場で待機しているのも勿体無く思えてしまう魔の時間である。魔性だけに、そんなしょうもない洒落が脳裏に浮かび、彼は自嘲気味に鼻で笑った。
そんな暇そうな道悟の姿を見て、声を掛けたのは意外にも遙花だった。
「あの・・・新田さん、お暇なら少し、付き合って欲しいのですが?」