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第二章からあげ 一節目

 総勢20人の客入りを記録した翌日、授業が休みの祝日の土曜日である。ぐっすりと寝息を発てていた道悟は、朝っぱらから着信で叩き起こされていた。

「あぁ・・・・・・女将?」

 夕方まで特に用件は無いはずである。道悟は少し逡巡し、無視する事にした。

「・・・・・・ぐっ」

 無視する事にしたのだが、着信音が止まない。先方が間髪入れずに着信を繰り返しているのだ。根負けした道悟は、嫌々ながら応答することにした。

「・・・もしもし?」

「おはYo men♪ 雇用主だぞ♪」

「おはようございます・・・まったく、何時だと思っているんですか、何度も掛けてきて・・・」

「何時って・・・11時だけど?」

「っ!? ・・・・・・ものの例えですよ、12時まで寝ているつもりだったんです」

「うふふ、本当かな~?」

「そんな事より、御用件は何ですか?」

「そうそう、トンカツ定食も修行期間から抜けそうでしょう? 新商品を考えた方が良いかなと思ったの♪」

「確かに、トンカツだけでは飽きられてしまいそうですからね・・・何か腹案が?」

「いいえ、無いから一緒に考えてもらおうかと思って♪」

「そうでしたか・・・思い付いたらメールしますね、それでは」

「一緒に、考えてもらおうかと、思って♪」

「おっと、これは・・・・・・もしかして俺、呼び出されてます?」

「うふふ、新田君ったら、鈍~いぞ♪」

「藪から棒に強制出勤とは・・・なるほど、ブラックですねぇ」

「労働に関する契約、交わしていないから、ブラックじゃないわよ♪」

「そうきましたか・・・・・・しかしそれだと、俺が出頭要求に従う理由が無いのでは?」

「あっ・・・なら私も禁じ手を使うしか無いようね」

「禁じ手? まさか、バイトしていた事を俺の学校に報告を・・・」

「私が勝手に料理してしまうけれど、それでも良いのかしら?」

「・・・すぐに向かいますね」

「ええ、よろしく♪ お昼用意して待っているわね~」

「いや、料理しないで・・・・・・切られた」

 道悟は絶望に染まった顔で、通話終了と浮かぶ画面を見据えた。行くも地獄行かぬも地獄、どうせなら前へ進もう。破れかぶれになった道悟は、ベッドから起き上がり、身支度を整え始める。

 それから、道悟がしょうように辿り着いたのは、皮肉にも正午の事であった。気乗りしない様子で、道悟は戸口をノックする。程無くして戸口が開かれ、満面の笑みを湛えたジャージ姿の逍子に出迎えられた。

「・・・こんにちは」

「いらっしゃい、新田君♪ お昼の用意、出来てるわよ?」

「あ、ありがとうございます・・・」

 道悟は、逍子に連行され、カウンター席へと腰を下ろさせられた。

「すぐに持ってくるから、待っててね♪」

 足取り軽く、逍子は厨房へと入っていった。一体、どんなトンチキな料理が出てくるのか、脳裏を過るのは茶色い液体に浸ったサンマの画像、今度は豚の顔面の角煮とか出て来そうだ。道悟が身構えていると、さらに予想外の代物が彼の前に差し出された。

「おにぎりと・・・味噌汁?」

「ほら、私って火を使うお料理が『ちょっと』苦手でしょう? おにぎりなら握るだけだし、お味噌汁はインスタントだから大丈夫かなって♪」

「なるほど・・・頂きますね」

 道悟は共に出された箸を使っておにぎりを両断し、その片方を自らの口内へと押し込んだ。

「むぐむぐ(咀嚼)・・・ほう、これは塩にぎり・・・」

 次いで、道悟は味噌汁の入った椀を手に取ると、その縁に口を寄せ、静かに飲み始めた。

「こくっ(嚥下)・・・ふぅ、なるほど」

「うふふ、どう? 美味しく出来ているかしら?」

「そうですねぇ・・・・・・ハッ!?」

「ど、どうしたの?」

「その・・・うがい手洗い忘れてました」

「大事! だけどそうじゃないわ!?」

「ん? ああ、料理ですか? 大変美味しいですよ、おにぎりの塩加減は完璧と言わざるを得ないですし、案外難しいインスタント味噌汁の湯量も絶妙な塩梅・・・相変わらず、万人受けという机上の空論を体現しかねない、化け物じみた匙加減の持ち主ですね」

「うふふ・・・そんなに褒めちぎってくれても、ハグしかしてあげられないぞ♪」

「・・・・・・ぐすっ」

 道悟は唐突に、目頭を押さえ、鼻をすすった。

「泣くほど嫌なのッ!?」

「いえ、何と言うか・・・自らの弱点を把握して回避するとか・・・これほど涙ぐましい努力って、無いですよね」

「言わぬが花って事もあるのだけれど・・・・・・何だか、良いわね」

「えっと・・・何がです?」

「ようやく打ち解けられた様な気がして・・・今日の新田君はノリが良い感じ♪」

「それは・・・きっと血糖値が低くて、まだ脳が動いて無いんです・・・たぶん」

「歳は近いはずなのに、ずっと壁を作られていた気がして・・・」

「・・・そうですか?」

「でも、怖くて避けているというわけではなくて・・・聳え立つ城壁の上から、睥睨してくる様な感じ?」

「あぁ・・・・・・なるほど」

「それが今は、同じ目線に立っている様で・・・嬉しいわ♪」

「・・・不粋は承知なのですが、女将って学年は?」

「学年? 花も恥じらい庭駆け回る、高校二年生よ?」

「庭、駆けちゃったよ・・・ん? あれ、普通に先輩では?」

「ええ・・・言ってなかった?」

「聞いてませんよ・・・それならそうと仰って頂ければ、態度を改めます」

「より高い壁が築かれた!? まったくもう・・・柔軟性は大切よ、堅物さん?」

「ふっ・・・そうですね、それは自覚しています。さてと、早くお昼を頂いて、商品開発に勤しむとしましょうか?」

「そうね、何にしましょうか?」

「とりあえず、引き受けてしまった不良在庫をどうにかしないといけませんが・・・一つは決まりましたね?」

「えっと・・・何が?」

「女将の塩にぎり、テイクアウトで販売しましょう」

「あらあら、まあまあ♪」

 女将の塩にぎり3個セットで、250円。お帰りの前に御注文くださいませ。

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