表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/20

第一章トンカツ 十節目

「世界の構造を話す前に、お聞きしたいのですが・・・佐武様は何故、死後の世界を知りたいのですか?」

 駅の北側、オフィスビルの林立する大通りを歩きながら、ゴドーは顔面蒼白となっている佐武に問い掛けた。

「・・・僕の家、お金だけはあるんです。父がその・・・手荒い方法で稼いでまして、僕はそれを継がなくてはならない。判らないんです、そうするのが最善なのか、清く正しい道へと舵を取るべきなのか・・・」

「ふむ・・・なるほど、それで死後の世界なのですね。終わりを知って、指標にしたいと?」

「はい・・・いけませんか?」

「良いか、悪いかは、私の意見する所ではありません・・・ただ、一言申し上げるとすれば、そんな高尚なものではないとだけ、独り言ちっておきましょう」

「それは・・・どういう?」

「講義は、この街で一番高い場所で行ないましょう・・・彼処です」

 ゴドーは、駅の北側に聳える建つ一際高いビルを指差した。

「全長約100メートルの18階建て、何故こんな都心から距離のある場所に建てたのか判りませんが、とある優良IT企業の本社ビルです」

「あの上に・・・・・・ゴドーさん、質問があるのですが」

「何でしょう?」

「あの高さを昇るには、エレベーターが必要ですよね? その・・・此方側から、現実世界・・・物質世界に干渉する事は可能なのですか?」

「直接的には不可能ですね。物質世界と裏庭は、表裏一体の関係にあるとはいえ、見透せないカーテンの様なもので仕切られているので、影響を与える事は出来ても、実質相互作用は発生しません。物質世界で物体が動いていない限り、こちら側でも動きませんよ」

「すると・・・現実で誰かがエレベーターに乗ろうとしている時に、滑り込まないといけないという事ですか?」

「しかも誰かがエレベーターに乗るという偶然に頼りながら、最上階まで運んでくれるのもまた偶然という・・・私としては、階段の使用をオススメしますよ?」

「階段ですか、時間が掛かりそうですね・・・あの、此処へ来てから、どうも寒気が酷いのですが、生身で長時間滞在すると何かマズイのでしょうか?」

「ええ、それはもちろん。此処は生の無い世界ですから、貴方の身体は程なくして活動を停止するでしょうね」

「それって・・・・・・マズくないですか?」

「そう言われると、マズイですね。では、ショートカットしましょうか」

 ゴドーはおもむろに、佐武の肩に手を置いた。置かれた佐武が首を傾げた直後、彼の視界は炎に覆われる。咄嗟に悲鳴を上げ様としていた佐武だが、その前に炎は消え去っていた。

「さあ、着きましたよ」

 ゴドーが指差す方向に目をやり、佐武は自身に何が起きたのかを理解する。彼らが現在立っていたのは、周囲に比肩する高さのモノが無いビルの屋上。一瞬にして、ゴドーが目的地だと語ったビルの屋上まで来たことになる。佐武はもはや慣習であるかの様に、ゴドーへ質問しようとしたが、寸前で取り止めた。相手は魔性の存在、瞬間移動が出来ても不思議ではないのだから、もはや聞くまでも無いと判断したのである。その代わりに、佐武は本当に聞きたい話題を質問する事にした。

「教えてください、ゴドーさん。死後の世界について、余す事無く・・・」

「はい、心得ております・・・まずは、上空をご覧ください」

 ゴドーの言葉に従い、佐武は上空を見上げた。そこには、裏庭唯一の光源である月が幽玄な輝きを放ち、優しく全てを照らし出している。

「佐武様は、あれを月だとお考えですか?」

「えっ・・・違うのですか?」

「ええ・・・あれは人間の心の集合体、あれこそが死後の世界なんです」

「人間の・・・何です?」

「人間の心、その在処については様々な学説が唱えられておりますが、全てフェイクか妄想の産物です。その正体は、魔性の最高位存在であるヤルハンク・ゥエル、又の名を魔性の太陽。物質世界における太陽の真の姿であり、人間そのもの」

「太陽が人間・・・どういう事何です?」

「その昔ヤルハンク・ゥエルは物質世界、特に地球でのみ大成した生物達に対して興味を抱いた。そしてヤルハンク・ゥエルは情報収集の為、無限の体現である己を細分化し、ある生物に寄生する事を決める。その生物こそ、未だ原始人と呼ばれていた頃の人類、人類はたまたま選ばれた事で動物でありながら動物とは異なる道を歩み出す事になりました。つまり、人類に寄生したヤルハンク・ゥエルの欠片こそが心、理性や物心、そして魂などと呼ばれる自意識の正体。ゆえに、ヤルハンク・ゥエル=太陽=人間という図式が成り立つのです」

「あれが・・・人間総ての素だと言うのですか?」

「はい、人類皆兄弟とはこれまた言い得て妙ですよね。ユングの人間の心は根底で繋がっているという説は、事実だったのです。人類は当初、群れで在りながら一個体という状態でしたが、数が増え、ヤルハンク・ゥエルの細分化が進むにつれてヤルハンク・ゥエルの意識が希釈されていき、個体間に差異が発生します。それが個性、今やヤルハンク・ゥエル自体に意識は無く、人間の心を洗う洗濯機と化しています」

「せ、洗濯機・・・ですか?」

「例えですよ・・・ほら、あれを見てください」

 ゴドーは、街中に在るとあるマンションを指差した。

「あの建物から、銀色に耀く鱗の様なものが見えるでしょう?」

「えっと・・・・・・はい、ありました!」

「あれが、人の魂です。誰かお亡くなりになったのでしょう、情報収集を終えた欠片はかつてヤルハンク・ゥエルだった太陽へ帰還していきます。そして、生涯集めた情報の全てを吐き出し、新たな人間として生まれ変わるのです。ちなみに時たま現れる前世の記憶を持つ者というのは所謂洗い残しですね」

「それが、人間の正体・・・くっ、すみません、もう限界かもしれません・・・寒い」

「時間切れですね、神々と彼らの領域については、またの機会に致しましょう。触りだけ申し上げるとすれば、人間の魂は魚群であり、神々は捕食者・・・といったところでしょうか?」

 ゴドーが佐武の眼前で指を鳴らすと、佐武は自身の身体に熱が戻っていくのを感じた。霞んでいた視界が回復すると、そこはビルの屋上ではなく、駅の待合室の椅子に腰掛けていた。

「お疲れ様でした、佐武様」

 ゴドーも、彼の隣に腰掛けていた。

「本日のツアーはここまで、でございますが・・・不躾ながら、お代を頂けますでしょうか?」

「え? ああ・・・はい、どうぞ」

 佐武はぼんやりとしながらも、懐から厚く膨れた封筒を取り出し、ゴドーに手渡した。

「失礼します」

 ゴドーは封筒の中身を取り出すと、精算機並みのスピードで札束を数えていった。

「・・・・・・確かに、お代を頂戴致しました」

「あの・・・続きは別料金だったりしますか?」

「いいえ、このお代で最後まで御案内させて頂きますとも」

「それは・・・助かります」

「ふふっ・・・安心なされたところで、まもなく終電がやって来ます。気を付けてお帰りくださいませ」

「ええ、ありがとうございます・・・あの、次回はいつになりそうですか?」

「そうですね・・・肉体へのダメージを考慮して、一週間後が良いでしょうね」

「判りました、次を楽しみにしていますね」

「ええ、それでは私はこれで・・・」

 ゴドーは指を鳴らし、一瞬炎に包まれ、その後忽然と姿を消した。佐武は今宵体験した事を思い返しながら帰宅し、一週間を無難かつ契約を破る事無く過ごした。そして約束の朝、佐武は何者かに揺り起こされる。

「合格でございます、佐武様」

 佐武は意識を取り戻し、困惑した。何故か、あの篝火の焚かれた部屋に、一週間前の服装で立っていたからだ。背後には、拍手をするゴドーが居る。

「見事に幻覚による試験をパスされたようで、おめでとうございます」

「試験・・・・・・まさか、全て夢だった?」

「いいえ・・・夢の中だったとはいえ、与えた情報は全て真実。過ぎた欲を見せなかった貴方の願いは叶えられ、その情報を生きて持ち帰る権利を手にしたのですよ」

「試されていた・・・というわけですか?」

「ええ、ですが大事な通過儀礼なのです。御理解頂ければ、幸いでございます」

「いえ・・・驚きましたが、不都合はありません。次回は、実際に行くことが出来ますか、裏庭へ?」

「はい、お連れ致しますとも。すぐにでも赴けますが、いかが致しましょうか?」

「今日は、少し疲れたので帰ります。後日連絡しても良いですか?」

「ええ、もちろん。その扉を抜ければ、あの団地に出られます。最近は物騒なので、お気を付けてお帰りくださいませ」

「ありがとうございます」

 佐武は辛そうに微笑むと、一礼してから篝火の部屋を出ていった。扉が閉まり、扉がスッと姿を消した後、篝火が燻っていた炎が、人の右半身に姿へと変化する。

「上手く脱け出されたものだな、上質そうな魂を喰らい損ねたぞ」

「罪が露見しなければ、喰わない約束だろう、主様?」

 ゴドーはやれやれと首を横に振り、指を打ち鳴らした。一瞬炎に包まれ、その姿は道悟のモノへと変貌する。

「大丈夫さ、この場所に来た時点で秒読みが始まったものさ。例え、足るを知り、純粋な願いを抱いて来たとしても、この力を前にすれば、やがては私利私欲に走る」

「理解しているとも・・・先行投資と言うのであろう? 精々欲が肥え太り、愚かな我欲で足を踏み外すその時を、待とうではないか」

「ああ、覚えてくれていて嬉しいよ、カグ。出会った頃の貴方は、問答無用だったからね」

「幾ばくも生きていない人の子に諭されたのは皮肉だが、腐っても太陽の子と思えば溜飲が下がるというものよ」

「その何だかんだ理解のあるところ、好ましいと思うよ、カグ」

「・・・問答無用で消される無念は、我が一番理解しているからな。まずは機会を与えてやらねばなるまいて。それを気付かせてくれたお前こそ、友に相応しい」

「ふふっ・・・面映ゆいを通り越して、こそばゆいな。さて友よ、そこまで買ってくれているのなら・・・指パッチンで帰宅する許可をもらえないだろうか?」

「ならぬと言っておるというのに・・・何故、再三申し立ててくるのだ?」

「それも再三述べているが、ここから出てくるのを誰かに見られている可能性は捨て切れない。先の佐武が、待ち伏せていないとは言い切れないだろう? それに、交通費を支給するのは雇用主の責務だろう?」

「何の確証も無い話だが・・・お前の用心深さには一目置いている。良し、新たに我が領域への出入りに関しては、力を用いる事を許可しよう」

「ありがとう、カグ」

「より励む事だ、道悟・・・件の侵入者、早急に処断せねばなるまい」

「ああ、その通りだ。これから巡回を敢行してから、帰宅しようと考えている。巡回終了地点から自宅への転移も、許してくれるだろう?」

「抜け目の無い奴め・・・そのくらい許可せねば、我が器量が疑われるというものよ」

「ふっ・・・感謝する。それじゃあ、行ってきます」

 道悟が左手の指を打ち鳴らすと、その姿は再びゴドーのモノとなり、次いで右手の指を打ち鳴らすと炎に包まれ、本丸町の裏庭へと繰り出していった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ