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第一章トンカツ 九節目

「お待ちしておりました、御客人」

 道悟改めゴドーが出迎えたのは、可憐な容貌をした年若い人物であった。

「初めまして、貴方がゴドーさんですか?」

「左様でございます、佐武雫(さたけ しずく)様」

 特異な容姿であるゴドーを前にして、佐武は驚くほどの冷静さを保ち、優しげな笑みすら浮かべている。余程胆が太いのか、はたまた魔性との邂逅が初めてではないのか。然り気無く所作を観察していると、ゴドーは佐武の手が震えている事に気が付いた。どうやら、気丈に振る舞っていただけらしい。

 ゴドーはその心意を酌み、優雅に一礼することで、緊張を解きほぐしてやる事にした。

「御心配無く、貴方様は御客人。捕って喰らったりなどは致しません」

「・・・御気遣い、ありがとうございます。しかし実を言えば、これは武者震いなんです。上手く事が運べば、叶うはずの無い願いが叶うわけですから」

「ほぅ・・・それは然り。男子たる者、ここぞという時ほど冷静であらねば。貴方の様に、ね?」

 ゴドーの言葉に佐武は驚き、目を丸くする。

「よく判りましたね、僕が男だと。女性に間違われるというか、男とすら思われない事がほとんどなのに・・・」

「もちろん、一瞥で判りますとも。我々が伊達や酔狂、ましてやインチキなどではないというのを御理解頂ければ幸いです」

 実際は、所作や動きが男の身体のものだというだけの話なのだが、それっぽく言っておけば利用者の心も盛り上がるという思いやりである。願いを叶えてくれるという奇異な存在が事務手続き的な対応をしてきたら、テンションがた落ち、興醒めにも程があるというもの。言動とは裏腹に、けっこう伊達や酔狂を重視していたりするわけだ。

「・・・本当に、人では無いのですね?」

「然り。やはり恐ろしいものですか、人ならざる存在というのは?」

「はい、とても・・・ですが今は、心強く思います。その様な存在だからこそ、期待が持てるという事ですから」

「それも、また然り。では早速、御案内致しましょう・・・我が主の元へ」

 佐武が室内へ足を踏み入れ、扉をそっと閉めた。一瞬の暗闇、だがすぐに灯籠が点き、周囲を照らし始める。そこはもう団地の一室ではなく、神社の廊下へと変貌していた。

「これは・・・驚いた。ドアノブをずっと握り締めていたのですが、消えてしまいました」

「ええ、ここは我が主の領域。既にあの団地ではありませんよ。夜中に騒ぐと他の住人の方に迷惑ですからね」

「・・・なるほど、お優しい」

 ゴドーは領域における簡単な禁止行為を説明してから、カグの居る部屋へと案内し始める。佐武はそれを、アトラクションの様だと目を輝かせていた。

 カグの待つ部屋へ入ると、そこではやはり、護摩焚き宜しく篝火が燃え上がっていた。ゴドーは佐武を篝火の前へ誘導し、篝火に向かって願い事を述べる様に促す。

「さあ、貴方が魔性に頼ってまで叶えたい願い事を、お聞かせくださいませ・・・」

 促された佐武は、生唾を呑み、震える声で願い事を述べ始めた。

「ぼ、僕は・・・・・・し、死後の世界の詳細を知りたいんです!」

 佐武の願いが室内にこだまし、篝火の炎が大きく揺らめく。だが、何が起きるわけでもなく、炎が揺らめいただけであった。

「えぇ・・・コホン、主から詳細を聞けとの命が下りました。貴方の願い事はつまり・・・死後の世界の事を生きたまま知りたい、という解釈で宜しいですかな? どこぞのダンテさんみたいに?」

「それはそうですよ。死ぬ前に知りたいから、ここに来たんです」

「ふふっ、つまらない事を聞いてしまいましたね・・・ですがそうなると、守秘義務とでも申しますか、こちらの出す条件を受け入れて頂く必要が出てきますが、よろしいでしょうか?」

「それは・・・条件に依りますね」

「まず、ここで知り得た情報を他者へ伝える事を禁じます。会話や書面はもちろん、SNS等への書き込みやトイレの落書きに至るまで、あらゆる情報伝達を、です」

「・・・分かりました、異論はありません」

「ありがとうございます・・・では次に、私の指示に従ってください。説明は実地で行なおうと考えておりますので、死にたくなければ、ぜひ」

「分かりました」

「そして最後に、真実を知った後でのキャンセルは出来ませんので悪しからず」

「・・・はい」

「では今一度確認を・・・以上の条件を破った際は、貴方の命に留まらず、情報の漏洩が疑わしい人物ら全ての命を刈り取らせて頂きますが、よろしいですか? それでも魔性に願うという意思表示をお願いします」

「・・・・・・分かりました。お願いします、僕の願いを叶えてください!」

「ふむ、素晴らしい・・・・・・これにて、契約は成立です。では、正面の炎にご注目を・・・」

 ゴドーに促されて、佐武は篝火の炎を注視した。パチパチと木材が弾ける小気味良い音を発て、燃え盛る業火。彼が安らぎと暖かさを感じ始めた次の瞬間、眩い閃光が室内を埋め尽くした。

 咄嗟に前腕で目を守った佐武、暫くしてから恐る恐る前腕を退けてみると、そこは団地の一室でも、篝火が燃える空間とも異なる場所だった。本丸町の駅前、普段はタクシーやバスが跳梁するロータリーの中心だったのである。

「御無事ですか、佐武様?」

 佐武の背後には、いつの間にかゴドーが佇んでいた。

「ふむ、異常無しですね。善哉、善哉」

「あの・・・ここは駅前、ですよね?」

「ええ、左様です」

「だったら何故、誰も居ないのですか? それに、街灯すら点いていないのは、一体・・・」

「ここは、駅前であって駅前ではないのです。人は居ない様で存在し、街灯は光っている事は判るのに光自体は届かない。ここは世界のバックヤード、単純に裏庭と呼ばれる場所。人を始めとした生物は存在せず、代わりに我々魔性が息づく地」

「裏庭・・・ここが、死後の世界なのですか?」

「・・・いいえ、違います。とはいえ、全く違うというわけでもない・・・お連れしたのは、ここからなら死後の世界観が、よく見えるからです」

「よく、見える? それって、どういう意・・・」

「お待ちを・・・どうやら、嗅ぎ付けられたらしい」

 ゴドーは周囲を見回し、大きく肩を落とした。彼らの周囲には、黒い四つん這いの動物が集まってきていたのだ。暗い、影で編まれた様な光沢のある体毛が身を包み、そして異様に赤い瞳が、電飾の如く爛々と耀いていた。

「ゴドーさん、あれは何ですかッ!?」

「あれは夜犬と言います。犬の残留思念の成れの果てであり、裏庭の掃除屋と揶揄される存在ですよ」

「裏庭の・・・掃除屋」

「彼は、綺麗好きでしてね。裏庭にやって来たナマモノをすぐに片付けようとやって来るのです。本来居てはならない存在ですし、何より彼らはお腹を空かせている」

「つまり・・・僕を食べようとしている?」

「はい、正解です。ここではナマモノが大変忌避されていましてね。言葉を当てるとしたら、生臭ぇ!? 今すぐぶっ殺してやる!! ・・・でしょうか」

「そんな・・・ま、守って頂けますよね?」

「もちろん、ツアー代金に含まれておりますので御安心を」

 ゴドーはおもむろに、コートの左右のポケットへそれぞれ手を入れたが、すぐに引き抜かれた。そして、その手には大型の拳銃が握られていた。

「体勢を低くして、射線に入らないようにしてくださいませ」

「もちろんです!?」

 佐武が頭を抱えてうずくまったのを確認し、ゴドーは銃口を夜犬に向けた。

「さて・・・予定が押していますので、手早く済ませましょう」

 ゴドーがトリガーに指を掛けた次の瞬間、二つの銃口から弾らしきものが吐き出され、2匹の夜犬を撃ち抜いた。そして直後、撃ち抜かれた夜犬の銃創から炎が噴出し、瞬く間に全身を包み込んでいく。夜犬は数秒で灰塵と化し、風に巻かれる様に天へと舞い上がっていった。実際には、風など吹いていないし、吹くこともない。

 唐突に、仲間を燃やされた夜犬達は吠えまくり、我先にとゴドー目掛けて、四方八方から襲い掛かってきた。

「逃げないとは・・・手間が省けて助かりますね」

 ゴドーは動じる事無く、一番に自分へ到達しうると予想される順に、夜犬達を撃ち抜いていく。その数30数匹、だがゴドーや佐武にその牙が届く事は無く、そして危なげも無く灰へと変えられていってしまった。ゴドーに比べて、夜犬が著しく劣っているというわけではない。ゴドーが自然体を崩さない程に、手慣れていたのだ。

「ふぅ・・・彼らは時々、物質世界から小さな子ども等のか弱い存在をこちら側へ拐って来たりするので、定期的に駆除しているのですが、いかんせん多すぎる。倒しても倒しても、すぐに湧いてくるのですよ。今この国では、野犬が減って夜犬が増えたなんて言われていましてね。野生の動物っていうのは本来、未練なんて持たないはずなのですが・・・ペットとして人の近くに居過ぎると、人間みたいに未練なんて持つ様になるみたいなんですよ。だから、ペット犬が溢れかえっている現在、彼らは無尽蔵に湧いてくるというわけで・・・佐武様、聴いておられますか?」

「・・・すみません、頭の中を整理していたのですが、理解が追い付きません」

「無理もないでしょう・・・まさか、B級映画がリアルドキュメントでノンフィクションだったなんて誰も思い至りませんし、思いたくもないでしょうから」

「とりあえず・・・その銃は、本物ですか?」

「物質世界のものかと問われているのなら、答えはNOです。これはイメージから生み出したもので、攻撃を簡略的かつ的確に行なう為の手段なんですよ。イメージなので反動、飛距離での威力軽減や弾道の下降が無い。そうなれば、2丁持ちが最適解でして・・・散々語ってしまいましたが、貴方が知りたいのはこんな事ではないでしょう?」

「・・・・・・教えてください、世界の事を」

「もちろん、その為のツアーであり、私というツアコンですから・・・目的地まで歩きながら話しましょう。冬の夜は長いようで、短いですから」

 ゴドーは佐武に手を貸して立ち上がらせ、共に駅の北側へと歩き始めた。

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