Chapter Ⅰ 予兆 / Presage
100年
人類には余りにも長く、地球には可笑しいその月日は、人々からあらゆる物
を奪い去った。夢か、希望か、あるいは、絆か。
降りかかる裁きの中にあっても欲望を追い求める者たち。欲望が罪だという
ならば、俺は何に縋り、生きて往くのだろう。
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「出ませんねぇ」「出ないなぁ」
何度繰り返したかわからないやり取り。雀の涙ほどのエネルギーの採掘に更に
でかいエネルギーを費やしていては元も子もない。
「大体、博士でも掘り出せないような結晶を俺にやれってのがムチャなんですよ!」
思わずぼやいたが、実際、この結晶の発見から既に10年が経過している。未だ
掘り出せずにいるのは、何よりこの土地の特殊な地質に因るところが大きいのだ。
おそらく、結晶が何らかの影響を及ぼしているのだろう。
「ハルカ、そろそろ夕飯にしよう。今日はジンがうまいもんを作ってくれるぞ。」
博士は家事ができないので料理洗濯はもっぱら実の息子のジンと俺の仕事だ。
普段はあまり感情を表に出さない博士だが、心なしか嬉しそうに見える。
住居スペース兼研究所のトレーラーに戻ると、既に料理が作業台兼食卓に並べられ
ていた。
「お帰り、二人とも。」
「ただいま、兄貴」
台所から聞こえる声に返事をしながら俺と博士は席につく。料理には珍しく本物
の牛肉が使われていた。
「「「いただきます。」」」
早速、牛こま炒めを一切れつまみ口へ放り込む。
「うまい。」
思わずこぼれた一言、合成肉とは違う芳醇な動物性油脂が口にまとわりつく。
周りを見ると二人も同じ感想といった風だった。そんなことを感じながら夢中に
なって箸を運んでいるとあっという間に皿は空っぽになってしまった。
「ところで博士、なんで今日はこんなご馳走なんですか?」
さっきから疑問に思っていたことを聞いてみる。
「なんでもなにも、今日はお前が私に拾われてから10年だろう?」
「その記念ってとこだな。」
そういえば、そうだった。今日は一応俺の誕生日ということになっている日だ。
拾われた俺はあまりそういうのを意識してこなかったが、二人が覚えていてくれた
ことはとても嬉しかった。
「やっぱり、何も思い出せないのか?」
「うん、やっぱり思い出せないんだ。拾われる前のことはなにも……」
正直、思い出すのが怖いと思っている部分がある。しかしいつまでも二人に迷惑
を掛けられないという気持ちもある。素性の知れない自分を家族同様に扱ってくれ
る博士と兄貴には感謝してもしきれない。
「慌てなくていい、ゆっくり自分のペースで思い出していけばいいさ。」
「博士……」
ジリリリリリリリン、突如電話が鳴り響く。続く言葉が思わず引っ込む。
「私が出よう。」
そういって博士は受話器を取る。もちろん3コール以内だ。
「はい、次世代エネルギー研究所です。」
ここに電話が掛かってくるなんて珍しいなあ、なんてことを考えていたら通話を
終えた博士が神妙な面持ちで戻ってきた。
「二人とも仕事だ。一か月後、煌カンパニーのエネルギー事業部と共同で『巨石』
の調査を行うことになった。」
「きっ、煌って『あの』煌かよッ!?」
兄貴が目を白黒させて驚く。無理もない、煌カンパニーといえば100年前の戦争
と、それに起因する地殻変動から世界を復興へ導いた超巨大複合企業である。
そんなところから名指しでこんな小さな(失礼だな)研究所に依頼とは一体どういう
風の吹き回しだろう。
「でもッ!そんなとこからの仕事なんてきっと報酬もたんまりですよ!ここの台所
事情もッ……」
浮足立つ俺とは反対に博士の顔は晴れない。
「どうしたんです博士、まさか引退を考えてたとかですかッ!?」
冗談めかしていったみたが、俺は博士の考えが理解できなかった。実際、煌と共
に仕事ができるということは名誉あることなのだ。学ぶべき技術も多いだろう。
「兎に角、巨石のある『グラウンド・ゼロ』には危険が多い、私たちも機材の準備
を始めようじゃあないか。」
話を断ち切るようにそう言い放ち、足早に機材室へ向かっていく。そのすれ違い
ざま、俺の耳元で先ほどまでの柔らかい表情とは真逆の嫌悪感を露わにした口調で
囁いた。
「煌はな、お前たちが思っているほどクリーンな企業ではないぞ。気を許すな。」
今度こそ博士は機材室にこもってしまった。やはり不可解だ。もう10年あの人と
共に暮らしているが未だに理解できない部分がある。
「ハルカ、洗い物頼むわ。」
兄貴の声で我に返る。この様子を見るに兄貴には今の話は聞こえていなかったの
だろう。
「誕生日に頼むかよ!」
まあ当番順では今日は俺の日だから文句は言わない。それでもなんだかいつもと
違う博士の表情が気になって、いまいち皿洗いにも身が入らなかった。
そんなこともありその日は機材の準備もそこそこに早めに休むことにした。
その日、俺は夢を見た。なんだかとても悲しいけれど、懐かしい。そんな
夢だ。
>>>以下次回