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異世界物語  作者: 成成成
9/21

英雄転生編 08



 俺がアーバイルの街を出ることを決めたのは、この街に来てちょうど一ヶ月が経過したくらいの時。


 その日の夕方、子豚の尻尾亭に偶に飲みに来ていたジードさんと、いつも通りお客が減っていく時間帯になってお酒を持って来たネーアさんと一緒に飲んでいた時だ……



「ジードさん、ネーアさん。俺……旅に出てみようと思います」



 最初二人は俺の言葉の意味が解らなかったのか、虚をつかれたような顔をしていたが、徐々に言葉の意味を理解すると視線で話の先をさとしてくる。


「ネーアさん。俺がこの店に来た時に、あなたが俺に言った言葉を覚えていますか?」

「あぁ、覚えてるよ。……そうかい。あんたは今後を考えた上で、その結論を出したんだね?」

「はい……」


 ネーアさんはそれだけ聞いて納得したのか、そう言うだけでそれ以上のことは聞いて来ない。その代わりにジードさが話についていけていなかった。


「た、タイキ君。君はこの街から出ていくと言ったのかい……?」

「はい、ジードさん。俺はこの街を出て、旅をしてみようと考えています。その為に必要な物や準備はしているところなんです」

「その……旅に出る、理由を教えてはもらえるのかな?」

「理由、ですか……」


 そりゃ、いきなりこんな話をあまり会っていないジードさんが聞いても、混乱させてしまうだけだったか。ここは俺の考えを包み隠さずに伝えるしかないな。


「そうですね。俺が旅に出ようと思った理由は、この大陸……いや、この世界を観てみたいと思ったからです」

「この、世界、かい……?」

「それはまた、随分と大きく出たじゃないか」


 俺が言った漠然とした目的に、ジードさんはよく解っていないようで首を傾げ。ネーアさんは呆れた声でいいながら笑顔で俺の言葉に頷いてくれた。

 さて、ここからしっかりとした内容を教えていくかな。



「旅をしようと思ったのは、この大陸に知らずにたどり着いて、何も分からないままいるのがもったいないと感じたんです。

 せっかく生きているなら、俺はこの街以外、別の大陸にも行ってみたい。この街でよく聞いた魔族がいる大陸や国、その道中でも色々なことを感じ、体験したい。

 それに、冒険者になったなら、その名に負けないくらい大きな冒険をしてみたいですね!俺が知らない、この世界を観てみたいんです!まぁ、そのついでに俺の故郷への帰る方法を探してみようかな」



 この街に来てそれ程経ってはいないけど、その間に色々な人たちから聞いたこの大陸以外に行ってみたくなったのは嘘ではない。男としては、こんなワクワクすることを見逃すのは勿体ない!


 それに、この世界には俺以外にももしかしたら転生者……もしくはそれ以外の異世界から来た人がいるかもしれない。その人たちに俺は会ってみたい。もし同じ地球の人がいるなら、同郷者を探してみたいのだ。


 さっき言った魔族が住まう大陸……『魔国大陸』

 この大陸には、必ず地球の、それも日本人が居るはずだ!この街をここまで発展させた種族の王……この人は間違いない。地域清掃やその組織化。街の中にある街灯の設置から技術の提供による近代化の促進。理由を理解はされていなかったが、諺が人々に知られていることも、俺が魔族の王様が日本人だとかくしんを持てた理由だ。

 最後の方は、それっぽい理由にするために言ったが、もし方法があるなら一度父さん達にこっちで生きていくことを伝えないといけない。死んだ人間があっちの世界にいたら、大騒ぎされそうだしな。


 それからも幾つかの理由を言い終え、それらを聞いた二人はそれぞれ何か考えるようにして腕を組んだ状態で目を閉じてしまっていた。あれ?説明の内容に問題あったか?

 二人が何か考え出して少しすると、いきなりネーアさんが立ち上がり、そのまま厨房の方に向って行ってしまった。俺がそんな彼女の行動に呆気にとられていると


「タイキ君……」


 ジードさんが俺に呼び掛けてきたので、そちらに視線を向ける。そこには、真剣さと不安げな感情が入り混じったような複雑な面持ちで俺の顔を見ていた。どうしたんだろう、ジードさん?


「……タイキ君。私は君が目的になるようなものを見つけたことを良かったと感じている。だがその反面、最初に会った時の君の姿を思い出すと、どうしてもね」

「ジードさん……」

「無論、君が十分に強いことは知っているよ? この街に来る前に森で過ごしていたこと、ギルドでウォルフと渡り合ったこと、多くの冒険者達が君のことを噂していたからんね。自然と耳に入って来たのさ」


 ま、まさか、そんな噂になるようなことになってたのか、俺は?

 それで、やたらとギルドに姿を出すと「稽古つけてくれ!」とか、言われて相手をさせられた訳か……

 ジードさんは苦笑いしながら、そのことや俺が一人でも生きていく力が十分に備わっていることを皇帝してくれる。だが、それとは別で最初に見た俺のボロボロの姿を考えると、無理してこの街を出る必要があるのか疑問を持ってしまっているらしい。


「タイキ君、本当にこの街を出るんだね?」

「はい。ジードさんやネイツ、子豚の尻尾亭の三人やこの街の人達にはお世話になりっぱなしでしたが、俺もやりたいことを目一杯やってみようと思います。心配しないでいいとは言いません……どうか、この俺を信じてください。また必ず、ジードさん達に会いにこの街に帰ってきますから!」

「タイキ君……」


 俺の言葉を聞いたジードさんは、手で目頭を押さえてしまったが、直ぐに手をどけて寂しげだけど笑顔で俺の意思を肯定するように頷いてくれた。


「そう、これで別れではなかったね……ところで、何時街を出る予定なんだい? 出る前に、二人で一緒に飲みに行こうじゃないか。勿論、私の奢りだ」

「ありがとうございます。でも、まだ準備することがあるし、一ヶ月後にダルガス達から武器や装備品やらを受け取って数日後ぐらいですね」

「そうか。なら、まだ時間はあるんだね?」

「はい。また近いうちに、宿舎の人達に手土産を持って伺います」

「あぁ、ありがとう。君が持って来てくれる酒や料理はあいつらも喜んでいるよ」


 ジードさんはおもむろに手にしたエールの入ったジョッキを俺の方に掲げ、俺はその行動の意味を理解し、手にしていたジョッキをジードさんのジョッキに軽く当てると、お互いに笑顔でジョッキの中をあおる。うん、ちょっと大人の付き合いみたいで楽しいな。


 そんな風にジードさんと飲んでいると、さっき厨房に向ったネーアさんがグレイツさんを伴って折れたりの方に近づいて来る。周囲のお客も、普段は厨房から出ないグレイツさんの登場に自然と視線がこっちに集まってくる。

 周囲からの視線を気にした様子もなく、ネーアさん達は俺達のテーブルの前で立ち止まる。


「……何時だ?」

「えっ?」

「タイキ、あんたが何時、この街から出るのか教えろって言ってんのさ。それで? いったい何時この街を出るんだい?」

「あ、あぁー、なるほど。予定としては、一ヶ月後にダルガス達から武器やらを受け取ってから、旅に必要な物を買いたそうかと……」

「そうかい。因みに、この話は他に誰かにしているのかい? 特にうちのバカ息子には?」

「はい、ネイツになら結構前に話してますよ。この話をしようと思ったのも、ネイツと相談してから決めましたし。あ、ダルガス達職人連中や、ジザ爺さんの方にも話してますね」

「なるほどね。……あのバカ共には折檻が必要だね……」


 小声で言っていたが、俺の耳にはハッキリと物騒な言葉がネーアさんから言われたのが聴こえていた。悪いネイツ、ダルガス達……


 そんな彼らをどうするか考え出したネーアさんの隣、先程まで黙っていたグレイツさんが俺を見下ろしている。座っているせいか、普段以上に大きく見えるな。


「……飯は?」

「え、もういただきましたよ? 今日も美味かったです!」

「……」

「え、えっとー……」


 あ、あれ? さっき食べた夕食のことを聞いたんじゃないのか?

 その後もグレイツさんは黙って俺の顔を覗き込むようにして見下ろしている。な、何って答えればいいんだ? 俺が返答に困っていると


「タイキ君、グレイツは君が旅の間に食べる食事のことを聞いているのではないのかい?」

「え? そ、そうなんですか、グレイツさん?」

「……」(コクコクッ)


 横から推察してグレイツさんの言いたいことを提示したジードさんの言葉があっているか確認して視ると、グレイツさんは直ぐに首を縦に振る。こ、この人は本当に口数が少なすぎないか?

 でも、その提案はこっちからしたら願ってもない申し出だ。実家暮らしの高校生だったけど、少しは調理くらいは出来る。だが、流石にこの店のような料理を作ることなんか出来るはずないので、何処かでグレイツさんか屋台で出来合いの料理を購入するつもりだったのだ。

 【無限収納】に入れてしまえば、時間が経過しないから何時でも美味い料理が食べられるしな!


「それじゃ、申し訳ないですけどお願いできますでしょうか?」

「……任せろ」

「それで、代金ですが__」

「……食材」

「……もしかして、お金じゃなくて、食材を渡せばいいんですか?」

「……あぁ」


 今度は当たっていたようだ。でも、本当にいいのだろうか?


「タイキ君。グレイツの提案は悪くないと思うよ? 君は旅で必要な食料を確保でき、グレイツは君の持つ様々な食材で色々な料理に挑戦できる。これはある意味では利害が一致してるのだはないかな?」


 こっち側が一方的に得している様な内容の提案に、またしても予想外にジードさんからグレイツさんの方に賛同してきたのだ。確かに、グレイツさんは俺の持っている素材を見る彼の眼はそれを肯定するには十分説得力がある。


「本当にいいんですか……?」

「……ん」

「……はぁ~。分かりました。それでお願いします」

「……あぁ。ネーア」

「ん? おや、もう話は決まったのかい? タイキ、あんたはうちにあんな高価な魔道具を幾つもくれるようなイイ奴なんだから、そのお返しとでも思っておくれよ。それに、うちの旦那の料理は嫌いじゃないんだろ?」

「はい!俺はこの店の料理は全部好きですよ!」

「ははは!いい返事だ!ほら、あんた!早速この子為に準備を始めるよ? タイキ、出来たらすぐにあんたのSkillで収納出来るんだろう?」

「はい、問題ないです」

「よっし!なら、明日からどんどん作っていくから、覚悟しときな?」


 ネーアさんはまくし立てるようにそう言うと、グレイツさんを連れて厨房の方に戻っていき、周囲で見ていた人達も直ぐにそれぞれのテーブルで騒ぎ始める。


 ネーアさん達が去った後、テーブルでそんな二人のぶっきらぼうだけど、凄く暖かな二人の対応にジードさんと互いに笑い合いながらジョッキをまた傾ける。そんな楽しくて、心が満たされていくような気持ちの良い時間を閉店時間まで楽しんだ。


 なお、この後俺が街を出ることを知ったモミから抱きつかれたり、帰って来たネイツがいきなりネーアさんと珍しくグレイツさんから拳骨を喰らって説教されることになった。

 更に、聞いていてネーアさんに何も教えていなかったダルガスとゴッタズの鍛冶バカとイココは、ネイツと同じ目に遭うだけではなく、俺が持って行く料理を作るための鍋や食器類を作るように強要される羽目になった。すまん、お前ら……




 そんなこんなで、あっという間に一ヶ月が経過し、ダルガス達から装備品を受け取って旅の準備が始まり、数日をかけて今まで世話になった人たちや、この街で仲良くなったら連中と別れの挨拶をして回った。


 そして、明日この街を旅立つ日の夜。子豚の尻尾亭を貸し切って、俺の送別会をすることになった。







「タイキの旅立ちを祝して、乾杯!」

「「「「カンパーイ!!」」」」


 ネーアさんの乾杯の音頭に、店の中にいる面々が手に持った杯を掲げる。


 現在、子豚の尻尾亭には俺の旅立ちと、再会を願った宴会が開かれている。



 ジードさんやネイツ、その同僚で顔見知りの警備兵の人達。この人たちは、ジードさんに冒険者になったことを報告とお礼をしに行った時から良くしてくれた人たちだ。


 冒険者ギルドからは、ギルマスのウォルフのおっさんから受付嬢のミーヤさん。何故か何回も行った合コンもどきを提案した職員の人や冒険者達がそれぞれで集まって飲み食いしている。この中には、俺に訓練を頼みに来るような奴らも居て、「最後に勝負だ、タイキ!」とか言い出す奴もいて、ちょっと迷惑だな……


 次にお馴染みの職人メンバー。鍛冶バカの二人は始まると同時に、他のドワーフ達と一緒に樽に入った酒をジョッキに注いで飲み始めた。早いよ!

 双子はお互いの奥さんを連れてきていて、俺の旅立ちと餞別にふかふかのタオルを何枚も持って来てくれた。実は奥さん達とも顔見知りで、旅経つと教えると色々とサービスをして貰ったことを覚えている。

 ジザ爺さんはお弟子さん達を連れて挨拶に来てくれた。お弟子さん達からは素材のことについて何度も何度も頭を下げられ、ジザ爺さんからはこっそりと丈夫そうな金属の入れ物に入った薬を渡されてしまった。入れて確認して、大いに頭を抱えそうになる代物だったのはお約束だ。

 フィーリムはお守りだと木で出来たブローチを貰い、イココは近場にあった料理を手当たり次第に食べまくっている。本当、こいつは変わらないな。


 最後に、この街でであった街の人達だ。特に多いのは店を持っている人で、肉屋を経営しているおじさんにはオークの肉を二頭分(一頭がだいたい200㎏)を渡して仲良くなったり、熱を出した行商人のお兄さんに手持ちの中級ポーションを飲ませて助けて友人になり、色々な屋台で大量の料理を買って顔見知りなった人たちなど、この街で楽しい生活をさせてくれた人たちだ。



「今日はうちの奢りだ!好きなだけ食って飲んできな!」



 ネーアさんの言葉に、店の彼方此方から歓声が上がる。

 これ、ただみんな騒ぎたいだけじゃないよな?


 そんな周囲の喧騒があるなか、モミや何人かの屋台を経営している人達が料理の載った皿を厨房から次々と持って来ている。そのどれもがスゲーいい匂いで、食べているのに腹が刺激される。


「はい、追加のお料理お待ちどおさま!ほら、タイキもどんどん食べなよ。今夜はタイキの送別会なんだから!」

「ありがとな、モミ。よっし、今日は食うぞぉ!」


 俺はモミが持って来てくれた各種様々な肉を焼いたり煮込んだりしたものが載っている大皿に手を付け始める。うん、どれも美味い!

 これら料理はグレイツさんのものから、自主的に調理に回った屋台組が各自で調理しているものだ。前にネイツが持って来たサンドイッチの屋台の人もそっちに回ってくれている。

 そんな彼らは、厨房に入った時に見た食器洗浄機やオーブンに対して大きな歓声が上がったのは言うまでもない。多分、この後イココのところに大量の注文が入るのは目に見えてるな。


 そんなことを考えながら、大皿の料理に舌鼓を打っていると


「おう、タイキ!飲んでるか!」

「やぁ、タイキ君。一つどうかな?」


 後ろから、片手にワインの入った酒瓶をラッパ飲みしながら上機嫌になっているギルマスでミーヤさんの父親のウォルフのおっさんと、そんなおっさんに肩を組まれながら同伴してきたジードさんが俺におっさんが持っているのと同じワインの入った瓶を軽く持ち上げる。どうやら、酒の相手を探していたらしい。


「はい、頂きます」


 ジードさんが持っていた二つの杯の一つを受けた取ると、直ぐに瓶から赤い液体が注がれ酸味と仄かな果実の香りが鼻腔を楽しませる。どうやら瓶の中身はワインだったらしい。

 前の世界で昔、俺が高校に入学が決まった日に母さんが飲んでいたいたのを一口貰ったことがある。

 あの時に飲ませてもらった物より酸味が強いけど、飲んだ後に残る後味は悪くはないな。


「美味い……」

「だろ? 俺が選んだ酒だからな、不味いはずがないな!」

「喜んでもらえたようでなによりだ」


 飲んだワインの味に俺がポツリと呟くと、ウォルフのおっさんが上機嫌で俺の肩を叩きだし、ジードさんも嬉しそうに自分の方の杯にワインを注ぎ一口飲むと頬が緩んでいる。

 このワイン、実はウォルフのおっさんが自分で持ち込んだ物らしく、瓶一本で金貨が十枚以上は飛ぶくらいの上物らしい。そんないいワインを湯水の様に飲んでるおっさんの豪快さに、俺とジードさんは呆れてしまっていた。もう少し味わって飲めよ。


「あなたー」

「お、すまねえ。嫁さんが呼んでるみたいだから、俺はあっちに行くわ。タイキ、今度戻ってきたらもう一度模擬さんやろうぜ!」

「誰がやるか!」


 もう二度とあんたとは戦いたくねぇよ!

 俺が苦々しく返事を返すと、それをどうとったのか判らい大笑いを上げながら片手を振って離れて行く。おっさんの向かう先には、ミーヤさんによく似た綺麗な女性が居て、おっさんが近づくと同時にその顔にアイアンクロウを喰らわせ、そのまま店の外に出て行ってしまった。あれ?何故にあの流れに?


「タイキ君。多分あのバカはこの酒を奥さんに内緒で買っていたんだと思うよ。それがバレて、あのまま家で折檻されるんじゃないかな」

「おっさん……」


 まさかの理由に俺はほとほと呆れてしまう。あのおっさん、本当に何がしたかったんだ?


「さて、あいつの置いて行った酒でも飲んで楽しもうか、タイキ君」

「……そうですね。ウォルフのおっさんの無事を祈りながら飲みましょう!」


 冗談を言いながら、俺とジードさんはワインと料理を楽しみ、周囲のどんちゃん騒ぎを聞きながらそんな楽しい宴会は夜遅くまで続いた。







 俺の送別会があった翌朝。俺はいつも通りの時間に目を覚まし、今日はそのまま井戸の方に向かう。

 昨夜はみんな潰れるまで飲食いして騒いだ後、そこまで酔っていない連中は家に帰って行ったが完全に酔いつぶれた方(その大半が冒険者だ)は、店内の椅子や床でいびきをかいてぐっすり眠ってしまっている。これにはネーアさんも「こりゃ、明日は店は休みかね?」なんて呆れた表情で笑っていた。


 そんな昨夜のことを思い出しながら俺は顔洗い、体を濡れた布で拭ってから旅用に選んで置いた冒険者用の装備に袖を通す。

 シャツやズボンは普段と変わらないが、その腰と太ももには剣やナイフを差し込む為の剣帯の付いたベルトを巻き付け、フード付きの外套を上着に羽織る。この外套も双子とイココが合作で作った物だ。

 これには丈夫さを重視して『シールドベアー』という腕に盾みたいな堅い甲羅が覆っていた魔物の皮で作られていて、打撃に強い性能があるとか言っていた。着心地もいいし、あいつらに頼んで正解だったな。


 服や装備を確認し、最後に偽装目的で【無限収納】から大きなリュックサックを取り出して担ぐ。

 因みに中にはちゃんと旅に必要な(普通の人達にとって)物を詰め込んであり、間違えて盗まれても問題ないようにしてある。まぁ、そうならないように普段はしまっておくけどね。


 準備が整い、俺は一度ネーアさん達に挨拶して行こうと思い、外から店の中に入ろうとすると



「おはよう、タイキ!」

「どうやら、準備は出来てるみたいだね」

「……ん」



 視線の先には、店の前で子豚の尻尾亭の面々がそこに立っていた。

 モミはいつも通りな明るい笑顔で、ネーアさんは腕を組んで頷き、グレイツさんは俺の顔をジッと見ている。そんな三人の顔を見て、俺の方も知らずに笑顔になってしまう。


「おはようございます。三人でどうしたんですか、こんな朝早く。今日はお店はお休みでしょう?」

「そんなの、タイキの見送りに決まってるじゃん!」

「そうだよ。それにあんたも、あたしらに挨拶してから旅立つつもりだったんだろう?」

「あははは、解ってましたか」

「当たり前さ!ねぇ、あんた?」

「……あぁ」


 そんな三人の言葉が嬉しかった。長いような短いような時間、この人達には一番お世話になったな。


 俺が内心でこの街での生活を思い出していると、正面からモミに抱きつかれる。


「……タイキ、帰って来るよね?」

「あぁ、またこの街に帰って来るよ。約束だ」

「うん、約束だよ!」


 胸元から上目づかいで見てくるモミに、俺は再会の約束をする。彼女は目の端に涙を溜めながら、笑顔を向けてくれる。これを見ると、妹のことを思い出すな。あいつ、元気にしてるかな……


 知らないうちに、俺はモミの頭に手を置いて優しく撫でていた。いきなりのことにモミは驚いていたが、特に何も言わずにされるがままだった。そんな俺が彼女の頭を撫でいると、ネーアさんがこちらに笑顔で右手を差し伸べていた。


「タイキ、あんたが無事にこの街に戻ってくることを待ってるよ。帰ってきたら、たらふく旦那の料理を食わせてやるからね」

「はい、必ず帰って来ます。その時を楽しみにしてますよ」


 ネーアさんの言葉に返事を返しながら、差し出されていた手を取って握手を交わす。

 すると、ネーアさんの後ろからグレイツさんが手を伸ばして俺の肩に手を乗せる。視線をそちらに向けると、表情は変わらないが彼は優しい眼差しでこちらを見ていた。


「……達者でな」

「はい。グレイツさんも、お体に気をつけて」

「……あぁ」


 グレイツさんが頷きながら手をどけ、ネーアさんも同じような握手していた手を下ろす。

 まだしがみ付いたままのモミの肩に手を置くと、彼女も俺から離れてくれた。本当に、この人たちにはお世話になりっぱなしだったな。


「それじゃ、行ってきます!」


「「「いってらっしゃい」」」


 俺は三人からの言葉を聞き、始めてきた時に通った門のある方に歩いて行く。

 心の中て、必ずまたこの街に戻ってくることを誓いながら。




 それからまだ朝の早い時間帯。朝靄がかかった中、俺の視線の先には始めてきた時と同じ大きな門がそこにあり、その近くにはもう警備兵の人が二人。他にも目視で判る人数で四人ほど固まっている。まだ門が開かないのだろうか?

 徐々に門に近づくにつれ、朝靄が薄れていき周囲が見えてくると


「あれ? ネイツじゃんか」

「おう、タイキ。やっと来たな!」


 門に居た警備兵の顔がハッキリ見える様になると、そこには昨晩かなりの量の酒を同僚たちから飲まされていたネイツと、一緒に楽しく飲んだジードさんという奇しくも最初にこの街に来て初めてお世話になった二人が立っていたのだ。


 それだけじゃない。さっき固まっていた四人の方を見れば、全員が俺のよく知った面々がこっちに歩み寄ってきている。

 先頭には冒険者ギルドで仲良くなったミーヤさん。その隣を顔の至る所に青痣が痛々しく残っている、ギルドマスターのウォルフ。そんなギルド関係の二人の後ろからはこれまたよく知る『叡智の英弓』を経営しているフィーリムに、薬屋をやっているジザ爺さんの職人二人がそこにいるのだ。これは流石に驚いた。


 まさかのことに俺が驚いていると、ミーヤさんが何時もの様に笑顔をこちらに向けてきてくれる。


「おはようございます、タイキさん。昨夜ぶりですね」

「おはようございます、ミーヤさん。ところで、ギルマスは大丈夫なんですか?」

「はい。昨晩のことで母からお説教があっただけですので、ご安心ください」


 うわぁ~、それであの顔中の痣なのか……ミーヤさんもだけど、そのお母さんもかなり怖いようだ。


「よう、タイキ。お前がこの街から出て行っちまうのは、ギルドとしても個人的にも残念でならねぇぜ。なぁ、もうこの街に永住する気はないのか? なんなら、住む家の手配から女の紹介もしてやるぞ?」

「いや、今から旅に出よおって時にそれはないんじゃないか? それに、家も恋人も自分で探すから結構だ。そんなお節介はごめん被る!」

「がっははは!確かにちぃと無粋だったな。ま、達者にな。死ぬんじゃねぇぞ?」

「おう、そう簡単に死んでたまるかってんだ。おっさんも、あんまり周囲に迷惑かけんなよ?」

「そうですね。これに懲りて、あのような事や周囲に気を配って下さい。そうしないと、三ヶ月のお小遣い無しが延長になってしまいますからね?」

「……はい」


 ウォルフのおっさんとの会話に割り込んでミーヤさんが言った辛辣な言葉に、おっさんは意気消沈したようにい項垂れてしまった。うん、やっぱりどこの世界でも女性は強いな!


 そんな会話していると、ミーヤさんとおっさんの後ろからフィーリムとジザ爺さんが俺の前に出てきた。


「タイキ。お前に渡した物について説明をし忘れていた。アレは私達が住まうエルフの国での身分を証明する物だ。それさえあれば、万が一にも問題は起きないだろう。大事に持っておけ」

「おぉ~。あのブローチって、そういうものだったのか。ありがとな、フィーリム。大事にするよ」

「ふん。私から渡したものだ、家宝として大事にしておけ」

「はいはい」


 なるほど、これはフィーリムなりに俺のことを考えて渡してくれたのか。表面上は適当に返してしまったが、この上から目線のエルフには感謝しとかないとな。

 フィーリムと俺が話している間、横でそんなやり取りをしているのを人好きしそうな笑顔で見ているジザ爺さんからも話しかけられる。


「タイキ君。本当にこの短い間、色々と世話になったね」

「いえ、世話になったのはこっちですよ。ところで、他の連中はどうしたんですか?」

「うむ、双子は仕事があると言っておってこっちには来れんかったよ。ダルガスとゴッタズの鍛冶バカとイココの奴はまだ店で寝とるのではないかな。まったく、あのバカ共は……」

「あははは……」


 予想はしていたが、あいつらマジで騒ぎに来ただけじゃないのか?

 鍛冶バカの二人はアホみたいに酒飲みまくってたし、イココの方も普段食ってる倍以上は軽く食ってたからな。そりゃ、こんな朝早くから起きて来れないだろうさ。


「まぁ、あのバカ共のことはいい。君がこの街を去っていくのは、私としても寂しくなるよ」

「俺もです。でも、何時か必ず戻ってきます。そうネーアさん達と約束しましたから」

「ふふふ、そうかそうか。なら、その日が来るまで長生きをせんとな」


 冗談めかしにいうジザ爺さんが笑うと、俺も釣られて笑いが零れる。それから少ししてジザ爺さんとフィーリムがミーヤさん達の横に並ぶように下がると、四人はそれぞれが屈託のない笑顔を向けてきてくれる。


「タイキさん、またお会いできることを楽しみにしています」

「元気でいろよ、タイキ!」

「タイキ、武器の手入れを怠るな。それらをお前の体の一部と思って扱え、いいな?」

「街に戻ってきたら、家に顔を出しに来なさい。その時は大いに歓迎するよ」


 四人からの言葉に、元気よく返事を返してからネイツとジードさんがいる門の方に近づいて行く。

 そんな歩いて来る俺の様子を見ていた二人は感慨深げにこっちを見たいた。


「その姿を見てると、あの時始めて見た奴とは思えねぇな」

「あぁ、もう立派な冒険者に見えるよ」


 二人からの言葉に俺は照れ隠しに頭を掻く。この街に来た時は、ボロボロの服だったからな。最初を知っている二人からすれば、確かにここまでしっかりした服や装備を揃えているのは感慨深いものがあるだろうな。


「タイキ君、門を通すために身分の確認をしたい。君の持っているギルドカードを提示してもらえるかい?」

「はい、分かりました」


 ジードさんからの指示に、俺は直ぐに【無限収納】にしまっていたギルドカードを取り出し、それを彼に手渡す。ジードさんは渡したギルドカードを、特にカードに填め込まれた菱形の白金の見ると自分のことの様に嬉しそうに表情を綻ばせる。それからカードに書かれている内容を確認し終え、それを俺に返してくれる。


「うん、問題はないね。タイキ君、冒険者は危険なことが多い。だから、決して無理だけはしないでくれ」

「はい、助言ありがとうございます、ジードさん」


 彼からの助言に素直にお礼を言い、二人で自然と握手を交わす。

 そんな握手を交わしていると、ネイツが俺の背なかを軽く叩いて来た。俺は肩越しに振り向くと、ネイツが子供のような笑みでこっちを見ていた。


「タイキ、お前この街に帰ってくるってお袋達と約束したんだろ? ならその時は俺とお前、ジードさんとで酒でも飲もうぜ」

「おぉ、それはいいな。その時は私が奢ろうじゃないか」


 俺がこの街に帰って来た際の予定を決めた二人は、軽く俺の背を押してくれる。

 振り返ると、ミーヤさん、ウォルフ、フィーリム、ジザ爺さん、ネイツとジードさんが俺に笑顔で門出を祝ってくれた。

 そんな彼らに俺は片手をあげ___



「みんな、行ってきます!」


「「「行って来い、タイキ!また会おう!」」」



 元気に旅立ちを伝え、それに明るく声を返してもらい、俺は門を潜って最初の街アーバイルを旅立った。












 だがこの時、俺はまさかみんなから送り出してもらったその日のうちにアーバイルの街にとんぼ返りする羽目になるなんて思いもしなかったのだ……

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