英雄転生編 06
双子の店『双子妖精の皮具店』から出た俺は、この街警備隊のネイツの実家で今お世話になっている料理屋『子豚の尻尾亭』に帰って来たのだが……
「あんた達、覚悟は出来てるんだろうね……?」
「「ま、まま、待ってくれネーア!?」」
店に入るや、店内ではネーアさんが憤慨した様子で腕を組み、彼女の正面に座らせている二人を睨み付けている。その座らされているのは昨日俺がミーヤさんから教えてもらい、武器を買おうと行った武器屋の亭主ことダルガス。隣にはダルガスに連れていかれた防具屋の亭主でゴッタズという鍛冶バカと言われているドワーフ二人組が、何故か正座して店の床に座っているのだ。
そんな店内の光景を入り口でボケっと突っ立って見ていると、俺の存在に気づいたネーアさんがこちらに振り向き、先程の怒りの形相を崩して笑顔で出迎えてくれた。
「おやタイキ、おかえり。今日もいい仕事はあったかい?」
「ただいま、ネーアさん。今日は先日の依頼報酬を確認しただけですよ。その後は例の双子の店で色々と相談してたくらいですね」
「そうかい。あの双子からまた変なことを強要はされていないかい?」
「はい、大丈夫。今日一日でかなり仲良くなりましたから」
「そいつは良かったじゃないか」
そんな朗らかな会話を立ったまましている間、床に座らされているドワーフ二人は俺の方に「助けてくれ!」と視線で訴えているが、俺はあえて無視してネーアさんの傍に近づいて行く。
「その双子の店からお土産です。普段付けてるエプロンが傷んでるように見えたので、四人分を作って貰ったので受け取ってください」
「……本当、あんたが来てからこっちは貰いっぱなしだね」
「俺からすれば、美味い飯が食えて、寝床を貸してもらってるんですから、こっちの方が得してますよ!」
「そんな風に言われると、今日もサービスしてやらないとね」
【無限収納】から取り出したお土産のエプロンを取り出して渡し、それを受け取ったネーアさんと軽く話をし、給仕をしていたモミにもそのことを伝えると、「本当!?ありがとうタイキ!」と嬉しかったのか抱きついてくるということもあったが概ね喜んでもらえたようで良かった。
そういえば、女の子から抱きつかれたのって母さんか妹くらいしか居なかったかな?あれ、これって普通だよな?
そんなこっちのやり取りを見ていた店内にいたお客さん達から、様々な感情が混じった視線が向られる。
「おい、あの女将とあんなに話すことの出来る若い奴なんていたのか?」
「それもだが、あいつ今さっき何処からあれ出したんだ?」
「ダルガス達もバカだよなぁ。早くつけ払えばいいのによ」
「あの野郎、俺のモミちゃんに抱きつかれるとか、羨ましい!」
周囲からの声を聞いている間も、ダルガス達は黙って床に座っているが、そろそろ限界らしい。体は小さいが、体格はガッチリしている為に短い脚に相当な負担がかかっているはずだ。それがどれくらい続いていたかは知らないが、このまま放置するのも可哀想なので一つ助け舟を出してやるとするか。
「ところでネーアさん。この二人、いったいどうしたんですか?」
「……あぁ、そこに座らせたバカ共かい?」
ネーアさんに二人について尋ねると、先程までの笑顔を若干顰められながら鋭い視線をドワーフ二人に向ける。本当にこの二人は何をしたんだ?
「こいつらはこの店にはよく来るんだがね、つけを一切払わないだよ。それが金額で金貨20枚もあるってのに、のうのうと店に現れて飯と酒を要求して来たんだ。それだけなら追い出すだけ良かったが……今回はあんたに、この店で一番のお得さんに迷惑をかけていることが問題なんだよ」
俺に説明しながら、周囲に聞こえるように大きな声で、特に後半部分を強調する。いや、俺そんな何かした気はないよ?
ネーアさんの言葉を聞いた周囲の客たちはいっせいに俺の方に視線を向け、次にそんな俺に何をしたのか気になりドワーフ二人の方と交互に視線が行きかう。
そんな彼らの疑問を直ぐに回答したのは、予想外にもモミからだった。
「そうだよ!タイキせっかく武器を買いに行ったのに、武器も売ってもらえないどころか、持ってた魔物の素材を取られたんだよ!」
いや、モミさん? その言い方だと、かなり語弊がありますよ?
……まぁ、そこまで間違っているわけでは無いが。
その話を聞いた瞬間、特に冒険者と思われる者達やこの店の常連たちから非難するような声と視線が二人に浴びせられる。
「あんたら、それでも鍛冶屋かよ?」
「そうよ!そんないい子から物を取るなんて、サイテー!」
「お主ら、同胞として恥ずかしいぞい……」
「だいたい、この店に迷惑掛けるんじゃねぇよ!このバカヤロー!」
店内からの非難する言葉の嵐に、直接言われている二人の肩が徐々に小さくなっていく。さ、流石にここまで言われ続けるのはヤバイな。
「皆さん、落ち着いてください!」
この騒動を一旦沈める為に、俺は周囲の声に掻き消されないように大声で語り掛ける。その結果、どうにか周囲から聴こえていた罵詈雑言が止み、視線がまた俺の方に向いた。
「確かに、この二人に魔物の素材を渡したのは本当です。ですが!俺は別にこの二人から恐喝されて奪われたわけではなく、その素材で俺の武器や防具を作って貰う為に渡したんです!だから、この二人を責めないでやって下さい!」
「「タ、タイキ……」」
俺の言葉を聞いた人達はまだ納得してはいないようだが、これで騒動が一段落したようだ。あのまま続いてたら、この二人がタコ殴りになってたかも知れないから良かった。その二人は自分達の危機が去ったことを悟り、俺に感謝の言葉を言おうとしている。
が、この二人の危機はまだ過ぎ去ってはいないようだ。
「それで? あんた達はこの子に対して、いったいどうするつもりなんだい?」
静かに成り行きを見ていたネーアさんの一言に、周囲の視線がまた二人の方に集まり、その後の言動に注目している。多分、ここで返答を間違えると悲惨な目に遭うと感じた二人は、焦りながらも今後どうするか答えていく。
「そ、そりゃ無論、タイキから預かった素材で儂が最高の武器を作ってやるさ!」
「わ、儂もじゃ!」
「ほ、本来ならばかなりの額が掛かるが、そこは今回迷惑を掛けたからな。料金は__」
「ほぉ~? あんた達は、この子から素材を受け取りながら、その上で金まで取るつもりなのかい?」
「「……」」
二人は俺に向って最高の物を提示すると宣言し、更に再作で掛かる金額も本来よりも格安で請け負うと言おうとする前に、ネーアさんからのキツイ一言に押し黙ってしまった。その反応に、周囲からは冷たい視線がまたしても二人に向けられてしまっている。
残念だが、この現状で無理に俺が何か言うと非難されそうだから何も言えない。
「……素材を持ち込めば、タイキからは金は取らん」
「儂らドワーフの誇りに誓う」
「素直にそう言ってればいいんだよ。それと、早くあんた達はつけを払いな。でないと出禁にするからね……?」
「「……はい」」
力なく答える二人の言葉を聞くと、ネーアさんとモミは抑揚に頷き、店内にいた客はやっと納得したのか、先程までの空気が嘘の様に彼方此方で楽し気な声に変っていた。
でも、流石に俺もこのままだと後味が悪い。いくら今回のことがこの二人に問題があったとしても、金銭もなしに仕事をやらされる上に、借金があるのは問題があるな。
俺はギルドで渡された白金貨を一枚取り出し、それを近くにいたネーアさんの手に持たせる。
「ん? タイキ、これはなんだい?」
「ネーアさん、あの二人のつけ、俺が立替てもいいですか?」
「……あんたはそれでいいのかい?」
「はい、構いませんよ。それに、いい仕事をして貰いたいですし」
「ふぅ~ん……んっ?!」
それっぽい理由を言うと、ネーアさんは呆れながら返事をして俺が渡して手に持っていた白金貨を目にした途端、信じられない物を見るかのように俺と白金貨を交互に見ている。
そんな彼女の行動を不思議がったモミがネーアさんの手に持っている白金貨を見て息を呑んで押し黙ってしまった。うん、やっぱりこの白金貨はあまり使わないようにしよう……
「た、タイキ。あ、あんた、これは……?」
「それはギルドの依頼料ですよ。まぁ、まだ余裕がありますから大丈夫ですよ」
「……本当に、あんたいったい何者なんだい?」
そのネーアさんから質問に、俺は苦笑いで返すことしかできなった。素直に異世界から来たことを言ってもいいが、単なる頭がいかれた奴ととられるだけだろうな、確実に。
更に質問をしようとする彼女だったが、店内の客から注文が入り、今まで固まっていたモミと質問し損ねたネーアさんが注文を取りに離れて行く。さて__
「皆さん、俺がここは持ちます! 今日は好きなだけ食って飲んでいって下さい!」
俺は周囲に聞こえるように声を掛け、【無限収納】から一枚金貨を手の中に取り出してからコインを上に弾き、空中でキャッチしてそれを見せる。それを見て店内から歓声が上がり、各テーブルから感謝の言葉や同席の誘いをかけられる。うん、みんな楽しそうだ。
「タイキ、お前……」
そんな店内を見ていると、後ろからか細い声で名前を呼ばれ、その声のした方に視線を向けると、ようやくネーアさんから解放されたダルガス達が立ち上がって俺に真剣な視線を向けていた。……足が産まれたての子馬の様に震えているのは指摘してやらないでやろう。
「ほら、二人も飲みなよ? 今日は俺が払ってやるからさ」
「……どうして、儂らのつけまで払ってくれたんじゃ」
二人に飲むように勧めると、ダルガスの代わりにゴッタズの方が俺にそんなことを聞いて来た。う~ん、そのことを聞くか……
視線を外さない二人に、俺は誤魔化さず、簡潔に教えることにした。
「単に俺の装備を作ってる時に雑念を入れて欲しくはなかった。以上」
「お、おい。流石にそれは__」
「いいんだよ。金の心配してたら、作業に集中できないだろ? 金は払えないから、これで勘弁してくれ」
「お前……」
二人は何か言いたげだが、せっかくネーアさんが仲介してあの結果になったんだし、それを俺が覆すのはそのやり取りが無意味になってしまうからな。これが俺の出来る最大の妥協点だろ。
俺は二人のがっしりした肩に手を置き、少し悪ぶった感じで笑顔をつくる。
「そんなに気が引けるなら、お前らが渡すのが躊躇うくらいの物を俺に作ってくれよ。それで、この借りはチャラにしてやるからよ?」
「っ!その言葉、忘れるなよ、タイキ?」
「おう、男に二言はないぜ!」
そんな古臭い言い回しで答えながら手を離すと、二人の顔は挑戦的な表情に変わり
「そこまで言うなら、儂らでも度肝を抜かすような最高傑作を作ってやるわい!」
「おうよ!そうと決まれば、まずは英気を養うため飲まねばな!」
「そうだ、酒だ酒!ガハハハッ!」
そんな最初に出会った時のような豪快な笑い声を上げながら、意気揚々と近くで飲んでいた他のドワーフがいるテーブルに向って行った。うん、どうやら気持ちは持ち直したかな?
ただ……向ったテーブルに居たドワーフに声を掛けると同時に、二人の顔面に鉄拳がめり込んだのは俺のせいではない。酒を飲む前に、まずはお説教からの様だ。ご愁傷様。
店に戻って最初の展開について行けなかったが、今は店内の至る所でどんちゃん騒ぎだ。
冒険者や仕事終わりの人達が我先にとエールやミード(蜂蜜で造ったお酒)を争う様に飲みまくり、基本的に若い年代の人達はグレイツさんの作る美味い飯を次々に注文しては空の皿を積み重ねていく。
俺もその中で飯を食いながら軽く酒も飲み、そんな光景を見て楽しんでいる。
何人かの人達からは「おう、飲んでるか?」と声を掛けられたし、酔っ払いからは「モミちゃんとはどんな関係だ?!」とか訳の分からないことで絡まれることもあったが、みんなのその顔は一様に笑顔だ。偶には騒がしいのもありだな、やっぱり。
ただ数は少なかったが、何人かの女性冒険者とか町娘さん達から「今度何処かに遊びに行きませんか?」とかお誘いを受け、予定が合えばと答えると嬉しそうに燥いで俺から離れて行ったのはよくわからなかったな。そんなと彼女達のやり取りを見ていたネーアさんの面白い物を見るような視線のも少し気になるが……
その後も、厨房から出てきたグレイツさんから食材の提供を頼まれたり、ダルガス達と冒険者達が飲み比べや腕相撲なんかをしてテーブルを壊してネーアさんから拳骨をもらったり、仕事が終わったネイツが常連の人達に捕まって飲まされたりと、そんな楽しい夜は皆が酔い潰れるまで続いた。
……予想以上の注文量で、更に金貨を数枚出したのはご愛嬌だ。
それからあっという間に五日が経った。
あの宴会があった翌日、俺はダルガス達の店で一日中俺専用の武器と防具についての案を練り、幾つもの俺が思いつくとんでもない武器から突拍子もないこと言いながら一日が過ぎた。
その際に俺が色々な武器を振り回されることが判明すると
「お前の注文以外に、儂らに作らせてくれんか?」
無論、俺は問題なかったのでそれを承諾し、全ての武器や鎧等を双子の店と同じ二か月後に納品すると息巻いていた。流石は職人。
その更に翌日、一日開けてギルドに行ってミーヤさんに依頼は無いかと尋ねたのだが……
「申し訳ございません。今現在、タイキさんがお受けできる依頼は一軒もございません。もし依頼が入り次第、今住まわれている子豚の尻尾亭に使いを出しますので、ご了承ください」
恭しく頭を下げてはいるが、要約すれば「何度来ても依頼はありませんから、大人しくしていてください」と言われてしまったのだ。まさかの冒険者になって数日で仕事がなくなるとは思いもしなかったよ。
それからは暇になるかと思ったが、そんなことは全くなかったよ。逆に慌ただしい日々だったね。
ギルドで途方に暮れているところに子豚の尻尾亭で一緒に飲んだ女性冒険者に捕まり、一日中色々な雑貨屋や売店を見て回りながら食事したりしてその日はあっという間に終わり、その翌日には町娘さん達が朝から店に訪ねてきて、同じように彼方此方の店に引っ張られて食事をしたりと大変だった。
だが何故か食事の会計の時になると、彼女達から奢られるということがあって驚いた。あれは俺が前に奢ったから、そのお返しだったのかな?
そのある意味デートもどきをしている間、周囲でそれを見ていた男達からはとんでもない妬みの籠った殺気をぶつけられていたからなおのこと疲れた……
次の日、パワフルな女性陣との街歩きが終わり、少しネーアさん達の手伝いを買って出ようとしたが……朝から押しかけて来た男性冒険者達に拉致られた。
しかも行き先はギルドの訓練場で、そこには多くの男性冒険者達がおり、俺を親の仇が如く睨みつけていているのだ。どうして拉致られたのか理由を聞いてみると
「「「「うるせぇ!この女ったらし!!」」」」
その後は男達の醜い嫉妬からの八つ当たりの相手をさせられ、一日が無為に終わる羽目になった。
因みにだが、この中には俺と歩いていた町娘さんに恋をしていた人たちも居たらしく、その娘に繋ぎを取ってみようかと提示すると、あっさり掌を返したのは何とも言えないな……
そんな無為なことがあった翌日、今度こそお店の手伝いをしようと思ったが、朝からギルドの男性職員さんが俺に用があると訪問していた。その要件を聞くと
「先日の訓練場での騒動に関することです。今回も依然と同じようにタイキさんは巻き込まれた側なのでお咎めはありませんが、その他の冒険者達からあなたに対して迷惑料を徴収し、その代金をお持ちしました」
職員さんから渡された大きな麻の袋はズシリと重く、中に入っているのが基本銀貨で、金額が金貨で13枚も入っていると言われて呆然とした。まさか、初めてギルドに行った時と同じように働いているつもりがないのに、自然と金銭を稼いでいたことに何とも言えない気持ちになってしまったのだ。
「そ、それと……実は、タイキさんに紹介して欲しい娘さんが__」
しかもちゃっかり冒険者達と約束した内容を何処から聞き出したのか、そんなことを言い出した。
俺は溜息を吐きながらそれを快諾し、夜に子豚の尻尾亭で合コンもどきをすると伝えると、何度も頭を下げて走っていた。
面倒なことになったと愚痴りながら、ネーアさんにそのことを伝えて了解を貰い、朝から町娘さん達に声を掛けて催しのことを伝えると快く快諾して貰えた。
そしてその日の夜、何人もの冒険者達やギルド職員さん達が店内で立食パーティーの様に片手に杯を持ちながら意中の相手にアタックしていた。
男性陣は自分をよく見てもらうために身ぎれいにし、女性陣はそんな男性陣の一喜一憂を見ながら品定めをしている。うん、女性は強いね。
今回の参加者達(基本冒険者達)から参加費を集めていたらしく、これまたかなり重みのある袋を三つも渡され、俺は朝の分と合わせて全てネーアさんに渡した。あんなに貰っても使いようがない。
この合コンもどきの結果、何組かのカップルが出来たことで今後も同じようなことをすることになり、その提案を出した俺に別口でお金が舞い込んでくることも知らず、その日も何とか終わった。
そしてあの宴会から六日目。思いもしなかった連日の慌ただしい出来事に、精神的に疲れた俺が二階から一階の店内の方に顔を出すと
「まったく。店も開けてないこんな朝っぱらからなんの用なんだい、ジザ爺?」
「すまんな、ネーア。こやつらがどうしても彼の青年に会いたいと言ってな」
「おい、まだそのタイキとやらは起きて来ないのか?」
「オレっちは早くそいつの持ってる素材が欲しいんだよ!」
ま、また朝から厄介な感じがする三人がテーブルを囲う様に座り、ネーアさんと話している。
一人目は背筋の伸びた清潔感のある白髪を短く切り揃えたお爺さん。白衣のような服を着ていて、ベテランの医師のような雰囲気を醸し出している。
二人目はエルフの男性。外見は俺と同い年くらいに見えるが、その態度は凄く偉そうだ。髪は後ろで括り、服装は動きやすさの重視したように見えるがかなり高価そうな刺繍が施されている。
三人目は一見少年の様に見えるノームと呼ばれる小人のようだ。服はお爺さんと同じような大きめの白衣を着てはいるが、至る所が解れていたりしてだらしない。性格も口調からかなり自己中なようだ。
うん、この三人に関わると厄介なことになりそうだな。か、関わり合いたくねぇ~。
俺は頭を引っ込め、一度厨房の方に顔を出そうと踵を返すと
「あ、タイキだ。おはようタイキ!どう?このエプロン似合うかな?」
後ろからモミが今日も元気に挨拶をしてくれる。彼女が今着ている服とエプロンは以前、双子の店で貰った物で服はネーアさんとモミに、エプロンはお店のみんなへのお土産であげた物だ。デザインはシンプルだが、機能性と実用性に優れた双子一押しの商品だそうだ。
そのモミの質問に返事を返そうとする前に、彼女の後ろからガタッ!と椅子から立ち上がる音が聴こえ、俺は恐る恐るその後ろに視線を向ける。先程まで座っていた筈のエルフとノームの二人が立ち上がり、その視線をモミ……彼女を通り越して俺に向け、まるで獲物を見つけた狩人のような眼で俺を見ていた。
そんな二人の様子に、ネーアさんとお爺さんが額に手を当てて「あちゃー……」といった感じで頭を振っている。いや、そんな面倒なことになったみたいな反応してないで、何とかしてくれませんか?
俺の思いも虚しく、立ち上がった二人はこちらに向って歩いて来る。
そしてモミの横を通り過ぎ、俺の正面に立つと
「貴様がタイキか? 貴様の持つ素材を私に譲れ。無論、どこぞの鍛冶バカ共とは違い、報酬は支払うから安心しろ」
「オレっちにも素材をくれ!それでいくらでも魔道具を作ってやるからよ!?」
直球だなおい?! こいつら、俺のこと素材としか見てないのか?
そんなこいつらの様子を見ていたお爺さんが、流石に見てられないと立ち上がり俺の方に歩いて来る。
「すまないね、タイキ君。この二人は君が持つ珍しい素材でそれぞれ作りたい物があるようでな、あまり悪く思わんでやってくれんか?」
「は、はぁ……?」
「おっと、名を名乗っておらんかったな。私はこの街で薬師をしておるジザという爺だ。気軽にジザ爺と呼んでおくれ。そしてこの二人は__」
「私はフィーリム。この街で『叡智の英弓』という弓と杖を専門に扱う店を開いている」
「オレっちはイココってんだ!この街一の錬金術師で、魔道具の制作や細工物が得意だ。素材をくれるなら、いくらでも魔道具を作ってやるぞ?どうだ?」
白衣のお爺さん改め、薬師のジザ爺さんはこちらを気遣う様に頭を下げてくれたが、他の二人はそれぞれの名前と要望を言うだけで全く悪びれた様子もない。そんな二人を見たジザ爺さんは呆れたように溜息を吐いている。うん、この人は苦労性なのだろうな。お年寄りだし、この人には優しくしてあげよう。
密かにそんなことを心の中で決めていると、ジザ爺さんが今回俺に会いに来た理由を説明してくれる。
「実はな、今日ここに来たのは君にお礼を言いに来たのだよ」
「お礼、ですか?」
「うむ、そうだ。実は私とそこのイココはギルドに依頼を出しておってな、その依頼を達成してくれたのがタイキ君、君だったんだよ」
「そのお礼を言うために、わざわざ俺に会いに来たんですか?」
「あぁ、そうじゃよ」
ジザ爺さんは柔和な微笑みで俺の疑問に頷き、他二人のことも教えてくれる。そうやらこの人が三人の中でまとめ役みたいな役目なのだろう。
「実はな、以前にダルガスから君のことを聞いておってな。ギルドからの依頼達成の通知が来た際に、その達成者の外見がダルガスの話す若者、つまり君と一致してな。それを聞いた二人は「自分達も素材が欲しい」と言い出し、私が君の元に訪ねる際に同行することになったのだよ」
「ふん、私は一人でもよかったのだがな」
「オレっちだって問題なかったぜ?」
「……お主らだけで行かせれば、ダルガス達の二の舞であっただろうに、よく言えるのう?」
目を細め低い声でジザ爺さんが告げると、二人はそっと視線を明後日の方に逸らす。おい……
「はぁ~……まったくお主らは、もう少し落ち着けんのか?」
ジザ爺さんは二人の反応に、大きな溜息を吐きながら頭痛を抑えるように頭を振る。本当に大変だな、この人……
「と、ところで、ジザ爺さんは何か素材が欲しかったりしないんですか?」
「ん? まぁ、私も薬草を弟子たちの練習用に欲しいが……」
「なら、俺が幾つか持ってますからお譲りしますよ」
「いいのかね?」
「はい、俺が持ってるよりも、必要としている人に渡した方が役立ちますから」
「……すまぬな、タイキ君。その申し出、有難く受けさせてもらうよ」
こっちからの提案に、一瞬驚いたような表情をしたジザ爺さんだったが、直ぐに嬉しそうな表情で返してくる。これくらいのいいことがあっても、罰は当たらないだろう。
「お、おい!オレっち達のことを忘れんなよ?!」
俺をジザ爺さんがこの後のことについて相談しようとすると、いきなり横からノームのイココから声が上がる。いや、お前ら二人は後でいいと思ったんだが……
「めんどくさいなぁ~……」
「おいー?!」
「そこの騒がしい研究バカは捨て置け。それよりも、私の方とも交渉をしようではないか、タイキとやら?」
「ふぃ、フィーリム!?て、テメェー……!」
更にイココの横から割り込んできたエルフのフィーリムが勝手に交渉を始めてしまう。
「私が望むのは弓の素材。その報酬は貴様から貰い受けた素材で出来た弓を数弓と矢、あるいは杖だ。この私が手掛けた物は本来ならば金級でも手に出来ないのだが、今回は特別に貴様に報酬として私の弓をくれてやろうではないか。光栄に思うといい」
「ゆ、弓に杖……?」
俺はその提示された報酬に思わず唸ってしまう。だって、俺今まで弓なんて持ったこと無いし、杖って魔法を使うための物だから、魔法が使えない俺からすれば無用の長物だ。そんなの貰っても【無限収納】の肥やしになるのが落ちだろ?
その俺の思いが表情に出ていたのか、フィーリムの眉間に皺がよる。
「どうした? これ程の報酬を提示しているのだぞ。何故そのような顔をする?」
「いや……俺は基本近接だし、弓なんか持ったことすらないんだよ。それに、杖の方も魔法が使えないのに貰っても意味無いしさ」
「……なに?」
「おいおいおい!流石にそりゃおかしいだろ?」
フィーリムが訝しむような眼で俺を見ると同時に、今度はイココが横から放しに割り込んで来た。
「お前は確か珍しい魔法が使えるんだろ? それが何で魔法が使えないってことになるんだ?」
「あ、あぁ~、そのことな……」
ここで本当のSkillのことを言うのはマズイな。適当な理由でもでっち上げるか……
「……実は俺の魔法、かなりの魔力を喰うんだよ。それも、他の魔法を使えなくなるくらいに、な」
「そんなことありえるのか……?」
「残念だが、これは事実だよ。俺はまともな魔法が使えない。これ、絶対に他の奴に話すなよ? 話したら素材の話は無しだからな?」
「わ、分かった……。フィーリムとジザもいいよな?」
「……よかろう。そう言うなら、このことは口外しないと誓おう」
俺の適当な話を聞いて、イココは焦りながらも承諾し、フィーリムも抑揚に頷いて同意。ジザ爺さんもこちらを真剣な眼差しで見据えながら、同意の意思表示に頷いてくれた。よし!これで変に魔法が使えないことで怪しまれなくて済むぞ!
それから今日は三人の店や家に向い、細かいことは後で決めると話し終えた三人は子豚の尻尾亭を後にした。今日も一日頑張るか……
朝の支度とグレイツさんの美味い朝飯を食べた後、俺は冒険者区にあるあの三人の店を近い順に回っていくことした。流石に遠回りするのは効率悪いだろうしな。
まず最初に向うのはジザ爺さんの店だな。確か通りの入り口付近に店を構えているって言ってたな……お、あったあった!
言っていた通り、通り入るとフラスコ様な物が描かれた看板を掲げたお店がそこにあった。その店前では俺より若い男の子が箒を持って店の前を掃いていた。
「すみません、少しいいですか?」
「あ、おはようございます。当店に何か御用ですか?」
「はい。先程ジザ爺さんからこのお店に来て欲しいと言われて来ました、タイキと言います。ジザ爺さんは戻ってますか?」
「あぁ、あなたがそうでしたか!はい、師匠なら店の中に居ますよ。どうぞ、お入りください」
男の子は俺のことをジザ爺さんから聞いていたのか、直ぐに店の扉を開けて招き入れてくれる。「師匠!タイキさんが来られました!」と、箒を持ったまま店内に入って行きながら声を掛ける。
そんな彼の後ろについて行き、俺も店内に入る。最初に入ったと同時に、鼻腔を刺激する薬品臭。視線には棚に液体の入った試験管のような物が所狭しと並べられ、それぞれ種類別に陳列しているようだ。色も様々で、濃い緑から淡い青、どぎつい物で毒々しい赤紫色の用途不明な液体まで置かれている。
不思議な店内の光景が面白くてついつい視線を彷徨われていると、店の奥にあったカウンター横の扉から先程別れたジザ爺さんが微笑みながらこっちに近づいて来る。
「すまないな、タイキ君。今朝のこともだが、今回の申し出についても」
「いえ、大丈夫ですよジザ爺さん。それより、薬草は何処に出せばいいんですか?」
「……君は不思議な青年だ。では、こちらに来てもらえるかね。 店の奥に作業場があるから、そこに出してもらっても?」
「分かりました。それじゃ、お邪魔します」
「ははは、私がここに呼んだのだ、邪魔なはずがないよ」
朗らかに返してくれるジザ爺さんの後に続き、俺と先程あった男の子はカウンター横の扉から店の奥に入ってく。
店の奥は薬品を作るであろう道具が綺麗に整理して置かれ、中央には作業台、向って右端には魔女が使うような大きな窯と鍋が置かれている。
「ではすまないが、この作業台の上に薬草を置いてくれるかね?」
「分かりました。ところで、薬草の種類は何がいいですか?」
「ふむ、そうだね……」
ジザ爺さんが作業台に手を置き、そこに出すように言うのに対して、俺は何か要望が無いか確認する。流石に手持ちにある使えると思った草が何に使われるまでは判らないしな。
そんな俺の問いに、ジザ爺さんから幾つかの薬草の名前が上がり、直ぐにリストを確認したが問題なさそうだった。直ぐにそれらを作業台の上に種類別に分けて取り出す。少しサービスで量は多めだ。
いきなり現れた薬草の山に、ジザ爺さんも男の子は驚いて目を見開いていた。が、そこは年の功か、直ぐにジザ爺さんが薬草を幾つか手に取って何か確認を始める。全ての種類の確認が済むと、男の子に薬草を倉庫にしまう様に指示を出し、それを聞いて放心状態だった男の子はすぐさま近くの棚の中から幾つかの麻の袋を取り出して薬草を入れていき、大きく膨れた袋を担いで何処かに行ってしまった。それにしても、あんなに慌てなくてもいいのに。
「タイキ君。今日は本当にありがとう。これであの子達の練習が捗るよ。それで、今回の薬草に対する報酬なんだが……」
「そのことなんですが、報酬はさっきの薬草で出来た薬でいいですよ。練習で出来た物でも十分ですから」
「うむ、実はそのことで問題があってな」
ジザ爺さんからの報酬に関する話になり、正直俺は報酬は必要なかったが、相手が気にするだろうから練習で出来た物でいいと提案するが、少し困ったような顔しながらその理由を説明してくれた。
何でも、このジザ爺さんのお弟子さん達が作る薬(皆さんお馴染み、ファンタジーな飲み薬「ポーション」である!)はお金の無い鉄級の冒険者達の為に安く提供している為、いくら練習で出来た物でもかなりの数が必要らしい。その為、今回の報酬にそれらはでは支払えないと言われてしまったのだ。それと同じで、店内にあった物もランクの低い冒険者達の為に残して置きたいため、こちらも報酬としては提示できない。いや、これもう報酬いらなくないか?
俺が報酬はいらないことを告げようとする前に、ジザ爺さんが部屋の中にある頑丈そうな棚の中から一つ大きな木箱を作業台の上に置く。置く際に何かガラスのような物が擦れる音がし、どうやら箱の中身はポーションの類らしい。
「先程も言ったが、店の中に置かれた物や、今回貰った薬草で出来た物は君に渡すことができない。そこで、代わりにこの箱の中に入っているポーションを君にあげよう。なに、心配はいらない。この中身は正真正銘ポーションが入っている。報酬としては少ないが、これを受け取ってはくれんかね?」
そんなことを言いながら、その表情は本当に申し訳なさそうにしながらこちらを見ている。
……これは、貰わないと失礼だろうなぁ。
「分かりました。それじゃ、これは有難くいただくことにします」
「あぁ、受け取って貰えてよかった。本当に、今日はありがとう、タイキ君。また何時でも家のお店に来なさい」
「はい、また来ます!それじゃ、これからフィーリムのところなのでこれで失礼しますね」
「うむ、またおいで」
最後に人好きそうな笑顔向けてくれるジザ爺さんの言葉と薬の入った木箱を【無限収納】の中にしまい、俺はジザ爺さんの店を後にした。
ジザ爺さんの店からフィーリムの店、『叡智の英弓』に向っている道中。先程貰った木箱の中身を確認していなかったことを思い出し、歩きながら頭の中でリストを確認して視ると
・薬品の入った木箱
(ギガヒールポーションx30 ギガマナポーションx10 上級解毒薬x9 筋力強化薬x1)
な、なにしてんだ、あの人は?!?!
いやいやいやいや! これ、絶対俺に渡していい物じゃないだろ?!
俺はすぐさま来た道を引き返し、ジザ爺さんに木箱の中身についてとその返却を言ったのだが、「それはもう君の物だ。気にせず持っていなさい」っと言って受っとてもらえなかった……
まさかの報酬のデカさに困惑しながら、俺は再びフィーリムの店に向うべく歩き出した。
「……遅いぞ。早く入れ」
俺がフィーリムの店に着くと同時に、店の前で壁にもたれかかりながら立っていたフィーリムからの第一声がこれである。無愛想すぎるだろ、おい。
そんな俺のことなど気にした様子もなく、フィーリムは扉を開けて中に入ってしまった。仕方なく俺はそいつの後を追う形で店内に入り、その光景に首を傾げた。
何故か店内には何も置かれていないのだ。それどころか、カウンターすらない。
間取りはジザ爺さんの店と変わらないのだが、ここまで閑散としてしると、逆に心配になってくる。
そんなこちらの心配をよそに、フィーリムは更に店の奥に向かう扉を開けて入ってしまう。あいつはマジで何がしたいんだ?
渋々俺はフィーリムが入って行った扉を開け、中に入ると
「……おぉ~」
そこに映る光景に、思わず感嘆の声が出てしまう。
視界に入って来たのは多くの弓と、筒の中に入れられて吊るされている矢。綺麗に整理された棚には様々な形の枝、多分アレが杖なのだろう。そして一番奥に外に出るため用の扉に、作業をする為の台と素材を置くために別の棚が置かれている。
その中に入って至る所に飾られた弓たちを興味深く見ていたのだが
「おい、間抜けな顔で突っ立っているな。付いて来い」
フィーリムから投げかけられた言葉に、俺は一気に気分が悪くなったように感じた。いや、もっと言いようがあるだろう?
もうそんなフィーリムの言動に飽き飽きしながらも、俺はその後をついて外の扉を抜ける。
外に出ると、そこは予想していた通りで、離れた場所に丸型の的と人型にした丸太の人形が幾つも置かれていた。どうやらここは弓の試し撃ち、狙撃場みたいな場所のようだな。その光景を黙って見ていると、フィーリムが手に弓と矢の入った筒を持って俺の方に歩いて来ていた。
「これを使って、あの一番奥にある的に当てろ。それが出来れば、お前に与える報酬のランクを上げてやる」
最初と変わらない上からな発言にもだいぶ慣れ、俺は差し出されていた弓と筒を受け取る。
弓は初めて持つが、かなり軽いし、弦を軽く引いてみると綺麗な弦楽器を奏でているような澄んだ音が鳴る。矢の入っている筒にはベルトがついていて、それを感覚的に腰につける。その際に、少し筒を右腰のやや後ろに位置するような場所にしておく。
その行動に、フィーリムは感心したように頷くと直ぐに指示した的に向って矢を放つように強要してくる。
俺はその言葉を聞き流し、筒の中から一本の矢を取り出して弓につがえる。
左手に持った弓を横に構え、矢をつがえた弦を引ける限界まで引いて目標の的に視線を向ける。
的までの間、途中で幾つもの人型の的があり、その合間にあるかないかの細い隙間があるだけだ。これ、俺の報酬を下げる為の柵じゃないのか? 俺は構えた状態から腰にある筒の方に視線を向け、そこに入っている矢の本数を確認する。全部で……7本、か。
確認を終え、視線をまた奥の的に定める。
俺は何度か深く呼吸をし、精神を研ぎ澄ませる感覚を掴んでいく。
これは何度も森の中で身を隠す時によく使ったり、たまに一撃で相手を沈める際にも何度か使った精神統一の一つだ。これをするかしないかでは相手に宛てる一撃の差が違ってくるほどに鋭く、力強い。
森の中で幾度としてきたその行動と連動させ、俺は最初の一射を……放つ。
その一射目は思った以上に手前の的、左側にあった人型の的。その右肩に深々と突き刺さっている。
だが、そんなことは気にせず、続けざまに筒の中から矢を今度は二本同時に取り出し、連続で放つ。
二射目は一射目よりも奥にある的の頭部に刺さり、三射目は更に奥にあった丸型の的のど真ん中に命中した。でも、フィーリムが提示したのは一番奥の的。なら、俺はその上をいってやろうじゃないか……
残りの矢は4本。俺はゆっくりとした動作で、筒の中から一本矢を取り出し、流れるような動作で矢を弓の弦につがえ、一気に引き……放つ!そして__
ストッ!
指定されていた奥の的、そのど真ん中に当てることができた。
まぁ、まだこれで終わらせるつまりは無いがな。
俺は残りの矢を全て取り出すと、それを連射して放つ。その全ての矢は奥の的に刺さっていた矢尻に的確に当たり、最後には的が縦に割れて地面に落ちる。
その結果を確かめた俺は肩の力を抜く。はぁ~、疲れた~。流石にあれを維持し続けるのは無理だわー。
ふと、先程から隣で見ていた筈のフィーリムから何も声が聞こえていない……いや、微かに音は聴こえてきている。
恐る恐る隣にいるであろうフィーリムに視線を向けてみると
「クク……ククク……」
口元を抑え、愉悦交じりの笑いを堪えていた。こわっ?!
「お、おい、フィーリム? だ、大丈__」
「タイキ。貴様、確か弓は持ったことがないと言っていたな? 何故、あのような戯言を言ったのだ?」
「あぁー、それか? 実は……」
俺は別に隠すつもりも無かったし、ダルガス達に教えた様にどんな武器でも使えることを伝えると
「ククク、そうか、いかなる武器でも使いこなす、か……タイキ!直ぐに私が言う素材を出すのだ!」
「い、いきなりどうしたんだよ?」
「決まっていよう!この稀代の弓職人たる私が、貴様に至高の弓を手掛ける為に決まっておろうが!? そして、私が手掛けた弓で貴様とこの私の名を世に轟かせるのだ!フハハハハハ!」
「え、えぇ~……」
急に壊れだしたフィーリムに言われるがまま、俺は幾つもの弓に使えるらしい魔物の腱や骨、森の中で採って来た木などをその場に置いて行き、そそくさと『叡智の英弓』を後にした。あれは関わらい方がいい分類だな……
次に向っているはイココが指定した場所で、彼の研究所兼自宅らしい。そこは冒険者区の最奥に位置し、昔は貧民街と呼ばれたスラムだった区画の一角にあるという。
因みに、何故スラムだったと過去形なのかというと、それは魔族による街の改革によるものだ。この街を始めて歩いた際に見た清掃員のような人たちは基本スラムに住んでいた働けなくなった人や戦争孤児、他にも事情があって働けなくなった人たちが集まった区画だったらしく、日常的に犯罪が横行していたそうなのだ。
だが、それも魔族が別の大陸からこの大陸、そしてこの街に来たことで改善された。
多くの社会から弾かれてしまった者達を率先して雇い入れ、普通の者達なら受けない汚物の処理から街の清掃などを完全に別の仕事として確立させ、それによる働ける者を確実に増やし、犯罪の低下と疫病などの予防が出来るようになったのだ。
その為、今この区画は貧民街ではなく、『清掃職区』と言われる領主公認のれっきとした治安の良い区画である。
俺はそんな区画にいる人々とあいさつを交わしながら、イココの家について聞いてみると
「あんた、あそこに行くつもりなのかい? 理由は知らんが、止めた方がいいぜ?」
「おいおい、マジであの頭のいかれた奴の家に行くのか? 死んでも知らねえぞ?」
「おにいちゃん、あそこはね、『あたまのねじがはずれたひと』がすんでるんだよ?」
「おや、衛兵にやっと通報が通ったのかい? とうとうあの騒音を聞かなくて済むよ」
道行く人達からそんな話を聞いて不安が蓄積されて行きながら、俺はイココの家に向かう。てか、あいついったい普段から何をしでかしてるんだよ? しかも子供から「頭のネジが外れた人」で認識されてるとか、どんだけやらかしてんだよ。
それから陽が丁度天辺に上った時間に、俺は指定された場所に着くことができた。できたのだが……
「これ……ごみ屋敷じゃないのか?」
俺の目の前にある建物は、今にも崩れそうな外観と周囲に散乱した用途不明の物が置かれている見たまんまごみ屋敷のそれだった。
まさか、こんな処に住んでるのか? 周囲の何人かの人達が遠目でこの家から離れようと小走りに走っている人までいるぞ。
正直今すぐにでも帰りたいが、俺は腹を括って扉を叩く。
「おぉーい。イココ!言われた通りに来てやったぞ?」
扉の向こうにいるであろうイココに向って声を掛けたが、一向に反応がない。おい、呼んどいて留守とかないよな? それから何度か扉を叩いてみたが、それでも反応がなかった。仕方なく扉のドアノブに手をかけて捻って見ると、扉はあっさり開いてしまった。おいおいお、あいつは防犯意識はないのか?
イココに内心で呆れながら扉を開け、家の中に入る。そこには……
「……」
床でうつ伏せで倒れているイココの姿があった……てっ、そんな呑気に見てる場合じゃなかった!?
「お、おいイココ、大丈夫か?! しっかりしろ!」
俺はすぐさまイココの元に近づき、軽く体を揺する。ここで無理に抱きかかえたり態勢を変えると、間違って大惨事に繋がると考え、これでこいつの反応をみる。だが、俺が揺すってもこれといった反応がない。朝、あれ程元気だったのに、いったい何があったんだ?
そんなまさかのことに取り乱していると
グギュルルルル~~~……
イココの腹の辺りから、間の抜けるような腹の虫が鳴っている。ということはつまり……
「単なる空腹かよ!?」
「ふげっ!」
俺はあまりにひどい理由に思わず頭を平手で叩いてしまったが、これに関して俺は悪くない。紛らわしい倒れ方しているこいつが悪いのだ。
その後、イココと俺は以前ギルドの酒場で購入していたコカトリスのローストを【無限収納】から取り出し、二人で昼食を摂ることになった。食事の間、何故あんなところで倒れていたのか聞いてみると
「いや~、最近新しい研究の為に素材を購入したは良かったんだが、生活費が無くなっちまってな!ここ七日くらいまともな飯食ってなかったんだわ、あははは!」
そのどうしようもない理由を聞き、俺は呆れてお溜息を吐きながら軽くデコピンをこのバカに喰らわせる。
こいつといい、さっきまで合っていたフィーリムやダルガス達、双子といい……職人っていうのは、こんな周りが見えなくなる上に、他のことを忘れるのが平常運転なのか?
俺がほとほと呆れている間も、イココは俺が出せる料理を詰め込めるだけ腹に収めていく。いったいその体のどこにそんな量が入るんだ? 買っといたローストを一人で40人前くらい食ったぞ?
ドン引きするくらいに飯を食ったイココは、腹を摩りながら満足そうにしている。おい、後で食った分は請求するからな?
「ふぅ~、食った食った!ありがとよ、タイキ。あのままだったら餓死するところだったぜ!」
「はいはい、そうかよ。食った分の金は後で返して貰うから?」
「ゲェッ!マジかよ?!」
「マジだ。それより、素材が欲しくて俺をここに呼んだんだろ? イココには何を出せばいいんだ?」
「おぉ、そうだったぜ!オレっちが欲しいのは、魔道具の素材になる魔物の臓器と骨、それと魔石だ!」
飯の代金のことをいったら顔を顰めたが、素材の話を振ると直ぐに笑顔に変えて要望を提示してくる。こいつ、見た目が小学生くらいだが、行動がダメ人間過ぎるだろ……
まぁ、それはいいとして、どうやら魔道具を製作するには言ったような物が必要なのだろう。だが……
「なぁ、ずっと気になってたんだが、その魔石って何なんだ? なんで魔物の体の中にそんなのが入ってるんだ?」
「はぁ~? お前、そんなことも知らないのかよ?」
ただ魔石のことについて聞いただけなのに、イココの奴は心底呆れたような顔で俺の方を見ている。いや、普通は疑問を持つだろ? どうして魔物だけにあんな石ころが体内に、それも心臓や頭部といった大事な器官のある場所にだけあるんだよ。
そんな奴は俺が若干不愉快そうな反応をすると、やれやれと言いたげに肩をすくめる。うわ、腹立つ!
「まったく、タイキは無知だなぁ~。いいか? 魔石ってのはな、魔物が産まれる際に必ず体内に生成される魔力が結晶化した物だ。これに関しては学者共の間でも色々と議論がされているが、基本は魔物が産まれる場所……空気中に存在する魔素が異常に密集する際に何かしらの原因でそれらが集まって、それが圧縮して魔石になる。魔石の大きさと魔物の強さはその魔素の濃度によって変動し、弱くて小さければ小粒で魔力量は少なく、逆に大きいか強いかすればその分デカくて膨大な魔力が詰まった魔石が出来上がるってわけだ!
どうだ? 少しは分かったか?」
「う~ん……何となくだが分かった。でも、なんで魔装具造りにその魔石が必要なんだ?」
「あぁ、それは他の素材を触媒にして、魔石からその魔力を取り出して発動させるのさ。素材と魔石をどうやって使うことで魔道具が動くのか説明してやりたいが……ま、説明したところで、直ぐには理解は出来ないだろうからそこんところは省くぜ?」
「そうだな。お前に言われるのは何だか腹が立つが……」
「んじゃ、そろそろ素材出してくれよ。オレっちはダルガス達から話を聞いてから、この日を今か今かと待ってたんだからよ!」
「へいへい、わーたよ」
魔石についての説明を聞いてはみたが、まったく原理が理解出来ない。魔素なんて初めて聞いたぞ? 手紙の中にも書いてなかったし、魔物の定義くらいしかなかった。どうやら、この世界についての説明も、何処か疑わしくなってきたな……
説明を終えて、イココは急かすよう素材を出すように催促する。俺は適当に返事をしながらその場で出せる素材は近くに置かれたテールの上に出し、容器が必要そうな素材については、イココに何か入れ物を出すように言ってから、持ってきた物に眼球や心臓、胃袋などと次々に入れていく。
「うっひょー!こんだけありゃ、今まで試せなかった作業が出来るぜ!ただ……なんで魔石はこんなに小粒ばっかなんだ?」
「そりゃ、魔石はギルドで高く売れるんだぞ? そんな高価な物、ポンポン渡すわけないだろ?」
そう、実は魔石はかなり高額で買い取ってもらえるのだ!どうも最近では魔石の相場が上がっていて、ゴブリンからでも取れる小さな魔石でも銀貨一枚で買い取ることもあるらしいのだ。ならば大きな魔石なら信じられないような金額になるのは必然だ。そんな物を、合って間もない奴に渡すとかまずありえないだろ。
そのことをイココに言ったのだが、こいつは不服そうにブーブーと口を尖らせて俺に不満を隠さずに言ってくる。
「おい、そんなこと言ってると、さっき出した素材全部持って帰っちまうぞ?」
「そ、それは困るぞ!」
「それと、さっき食った飯の代金、更に今回の報酬についても何も言ってなかっただろ? 朝に店で言っていた報酬だけだと、残念だが持って帰って他の人のところに持って行くしか__」
「ま、待て待て待て、お願いだから待ってくれ!? た、頼むよ!こんな潤沢な素材を手に入れる機会なんて、もうないんだ!お願いだよ?!」
「……なら、せめて飯代の代わりになる物はないのか? 俺だって、意地悪して言ってるわけじゃない。また金が無くて、ぶっ倒れられるとこっちが迷惑するんだよ。出来れば、金銭管理をしっかりしてもらわないとな」
「ウグッ……」
先程まで不満たらたらなイココも、俺が若干脅迫まがいなことに加え、こちらが迷惑を被ることを素直に伝えると直ぐに押し黙ってしまった。
こいつ、金があるとまた生活費を減らしても何処からか素材を買ってしまうだろうから、それで俺が作って貰うはずの物が出来上がるのが遅れるのはごめん被りたいのだ。その理由で、高価な大きい魔石もおいそれと渡して言い訳がなかった。
「……そ、それなら、軒先に置いてあった試作品を全部やる!それで飯代と素材に対する前払いってことに……!」
「あのガラクタの山を、か?」
いや、流石にそれはないだろ?
どう見ても何の役にも立ちそうにない物から、用途不明な物が無造作に置かれてたんだぞ? それを報酬の代わりにするとか、こいつ正気か?
あまりの内容に、俺がうさん気にイココを見ると、こいつは慌てて俺に弁明をしだす。
「あ、あれらも正真正銘の魔道具たちなんだよ?! __まぁ、殆どが失敗作なんだが……」
「失敗作かよ?!」
「だ、だが、そこはオレっちが手掛けたもんだ!性能は保証するぜ!」
「……はぁー、分かった。もうそれでいいよ。その代わり、頼んだものはしっかり作ってくれよ?」
「よっしゃー!ありがとよ、タイキ!」
「へいへい……」
そんなこんなで、イココから軒先にあった何だかわからない道具を全て貰う(これ、ゴミを押し付けられてないか?)ことになった。
話が決まると、俺達は夕方になるまでどんな魔道具を作って貰うか話し合いが終わり、イココの家から帰る際に道具を回収しから漸く子豚の尻尾亭に疲れて重くなった足取りで帰ることになったのだった。
あぁ~、もう当分はイベントは結構ですので、のんびりさせてくれぇー……