表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界物語  作者: 成成成
6/21

英雄転生編 05


 昼を過ぎ、俺はようやくミーヤさんの『ギルドお勧め店の紹介』から解放され、街の通りを歩いている。


 ま、まさか、あそこまで熱く語るとは思いもしなかった……

 武器屋と防具屋を選ぶ際に必要だと俺の戦闘スタイルから、その際に使う武器について細かく質問攻めを受けた挙句、今着ている服がネイツからの御下がりだと判ると、「そんな服は早く捨ててください。あなたまで脳筋がうつってしまいます」なんて言って、安いうえに仕立てまでしてくれるお店を勧められるくらいだ。

 そのお陰で、これから向かう店が決まったのだから、文句は言わない方がいいだろうな。うん。


 あ、昼はちゃんと摂ったぞ? 流石に食わずに日中歩き回るのはもう森の中でこりごりだからな。

 昼食はギルドの酒場でミーヤさんを誘って食べたよ。あそこまで色々と教えてもらったわけだし、ちょっとしたお礼のつもりで、だ。ミーヤさんは一度断ったが、俺がそう言うとなんとか承諾を得られた。これは決して下心があるからじゃない、心からの感謝だ!ネイツの彼女をかどわかすつもりは毛頭ない。


 昨日会ったウエイトレスのお姉さんに同じ注文を取り、ミーヤさんもサンドイッチなどを注文した物を食べながら、冒険者に大切なことや、上手くギルドと付き合っていく方法なんかを話しながら昼食はあっという間に終わってしまった。

 食後に支払いをギルドに預けている報酬から支払うことと、今度来た際に同じ料理を持ち帰りで50食分用意して欲しいとお姉さんに伝えると、最初はあまりのことで驚いていたが直ぐに形相を崩し、「おうおう、もう一端の冒険者じゃないのさ!」とか言われ、俺は照れくさくて苦笑いで返していた。うん、直球で言われると恥かしいな、これ……


 その後、一旦カウンターに戻り、ミーヤさんから今回の買取の前金に金貨を30枚も待たされる。

 彼女言わく、「このくらいでも足りませんよ」と言われ、一抹の不安と、俺自身で稼いだ金でどんなカッコイイ武器を買おうかと意気揚々とギルドを出た。出たんだが……



「おい、新入り。死にたくなけりゃ、有り金全部置いて行きな。もし逆らったら……」



「そこのお兄さん!実はあなただけにお勧めする逸品がありまして__」



「神の子よ、女神に感謝を伝えるために__」



 ……街を歩くと、こんな連中に絡まれるのだ。うん、なに最後の?

 とりあえず、チンピラみたいの冒険者達には森で何度かやった殺気と威圧を含んだ視線を軽く当てて追っ払い、如何にもな商人の男には「その商品本物なのか?」と威圧しながら詰問してお帰りしてもらい、あからさまな宗教団体の人には「あ、俺別の神様信仰してるので」とそれっぽいこと言ってスルーしていった。……あぁ~、めんどくさ。


 そんなことが十数回程(いや、多いわ!)あいながら、ミーヤさんから教えてもらった最初のお店にたどり着けた。ここまでのはいったい何だったんだ? テンプレってやつか?

 くだらない方に考えながら、正面にある服飾店兼靴屋『双子妖精の皮具屋』の中を伺う。中は思っていたよりも広く、色々な服が壁や天井に吊るされていていたり、入り口近くには「中古服販売」と書かれた板を置いた箱が幾つか並んでいる。

 壁の一角には、皮で出来た靴や、木を加工して作られた物まで様々な色や形の物を棚に並べてもいる。うん、ここなら俺の好みの服も直ぐに見つかるかな?

 期待を寄せながら店内に入ると、店の奥から一人の男性店員が来店に気付き、笑顔で近づいてきた。


「いらっしゃい。初めて見る顔だけど、冒険者さんかな?」

「はい、そうです。ギルドの職員さんから、この店に来れば安い金額でもいい物が買えると聞いたので」

「あぁ、家は冒険者には良心的な値段で売るのは先代からやってることなんだ。それで? 今日はどういった物を買いに来たんだい?」


 二十代半ばの店員さんは、フレンドリーな感じで話しかけてくれる。うん、この店は当たりだな。


「実は、普段着用の服と、荷物を持ち運ぶための鞄が欲しいんです。そういうのありますか?」

「あぁ、安い服ならそこの箱から取るといいよ。どの服でも一律銀貨1枚で売ってる。鞄だが、店の奥に置いてある。いまから取ってくるから、少しの間店の中を見ながら待っていてくれ」

「じゃ、待たせてもらいます」


 店員さんは俺の返事を聞くと、踵を返して店の奥へと戻っていく。そんな彼の背を見送り、店の中を見ようとすると


「お、お客さんか? いらっしゃい、何をお求めで?」


 声の聴こえた後方。店の入り口の方に目を向けると……さっき店の奥に行ったはずの店員さんがそこに立っていた。え? 何時の間に外に出てたの?

 俺がその現象に首を傾げ、店員さんも俺の反応を不思議そうな顔で見ていると……店の奥から、もう一人の店員さん(・・・・・・・・)が姿を現したのだ。て、店員さんが二人……あっ!


「おう、待たせたな。鞄なんだが……お、なんだメーズ、帰ってたのか?」

「ゴーズ、客ほっぽて何やってんだよ」

「いや、そいつが鞄を探してたから、奥から持ってきてたんだよ。ところで、お前の方は終わったのか?」

「あぁ!しっかり届けてきたぜ」


 二人で並んでみると、瓜二つだなこの人達。違いを探すのが無理なくらいに似ている。


「あの、お二人は双子なんですか?」


 俺の素朴な質問に、二人は「ヤベッ!」といった感じで、こちらに向き直る。うん、これは完全に俺のこと忘れてただろ? 俺が呆れた視線を向けると、二人は申し訳なさそうに頭を掻きながら笑っている。いや、笑って誤魔化せないからな?


「あ、あぁ~、すまん。すっかりお客さんのことを忘れてたわ」

「悪かったな。こっちも割り込む形になっちまって」

「それはいいんですが……お二人とも、よく似てますよね」

「おう。俺らは双子だからな」

「俺は双子の弟でメーズ。こっちの鞄持ってんのが兄貴のゴーズだ。兄貴は服や鞄を、俺は靴を専門にしているんだ。これからよろしくな!」


 そう言うと、二人は同時に握手を求めてくる。うん、スゲー息ぴったり。

 俺はその手を取って握手を交わす。だが、その間ずっと二人の視線は俺の服装や足元に向っている。


「……ところで、お前の靴、随分とボロボロだよな。それに見たことも無い形してるし……」

「服なんてクタクタじゃねえかよ。それ以前に、大きさが合ってねえ」


 二人の言う通り、今履いている靴、スニーカーはこの世界に来た時から履いていたもので、森の中で走り回っていたことで既にボロボロの状態になってしまっている。服はネイツが御下がりでくれた物だから、合ってないのは当たり前だ。

 今日この店に来たのも、それを改善するために来たのだ。絶対にサイズのあった服を確保しないと……


「それで今日来たんですよ、俺。靴も買い換えたいし、服と鞄も欲しかったんで」

「なるほどな。ところで、お前いまどのくらい余裕があるんだ?」

「金が無いなら、後払いでも構わないぞ?」


 二人は俺の懐事情を心配してくれているらしい。この世界の服は高い。日本でならかなり安く売られている様な品でも、こっちの世界だと三倍から五倍くらいの値段がする。

 ネイツが金のことについて教えてくれた時、「服を買うときは気を付けろよ?」と、そう忠告されたくらいだ。さて、金貨が何枚飛ぶことか……


「もし金が無いなら、代わりに服や靴の素材になる物を持ってくれば、格安で作ってやるぜ?」

「え? ほ、本当に?」

「おう、任せとけ!俺らは何人もの冒険者から注文を受けてんだ、どんとこい!」

「おぉ~!」


 これは、正に天の助け(?)だ。金は持ち合わせが少ないが、素材ならば【無限収納】の中に腐るほど持っている。これらで服や靴、あわよくば鞄なんかも作ってもらえるなら是非頼みたい。


「それなら、これで作って貰えるかな?」

「「んっ?」」


 俺の言葉に、二人は首を傾げている。そんな二人の前で俺は腕を上げ、頭の中に出されるリストの中から今まで倒して来た猫系統の魔物の毛皮を腕の上に取り出し……たのだが、何故か腕から毛皮が無くなった。え?何事?


 まさかのことに、俺は取り出してないのかと思いリストを確認するが個数が減っているから違う。もしかして出現させる場所をミスったかと、足元の方に視線を巡らせても見つからない。

 あまりのことに頭が混乱しそうになりながら頭を上げると



「す、スゲー……まさか、ミストキャットの毛皮をこんな最高の状態で……」

「こっちのサンダーパンサーの毛皮や、ブラッドタイガーの毛皮もかなりいい品質だぜ……」



 ……俺が取り出していた素材を手に、感嘆の声を上げる双子の姿があった。

 おい、いったいお前らはどうやってあの一瞬で俺の手から毛皮を分捕ったんだよ?!それも、かなり食いついてんじゃんか。俺の事なんか忘れて、手に持た素材を見ながら「おぉ~…」とか、「これなら…」とか呟いてるし。

 それからじっくり数分間。やっと視線を上げたと思うと、双子は互いにアイコンタクトを取ってから俺の方に視線を向け……



「「これらの素材、俺らに譲ってくれ!」」



 そんなことをハモって言いやがたのだ。いや、別にいいよそれくらい。

 『ミストキャット』は霧が出た時に集団で何度も襲って来たし、ビリビリ豹改め『サンダーパンサー』も遭遇次第討ち取り、『ブラッドタイガー』は血のような色合いの毛をした大型の虎の魔物も背後から首チョンパして数匹狩ってるからまだ余裕がある。

 問題は、俺が感知出来ない程の速さで腕の上から掠め取ったことにびっくりだよ!

 今なお、期待を込めた視線を向けてくる双子に、呆れと諦めを混ぜた溜息を漏らす。


「はぁ~……分かりました、服や靴なんかを作ってくれるなら、お二人にお譲りしますよ」

「「よっしゃー!」」


 俺からのお許しが出ると、二人は歓喜して毛皮を持ち上げて歓声を上げる。そんな二人に更に幾つかの毛皮の素材を渡すと、その場で小躍りし始めた。は、早まったか?


「俺らは今から作業に入るから、二ヶ月後くらいにまた店に来てくれ!それと、探してる服だが、そこの箱に入ったの全部持って行ってくれて構わねえ。下着も好きなだけ持ってきな!」

「靴も自分に合うのがあれば持っていってくれていいぜ? こっちの代金は、出来上がって渡した後に支払てくれ。よしっ!いっちょ気合入れて作ろうぜ、ゴーズ!」

「おう!早速皮の鞣しからだな、メーズ!」


 二人は互いに気合を入れ合い、俺が渡した素材を抱えながら店の奥に入ってしまった……

 おいおいおい、客を放置していくとかどういうことだよ?


 二人が去っていった後、言われた通りに入り口に置かれたいた服の入った箱を全て収納し、インナーのコーナーから上下8枚ずつを貰っていく。靴の置かれた棚も見ていき、足のサイズに合った物を5足選んでから、サンダルみたいのを見つけて履き替えてから店を出た。

 この店、いい店だけど……大丈夫かな?

 そんな不安を覚えながら、次のミーヤさんお勧めのお店に向った。頼むから、変なの作らないでくれよ?







 双子の店からそれ程離れていない場所に、目当ての店が並んでいた。

 今度の目的は、自身を護るための武器と防具を調達することだ。特にミーヤさんからは、「ケチらず、いい物を選んで下さい」と耳にタコが出来る程に言い聞かされているからな。ここは、言われた様にしっかりと考えて選ぶとしよう。


 俺は並んでいる店の武器屋(こっちは剣に金槌を打ち付けた絵が描かれた)の看板が掛けられた方の店に入ると



「ここはテメェみてえなガキが来るところじゃねぇ!とっとと帰りやがれ!」



 いきなり店の亭主らしきおっさん(直ぐにドワーフだと判る髭ずらだ)から、怒鳴られてしまった。まさか、何も見れないうちに追い出されそうになるとは思いもしなかったぞ。

 店の中に居た他の客として来ていた冒険者達からも、「そんな恰好で何しに来たの?」と言いたげな訝しむような者、呆れている者、馬鹿にして嘲笑する者と様々な視線が突き刺さる。うわ~、完全にアウェイだなぁ……

 でも、ここで回れ右して帰ると、後からミーヤさんから怒鳴られそうだし、覚悟を決めるか。


 俺は腹を括って、店の奥にいるドワーフの亭主に向かって進むことにした。

 そんな俺の行動に、周囲のそれぞれの反応をしているが、亭主はますます俺を見る目が鋭くなっていく。た、頼むから、その太い腕で殴り掛からないでくれよ?

 そして店のカウンター越しに俺と亭主が対峙すると、先程以上に威圧感を増してくる。ま、これならまだ余裕で耐えられるけどな。


「おい、小僧。儂は帰れと言ったはずじゃぞ?」

「解ってるよ、それくらい。俺だってこれでも冒険者なんだから、武器を見るくらいいいだろ?」

「お前が冒険者? そんな格好でか……?」


 俺の強気な言葉を聞いて、ドワーフの亭主は頭の上から足先まで値踏みするように見ていく。

 それで何かが判ったのか、一つ頷くと、俺の顔を真っ直ぐに視線を向けてきた。


「……腕を出せ」

「はっ?」

「いいから!さっさと腕を出さんか!」

「わ、分かったよ。そんなに睨まないでくれよ……」


 おずおずと亭主に右腕を差し出すと、相手は俺の手や腕に触れながら何か呟いている。それも数秒で終わり、俺の腕から手を離すと一つ頷いてから、カウンターのすぐ傍に何本も立て掛けられた剣に視線を向ける。


「小僧、あそこに立て掛けある剣から一本選べ。そして、あそこで片手で(・・・)振って見せろ」

「えー、なんでそんなこと__」

「いいからさっさとやれ!店から叩きだされてぇのか!?」

「そ、そんな大声で怒鳴るなよ……」


 スゲー剣幕に俺は亭主の指示に従って、カウンター近くに立て掛けられた剣に視線を向ける。

 剣は全部で7本。刀身も柄も長い造りの物が一列に並び、どれもよく似た造りだ。とりあえず、俺はその中から左から三番目の剣を片手で持ち上げる。うん、今まで森で調達した剣より遥かに重い。これ、まともに振れるかな?


 そんな疑問が浮かびながら、俺は指定された店の中央に位置するスペースに立ち、剣を片手上段に構える。そのまま気合を入れ、地面につかない所まで一気に振り下ろす。それを何度か繰り返したが……若干の違和感があった。こう何というか、振るった後の軌道にズレがあるよう、な?

 俺がその違和感を確認する為にカウンターに居る亭主に聞こうと思ったが、ふと周囲の先程のものとは違った視線に気付き、視線を巡らすと……



「「「「「……」」」」」



 みんな一様に、こっちを見て固まっている。おや? これ、もしかしてマズったか?

 俺は顔が引き攣っているのを自覚しながら、亭主の方に視線を向けると……そこには、先程までとはまるで真逆な、面白い物を見つけたといった悪ガキの顔がそこにあった。クソ!嵌められた!?

 そんなこっちの気も知らず、亭主はことさら可笑しそうに笑い出しながら、こっちに剣のことについて聞いてくる。


「ガッハッハッ!どうだ、小僧? その剣を振った感想は?」

「あ? あぁ、この剣な。少し重いが、いいんじゃないか? ただ、振った最初と振り切った後に若干のズレがあるのが気になるくらいだ。それ以外はいいと思いぞ?」

「クックッ、そうかそうか。そのバスターソードは儂の弟子が造ったもんだ。まぁ、儂が造ればそんなズレなんぞも無いがな!」


 店に来た時とは打って変わって、そこには気分良さげに大笑いしている亭主の姿があった。

 そんな亭主も、ひとしきり笑い終えたのか、俺に笑顔で話しかけてくる。


「よし、その剣はもとあった場所に置いとけ。それで小僧? お前、さっき自分のことを冒険者だと言ったな? なら、まずはギルドカードを見せてみろ」

「あぁ……ほい、これな」


 俺はとりあえず従い、ポケットに手を突っ込んで【無限収納】からカードを取り出して見せる。それを見た亭主から、予想外にも感心したような反応が返って来た。


「ほぉ~……お前、そんななりして金級ゴールドだったか。なかなかの腕のようだな」

「「「「ゴ、ゴールド?!?!」」」」


 亭主が俺のランクを口にすると、先程から店に居てこちらのやり取りを見ていた冒険者達から、驚愕の声があちこちから上がる。中にはその場で膝から崩れて乾いた笑い声を出す者や、「嘘だ嘘だ……」と頭を抱えながらうわ言の様に呻いている者までいる。そんなに信じられないか?

 そんな店内の惨状に、特に気にした様子もない亭主。この人、神経が図太いんだろうな……


「ところで小僧、お前武器を持っとらんが、宿にでも置いて来たのか?」

「いや? 俺はちょっと特殊なSkill持ちでな。ほらっ」

「のぉ?!」


 亭主からの問いに、俺は行動で示すことにした。武器の有無を聞かれたから、カウンターの上に壊れかけの直剣を一振り直接置いたのだ。その突然のことに亭主やその現象を目撃した者達は目を見開いている。

 だが、そんな中で、亭主だけがカウンターに乗せられている剣を見るや否や



「__ふ、ふざけるなぁぁああ!!!」



 大音量で怒鳴られた。それも、今までにないくらいに顔を真っ赤にし、鬼の形相でだ。その際に、振り上げた拳がカウンターに叩きつけられ、板面に大きな亀裂が走っている。おいおい、マジでこんなバカ力で殴られたら死ぬぞ?!


「と、とりあえず落ち着いてくれ。これには色々と訳があるんだよ」

「……ふんっ!くだらん理由だったら承知しねえからな?」


 俺が話しかけ、剣について説明すると伝えると、亭主は腕を組んでから椅子にふんぞり返り、説明を諭す。うん、これは言い訳じみた説明したら叩き殺されかねない雰囲気だな……


 それから、俺はあまり詳しくは説明しなかったが、必要な点だけを伝えていく。亭主が何度も眉間に皺を寄せた時は生きた心地がしなかったが、何とか説明し終えるとどうにか納得してもらえた。ただ、俺が森で二ヶ月生き延びたことを聞いた時に、一瞬だが片方の眉が反応していたが……ま、特に意味はないよな。


「ふむ……そういうことだったか。なら、この屑鉄みてえな剣でも、小僧にとっては貴重な武器だったってことだな?」

「まぁ、そういうことだ」

「なるほどな……だがな、小僧」


 俺の説明で一通り納得してくれた亭主だが、その眼には強い怒りが宿っていた。



「テメェは今後、冒険者っつう危険な仕事をしていく。そんな奴が、自分の命を預ける相棒が、こんな頼りない物でいい筈ねえよな? そりゃ、お前は強いだろうよ。まともな武器が無い森の中、その力と技術で生き延びたんだ、並大抵のことじゃないさ。

 だがな、これからは違う!テメェは、テメェの腕一つで世の中を渡ってくんだ。力があっても、持ってる武器が鈍らじゃ二流どころか三流もいいところだ!まず、ここでまともな武器を揃えろ!いいな、解ったか?!」



 な、なんでか怒鳴られたしまったが、どうやらここで武器を買って行っていいことになったらしい。

 これでミーヤさんからお叱りを受けなくてすみそうだ……

 俺は亭主の言葉に頷いて返事を返すと、相手は抑揚に頷き返してから武器について質問が投げかけられた。


「ところで小僧。お前はどんな戦い方をするんだ? それが判らんと、どんな武器を渡しても無駄だからな」

「あ、俺は中距離からの投擲や、近距離での戦闘がメインだよ。基本は後ろから近づいて、一撃って感じかな」

「なるほど、盗賊や暗殺者のような戦い方だな。なら、メインは短剣かダガーで、サブが直剣ってところだな……因みにだが、予算はどのくらいだ?」

「とりあえず、金貨が30枚ほど手持ちにあるよ。まだギルドからの未払いの報酬もあるから、たぶん大丈夫だと思う」

「ほぉ、金貨とはなかなか持っとるな」


 提示した現在持ってる予算を告げると、口の端を吊り上げる亭主。反対に、店の中にいた客たちは、現実逃避をしていた。うん、なんかごめんな?

 あ、そういえば……


「なぁ、一つ聞いてもいいか?」

「ん?なんだ? 値段交渉なら聞かんぞ?」

「いや、この店も素材の持ち込みで安くていい物作ってくれるのかなぁ~と思った__」

「なにっ?」


 気軽に聞いたはずの質問に、思いのほか食いついてきたのだ。いや、そんな凄いのは持ってないいぞ?


「おい、何でもいい、出せ!今すぐ出せ!」

「わ、分かったから落ち着け!」


 亭主からせかされ、俺は【無限収納】にしまっている物から、小さな魔物の素材をカウンターの上に取り出す。それを見た亭主は現れると同時に掠め取る様にそれを取り、顔に近づけて状態を確認している。

 あ、取り出した魔物の素材は『軍隊蜂アーミーホーネット』って名前で、幼稚園児くらいの大きさがある蜂の魔物の毒針だ。こいつにも大変な目にあわされたよ。百匹ぐらいの集団で基本襲ってきて、ヤバイ時なんか千匹は居るんじゃないかと思ったくらいの大群で襲って来やがるんだから、こいつとも二度と会いたくない!いや、基本的に魔物に遭いたくはないんだがな……


 森でのことをまた思い出している間、亭主は真剣な表情で素材を調べながら俺に話しかけてくる。


「そういえば、まだ小僧の名を聞いてなかったな……」

「本当に今更だな……タイキだ。よろしくな」

「ん。儂はダルガスだ……」


 お互いに視線を向ける事無く名乗り終え、それから亭主改めダルガスは手にしていた素材をカウンターに置き、俺の方に探るような視線を向けてくる。


「おい、タイキ。お前、これ以外にも様々な素材を持っているか?」

「あ? まぁ、持ってるが……」

「そうか!よし、なら付いて来い、今すぐだ!」


 そういうや否や、ダルガスはカウンターの後ろにある通路に入り、店の奥に行ってしまった。呆然とそのいきなりな展開について行けないで居ると、店の奥から「おい!誰か店番しとけ!」「は、はい、親方!」というやり取りが聞こえてきた。おい、お弟子さんにそんな怒鳴りつけるなよ。


「タイキ!早うついて来んか!?」


 今度は俺に怒鳴り始めやがった……はぁ~。しゃーねぇ、行かないと殴り掛かられかねないな、ありゃ。

 俺は重い足で先程ダルガスが入っていった通路を通って声のした方に向って行く。

 途中でダルガスのお弟子さんと軽く会釈したり、通る際に見た工房らしき場所を通り抜けて外から聴こえる声に導かれて外に出ると、そこにはギルドにあった倉庫と同じような建物の前で仁王立ちしているダルガスの姿があった。背が俺の胸当てりまでしかないが、分厚い筋肉の鎧に覆われているせいか、全く小さく見えない。


「遅いぞタイキ!ほれ、早く入れ!」

「へいへい……」


 元気なダルガスに言われるがまま、俺は倉庫のような建物に入る。

 入ってまず目に入ったのは、ここに来る途中で見た工房の中にあった物よりも遥かに大きく、立派な窯が鎮座していた。

 その近くには、大きな作業台と工具の置かれた棚。後は何やら魔物の素材が乱雑に置かれた一角がある正に職人の工房といった空間がそこにあった。


 俺が周囲を見渡していると、ダルガスが床に置かれていた素材を乱暴に手に持っていた袋の中に入れ、建物の端に放り投げって、何やってんのこいつ?!

 ダルガスはそれに満足すると、先程まで素材が置かれていたところに指さすと


「よし、タイキ!ここに出せる分、いや!それ以上の量を出せ!あるだけの素材をありったけだ!」

「え、えぇ~?」


 「早くしろ!」とせかされ、俺は平返事で返しながらその指定された場所に、各種魔物の素材をうず高く置いて行く。カウンターで見せたような毒を持つ素材は別に分けて置かないとな……


 そんなこんなで店に来てから一時間もしないうちに、武器の購入が出来るようになったと思ったのだが……残念ながら、素材を取り出すだけでまだ購入出来てはいない。このおっさん、俺に武器を売る気あるのか?

 素材を出して数分が経ち、倉庫内が素材で溢れかえってしまっていた。

 そんな光景に、ダルガスの方は爛々とした目で素材を見ている。いや、俺の方にも反応してくれないか?


「うむ!これはなかなか壮観だな!ガハハハッ!」

「いや、そろそろ俺のぶ__」

「よし!次に行くぞ!」

「ちょ、ちょっとま……!」


 俺の主張を完全に無視し、ダルガスは俺の襟首を掴んで引きずって歩き出した。

 お、おい!俺の話聞けよ?!



 それから引きずって行かれた先は、武器屋の隣にある防具屋。その裏にある倉庫に連れていかれ、そこの持ち主で防具屋亭主、ゴッタズという同じドワーフの男にも素材をせがまれ、こっちも入り切るギリギリまで渡す羽目になり、更に今持っている素材が何があるか紙に書かされ、やっと解放されたのが夕方になってからだった……

 あぁ……等々、武器も防具も買うことが出来なかった……




 その後、疲れて子豚の尻尾亭に戻り、昨日よりも豪華な夕食に舌鼓を打って寛いでいた。


「はぁ~、疲れたぁ~……」

「あんたも災難だったねぇ。あの鍛冶バカの二人に捕まっちまうとはねぇ」

「本当に大変だったんですよ」


 少しお客の数が減って来たところで、ネーアさんが昨日と同じように、二杯のエールを持って俺の座っていたテーブルに相席している。二人で飲みながら今日あったことを話すと、ネーアさんがあの二人や双子について教えてくれた。


 ドワーフの二人はこの街でも有数の鍛冶師らしく、ダルガスは剣や槍などの武器を、ゴッタズは盾や鎧の守りに関わる防具を得意とした凄腕らしい。だが残念なことに、二人はこの店の常連で、かなりの額のツケが溜まっているバカとしても知られているそうだ。うん、残念過ぎるだろ、あいつら……

 あの双子の店もかなり有名らしく、あの二人が手掛ける服や靴は人気の品が多く、領主からも仕立てを頼まれるような二人なのだ。だがこちらもかなりの変わり者で、革製品造りに凝る気質らしく、いい素材が目の前にあると周りが見えないとか。こっちも酷い……


「今回のことは本当に大変だったね。あのバカ共にはあたしの方から言い含めておいてやるから、安心してな」

「すいません、ネーアさん。まさか交渉もする暇もなかったので……」

「気にしなさんな!あんたのお陰で、今日の売り上げが上々だったんだよ。そのお返しだと思いな」

「それなら、よろしくお願いいたします」


 その後、店を閉める時間に、双子の店で持ってきた服の中に入っていた女性服をネーアさんとモミの二人に渡して大喜びされ、ネイツにもお礼に数着渡すと「心の友よ!」とか言いながら抱きつかれた。そのお返しに、ネイツの暑苦しい脳天にチョップを喰らわせて気絶させたのはご愛敬だ。

 あ、グレイツさんには、今日渡した様に大量の肉を渡すと目を輝かせていたよ。この人もあの職人たちに似通った点があるよな、絶対。


 その日、冒険者になった俺の一日目は、慌ただしくもどうにか終えたのだった。



  △  ▼  △



 儂の名はダルガス。この街一の武器専門の鍛冶師だ。

 今、その儂の家であり工房の中で、儂のお眼鏡に叶ったこの街の凄腕の職人達が目の前におる。


「おい、ダルガス。お前から話が来たから、てっきり酒でも飲みに行くかと思っておったぞ?」


 すぐ隣で儂に文句を言いながら、上機嫌に笑っておる同じ誇り高いドワーフ族の男、ゴッタズ。

 こやつは儂のすぐ隣に店を構え、鎧などの防具を専門に扱う店を開いておる。それに加えてこやつと儂は酒飲み仲間でな、今回のことは知っていながらからかっているのだろう。


「ダルガスもゴッタズ、今はそんなことはいいんだよ」

「俺らは早く仕事をしたいんだよ」


 そんな儂らのやり取りに入って文句を言う瓜二つの兄弟、『双子精霊の皮具店』の二大亭主の二人から話しかけられる。兄のゴーズは服や鞄を造ることに長けており、弟のメーズは靴造りで群を抜いている。この二人に共通しているのは「革を使った物に強い拘りがある」っといった点だ。それが幸いし、今では公爵から仕立ての依頼が来るくらいだ。


「そうだ。私の貴重な時間を、貴様らみたいな烏合の衆に割いてやる時間はないのだぞ? 早く本題に入れ、ダルガス」


 この酷く上から目線で頭の固そうなエルフの男はフィーリムと言って、『叡智の英弓』という弓と矢、魔術師が使う杖を手掛ける凄腕の職人の一人。

 だが残念なことに、この性格でまともに商売が出来て無いのが勿体ないことだ。こいつは自分が認めた者にしか武器を売らんし、その武器自体が信じられん程に強力な付与魔法が施された一級品なのが口惜しい……


「そうだぜ、ダルガス!オレっちもやっとギルドに頼んでた素材が届いたんだ、早く研究の続きをするために話やがれ!」


 フィーリムに便乗するノーム族の若造はイココ。こやつの種族は細工物や錬金術に精通しており、こやつも例に洩れず凄腕だ。

 まぁ、こいつもかなり癖がある性格で、自分がしたい仕事しかせんという完全に趣味人な職人なせいで、何度も仕事をほっぽて研究に没頭してしまうのが痛い。


「すまない、ダルガス。こちらも仕事が立て込んでいてね、出来れば今日この日に我らを呼んだ利用を教えてはくれまいか?」


 最後に、この中で最も物腰が落ち着いた白髪の老人、薬師ジザ。

 こやつもまた薬造りで右に出る者はおらんと言われる程に知識の幅が広く、最も常識人な儂の次の常識人だ。そんなジザの奴が言うんだ、そろそろ教えてやってもいいだろう。


 まず儂は軽く咳ばらいをし、車座に座った連中に視線を回してから、今日集めた本題を話し出すことにする。



「では、今回儂がお主らを集めたことについてだが__」



 そこから儂は普段道理、店で客に武器を売っている時に小僧、タイキが訪れたことから話した。

 最初にタイキを見た時、単なる冷やかしに儂の店に来たと思い、直ぐに怒鳴って追い払うつもりだった。まず体躯はどう見ても戦う為に鍛えておるようには見えんし、着ている物も体にあっとらん時点で警備隊や、ましてや冒険者などには見えなかったのだ。

 だが、そんな奴は儂の声をものともせず、儂の前まで歩いて来よった!

 見たことの無い黒い髪と瞳、近くから見ても細い体に覇気のない顔立ち。そんな小僧が、なんと金級ゴールドの冒険者だったのだから驚きだ!

 更に奴は何処からともなく魔物の素材を取り出し、こちらに見せた。その高品質な素材の数々に儂は血が滾るのを感じていたのだろうな……


 だいたいの説明を終え、皆の顔を見渡すと、やはり何かを考えるているようだな。

 特にフィーリムとイココの二人は、どのようにタイキから素材を譲らせるかを考えておるようだな。ククク、あ奴にはお前らの提示する物じゃ難しいだろうよ。

 そんな思案顔な面々の中、この中で若い双子の兄弟は目を見開いて驚いている。どうしたんだ、こいつらは?


「な、なぁ、ダルガス。そいつ、お前のところに来た奴って、クタクタの大きな服を着てたか?」

「ん? おう、確かそんなのを着とったぞ。それがどうした?」

「そいつな、俺らの店にも来たんだよ。その時、俺らの店でミストキャットとサンダーパンサー、ブラッドタイガーの毛皮や他にも色々なの毛皮を置いて仕事依頼していったんだが……」


「「「な、なにーーー!?」」」


 双子からの言葉に、儂は驚かされた。儂だけではなく、同じく素材を貰ったゴッタズも、素材をどう手に入れるか考えていた弓バカと研究バカも「その手があった!」という声を上げる。

 そのバカ二人と双子はいい。だが、儂の職人としてもプライドはズタズタだ。

 儂とゴッタズはタイキから直接素材を貰ったにも関わらず、奴は素材だけ渡して何も仕事を依頼してこんかった!これでは儂らが素材を奪っただけの意地汚い貴族共と同じだ。

 そんな儂があまりのことに手を握り締めてていると


「皆、少しいいかな?」


 先程から何か考えながら大人しくしとったジザが挙手しながら他の者達に声を掛ける。


「皮具店の二人よ、確かにそのタイキ君という青年から依頼を受けたと言ったな?」

「あ、あぁ、そうだけど……」

「では、どのような服や鞄、靴にして欲しいといった話は聞いているのか? それ以前に、採寸をしっかりとしてあるのか、お前達?」

「「あっ……」」

「はぁ~、やはり何時もの病気が出たか……」


 ジザの言葉を聞いた双子はその表情を一気に引き攣らせ、「や、やっちまったぁ!」っと言いたげな表情で頭を抱えだす。おいおい、仕立ての仕事しといて、それはお粗末すぎるだろ?

 更にジザは視線をバカ二人に向ける。


「フィーリムさん、あなたは彼の青年から弓の素材を分けてもらい、それの報酬にあなたの弓を一つ差し上げるつもりですかな?」

「うむ、その通りだ。何か問題があるのか?」

「はい。もしその青年が弓、大まかに言ってしまえば遠距離の戦闘が不得手の場合、あなたから提示された物では見返りになりません」

「なっ!? 貴様!私が造り上げた至高の弓が、報酬となりえないと言うのか?!」

「えぇ、そう言っております。ただ素材が欲しいがために、あなたが好意で渡したものでも、受け取り手が必ずしも喜ばれるとは限らないのですよ?」

「む、むぅ……」


 フィーリムもズバズバと言い切るジザの言葉に、流石の奴も言い返せないか。そんなフィーリムの隣でこれ見よがしに笑っとるイココにも、ジザは容赦がない。


「イココ、お主にも言えることなのだぞ?」

「はぁ~? 何言ってんだよジザ? オレっちの造る最高傑作の魔道具が、喜ばれないはずないじゃんか!そんなの、魔力が少ない前衛職のような奴らだよ。だいたい、そのタイキだっけ? かなり珍しいSkill持ちらしいし、魔力には問題ないだろう?」

「確かに、魔力は問題ないだろうな。だが、お主の勝手な主観で必要もない物を押し付けても、ゴミを渡すのと変わらんのだぞ?」

「ご、ゴミだと?! おい、ジザ!流石にオレっちでも、その言葉は聞き捨てならねえぞ!?」

「では、お主は自身が必要もない物でも有難く受け取るというのか? 以前に、依頼主から渡された魔物の素材を要らぬと言って突き返したことのあるお主が……?」

「うぐぅ!」


 あー、そんなこともあったな。その時に依頼人とくだらないいざこざで、一ヶ月も依頼が来なくなっちまったんだよなぁ。ま、まだイココも若かった頃の……いや、今もそんなに変わってねえな。


 そして、最後にジザは儂らの方にも咎めるような視線を向ける。いや、儂らはそんなバカ共と一緒にせんでくれるか?


「ダルガス、ゴッタズ。お主らは直接タイキ君から素材を分けて貰ったのだったな? その際、どのような物が欲しいのか聞かんかったのか?」

「あ、あぁ~……ど、どうだったか……」

「ん? 儂はダルガスが連れてきて『こいつ、かなりの上品な素材を持っとるぞ』と言われたから、本人に分けて貰っただけじゃぞ? てっきり、ダルガスが依頼を受けておると思っとたんだが?」

「なっ! ゴッタズ!?」


 まさかの裏切りに、儂が横にいるゴッタズを睨みつけたが、「何でそんな顔してんだ?」っと本当に理解できていない表情をこっちに向けてきていた。え? こ、これ、儂が悪いのか?


「……ダルガス。お主の店に来たということは、青年は武器を求めてお主の下に来たのであろう?」

「……」

「それを、お主はせねばならん事を放棄し、自分の欲望のままにその者から物を奪い、それどころか店をたらい回しにして放置するとは……これが、この街一の鍛冶屋だとは、あまりにもお粗末過ぎるわい」

「グフッ!」

「ガハハハッ!ダルガス、流石にそれはい__」

「笑っとるがな、ゴッタズ。お前さんも同罪じゃぞ? そもそも素材を受け取った時点で、本来であれば提供者から要望と、先程の双子に聞いた様な採寸を行う必要のあるお主は、ダルガス以上に職人として失格じゃ!」

「ウグッ!?」


 ジザの正論に、儂らは膝から崩れ落ちた。た、確かに店に入って来てからは普通にしておったが、奴が出した最高品質の素材を目にしてからがおかしかったのかもしれん……

 職人としての矜持に大きな傷を負っていると


「双子が高価な魔物の皮を渡されたことは分かった。それで、お主らはいったいどれくらいの魔物の素材を出させた?」


 その問いに、儂らは答えるのを躊躇ったが、「答えぬのなら、ギルドに伝えにいかんとな……」と言われたら答えるしかなかった。もしこの街でギルドと敵対すれば、商売が出来なくなっちまう!

 それから、儂らはタイキが出した数々の高品質な素材を答えていく。そして、全ての素材を言い切ると



「「「「何てことしてんだ、この鍛冶バカ共!?」」」」



 今まで黙っていた双子と弓バカ、錬金バカから怒鳴られた。いや、お前らもあれを見れば儂らの気持ちが判るはずだ!ジザ、頼むから「長い付き合いだったな…」とか言わんでくれ?!


「まだ引き返せる。二人は明日にでもタイキ君を探し出し、全ての素材を返すことだ」

「じ、実は……」

「そ、そのことなんだが……」

「……まさか、お主ら……」

「「既に幾つかの素材使っちまった」」

「「「「バカかこいつら?!」」」」


 そう、儂らは既に幾つかの素材で剣と盾の制作を始めてしまっているのだ。そのことを聞いたジザ以外の連中から叩き上げを喰らう羽目になった。


「ん? いや、待てよ……おい、双子の。お前らも儂ら同様に、タイキから素材を貰って造り始めとるだろ?」

「おいおい、ダルガス。流石に俺らでも、そんなに早く皮を鞣すのは無理だからな? それに、俺らは採寸と要望を聞けば問題ないからな?」

「そうそう、そっちとは違うんだよ。それに加えて、俺らは店にあった物を幾らか持たせてあるしな」

「ぐ、ぐぬぅ……」


 あ、明日は街を駆け回ってタイキの奴を探すしかないのか……

 儂ら二人は暗澹たる思いでその日の夜をお過ごすことになった。



  △  ▼  △



 鍛冶屋のドワーフ二人組に引っ張りだこにされた翌日。

 俺は昨日と同じように、二階にあるネイツ部屋のベットの上で目を覚ます。うん、今日も快調だな!


 目覚めた俺は、ベッドから出て直ぐに服を着替える。そう、服を着替えるのだ。

 この世界に来てから着た切りスズメだった俺は、ようやく服を調達することが出来たのだ!無論、お古だがネイツから服を貰ったことには感謝している。だが、やはり自分の服は欲しいのだ。


 そして、今俺は昨日行った双子の亭主が切り盛りしている服屋兼靴屋から持ってきたサイズのあった上下の服に着替え、ブーツのような靴を履いている。

 最初に着ていた服はもうボロボロだが、大事な物として【無限収納】にしまってある。あれらは唯一元の世界に居た時の物だからな……


 朝から暗澹な思いを振り払う様に頭を振るい、顔を洗う為に部屋を出て一階に降りる。

 一階に降り、厨房に居たグレイツさんとネーアさんに挨拶をし、店の裏に回ると井戸には昨日と同じようにモミが水を汲んでいた。ただ違うところがあるとすれば、大きな木たらいと、その近くに置かれた籠に入った衣服があった。洗濯でもするのだろうか?


「おはよう、モミ」

「あ、おはようタイキ。昨日はお洋服ありがとね!私も女将さんもすっごく嬉しかったよ!」

「喜んでもらえて良かった。大きさとか問題なかった?」

「そのくらい、自分達で調整するから問題ないよ」

「そっか、ならよかった。んじゃ、俺は顔を洗って__」

「タイキ、洗濯物があるなら私が洗ってあげようか?」


 昨夜に二人に渡した服について聞いて、問題がなかったことに一安心して顔を洗おうとすると、モミから予想もしていない提案が持ち掛けられた。え、この娘なにを言ってるの? 世の若い娘さん達は、普通男の服を洗うなんて言わないよ?


「私ここのお店に住み込みで働きながら働いてるから、こういう洗濯や店の掃除なんかは率先してやってるんだよ。普段からみんなの服も洗ってるから、タイキ一人分が増えても全然問題ないよ」


 え、ええ娘や。俺の前の世界にはこんないい娘はいなかったぞ?


「ありがとう、モミ。でも俺の分は自分でやるからさ、普段モミがやってるやり方を教えてくれないか?」

「うん、いいよ!」


 流石に男の俺が年下女の子に洗濯物を押し付けるのは悪いと思い、俺は自分で洗濯することにした。実家暮らしの高校生だと、普段から母親に家事をまかせっきりだったからな。こっちでは色々と自分で出来るようにならないと……


 そう決意してモミから洗濯の仕方を教えてもらったのだが、その方法に驚いた。

 モミたらいに水と服を入れてから、靴を脱いだ足で踏み洗いをし始めたのだ。うん、女の子がそうするのは微笑ましいが、野郎がそれをやると汚く感じるのは間違いかな?


 俺はその方法に抵抗があり、すぐさま【無限収納】から前に森の中で拾っていた倒木と短剣を取り出し、簡易的な洗濯板とたらいを作る。その作ったばかりのたらいの中に昨日着ていた服と水を入れ、洗濯板で擦って汚れを落としていく。これ、かなり汚れが落ちるんだな。もう水が真っ黒だ。

 その作業を続けていると


「ねぇ、タイキ。それ、いったいなに?」


 ふと、声の方に視線を向けると、こちらの手元を興味深げに見ているモミの姿があった。

 俺は直ぐに洗濯板のことと使い方を教え、まだ残っている倒木からもう一つ作ってあげて、一緒に洗濯を続ける。その間、モミは予想以上に汚れが落ちることに驚いていた。


 その後、洗濯物を洗い、井戸の端にあった物干し場に洗濯物を干し終え、店で朝から大きめのステーキを食した。なんと、そのステーキがアーマータートルの肉だと聞かされた時にはグレイツさんの腕に驚かされた。

 俺はその美味い朝食の礼を告げ、今日もいい仕事がないか探す為、子豚の尻尾亭を後にした。









「み、ミーヤさん。それ、冗談なんでしょう?」

「いいえ? この金額で間違いありません」

「うわ~……」


 朝早いギルドの建物内、多くの冒険者達がその日の日銭を稼ぐために動き回っている中で、俺はミーヤさんから告げられた依頼報酬の金額が書かれた紙を見て、思わず顔が引き攣ってしまう。

 確かに、昨日は何だかんだで色々な魔物の素材をギルドに渡したし、初日に来て大勢の冒険者達からの迷惑料もそこそこ大きな金額を渡されたよ? でも、流石に……



「今回、タイキさんがお受けになられた依頼、その集計が終わりました。

 その合計金額は、白金貨56枚、金貨87枚、銀貨92枚、銅貨41枚となりました。

 それと、今回の依頼の中に数年の間誰も受けられなった依頼などが多く、その功績と依頼量を考慮し、タイキさんのランクを金級ゴールドから白金級プラチナに昇級が決まりました。本来であれば、この昇格級には試験が必要なのですが、依頼の内容からそれらを免除が決定されました。おめでとうございます、タイキさん。これであなたは高ランク冒険者の仲間入りです」



 ミーヤさんが俺の勘違いであってほしいという願いを一刀に切り捨てるようなことを言われてしまう。

 しかも、今サラッととんでもないこと言わなかったか? 昇格?何故にそのようなことに?

 俺の内心で思ってる疑問に、どうやって感づいてのかミーヤさんが理由を教えてくれる。


「先日タイキさんが受けられた依頼、その全てが納品系の依頼でしたが、その殆どが金級から白金級、もしくは聖銀級の依頼も含まれて50件以上をお一人で完遂されております。その功績にあったランクに上げることをギルド内で話され、今回のような処置をさせていただきました。この昇級には拒否は出来ませんのでご了承ください。それでは、申し訳ございませんがギルドカードの提示をお願いします。直ぐに白金級の物に更新の手続きをいたしますので」

「……はい」


 有無を言わさないミーヤさんの言葉に、俺は素直にカードを渡す。

 それを持った彼女は一旦それを持ってカウンター奥に行き、数分後には新しくしたカードをトレーに乗せてこちらに差し出してくる。

 そのカードを見ると、嵌められていた菱形の金が白金に変えられている。どうやらこれで俺は白金級になったらしい……め、目立ちたくねぇ~。


「それと、申し訳ありませんがタイキさんには暫くの間、ギルドからご依頼を受けることができません」

「え? なんで?!」

「それは他の冒険者の方々の依頼を奪うことになるからです。タイキさんが受けたことで残りの依頼はこの街に住んでいるか、仕事をするためにこちらに赴いた冒険者の方々が大半なのです。そんな彼ら彼女らが受けられる依頼が減少する恐れがあり、高ランクの依頼以外はお受けできなくなっております」


 どうやら、俺があまり依頼を取り過ぎると他の冒険者達の仕事を奪うことになってしまうようだ。これは迂闊に依頼を受けるとこが出来なくなってしまったな……


「常時依頼の方も、こちらは鉄級アイアンから銅級ブロンズの方々に率先しているので、そちらの方もご遠慮いただけると助かります」

「は、はい……」


 ……これ、冒険者としてどうなの? 仕事探しに来たら、仕事しないでくれって可笑しくね?


 その後はミーヤさんから白金貨を三枚持たされ(何故か持っておくように言われた)、俺は依頼を受けずに酒場に向う。そこで昨日言った通りにウエイトレスのお姉さんに注文をし、待ってる間は店からのサービスで出された果実水(果物の果汁を加えた水で、若干甘酸っぱい)を呑みながら待つ。

 どんどん持ってこられる料理を【無限収納】にしまい、支払いを金貨5枚支払いギルドを出る。酒場を離れる際に「あたしと付き合わないかい?」とかお姉さんに言われたのには驚いたが……


 さてと、まだ昼には早いし、暇つぶしついでに昨日行った双子の店にでも行ってみるか。まさかとは思うけど、渡した毛皮で奇抜な物を作ってないか確認しに行かないと安心できないし。

 そうと決めたら、早速双子の店に向い、街の中をのんびりと歩いて行った。








 ギルドを出て遠まわりしてようやく双子の店、『双子妖精の皮具店』の店先に到着した。


 道中、昨日と全く同じ……いや、それ以上に絡んでくる連中が増えた。

 チンピラは集団で襲ってくるかわざと肩を当てて言いがかりを言って喧嘩を振り、商人達もどう見ても粗悪品を高額で買わせようとしたり、宗教団体が取り囲んでお布施を出すようにしつこく行ってきたりと、店に着くまでそこそこの時間が経ってしまった。

 鬱陶しい連中に関しては、例外なく叩きのめしたうえで、街を巡回している警邏の人達に渡していったよ。


 そんなことがあったが、俺は気分を変えるために店の中に入店する。


「こんにつはー。誰かいませんかー?」

「「その声は……!」」


 俺が店の奥に向って声を掛けると、奥からよく似た声が被って聞こえ、慌ただしく奥からそっくりな見た目の男が二人、この店の亭主の双子が姿を現した。けど、なんでこの二人はこんなに慌てて出てきたんだ?

 そんな双子の行動を不思議に思っていると


「「昨日はすまなかった!」」

「はっ?」


 急に二人が俺に向って頭を下げて謝罪してきたのだ。予想外のことに戸惑っていると、二人が謝罪の理由を話してくれた。


「昨日お前から毛皮を貰った後、どんな服や鞄を作ってほしいのかを聞いていなかったことに気付いたんだ」

「それと、普段ならする筈の採寸の事すらすっかり忘れていてな。だから、今回はこっち勝手な行動で仕事と信用を失うところだった……」

「「本当に、すまなかった」」


 この二人は普段していることを忘れて、こっちのことを考えずに行動していたことに対して俺に謝罪したらしい。確かに仕事を受けて依頼人の要望も聞かずに好き勝手やるのは問題があるか。言い分は分かるけど


「頭を上げてくれますか? 確かにそちらの言い分も分かりますが、俺自身がこんな風に服を仕立ててもらったことがありませんから、そんなに気にしてません」

「「怒ってないのか?」」

「はい、怒ってませんよ。それに、お二人が気にするなら何かしらおまけとかしてくれるでしょ?」


 俺が茶化すように返答すると、二人は驚いた顔で互いに顔を見合わせると同時に苦笑している。


「あぁ、そうさせてもらうよ。今回の仕事は金は取らない。これは俺達からの誠意だと思ってくれ」

「それと、昨日持って行った服や靴じゃ少ないだろ? もう少し持ってけ。お前から貰った素材と比べると、こっちが儲け過ぎちまうからな」


 二人は照れくさそうに頭を掻きながらそんなことを言ってくれる。流石にお金を払わないのは気が引けるが、服と靴をおまけしてくれるというのは願ってもない申し出だ。


「金を払わないのは悪いから、幾らかを払うよ。それ以外は有難く受け取っておく、ありがとう。それと服と靴、ついでに鞄の方はかなり期待してるからな?」

「おう、任せとけ!」

「俺らが渾身の力作を作ってやるよ!」

「あぁ、楽しみにしてる」

「よし、ならまずは採寸から始めるか。その後は、服と鞄のデザインについての相談だな!」

「こっちも足の型と大きさ、それと普段ようと仕事用に分けて作らないとな。こりゃ腕が鳴るぜ!」


 二人のやる気に火がつき、一気に話が進んでいく。

 俺はそれぞれの指示に従って服と靴の採寸をし、それが終わるとどんな形の服と靴、鞄が良いのかなどの話を詰めていく。うん、俺だけの服や靴を作って貰うっていうのは好奇心膨らむ。


 そんなこんなで、二人とそれぞれデザインについてやその用途、細かい刺繍などのことなんかについてまで相談した。こんなに物作りに関わるのが面白いとは思ってもみなかった!

 その後も色々と話しているうちに、俺は【無限収納】にしまったままにしてあるジャケットのことを思い出し、それと似た物を作って貰おうと取り出して二人に見せると


「「す、スゲー!!」」


 それを見ると二人はこの間の様にはしゃぎだし、ジャケットの縫合部分や金具、特にジッパーを入念に調べている。それから予想していた通りに二人からジャケットを貸して欲しいと懇願され、丁寧に扱ってくれるならと了承すると、その場でハイタッチを交わして大喜びだ。


 それから更に話を時間が経つのも忘れて進め、大まかな話が纏まった時には夕方になっていた。


「今日ほど有意義な時間は無かったぜ……」

「だな。こんなに心躍る仕事はないぜ」

「それじゃ、二人ともよろしくね」

「「おう、任せとけタイキ!」」


 店の前で俺達は軽く拳を打ち付けてあう。話している最中からお互い気にせずにタメで話すようになり、今では友達感覚だ。俺もこの世界に馴染んできてるのかな?


「んじゃ、とりあえず服は一週間後だな。数が数だが、お前なら問題ないだろう?」

「それと、冒険者用の服と靴、鞄とかは前に言ったように二ヶ月で仕上げるようにするから、その時に取りに来てくれ」

「了解。ところで、マジであの額でいいのか?」

「バーカ、逆にこっちが貰い過ぎだ。あんな金額をホイホイ払えるお前が異常なんだよ」

「だよな? 何で金貨を20枚も持ってんだよ?」


 二人からに疑問はもっともだ。だが残念なことに、俺は二人に払った金額よりもかなりの金額を持っている。ことを教えたら卒倒しそうだな。


「そのことは言いっこなしだろ? それじゃ、また一週間後にな!」

「「おぉ、また来いよ!」」



 俺は二人に手を振り、店を後にした。

 店を出る際に、二人から幾つかの服と上着、皮で作られた剣帯付のベルトまでおまけして貰った上に、子豚の尻尾亭の人達に一つずつお土産まで持たせてくれた。うん、あいつらマジでいい奴らだわ。

 そんな心と懐が温かく感じながら、子豚の尻尾亭に軽い足取りで向うのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ