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異世界物語  作者: 成成成
4/21

英雄転生編 03


さぁ、異世界の街をお散歩だ!

ついでに仕事も探しに行きますよ(←もう既に伏線だろ、これw)




 チュンチュン……


「ん? もう朝か……? ふぁ~~……」


 外でスズメ?の囀りが聞こえ、俺はベッドの上で上半身を起こす。どうやら、もう朝になったらしい。

 いや~、それにしても、魔物に襲われる心配をせず、雨風に曝されながら寝るのと違ってうな!屋根のある建物の中で、ベッドに寝転がってゆっくり寝れるのが こんなにも幸福とは思わなかったなぁ~。

 本当、昨日会ったばかりの俺に親切に接してくれたジードさん、ここに案内してくれて色々と気遣ってくれたネイツさんの二人には頭が上がらない。

 この街にいる間に、何かお礼が出来ればいいんだけどなぁ~。


 そんな風にどうやってお礼をするか考えながらベッドから起き上がり、顔を洗うために小屋の扉に向っていく。昨晩、ここに案内してもらった時に聞いていた井戸がある場所に向かう。

 あ、そういえば俺いまだに布とか持ってなかったんだ。う~ん……ま、森の中にいる間も、洗った後はそのまま放置してたし、問題ないか。

 開き直って井戸に向うべく、扉を開けて外に出ようとすると……


「お、もう起きてたのか。おはよう。どうだ、ゆっくり休めたか?」


 扉の開けると、そこにはネイツさんが昨日の鎧姿と違う簡素な服(多分、この世界で一般的な服装なのだろう)で目の前にいたのだ。手には何やら布のような物と、別に布で何か包んでいる物を持っている。

 その布の中からは鼻腔をくすぐるいい匂いがしてきて、それに反応するように俺の腹が盛大に鳴ってしまった。あぁ~、そういえばここに着いてから夕食を食わずに寝ちまったからな、そりゃ腹も減るわ。


「あ、あはは……お、おはようございます、ネイツさん。えぇ、昨晩は久しぶりに魔物の襲撃を気にせずに寝れましたよ」

「そうか……よし! とりあえず飯にするか。ほれ、朝方の屋台で買ってきたんだ、一緒に食おうぜ?」

「え? いいんですか、一緒にいただいて?」

「おう、気にすんな。それに、さっきの腹の虫を聞いちまうと、俺一人で食うのは気が引けるんだよ」

「す、すみません……では、お言葉に甘えさせてもらいます」

「よし、んじゃ椅子に座って食おうぜ」

「はい!」


 俺はネイツさんに諭されるままに、顔を洗いに出ようとするのを中断し、小屋の中にある椅子に座る。

 そんな俺を見ながら彼は扉を閉め、俺の正面にある椅子に座り、手に持っていた布を俺の方に差し出して来た。


「あの、ネイツさん。これは……?」

「おう、流石にそんなボロボロの服だと何だと思ってな。俺のお古で悪いが、それやるからとりあえずそれを着とけ」

「えっ!? 服って、そんなの貰っていいんですか?」

「気にすんな。実は今日、お前にこの街を案内することになってな。そのボロボロな格好でついて来られると、俺が気にするんだよ。だから、それに着替えとけ、な?」

「……何から何まで、本当にありがとうございます」


 俺は彼の気遣いに心から感謝してお礼を言ったのだが……


「……」


 ネイツさんの表情はどこか不満気だ。あれ?俺なにか間違えたか?

 内心でさっきの対応になにかしら問題があっただろうか?と疑問に感じていると、正面から「はぁ~……」と盛大に溜息を吐けれてしまった。


「お前さぁ、隊長に対してなら解るが……俺にまで敬語で話す必要は無いだろう?」

「い、いやいや! 至って普通ですよ?!」

「なぁ、お前いま幾つだ? 因みに俺は先月で18になった」

「え? と、歳? あ、えと、俺は17です、けど……」

「んだよ、一つしか変わらねえじゃんか。そんな奴が、いちいち畏まるなよ。こっちが疲れるだろうが」

「で、でも……」

「いいんだよ、俺がそうしろって言ってんだ。そこは素直に頷いとけよ」

「はぁ……?」


 いやいやいやいや、マジで何なのこの状況?!

 昨日あんなに警戒してたのに、昨日の今日でなんでこんなにフレンドリーな対応してるの? 俺は頭の中でかなり混乱していると、そんなのお構いなしにネイツさんは持ってきていた何かを包んでいた布を取ると、中から黒いパンに葉野菜と何かの肉で作った燻製肉が挟まれたサンドイッチが二つ入っていて、それの一つを俺に差し出してきた。

 ただ、その大きさがデカい! どう見ても俺の顔ぐらいありそうな大きさのそれにお礼を言いながら受け取ると、ネイツさんも残ったもう一つ取り、すぐさま大きく口を開いてそれに齧りつく。


「ん~。やっぱりあの店の特性サンドは美味いな! 前より美味くなったんじゃないか、これ?」


 そんなことを言いながら、ネイツさんは夢中になって食べ続ける。それを見ていると、俺の腹がまた盛大に鳴り出す。俺は手の中にある大ぶりなそのパンを見て唾を飲み込み、堪らず齧りつく。


 口に入れ、パンに歯を通すと、かなり硬めに焼いている様で噛み切るのが大変だったが、その中身と一緒に咀嚼すると途轍もなく美味い!

 中に挟んだ葉野菜はシャキシャキと心地いい歯触りと音、パンからはみ出していた燻製肉(どうやら鶏肉のようだ)からあふれ出す脂身の旨味が口の中に広がっていく。

 それだけではなく、どうやらチーズも入っていて、コレがまたパンによく合う。一度軽く焙っているのか、チーズ独特のミルキーな風味と焦げた香りが鼻から抜ける。それに隠れ、舌にピリリとした辛みが混じる。

 どうやらソースにはマスタードが使われていて、それが全体の味を引き締めている。


 俺はネイツさんと同じように夢中でサンドイッチを食べていく。

 久しぶりのまともな文化的食事に一心不乱に食べ続け、それ程時間もかからずにあんな大きな物を食べきってしまった。人心地ついた俺は満足げに一息つく。

 あぁ~、美味かった~。前はこれより美味い物を普通に食ってたはずなのに、スゲー美味く感じたなぁ。


 そんな余韻に浸っていると、正面に座っているネイツさんがニヤニヤとこちらを見ていた。

 し、仕方ないだろ? こんなまともな食事、こっちに来てからしてなかったんだからさ!


「いい食いっぷりだったな。そんなに美味かったか?」

「……はい、大変美味しかったです」

「そうかそうか! んじゃ、今日の夕飯も楽しみにしとけ。この街一の美味い飯屋に連れてってやるからな。それと……そろそろ敬語はやめろ。タメで話そうぜ?」

「で、でも、それは……」

「一緒に美味い飯を食った。それだけで十分だろ。なぁ、タイキ?」

「っ!」


 そう言って、ネイツさんは子供のよな屈託のない笑顔になり、右手をこちらに差し出す。

 この時点で、この人は俺のことを気遣てくれていることをはっきりと認識した。なら、俺はこの人の気遣いに応えないといけない、か……



「……あぁ、そうだな。なら、夕飯は期待してるぜ、ネイツ?」

「おう! 美味すぎて腰ぬかすなよ?」



 お互いに軽口で言葉を交わしながら、俺とネイツは固く握手を交わした。











 その後、ネイツの案内で宿舎の裏手にある井戸に向い、そこで顔と髪をざっと洗い、貰ったばかりの服に着替える。

 服は少しくたびれたはいたが、激しい動きをしなければ問題ないだろう。

 脱いだ服を【無限収納】にしまう際、それを見ていたネイツが「な、なんだ今の?!」とひと騒ぎあったが、これと言って問題なく街にくり出すことができた。あ、休憩室から出ていく前に、ジードさんにしっかり挨拶してから街に向かったからな、無論。

 ただ、その際に俺を見るジードさんの表情が、何処か寂しげだったような気がした。



「なぁ、ネイツ。これからどこに行くんだ?」

「ん? そうだなぁ……」


 今俺たちは街の大道理を並んで歩いている。

 その街並みは随分と綺麗で、歴史オタの友人から無理矢理聞かされた話とは全然違う。

 この世界の文明レベルは精々中世くらいなのだろうと高を括っていた(この手の話だと、大概がその時代設定だ)が、建物や人々の格好以外の物が、俺の考えを大きく覆していた。


 大道理には街灯、それにゴミ箱なんかの環境整備がされている。

 街灯は多分、魔法で夜の街を明るくし、ゴミ箱は綺麗な道を保つのと、衛生問題を何とか解決するために置かれえているようだ。

 それを証明するように、目の前で串焼きを食べきった親子がゴミ箱に近付いてゴミを捨てている。他の場所に置いてあるゴミ箱では、中身がいっぱいのそれを箱ごと荷車に乗せて、空の箱を置いて何処かに持って行っている。

 更に、周囲をよく見ると、巡回している鎧を着た兵士さん(この人達は警邏だそうだ)の他に、同じような服を着て周囲に落ちているごみを拾ったり、箒を持って清掃活動している人たちまでいた。これを見ると、なんだか日本で特撮の撮影の為に造った撮影現場なのでは?と勘ぐってしまう。うん、どう考えてもおかしい……

 あの歴史オタから聞いた内容だと、こういう中世ヨーロッパのような時代と街並みだと、大道理を一歩踏み外すと、かなりの治安が悪かったり、衛生面で問題があったはずだ。建物の窓から排泄物を捨てたりして異臭がしていたり、ネズミなどが繁殖して疫病の原因になっていたりと言っていたから、まったくそんなことが無くて俺は安堵したよ。



 それに加えて、この街の外観に見覚えがあった。

 歩きながら何故そんなことを感じていたのかを、俺は直ぐに思い出せた。いや、自然と思い出させられた、と言うべきか……



 その理由は、俺の母親である母さんが原因だ。

 この人は何か事あるごとに、俺と妹に父親こと、父さんとの馴れ初めや父さんのどこに惚れて、どれだけ素晴らしい人なのかを教えようとするのだ。その際に、何所から取り出したのか、尋常じゃない量の写真(昔、父さんに撮ってもらった物だそう)を一枚一枚見せ、その当時のことを事細かに説明するから聞き役としては大変だった。

 説明する際に見せてくる写真の大概が海外の物で、背景をバックに、色んなアングルで母さんを撮影している物を見ていたことが、今回の見覚えのあるような感覚に繋がったのだ。


 でも、よく父さんは母さんと結婚することが出来たようなぁ~。

 俺の父さんは海外でインフラができ上がっていないような国に行って、それを解決するために飛び回っているすごい人だが、残念なことに、容姿全体が日本人の正に平均といった地味で無表情なフツメンである。

 それに比べ、母さんは金髪碧眼の笑顔が絶えない絶世の美女(外見年齢が10代でも通りそう)なのだ。それも、グラビアとファッションモデルなんか顔負けの完璧と言っていい程に整った顔と容姿で、俺と妹を産んでいる二児の母だ。決してマザコンではないが、身内から見ても非の打ち所がない完全無欠な美女に、何故これといって魅力があるように見えない父さん(この二人、実は同い年で40代後半だ)があそこまでぞっこんになるまで惚れさせられたか今でも謎である。

 因みに、俺は父さん似の外見で、妹は母さんに負けず劣らずの完璧美少女だった。俺もイケメンになりたかった!

 そんな当時のことを思い出し、かなりげんなりする。あぁ~、あの時の母さんの惚気話はきつかった……


「おい、タイキ。お前大丈夫か? なんだか顔色が悪そうだが……?」


 どうやらその気持ちが顔に出ていたらしく、何か説明してくれていたネイツがこちらを心配げに見ていた。


「あぁ~、悪い、ネイツ。昔、母さんからこんな街があるって聞いたことがあってな。その当時のことを思い出していたんだ」

「昔の……そうか。悪かったな、そんなことがあったとは知らなくて……」

「いや、気にすんなよ。こっちこそ、街について色々説明してくれてんのに、上の空で悪かったな」

「それこそ気にすんな。俺達はダチなんだからよ!」

「……おう、ありがとな!」


 ネイツから友達だと言われて、俺は何だか嬉しくなった。

 知らないうちに、もう会えない元の世界の家族や友人たちのことで気落ちしていたのかもしれないな。

 とりあえず、落ちかけた気持ちを持ち直し、俺は周囲をお上りさんよろしく見てみると……


「この街って、人間じゃない奴も結構いるな……」

「そりゃ、ここは辺境だし、最近は冒険者や商人たちがよく来るようになってな。他の街や国、果ては海を隔てた別の大陸からも色んな奴が集まるようになってんだよ。それにいちいち種族の違いで揉めるとか、馬鹿らしいだろ?」


 そう、俺の目の前には、正しくファンタジーの中に存在する人々が自由に歩きまわっていた。



 まずは最も多く、俺と同じ種族の『人間族(ヒューマン』

 頭部や臀部に、獣の耳や尻尾などの特徴を身体に持った『獣人族ワービースト

 整った顔と容姿、綺麗な金色の髪と人間よりも長い耳の『森人族エルフ

 低い身体で在りながら、巌の様な肉体と口髭が特徴的な『岩人族ドワーフ

 子供のように見えるが、自身よりも大きな物を持って走り回っている『小人族ノーム

 人の体の一部に鱗が生えており、正に屈強な戦士のような見た目の『竜人族ドラゴニュート

 成人男性よりも遥かに大きく、だがどの種族よりも温厚そうな『巨人族ギガンテス



 ざっと見ても、これ程多くの多種多様な人種(俺の主観だが)が争いもせずに一つの街で生活しているのは圧巻だな。

 これが前の世界なら、肌の色や考えが違うだけで殺し合いなんかしてたわけだから、文明レベルが低くてもこの世界の方が圧倒的に平和的だよな、絶対。

 そして、一つ気になることがあった。


「最近ってことは、前まではこんなに多くの人は居なかったのか?」

「おう、数年前にとある大陸から来た「魔族」って奴らがこの街に来てな」

「ま、魔族?」


 なんと、この世界ではゲームや小説なんかで悪役の定番である魔族が、普通に他の人々と平和に暮らしているのだ!


「なぁ、その魔族って、この街に何しに来たんだ? 商売でもしに来たのか?」

「それなんだがな? お前もこの街見てわかると思うけど、道にゴミなんかが落ちてないだろ? 実はこれ、その魔族達が来て領主様に指示と指導したことで実現できたことなんだ。何でも、こうすることで疫病の予防が出来るし、街の外観を保てて「イッセキニチョウ」だと。そんでな、この街灯。こいつは魔族達が発明した魔道具で、魔石を入れると夜の間も昼間みたいに明るくしてくれるんだよ!それで、酒場と娼館の方はかなり儲けが上がったらしいんだわ。しかもだ、この全てをその魔族の王様が思い付いたんだってんだから、相当スゲー国なんだぜ、絶対!」

「そ、そうなのか……」


 街が良くなっていくのが嬉しいのか、かなり興奮気味に説明するネイツに若干引きながら、俺はある可能性を考えていた。



 これって、所謂「内政チート」じゃね?

 それも、どちらかといえば日本でやっているようなことが見て取れるのだ。街灯は別の国だが、街の至るところにゴミ箱を置いたり、街中で清掃活動する人たちが居たりと、日本人なら誰だって日常的に見ている光景だった。

 それに、ネイツが片言で言っていたが、「一石二鳥」と言っている。これの意味が解るのは、前の世界の人間か。もしくは__


「……転生者、なのか……?」


 そう、俺と同じように、一度あっちの世界で死に、こっちの世界に日本人が魔族に生まれ変わっているのなら?

 それが魔族と言われる、人類の敵だった種族を纏めたとなれば……



「おい、急に何か考え出してどうしたんだ、タイキ?」


 そのまま思考に飲まれそうになっていると、急に横からネイツに話しかけられてからそちらを見ると、初めて会ってから休憩室に案内してもらって、中が殺風景だと言った時と同じように呆れた顔で俺の方を見ていた。


「俺が説明した後、急に黙っちまったと思ったら、随分難しそうな顔してやがったが……何か気になることでもあったか?」


 ネイツは途中から心配そうに話しかけてくれる。いかんいかん! せっかく街を案内してくれるのに、いらない心配事で悩んでいても仕方ないだろ。今は街の観光を楽しまないと!


「悪い、悪い。大したことじゃないから、心配すんなって!」

「そうか? ……ま、お前がそう言うなら、別にいいけどよ。ところでよ、タイキ?」

「ん? なんだ? この後のどこに行くか……」

「いや、お前……これからどうやって生活していくつもりなんだよ? 金持ってないだろ、お前?」

「あっ……」



 しっ、しまったーーーーー!? 俺、この世界の金持って無かったの忘れてた!!

 くっ! ま、まさか、こんな初歩的なことを忘れていたなんて! こ、これも、この街があまりにもファンタジー感が薄れているからだ! うん、そうに違いない!


 そんな風に内心で俺自身の考えを正当化しようと考えていると、ネイツが「こいつ、大丈夫か?」と、呆れと不安の混じった表情でこっちを見て盛大に溜息を吐いていた。クソッ! 普段の俺なら、こんなこと無いのに!


「まぁ、まずは仕事探しが先決だな。んで? タイキはどんな仕事がいいんだ?」

「そ、そうだな……」


 そう、今は俺が「うっかり」をしたことじゃなくて、今後の生活の糧を得るために働き先を見つけなくてはならないのだ!


「……森の中に行かないで、手っ取り早く稼げる仕事、とか?」


 うん、俺はもうあの森には入りたくない。心の底から!


「お、お前なぁ……はぁ~。とりあえず、手っ取り早く稼ぐなら、俺は冒険者がお勧めだな」

「おぉ~、冒険者!」


 またしても呆れられたが、ネイツから提案されたそれに、俺は自然にテンションが上がってしまう。

 だって、冒険者だぜ? 己の力と仲間との絆を頼りに、未知に挑み、あらゆる苦難に立ち向かいながら世の中を渡っていくロマン溢れる職業じゃないですか! 俺が興奮していると、ネイツが落ち着かせるためか、俺の肩に手を置いてきた。


「落ち着け。今から冒険者について教えてやるから、その握り締めた手を解け。な?」


 何故か興奮してる子供でもあやすようなネイツに俺は首を傾げるが、今から冒険者がどういう仕事か聞くために、一旦落ち着く。

 俺が落ち着いたのを確認し、ネイツは道を歩きながら説明を始める。



 そして、ネイツからの説明を聞いた俺は…………冒険者というものに、少し幻想を持っていたようだ。



 どうやら冒険者は【ギルド】と呼ばれる所で仕事を斡旋してもらい、それを達成することで報酬を貰えるという。

 うん、ここまでは普通だ。簡単に言えば、ハロワみたいなものか。

 だが、問題なのは、その仕事の内容と、ある「規則」についてだ。


 まず依頼には大きく三つに分かれていて、街の人達が出す「雑用依頼」と、商会や薬屋などの店か個人からの「収集依頼」。最後に、街からの脅威となりえる魔物を間引く「討伐or撃退依頼」である。

 雑用はその名の通りで、色んな所から面倒なことや、困っていることを報酬を支払うことで冒険者に助けて貰うというものだ。

 採取には二通りあり、店に出す商品を作るための素材集めや、採って来た物自体を他の場所に持っていて売り捌いたり、果ては金持ちの道楽の為に命の危険と報酬の額を天秤に掛けるなんてことをする依頼もあるらしい。

 そして最後に討伐だが、これは至って簡単。腕に自身のある人たちが魔物と戦い、その数と素材を売ることでお金を稼ぐのだ。この時に買い取られる素材は、ギルドから他の店に売りに出されるらしく、冒険者には多くの魔物の討伐と素材の持ち帰りを推奨しているとのこと。うん、お金が絡むと何処の世界もそんなに変わんないな。


 そんなこんなで、ギルドは基本的に冒険者の人達のサポートをしっかりし、それでいてギルドにも大きな利益を得るそうだ。

 無論、そんなお金が動く所が善意で仕事を紹介してくれるはずも無い。


 もしもギルドの施設で問題を起こせば、問答無用で豚箱へ。

 依頼の失敗は当然報酬は無いし、依頼主に損害を与えると賠償金が発生します。

 勿論、人を殺せば犯罪者として指名手はされ、捕まれば良くて犯罪奴隷(この世界には奴隷制度がまだ存在している)で、最悪捕まったと同時に絞首刑か斬首だそうだ。うん、怖いな!

 そんなこんなで、冒険者になる人達は、「全ては自己責任である」っと認識し、それを理解してから自身にあった依頼を受けるとのことだ。そりゃ、自分で面倒の種を撒くとか、馬鹿のすることだろ。



 これで一通りネイツからの説明が終わった。歩きながら聞いていたので、知らないうちに大道理の中央、大きな噴水が置かれた広間についていた。周囲では色々な屋台が並び、様々な人々が好きなところに座って各々で寛いでいる。


「ギルドについてはこんなもんだろ。ところで、まだ昼には早いが、先に飯にするか? それとも、ギルドに行って冒険者登録を済ませてから此処に食いに来るか?」

「そうだなぁ………うん、先にギルドに行こうと思う。面倒なことは先に済ませた方が、飯が美味いだろ?」

「ははっ、言うじゃねぇか! なら、ギルドに向うとすっか」

「そういえば、ネイツはなんでそんなにギルドに詳しいんだ? ネイツは別に冒険者じゃないんだろ?」

「そのことなんだが………ま、ギルドに行けば分かるって!」

「んん~、その言い方が気になるが……そうだな、行けば分かるか」

「うっし! そんじゃ、行こうぜ!」

「おう!」


 ネイツからの提案で一路、俺達はギルドに向うべく、お互いに軽口を叩きながらも、中央の広場から東通りに向かって歩きだした。










「スゲー……ギルドって、こんなにデカいんだな」

「スゲーだろ? ここはこの街で三番目にデカい建物だからな!」


 俺達は中央広場から東通り、通称「冒険者区画」に来ている。

 その名の通りで、ここらでは多くの武装した人たちが歩きまわり、周囲の建物もそんな彼ら彼女らに合わせ、定番の武器・防具屋から鍛冶屋、道具(遠方に出る時などに必要な物をそろえている)屋、薬屋などの冒険者が必要とする物がそろえてある通りになっている。

 そんな通りを進んでいると、周囲の建物とは異彩を放つ建物が存在している。



 それが今、俺達が見ているこの街アーバイル支部のギルド本部だ。



 外観は大きな石造りで、周囲の建物と違いどこか威圧感がある。

 そんな建物の中からは多くの冒険者らしき人達が出入りし、中から街の通りとは違う喧騒が聞こえてくる。うん、正に俺の知っている冒険者の集う場所だな!



「んじゃ、突っ立ってるのもなんだ、そろそろ中に入ろうぜ?」

「そうだな。よし! いざ、ギルドへ!」


 そんな意気込みと共に入り口のスイングドアを押し、中に入る。

 すると、視線の先には、かなりの広さがある空間が存在していた。


 まず正面には半円形の大きな受付カウンターが存在し、その前で多くの冒険者たちが受付の人達と何やら会話をしている。

 右手は酒場なのか、幾つものテーブルでそれぞれが酒や料理を頼んでどんちゃん騒ぎしたり、口喧嘩していようだ。どうやら、外まで聞こえていた声の出所はあそこみたいだな。

 左手側は正面のカウンターとは別で、人は少ないが何やら大きな袋を職員に渡し、その後に職員さんからトレーに乗せた硬貨のような物を受け取ると離れて行く人が何人かいた。あっちは換金所みたいなものかな?


 そんな風に周囲を見ていると……


「ほら、さっさと行くぞ」


 一緒に扉を潜っていたネイツに諭され、俺は彼の後を追う。そんな俺達に周囲に居た奴や、酒場で飲んでいた奴らからかなりの数の視線を感じる。これ、お約束で絡まれたりしないよな?

 俺は若干の不安を感じていると、ネイツは真っ直ぐに正面のカウンター、その一番右奥の方に向かって歩き、そこに座っている女性職員の前に立つ。


「よう、ミーヤ。相変わらず、お前の方にあんま人が来ねえな」

「あら、ネイツじゃない。なに? とうとう警備隊をクビにでもなったの?」

「ばーか、んなことあるかよ!」


 ネイツは気安い感じでカウンターに居た女性職員、ミーヤさんに話しかけると、相手もそんなネイツに軽い毒舌で返している。

彼女の容姿だが、正直に言って可愛い。母さんや妹とは違った美人さんで、紅葉のような紅い髪と瞳の色をしており、愛らしい顔に少し釣り目なところが男心をくすぐるような人だ。制服は、修学旅行のバスでアナウンスしてくれていた添乗員さんが着ていた服によく似ている。どうやら、ネイツがギルドに詳しいのは、彼女が居たからのようだ。

 うん、ネイツの奴、意外なことに彼女が居たらしい。俺は前の世界では彼女なんて居なかったし、何故か妹から「知らない男の人から告白されて、本当に面倒だよ」とか愚痴を聞かされていたなぁ~……あれ、おかしいな?目から汗が出るぞ?

 そんな目の前にある現実から若干逃避していると、ネイツの後ろに俺が立っていたことにようやく気付いたミーヤさんが首を傾げている。


「……ねぇ、ネイツ。あんたの後ろで今にも膝から崩れ落ちそうになってる人、あんたの知り合い?」

「おう! こいつはタイキ、昨日会ってからダチになったんだ! ……てか、なんでお前今にも泣きそうになってんだ?」


 二人から話しかけらえれたことで現実に戻り、目のから流れた汗を袖で拭い、ミーヤさんの方に向き直る。


「始めて、タイキって言います。昨日この街に来たばかりで、右も左も分かりませんが、よろしくお願いいたします」

「これはどうもご丁寧にありがとうございます。私は冒険者ギルド、アーバイル支部の受付嬢をしているミーヤと申します」


 お互い丁寧にあいさつを交わし、先程の微妙な雰囲気を払拭する。


「ところでネイツ。なんであんたが、タイキさんを連れてここに来てるのよ?」

「あぁ、それなんだがな……」


 ミーヤさんからの質問に、ネイツは昨夜の門でのことから今朝のやり取り、ここに連れてきた理由なんかを説明する。そこまで聞いたミーヤさんは所々で不思議そうに首を傾げていたが、俺が仕事を得ようとここに来たことを理解してもらえたようだ。

 だが、俺も所々に不自然な点があったが、あまり気にする必要もないかと思ってスルーすることにした。


「タイキさん……随分と、大変な目にあったんですね」

「いえ、この街に来てジードさんやネイツに会って、色々と親切にしてもらってますから、そんなに大変じゃないですよ。ネイツなんて、会って間もないのに、俺と友人になってくれましたし」

「ハハハ! タイキは本当に気のいい奴だよな!」


 俺がそんなことをいうと、照れ隠しなのか、ネイツからバシバシッと背中を叩かれる。いや、地味に痛いから止めてくれる?!

 そんな俺の様子を見かねたのか、ミーヤさんは呆れの混じった声でネイツに注意をしてくれる。


「あんたね、いい加減に叩くの止めてやりなさいよ。そんな事より、タイキさんの冒険者登録に来たんでしょ?」

「おう、そうだったな!」

「まったく……すみません、タイキさん。こいつ、見た目道りの脳筋でして」

「おいこら、ミーヤ。誰が脳筋だ、だ・れ・が!」

「はい、ではこちらの用紙に必要事項を記入してくださいね。あ、名前以外で書きたくない項目があるようでしたら、空欄のままで構いませんから」

「無視すんな!?」


 ミーヤさんはネイツのことをガン無視しながら、こちらに一枚の羊皮紙(羊の皮を薄く鞣した用紙)を差し出してくる。

 用紙には各項目に分けられていて、名前から順に年齢や性別、種族、現在の職業、Skill、得意な武器や魔法などについて記入欄がある。だが先程のミーヤさんはの言葉から察するに、名前以外には特に記入をしなくてもいいらしい。

 それと一緒に羽ペン(ペンの先が脆く、折れやすいそうだ)とインクの入った小さな壺を渡され、早速カウンターに置かれた羊皮紙に記入を始める。

 その間、隣にいつネイツから「おい、無視か。お前まで無視なのか?」と声を掛けられるが、今は目の前にある用紙の方に集中したいから黙っててくれないかな? まぁ、直接言う気はないが。


 それから数分で空欄はあるが書き終え、それをミーヤさんに渡す。


「書き終わりました。お願いします」

「はい、お預かりします。……はい、問題ありません。それでは、今度はこちらをお願いします」


 そう言ってミーヤさんはカウンターの下から何やら金属の板を取り出し、それをカウンターの上に置く。

 その金属の板をよく見ると、右下辺りにビー玉くらいの小さく透明な球が填め込まれている。これってどこかで……


「これは冒険者の方々のStatusを確認するための魔道具です。そこに填め込まれている水晶に触れて下されば、触れた方のStatusをこの板に映し出すことが出来るんです」


 金属の板を不思議そうに見ていた俺に、ミーヤさんからどういった物なのか教えてくれる。そして、俺はそれを聞いてあることを思い出した。

 この街に初めてたどり着いた際に、ネイツが何処かからか持ってきた水晶が乗った板だ。あれも確か魔道具とか言ってたし、これも似たような物なのか?


 ならばと、俺は試しに板に取り付けられている水晶に指先で触れると、板の上に見たことのあるガラスのような画面が浮き上がる。

 どうやら、俺の考えは合っていたようだ。


「問題なくStatusが表示されましたね。確認のため、こちらで一度Statusを見せていただいてもよろしかったでしょうか?」

「はい、大丈夫です」

「では、拝見させていただきます」


 ミーヤさんからStatusの確認の有無を聞かれたので、俺はそれに頷いておく。まぁ、俺のStatusは【女神の虚偽隠蔽】の効果で、Statusを偽装してあるらしいし、問題ないだろう。


 俺からの承諾を得たミーヤさんは、金属の板を自分の方に向け、表示されているStatusに目を通していく。すると、隣でいじけていたネイツが俺のStatusが気になったのか、金属の板を覗き込みながら、「ほ~……へぇ~……」としきりに声を出している。

 おい、あんまりジロジロ見るなよ。なんか、恥ずかしいだろ!

 そんなネイツに注意をしてもらおうと、ミーヤさんの方に視線を向けると……


「……」


 何故か大きく目を見開いて固まってしまっているミーヤさん。え、なに? そんなにヤバイことが書かれてるのか?

 一抹の不安を感じ、俺も板に表示されている偽のStatusを確認してみる。




名前:タイキ

Level:52

種族:人間種

職種:なし


HP:20520/20520

MP:214/214


STP:461

DEP:386

VIT:355

INT:405

MND:248

AGI:509

LUK:14


一般Skill:

・剣術(3/10)・短剣術(4/10)・大剣術(2/10)・投擲(5/10)・隠密(5/10)・速足(7/10)


固有Skill:

・次元魔法(2/10)・自動再生(-)・毒軽減(8/10)



 うん急激にLevelが下がってるな。元の1/10しかないじゃんか、これ。

 HPは激減で、逆にMPは元の七十倍あるぞ。Statusも真面に数字が書かれてはいるが、基本的な数値が欲しいわ。これが正常な数値か、それとも異常な数値なのかが判らん。

 Skillなんて、持っていなかった一般と固有があって、特殊が消えてしまってる。やっぱり、あれらのSkillたちは異常というか、規格外の代物だったんだろう。やっぱり女神ってバカなんじゃ……


 表示されているSkillが気になって、その文字をジッと見つめていると、どうやら詳しく見ることが出来るようだ。


 一般にある「剣術」「短剣術」「大剣術」はその名の通りで、その使う武器を上手く使えるようになるものだった。「投擲」は物を投げる時の命中率と威力の上昇、「隠密」は気配を薄く出来きて、「速足」は移動速度の底上げとなっている。

 うん、これはちまちまとHPを削っていくタイプで偽装してるのかな?

 固有の方も、俺の持つ「次元魔法」はどうやら【無限収納】の、「毒軽減」は【状態異常完全無効】に対してのフェイクとしているようだな。これで少しくらい物を取り出しても怪しまれはしないだろう。

 ただ、「自動回復」に関しては意味が分からん。これ、付ける必要あったか? このSkill、どうやら傷を負っても時間があれば、重傷でさえ回復してしまうと言う、ある意味バグSkillである。絶対必要なかったような、これ? 俺は人間やめる気ないぞ?


 今、ミーヤさんの視線は固有Skillに固定されていているし、ネイツもそれを見て「おお!やっぱり、さっきのは魔法だったか!」なんて言いながら、俺の背中をまた叩きだす。だから、痛いんだよ!

 俺は仕方なく、放心状態のミーヤさんに声を掛けようと__



「よう、ネイツじゃねーか!どうした? ミーヤをデートにでも誘いに来たのか?」



 ……する前に、カウンターの奥にあった階段から軽い感じで、男がネイツに話しかけてきた。

 そちらに視線を向けると、そこには紅髪紅瞳の壮年の男が意地の悪そうな笑顔でこちらに向って歩いて来る。

 ネイツよりも大きな肉体に、鋼のような肉体が服の上からでも判るほどに盛り上がっており、俺は見上げる形になってしまっている。着ている服は俺やネイツの物よりも仕立てがいいし、もしかするとお偉いさんかとネイツに視線を向けてみる。だが話しかけられた本人は、心底嫌そうに顔を顰めていた。いや、お前らいったいどういう関係だよ。


「ウォルフさん………俺がミーヤとそんな関係じゃないって、何度も言ってるだろう?」

「ナッハハハ! そう恥ずかしがるなって!」

「いや、俺は別に恥ずかしがってる訳じゃ……」


 おー、ネイツの奴、かなり顔が引きつってやがるな。それより、このおっさん、全然人の話聞かないタイプなのな。


「……んで? 何でミーヤは机に視線向けたまま固まってんだ? それに、そこに居る野郎はお前の連れか?」


 次におっさんは俺に視線を向けてくる。上から下まで見定める様に見ていき、ある程度何か分かったのか「うんうん、なるほど……」などと勝手に納得している。いや、怖いはこの人……

 そんなことを考えていると


「そ、そうだ、こいつはタイキって言って、俺のダチなんだ!こいつ、冒険者になるために今日は来てんだが……ウォルフさん、こいつに稽古つけてやってくれないか?」

「……は?」


 ネイツの奴が、いきなりそんなことを出だしやがったのだ。

 いやいやいやいや、初対面のおっさんに、それもどう考えても面倒な臭いがしてる奴に何言ってやがんだ、こいつ?!


「おう、そうなのか! よし、坊主。このウォルフ様が、いっちょ稽古をつけてやる!行くぞ!」

「いや、ちょっ、まっ……!?」


 おっさん、ウォルフに腕を掴まれると、そのままズルズルとカウンターの直ぐ脇にある通路に向って引きずられていく。俺は抗議しながらネイツに非難の視線を向けるが、奴は「すまん!許せ!」というかのように、俺に向って拝んでいやがった。クソッ!後で覚えてろよ!?











 それからウォルフに引きずられて連れてこられた場所は、どうやら運動場のような場所だった。

 地面はむき出しだが、周囲には建物と同じ様に石の壁で覆われている。その中では、あちこちで剣を持った人たちが打ち合ったり、弓を構えた人たちが離れた的に矢を射たり、あるいは集団で陣形を組んで色々と意見交換をしている光景があった。

 だが、それも俺を引きずって来たウォルフを見たと同時に視線がこちらに集まる。

 何でみんな、こっちの方に注目してんの? てか、このおっさんマジで何者だよ?!


 そして俺は今、そのおっさんと正面から対峙していた……何故こうなった!


「あ、あの~、ウォルフ、さん……?」

「おう! 俺のことは気にせず、かかってこいやぁ!」

「えぇ~……」


 こっちが何か言う前に、あっちはこちらに向って持っていた剣をこちらに向けて正面に構える。

 俺はうんざりしながらも、右手に持っていた剣に視線を向ける。何故剣を持ってるか? そんなの、ウォルフのおっさんがここに来たと同時に、「よし、これを持て!」と言って、刃を潰した直剣を無理矢理押し付けられ、そして今になる。

 うん、この人とはもう今後は関わり合いたくねぇ~……


「なんだ、来ねえのか? なら、こっちから行くぜ!」

「っ?!」


 言うが早いか、動くが早いか、こっちに声をかけると同時に、俺に向って剣を振り上げて突進してきやがった!

 剣は俺の右肩を狙った軌道で、俺はそれを瞬時におっさんの右脇に向って飛び込むように回避する。

 これなら、剣の軌道から逸れるし、そのままおっさんの後ろに回り込めると行動したのだが……俺は背筋に寒気を感じ、視線だけでおっさんの方を見ると、おっさんはこっちを見ながら口元を獰猛に歪めている。ヤバイ!


 直感でそう感じたと同時に、手に持っていた剣の腹を背後に向るよう背に担ぐと、背後からとんでもない衝撃が襲ってきた。そのままの勢いで吹き飛ばされ、何度か転がりながらもどうにか立ち上って体制を立て直す。

 視線をさっきまで俺がいたところに向けると、そこにはおっさんが剣をに振り抜いた格好でこちらを見ていた。その顔には、好奇心と闘争心が入り混じっていて、口元なんか「楽しくて仕方ないぜ!」と言いたげに口角が上がりっぱなしである。やめろ! そんなおもちゃを見つけたような視線で俺を見るな!


 それから、何故か周囲からどよめきのような声が耳に入ってくる。やれ「動きが見えなかった」だ、「ウォルフさんの一撃を防ぎやがった……」だ。こっちを観戦していた外野の連中からも、色々な感情がこもった視線が向けられる。お前ら! 頼むから、この戦闘バカなおっさんを止めてくれ!

 視線でそんなことを訴えたが、それを理解できた奴らは、一様に俺から視線を逸らしやがた!


「次も避けれるか!?」


 心の中で毒づいていると、体制を整えたおっさんが剣を中段に構え、またこっちに向って突進してくる。今度は横薙ぎの一撃が来ると考えた俺はその場でしゃがもうと身構えたが……それは悪手だと頭の中で、本能という警報が早鐘のごとく鳴り響く。

 それに従い、俺は【無限収納】から左手に錆びた短剣を一つ取り出し、右に持っていた剣と短剣をおっさんの剣に打ち合わせる軌道で振り抜く!おっさんの方も俺の動きを分かっていながら、そんなの気にした様子もなく、そのまま剣を俺に向って振る。そして……



バキィィイインッ!



 俺の剣と短剣、おっさんの剣がぶつかると同時に、双方の剣が半ばから粉々に砕け散ってしまった。


「あちゃ~、またやっちまった。こりゃ、ミーヤの奴にどやされそうだなぁ……」

「……し、死ぬかと思った」


 ま、まさか、仕事を探す為にここに来たつもりが、対人戦。それも、どう考えても、森の中で戦ってきたどの魔物とも違った威圧感を感じながらだ、精神的にも肉体的にもどっと疲れた……

 あまりの疲労感に、俺はその場に座る。すると、そんな俺を見たおっさんが、こっちに近づいて来る。そしてちょうど俺の右隣に来ると、俺の隣に腰を下ろして、そのまま俺の肩に腕を回し、いたずら小僧のような笑顔で話しかけてきた。


「いや~、楽しかったなぁー、おい!」 

「俺は楽しくないし、死ぬかと思いましたよ……」

「敬語じゃなくて構わねえよ。お前、かなり腕があるみてぇじゃねーか、なあ?」

「……そんなんじゃねぇよ、マジで。おっさん、いったい何者だよ? 剣を打ち合うだけで、あんなことに普通はならねえだろ?」

「あ? お前、武技アーツを知らねえんか? よくそんなんで、俺が使った《破砕斬》と打ち合えたもんだ。ガッハッハ!」


 俺からの質問を華麗にスルーしやがったおっさんは、空いている腕で自身の膝を叩きながら大笑いしてやがる。う、うぜぇ……

 そんなおっさんを無視して、俺はこっそり周囲に視線を巡らすが、先程から観戦していた連中は、揃いも揃って目を見開き、顎が外れてしまってるんじゃないかと心配になるくらいに口を開いていた。うん、完全に間抜け面である。

 あぁぁ……初っ端から目立つとか、馬鹿だろ俺?


「それにしてもよ、まさか俺の攻撃を防ぐことにも驚いたが、何所からともなく短剣が現れたことに俺ぁ度肝を抜かれたぜ!あらー、お前の固有Skillで出したのか?」

「ん? あぁ~……まぁ、そんなもんだな」

「そうかそうか!ところでよ……」


 さっきの模擬戦?の対応について聞かれるのかと俺が考えていると



「……Statusを偽装するなら、もっと上手く改竄かいざんすべきだったな、坊主」

「……なんのことだ?」



 小声で俺のSkillが偽装されているものだと、あっさり告げられた。それに対してどうにか平静を装いながら返答したが、どうやら無駄のようだ。おっさんの表情から分かる。口角は今まで通りに吊り上がってはいるが、俺に向けている目からは獲物を狙う狩人、いや、この場合は森で幾度となく晒された、魔物たちが俺に向けてきていたものとほぼ同質のそれだ。

 マジでこのおっさん、只者じゃなさそうだな……


「カウンターの上に置いてあった鑑定具、アレに載ってた内容はハッキリ言って歪すぎる。Levelに対して内容がちぐはぐなんだよ。まず、お前のLevelでなら各Statusは平均で100~200前後、んで内容の数値のLevelなら120くらいないとおかしいな。お前は俺が何者かについて聞いてきたが、逆に聞くぞ? お前、いったい何なんだ?」


 ヤバイことになったな、それもかなりの。おっさんからは感じる威圧感が上がっている。ここで返答を間違えれば、さっきの模擬戦以上の戦闘……それも、殺し合いが始まりかねない。頭の中で質問に対する返答を考え始めようとして、ふと周囲からざわついた声が聞こえてきているに俺とおっさんが気付く。

 周囲の奴らを見てみると、ある一点を見て固まっている。俺らもつられてそちらに視線を向けると……



「み~つ~け~たーーー!」



 視線の先、俺とおっさんがここに来る際に使った通路の入り口。その前で、一人の女性職員……ミーヤさんがこちらを怒りの形相で睨んでいる。それも、彼女の手には気を失った男の襟首を掴んで……

 いや、あれ間違いなくネイツだよな? 何であいつ、気を失ってる上に、顔面があんなに腫れあがってるんだ?

 まさかの光景に、俺の思考が停止いていると、ミーヤさんがこっちに向って肩を怒らせながら歩いて来る。何故かネイツを引くずりながら。てか、よくあの細身でネイツを余裕で引きずれるなぁ。


見当違いなことを勝手に感心していると、ミーヤさんが俺達の正面に立ち、掴んでいたネイツを投げ捨てる。うん、扱いが雑だし酷いなぁー……てか、こいつら付き合ってんじゃないのか?

 そのミーヤさんは、俺達を見下ろす形でこっちを睨んでいた。いや、正確には俺の隣、ウォルフのおっさんに向けてだが……

 向けられてるおっさんはというと、俺の肩に回していた腕を離し、両腕を降参するかのように頭上に挙げて固まっている。額からは滝の様に大量の汗をかいてるし、顔には「や、ヤバイ!」っと見れば判るくらいに引き攣っている。

 この状況を誰かに説明してもらおうと、最初にネイツに視線を向けるが、こいつは顔面が腫れあがった上に気を失っているから論外。次に周囲にいた観戦者、もとい野次馬共に視線を向けるが、あいつらそそくさと入り口から逃げてやがった!最後にこっちに気付いた冒険者のおっさんがこっちに向って「頑張れ!」とでもいうようにサムズアップして消えやがった。クソッ!なんて奴らだ!


 内心で逃げた奴らに悪態をついている間も、ミーヤさんの視線は絶対零度の様に冷たくなっていき、それに比例しておっさんの体が小刻みに震えている。うん、ミーヤさんは怒らせないようにしよう。


「……ギルドマスター。あなたはここで、いったい、その人に、何をさせているのですか?」

「い、いやな、ミーヤ? お、俺はこの坊主がどれくらい実力があるのか確認を__」

「それをするのは、あなたではなく、監督役の冒険者の方々が居ますよね? それに、あなたには執務室にある書類を片付けてもらわなくてはいけないのですが……何故、このようなところで油を売っているのでしょうか?」

「い、いや、その……」


 ミーヤさんの説教に、おっさんの声がどんどん小さくなっていく。なんだか哀れになってきたぞ……

 だが、ミーヤさんの説教はまだ終わりではないらしい。


「それに、そこに落ちている柄だけの剣ですが、あれはギルドの備品のはずの。何故、半ばから無くなっているのですか? それも三本も」

「ま、待てミーヤ!た、確かに剣の方は備品だが、短剣は坊主の物で__」

「なおのこと悪いでしょうが!? いったい何をしているんですか?! 人様に無理矢理戦闘を強要した上に、その相手の所有していた武器まで破壊してしまうとか、少しはギルドマスターとしての自覚というものを……!!」


 あぁー、おっさんが無理に言い訳したせいで、更に怒らせてしまったようだ。


「今回の件はお母さんに報告しますからね。それと、来月のおこずかいから今回のタイキさんへの迷惑料と破壊された武器の補填金、更に今回の戦闘に使われた剣二本分も引いておきますから」

「そ、そんな?!」

「……お父さん?」

「…………すいませんでした」


 ミーヤさんの冷え切った声に、おっさんは地面に頭を擦り付ける様に深々と頭を下げる。

 話の内容でウォルフのおっさんが、アーバイル支部のギルドマスターであること。ミーヤさんの父親であることが分かった。分かったのだが……

 こんな危険なおっさんがこの組織のトップで大丈夫なのか? うわぁ~、急に冒険者になるのが不安になってきたぞ?


 目の前の父娘の説教風景を見ながらボケーと眺めていると、ミーヤさんがこちらに向き直る。その表情は、心底申し訳ないというように眉根を下げている。……その後ろでは、気を失って顔面が腫れあがって地面に寝ているネイツと、娘に頭を下げながら「頼む!お願いだから、母さんには報告しないでくれ!」と懇願するおっさんの姿がある。カオスだなぁ……


「タイキさん、申し訳ございません。うちの脳筋バカと戦闘バカがご迷惑をおかけしました。今回はギルドがあなたの冒険者になる際に必要な費用、及び破壊された短剣をこちらで買い取る形でそちらに補填金をお支払いいたしますので、どうか今回の件は不問にして頂けないでしょうか?」

「えっ? あ、あぁ、そんなに畏まらないで下さい。確かに2人には迷惑を被りましたが、ネイツにはこの後夕食を奢ってもらいますし、おっさん……ウォルフさんとの戦闘で壊れた短剣は森の中で拾った物で、そんなに大切な物でもないから気にしないでいいですよ。逆に、登録料をそちらが肩代わりしてもらえるだけでもこっちからすれば儲けですよ」

「ありがとうございます、タイキさん……」


 ミーヤさんからの提案に、俺はできうる限り朗らかに返答する。それを見た彼女も一安心したのか、胸をなでおろしながら笑い返してくれる。その後ろでも、おっさんが「よ、よかった~……」と言って安堵している。おい、俺はおっさんを許した覚えはないんだが?


 そして、その安堵の声が聞こえていたミーヤさんは、笑顔のまま額に青筋を浮かべながら振り返る。


「では、そろそろ部屋に戻って書類整理の続きをして頂きましょうか、ギルドマスター?」

「ん? いや、もう昼になるし、それを食ってから__」

「そんな時間はありません。さぁ、行きますよ」

「うぇ、ちょっ、まギャァアアーーーー………!!」


 ミーヤさんはおっさんの顔面を掴むと、そのままズルズルと引きずって行こうとする。おっさんも何とか逃げ出そうとしているが、掴まれている手は完全に固定されていて動かないようだ。陥没しないよな、あれ?

 すると、出口に向かっていたミーヤさんが急にこちらに振り向く。


「タイキさん、そろそろお昼ですので、今日はギルドの方で食べいかれてはいかがですか? 今回のことのお詫びとして、こちらが代金は持ちますので、どうぞ遠慮なく食べて行ってください。最後に、冒険者登録についてですが、こちらで色々と手続きがありますから、後日にまたギルドにいらし下さい。では、失礼します」


 それだけ言うと、彼女はまた入り口に向って歩いて行く。……その時既におっさんがピクピクと痙攣していたのは見なかったことにしよう。

 最後にその場に残されたのは、気を失ったネイツと、先程もでの怒涛のことで呆然としている俺の二人だけが残された。



「……随分とキャラの濃い人達だったな。それにしても……こいつ、どうすりゃいいんだ?」



 俺は地面で今だに起きる気配のないネイツを見ながら、戦闘の疲れと、これからのことに暗澹と思いながら、深く溜息を吐いた。



アーバイル支部ギルドマスターの執務室


「なぁ、ミーヤ……」

「なに? まだ全然書類の数が減ってないけど?」モグモグ

「いや、俺にもそのサンドイッチを__」

「あら、お父さんはしなきゃいけない仕事を放置した挙句、いつの間にか娘にお昼をたかるような情けない人になったのかしら?」

「ぐぅっ!」

「あと、この書類に書き存じがあるから、もう一度見直してね?」

「……はい」カリカリ



「ところで、お父さんに一つ聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「……どうして、タイキさんと模擬戦を行ったの?」

「……そのこと、か」


「えぇ。いくらお父さん、ギルドマスターであっても、まさか一人の冒険者になっていない人に、ネイツが煽ったのだとしてもいきなり模擬戦をしたことが腑に落ちないの。いったい、アレは何の意味があったの?」

「……ミーヤ。お前は、俺がこのギルドのマスターになった経緯を覚えているか?」

「えぇ、覚えている。お母さんから聞いてた話だと、この街の領主で公爵様がお父さんの持つ『視認して相手のStatusを正確に(・・・)確認できる目』を持っているら、この街の治安維持と冒険者に対する抑止力になると判断して、その地位に就かせたと。でも、それとこの話と、どう関係があるのよ?」


「ミーヤ、お前今言ったよな? 俺の目は他人のStatusを覗き見ることが出来るって……だがな、それがあの坊主には通じなかった。いや、疎外されたってのが正しいな」

「そ、それって……っ!」

「俺が確認できるのは、Levelが俺より低い奴らだけだ。俺より強い奴には通用しない。ミーヤ、俺の現在のLevelがどのくらいか覚えているか?」


「……211」


「そう、そんなLevelの俺が、どう見てもLevelの低そうな、冒険者でも騎士でもねぇ奴に弾かれた。これが、どういう意味か解るな?」

「で、でも、お父さんの目はStatusを偽装しても見破ることが出来るのよね? それで……」

「あぁ、俺もそれで奴の強さが判ると思った。思っていたが……無理だった」

「……」


「どういう理由でこの街に来たのかは知らんが、あいつをのさばらせて置くわけにはいかねぇだろ?」

「そうね……何とか手を打たないと」

「そこで、だ。俺はあいつのランクを鉄級アイアンをすっ飛ばして、金級ゴールドに昇格させようと考えている」

「っ!? しょ、正気なの?!」

「あぁ、至って正気だ。それにな、あの場には俺と坊主以外にも、多くの目があったんだ。俺と同等かそれ以上にやり合える奴が居て、それに見合わないランクを付けてみろ? 他の連中から叩き上げを喰らうぞ?」

「そ、それは……」

「それに、ここで強い奴が居るってことは、このギルドに箔が着くってもんだ!これをうまく利用しない手はねえだろ?」

「……」


「そういうことで、資料製作に取り掛かってくれ。他のギルドには俺から連絡を入れておく。なぁ~に、心配すんな!お前とネイツの奴に迷惑は__」

「お父さん、今回の報告に、『たびたび受付嬢の胸やお尻に視線を向けていた』ことも付け足しておくから、覚悟してね?」

「なっ!? ちょ、ちょっと待ってくれミーヤ! 頼むから無言で部屋を出て行かないでくれぇぇええ!?」



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