魔王召喚編 07
「ど、どうぞ、座ってくれ……」
「はい。ありがとうございます」
現在、モッカス男爵領を治める現当主であるアゼルから座る様に勧められた令士は、彼と対面にあるソファーに腰を下ろす。アゼルは令士からの申し出と人相に委縮し、令士の方は落ち着いた表情で正面に座る自身と同じくらいの年齢の男爵と向かい合う。そんな二人の対照的な反応はをアゼルの背後に控えているイワンは、自身の仕えている主人の同様した様子に何とも言えない不安を感じていた。
(アゼル様はもう少し表情を隠すくらいの芸当を覚えてもらいたいですな……それに、このような形ではありましたが、御客人にお茶の一つもお出しできないとは……)
家令であるイワンは令士が来たことに動揺はしたものの、せっかく訪れた客人をもてなすことが出来ないことを残念に思うと同時に、そうしたことすらできない現状に不甲斐なさを感じずにはいられなかった。
こういった貴族の家や店を持つ商人たちは訪れた客人や取引相手を迎え入れる、あるいは歓迎する意味を込めてお茶やお酒などの飲み物や軽食等を用意するのがその家の財力と相手をどれ程遇しているのかを示す基準となっている。
だが残念なことに、それはこのモッカス男爵領では無理であった。
今現在の領地では国への税と徴兵に出されたことによる若い領民の減少。それによる領民達の生活が困窮したことで領地から人が離れて行ってしまって更に苦しくなっているのだ。それによる税への補填に男爵自らの私財を売り払うことでなんとか生活と税の支払いをしている状態であった。
なので、人が訪れてもお茶を出してもてなすことすら出来なかった。
そんなことを知らない令士は、飲み物が出ないことに特に気にすることもなく、正面で硬直しているアゼル男爵に向って話しかける。
「それではモッカス男爵、改めて名乗らせていただきます。私は黒騎令士という平民でございます。この度は急な面会に応じていただき、大変感謝しております」
「う、うむ。き、気にする必要はない」
令士が座ったままで深く頭を下げるのに対し、モッカス男爵は上ずった声で大仰に答える。
そんな男爵の対応に、後ろで見ているイワンは頭を抱えたくなる。貴族ではあるが、下級貴族であり現状かなり窮地に置かれている。そんな時に自分達に手を差し伸べ、この窮地を脱する方法を提示しようという相手に対しあまりにも礼を失した対応に呆れてしまう。
だが男爵はそんなことよりも、目の前の令士をできうる限り穏便に帰ってもらうことだけに気を取られていた。
(こ、これ以上の面倒はごめんだ……。は、早く、この男を屋敷から追い出さないと……)
男爵は目の前にいる令士を怒らせないようにしながらどのようにして追い出すかだけを考える。そんな緊張を覚えながら首筋に嫌な汗をかいていると、彼の考えを中断させるような形で令士が男爵に話を振る。
「では早速で申し訳ありませんが、これから幾つかのこちらから質問をしますので、それに男爵にはお答えしていただきたい。勿論、お答えしたくない質問がありましたら無理に答える必要はありません」
「そ、それは、いったいどのような意味があるんだ?」
「はい。これは情報の照合を行う為です。こちらの知る情報とそちらの知る情報で差違が無いかの確認に加え、現状を更に明確にするために行います。これにより、そちらの情報から私が提示できる内容を精査でき、それがどの程度の期間、規模、利益になるかなども含めてご説明することが出来るようになります」
「そ、そう、なのか……」
「えぇ。ではこれから質問をしていきます。それでは最初に__」
それから令士は道中でディグから服の対価として提供した情報の齟齬が無いかを確認をすると同時に、今現在置かれている領地の問題について質問し、自身の認識と違いを見極めていく。
その幾つもの質問、特に一般的なことについてまで聞かれた男爵はその内容の意味が理解できなずにいた。それでも相手を不快にさせないようにと聞かれた内容、自身が治める領地の現状についても言葉を濁しながらも全て答えていく。
「__男爵。ここまで質問にお答えいただき、感謝いたします」
「あ、あぁ……」
そんな質疑応答を二時間程繰り返し、ようやく令士は質問することを止める。その彼は内心で提示された情報が正確であったことと、男爵領に対する認識に間違いがなかったことに安堵した。
(よし。これなら、これから提示する内容でも問題なく人々の生活と利益を得ることができる。後は……)
令士は話している最中も男爵の後ろで黙って見ていたイワンに申し訳なさそうに話しかける。
「イワンさん。申し訳ございませんが、お水を一杯いただけないでしょうか? 大分長い時間話していたので喉が渇いてしまいました。催促するようで気が引けるのですが……」
「これは、こちらも気が回らず申し訳ございません。直ぐにお持ち致しますので、少々お待ちいただけますでしょうか」
「はい。お願いします」
そう彼は頼むと、イワンは一言断りを入れてから部屋から出て行った。
そうして残された二人……アゼル男爵の方は対面の令士と残されたことで、質疑応答が終わったことで緩みかけていた気持ちが一気に緊張していく。何時相手が彼に、令士が男爵に脅しか暴力で訴えてくるのではという恐怖がまた湧き上がってくる。
その対面に座っている令士は、ソファーの背もたれに少し体重をかけ、疲れた目頭を軽く揉み解す。十秒ほどそうした後、彼は表情と目を真剣なものに変えてから最後の質問を投げかける。
「男爵。もう一つ、これが正真正銘最後の質問です」
「な、なんだ……?」
「……あなたにとって、守るべきものはなんですか?」
「民だ。自身の領地に住む領民達が、私の守るべきものだ」
令士からの「守るべきもの」といった曖昧な質問に対し、男爵はなんの迷いもなく「民」であると即答した。質問された男爵は質問の意味が理解できず、懐疑的な視線を令士に向ける。それを受けながら令士は口元が軽く弧を描く。
「その言葉を聞いて、私は安心いたしました」
「?」
質問の答えを聞いた令士が急に笑みを浮かべたことに、更に意味が理解できなかった男爵は疑問符を浮かべながら首を傾げる。
その後は特に話すことはなく、数分してから部屋を出て水を持ってくるイワンが戻って来た。
令士は持って来てもらった水の入った木製のコップを受け取りながらお礼をいい、その中身の水を半分ほどあおる。彼はまだ中身が残るコップをテーブルの上に置くと、同じように水を飲んでいた男爵とまた部屋を出る前と同じ位置に戻ったイワンに真剣な声音で語り出す。
「……モッカス男爵。先程までの質疑応答の内容を吟味し、貴方様に私の持つ現状を打開する案をお教えしたいと考えております」
「ほ、本当ですか、令士様?!」
「い、イワン!?」
窮地を打開する方法を教えると令士が言う言葉に食いつくように反応したのは男爵ではなく、その後ろで話を聞いたイワンであった。その反応に男爵は大いに驚いた。彼の知るこの老齢の家令であるイワンは父の代から仕えており、彼が小さい頃から仕えているこのイワンが普段しないような反応の仕方に驚かない筈がなかった。
まさかのイワンの反応に呆然としている男爵をよそに、令士は穏やかな……彼自身からすれば穏やかな表情で頷く。
「はい、今の現状を私自身もどうにかしたいと感じていると同時に、微力ながら彼らを救うことのお手伝いになるならばと思っております」
「「おぉ……」」
目の前の令士から出た言葉を聞いた二人は、この領地の人間でもない彼の言葉に感じ入ってしまった。これ程に慈悲深い考えを持ち、それを自分達に手を差し伸べてくれていることに胸にこみあげてくるものがあった。そんな男爵とイワンの二人はどのようにして領民達を救う方法は何かを今すぐ聞きたいという期待の籠った眼差しを向けるが、令士はそんな二人を手で制す。
「落ち着いて下さい。今からお話する方法を実践すれば、莫大な利益を得て今現在の状況から打開できると私自身確信しております。ですがその方法をお伝えする前に、まずはそれによって起こるデメリットを聞いてからでも遅くはありません」
「で、でめ、りと……?」
二人は聞きなれない言葉に首を傾げる。令士はその反応を見て、一つ空咳をつく。
「……デメリットとは、不利益のことです。もし今からお話を聞いたうえで、その方法を聞きたいというのであればお教えいたします。よろしいですね?」
「な、なるほど」
令士から告げられた不利益が生じると聞いた二人は、自分達の浅はかな考えを恥じながら表情を引き締める。冷静に考えれば解ることで、この状況を打破する程の利益を得られる方法なのだ。それにまったく不利な情報がないはずがない。
気を引き締めた二人の表情を見ると、令士は落ち着いて彼らに教えようとしている方法による不利益について語る。
「では、これからその不利益についてお教えいたします。まずこの方法を行えば、確実に王族……この国から目を付けられることになります」
「「なっ!?」」
令士から告げられたいきなり途方もない……想像しなくない内容に、二人の顔が強張る。それも仕方がない。この国に属し、下級ではあるが貴族の位を賜っているのだ。それを王族に楯突く様な真似をすれば、どういうことになるのかなど想像に難くない。
だがその内容もまだ始まりに過ぎなかった。
「王族はその利益を得るがために、必ず何かしらの接触か妨害を行い、この地の人々に今以上の……それも奴隷の様な扱いを受けるやもしれない」
「そ、そんな馬鹿な!?」
「それだけではありません。貴方様以外の貴族の方々が、そんな国が首を出す様な領地を無視するとお思いですか? 私の国では『隣の芝生は青く見える』と言った言葉があり、お互いに大差ないにも関わらず、自身の物よりも他者の物の方が優れ、価値のある物だと感じます。もし、そんな土地があったとすれば……貴方様はそれを欲さず、嫉まないと言い切れますか?」
「うっ……」
令士は男爵に……領地で起こるであろう事を言うと、彼は言葉に詰まる。そんな男爵に更に令士は言葉を続ける。
「それに加え、お教えする方法は多額の資金が必要になります。今の現状では多方面から金銭を融通してもらいうか、金銭に替えられる物を売り払うしかありません。
実行するにも多くの人の手が必要です。この領地にある村。この御屋敷のある村と、もう一つここから離れている隣村を含めた総人口が既に百を切っていると質問の中でもお答えしてくださいましたね。ですがその殆どが老いて働くのが大変な方々や幼い子供ばかり……そんな人達を養うために必要な衣食住に掛かる費用も考えるともっと多くの資金が必要となります。
この現状を打破するのに、男爵様は何か他の名案がおありなのでしょうか?」
「……」
幾つもの不利益、それ以外にも起こるであろうことについても聞かされた男爵は何も言えずに押し黙ってしまう。だがその手はきつく握られ、俯いている顔は自身の不甲斐無さを悔いるかのように歪められている。イワンもまた男爵と同じような様子であり、そんな二人を見た令士は男爵の方を真っ直ぐに見据える。
「男爵。もう一度、貴方様に問いたいことがあります」
「……なんだ」
「貴方様が守るべきものは、なんです?」
「民、だ……」
「ならば、それを護るためにもがきなさい。決して、護るべきものを見誤ってはいけません」
「っ!」
最後に言った令士言葉を聞いた男爵が俯いていた顔を勢いよく上げ、視線を正面に居る令士に向ける。
彼の前にいる盗賊の頭目か、裏社会の首領としか思えなかった顔。だがそこにある顔がふと、彼が尊敬し、目標とした男爵領の前領主……父の面影が重なる。
(ち、父上……?)
既に亡き父とは似ても似つかない令士の顔を見た後、彼は後ろで控えているイワンに視線を向けると、イワンの方も男爵に真剣な表情と眼差しを向けていた。
「……アゼル坊ちゃま」
イワンの口から出たその呼び名。それは彼が亡き父を継ぐ前まで男爵をそう呼んでいた。久しく聞いたその呼び名を聞いた男爵は、その表情を引き締めてから彼に頷き返す。それを見たイワンは好好爺の様な、孫の成長を喜んでいるかのような顔で頷き返す。
男爵は自身の家令から視線を離し、再度正面に座っている令士に視線を戻す。
令士は今までと違った、決意を決めた男の表情になった彼に真摯に向き合う。
「……レイジ殿。私の話を……父のことを聞いてはくれないか?」
「はい、聞かせてください」
「感謝する……」
男爵は令士に頭を下げると、彼は自身の憧れであった父のことを語る。
実は今現在は男爵であるが、以前は国の中枢を担っていた五代続く侯爵の地位であったこと。
彼の父……前領主は、昔からあった亜人達との戦争が近年激化したことによって苦しく民のことを考え、現国王の父である前王に進行を見送ることを進言した。だが当時の王はそれに激怒に、侯爵の地位を男爵まで降格された上で当時治めていた領地と財を全て押収したそうだ。
それによって両親と数人のイワンを含んだ家令や使用人、彼について行くことを決めた領地の人間だけでこの今の男爵領に移った来たという。
どうにか苦しいながらも暮らしている間で前領主の妻に子供……現領主であるアゼルを身籠った。その当時、既にかなり高齢になっていた男爵にとって跡継ぎが出来たことは正に幸運であった。だがアゼルを産むと同時に男爵夫人は亡くなってしまう。
その間も国は周囲にある亜人達との戦争を続け、それによって徴収される若い男達や税によって領地は徐々に困窮していく。それによって付いて来てくれた領民達もこの地を離れて行き、まともに給金を支払えなくなった使用人たちにも僅かな金銭を渡して見送っていった。
それからアゼルが17になったと同時に父である男爵が倒れ、その後一年を床に伏せたまま亡くなり、父の後を継ぐ形で息子であるアゼルが領主となった。
そんなアゼルに、前領主は彼が幼い時から自身が息を引き取るまで彼に何度も同じことを言い聞かせていたという。
『アゼルよ。我らは決して国という何時かは消えゆくものを守っているのではない。我らはその国を支える者達……民を護っているのだ。
よいか、アゼル? 決して、守るべきものを見誤ってはならん。それは国を、そこに住む多くの者達の未来を護り、育むことこそに誇りを持ちなさい。今は解らずとも、何時かこの言葉の意味を理解してくれればよい……』
ここまで反し終えた男爵は、神妙な面持ちで令士に深く頭を下げる。
「どうか頼む、レイジ殿。貴殿の知恵を御貸し願いたい……!」
「レイジ様。この老い耄れからもお願いいたします。もし、この命を差し出せと申すのであれば、喜んで命を差し上げましょう。ですのでどうか、どうか……」
男爵に続くようにイワンからも命を惜しまないと言って頭を下げる。
彼らは自分達が誇りであり、尊敬する前領主と同じ言葉を言った令士の領民達を救うという提案に縋った。もしこれが最悪の結果を呼ぶのであったとしても、何も出来ずに民を救えなかった自分達の無能を承知で頭を下げたのだ。その決断はどれ程二人にとって前領主の教えは大きいことなのかを感じさせる。
そんな頭を下げる二人に令士は、優し気な眼差し向け、口を開く。
「お二人とも、どうか頭をお上げください」
「で、では……」
「えぇ。私の持つ知識がお役に立つのでしたら、喜んでお手伝いさせていただきます」
「れ、レイジ殿……!」
令士はテーブル越しに手を差し出し、その差し出された手を男爵は両手で握りしめる。
「頑張りましょう、男爵。貴方様の御父上の教えを……民を一人でも多く救うために」
「……ありがとう………ありがとう……」
握手を交わす男爵は、顔を俯かせながら令士に何度も何度も感謝の言葉を繰り返した。
その後部屋には彼のすすり泣く声と、テーブルに落ちる水の雫が落ちる音だけが響いた……
握手を交わしてから数分後。
令士と男爵は落ち着いた雰囲気でソファーに腰かけている。
男爵の方は目元を腫らしていたり、後ろで見ていたイワンの目尻に涙の痕あったが、令士は特にそれを指摘するような無粋なことはしなかった。
「それではお二人とも、今からお話を始めますが構いませんか?」
「……見苦しいところを見せてしまってすまなかった。是非とも聞かせて欲しい」
「よろしくお願いいたします……」
「はい。では僭越ながら、この領地を救う手段をお教えいたします」
令士は一呼吸おいてから、彼らに打開する案を告げる。
「私が提案する方法。それは…………塩をこの地で造ることです」
「「し、しお?」」
彼から出た予想もしなかった提案に、男爵とイワンの二人は同時に首を傾げる。
彼らが知る塩といえば、国の東にある鉱山から採れる岩塩であり、それらは長い年月を経て自然に出来た物だ。それを造るという意味が理解できなかった。
その反応を見越していた令士は淡々とそれが可能であることを語っていく。
「はい、塩です。これは何も不思議なことではありません。私の暮らしていた国でも酷く一般的に知られていることであり、その方法を成功させれば国の……王族が独占している市場をこちら側が掌握することもできるでしょう」
「で、ですがレイジ様。いったい、何処から塩を造りだすと言うのですか?」
「そ、そうだぞレイジ殿!」
「おや。それならお二人がよく知っている……毎日見ているではありませんか」
「「?」」
いきなり言われた令士の言葉の意味が解らず、またしても首を傾げる二人に、彼はその視線をガラス窓を隔てた外へと向ける。二人もそれに釣られ、その視線を外に向ける。その視線の先に映った物は__
「ま、まさか……」
視線の先にあった物……海を見て唖然とした声を漏らす男爵に、令士は意地の悪そうな笑みを浮かべてから、領地を救うその方法を告げた。
「もうお気づきでしょうか? 私があなた方に提示する打開策。それは…………海水から人工的に造る、塩の製造販売です」




