魔王召喚編 01
さぁ、今回から主人公が変わり、更に文体も変わりますが、どうか見捨てる事無くお読みいただければ幸いです。
それでは、お楽しみください!
五月、東京都の都心の朝方。世の中がゴールデンウイークで沸いている時、そこから少し離れた寺に向い、ある一人の男が歩いていた。
その背は日本人としては大きく2mはあり、海外から注文したサイズの大きな服を着こなしている。
上は白の肌着にワイシャツを着てその裾をまくり、下は黒の綿パンと地味な服装だ。だが、服の上からでも判るほどに引き締まった肉体に、清潔感のある短く切られた髪と合わせるといったシンプルでありながらフォーマルな着こなしは彼から滲み出ている優し気で誠実な雰囲気によく合っていた。
そんな彼の手には花束と風呂敷に包まれた一升瓶である。これらは今から向う場所で必要な物だ。
もう直ぐ目的地に到着する彼は逸る気持ちを抑えながらも、道の角を曲がろうとすると__
「あっ……」
「おっと」
角から急に現れた一人の若い女性とぶつかってしまう。
「すみません、よそ見をしていたもので。お怪我はありませんか?」
「あ、はい。だいじょ__」
彼は自身の不注意でぶつかってしまったことを詫び、それに女性も声のした方に問題ないことを伝えようと顔を上げると
「ひっ!?」
視線を上げると同時に、喉の奥から引き攣った悲鳴が漏れる。
そこにあった男の顔に、女性が恐怖したからである。
長身で引き締まった肉体で、その左の胸元から伸びている複数の蛇が絡み合ったかのような刺青が、まるで首を絞め殺そうとしているかのように彫られいる。
その上にある顔も整ってはいるのだが、その目がとても善良な人間のものではなかった。それは猛禽類の様が獲物を狙っているかの如く鋭く、視線だけで人を斬り殺せるのではないかと思わせるほどに剣呑として見える。そのせいもあってか、精悍な顔もその目によって逆に恐ろしさが増幅している様に錯覚してしまう程である。
そんないきなり怯えだした女性を不憫に思いながらも、彼は再度問題ないかを確認するために声を掛ける。
「あの__」
「す、すみませんでしたぁ!」
そんな彼の声掛けも虚しく、女性は恐怖のあまりに早口に謝罪の言葉を言うと、その場から逃げ出すかの様に走り出してしまった。
その女性の背を見ながら、彼は先程まで歩いていた時とは真逆に鬱になる気分であった。
「あぁ、また怖がられたしまったな。やはり、この首の痣だけでも隠した方がいいかもしれないな……はぁ~……」
そう言葉を口にしてから溜息をつく強面の男性、黒騎 令士は肩を落とす。
彼は先程口にしてた産まれたころからある首の痣を軽くなぞる。そしてあまりにも人から怖がられてしまう目頭をもみほぐし、自身のこれまでのことを思い出す。
幼少の頃、その痣のせいで幼稚園や保育所に入ることが出来ず、母の友人夫婦に預かってもらっていた。
小学校では心無い言葉で自身と両親のことを悪く言われ、中学では周囲より発達した肉体と外見が相まって周囲から遠ざけられるなどして過ごした。
そんな彼が学生時代に付けられた渾名があった。それは__
『魔王』
これが小学校から中学まで言われ続け、畏怖と嘲笑を受けながら過ごしたのだ。
だがそんな彼は周囲から言われるような恐ろしいことは何一つなく、逆に心優しく周囲に気を配れる思慮深い人物だ。それを知ってもらえたならば、彼はまさに理想的な隣人だっただろう。
そんなことがあり、彼は何度もこの痣を消したいと母に伝えたことがある。それでも彼がその痣を消さずに現在もそれを残しているのには理由があった。彼の母は周囲から虐待や異常性を指摘されたも痣を残すように言ったのだ。そんな母は、何時も彼に首の痣を見ながら答えるのだ。
「令士。その痣は、あなたがあなたであることを証明する証。それを消してしまうなんて、自分を否定するようなものよ? 周囲の言葉なんて気にする必要は無いの。あなたは、あなたの思う通りに、志を持って生きていれば必ず誰か理解してくれるわ。大丈夫、あなたは私の自慢の息子で、とっても強くて賢い子だもの。自分の全てに誇りと自信を持ちなさい」
本当に血が繋がっているのか不安になるほどに美しかった母は、何時も彼にそう言って支えてくれたのだ。そんな母の言葉に挫けそうな時でも立ち上がり、周りに恥じぬように生きてきた。
そんなことを思い出した彼は、落ち込んだ気分と視線を上げ、彼は止まった足を動かして目的地に向う。先程の女性のことは一旦なかったことに、視界に目的地が見えてきた。
彼の目的地はこの周囲でも一番大きな寺である。
そんな寺に近づていくと、門の前で箒で掃き掃除をしている老人の姿があった。頭には髪一本生えておらず、顔には深い幾重にも皺が刻まれており、かなりの高齢なのが見て取れるのだが、その背筋は伸びておりとても老いを感じない。服は動きやすいのか甚平を着ており、まだ春になったばかりで肌寒い朝には不向きに思える。そんな老人を心配に思いながら近づいくと、老人の方もそれに気づき視線をそちらに向ける。
すると、その皺の多く髭などを綺麗に剃られた顔を綻ばせ、好好爺のように強面の令士に向って話しかけてきたのだ。
「おぉ、令士くん。おはよう。こんな朝早くにどうかしたのかね?」
「おはようございます、田島さん。あまりそのような格好で居ますと、お孫さんにまたどやされますよ?」
「ほっほっほっ、これくらいなんてことないわい」
彼から田島と呼ばれた老人。この人物は彼の目的地である寺の住職である。既に80を超えた高齢者なのだが、一向に衰えを知らない溌溂とした行動と言動で近所でも有名な人物であり、数少ない彼の内面を理解してくれる者の一人でもある。
「それより、本当にどうしたんじゃ? もしや、ようやく家の孫娘に求婚する気になったか?」
「いや、なんでそうなるんですか?」
「なんじゃ、違うのか? つまらんの~」
「は、はぁ~……?」
いきなりの求婚話に、令士はどう返していいのか判らず首を傾げる。
「__あ奴も素直になればいいものを……」
「あの、なにか言いましたか?」
「いや、こっちの話じゃ。それより、本当に今日はどうしたんじゃ?」
「はい。今日は墓の掃除と、自身の近況報告をしようと思い来ました」
「そうかそうか。きっと、お前さんが来るのを待っとるはずじゃ。早う行ってやれ」
「はい、それではまた後で」
「おぉ、またな」
最後にお互いに言葉を交わし、後ろから住職が手を振るのを見てから彼は門を潜り、境内に入る。
そこから社の方には向かわず、まず初めに境内に備え付けの井戸と、貸出用の桶と柄杓がある場所に向い、桶を一つ取ってから水を汲み、それを持って敷地内の奥……盆地に向って行く。
そこから幾つもの墓を通り過ぎ、奥の方に進んでいく。そして、目的地である周囲と比べると小さな墓の前でその足を止める。
まずは墓の周りを掃除し、次に井戸で汲んできた水で墓石を丁寧に洗っていく。それを終えると、今度は持参した花と火をつけた線香を墓の前に置き、最後にもう一つ持参したお酒の栓を抜き、それを小さな杯に入れて一緒に供える。彼はその場で屈むと__
「……久しぶり、母さん」
令士は寂し気な声でそこに眠るただ一人の肉親に話しかける。
彼の父は彼が産まれるよりも前に既におらず、そんな彼を女手一つで育てた母__黒騎 明里がそこで静かに眠っている。彼女は令士が中学に入学すると同時に悪性の肺癌にかかり、彼が中学を卒業すると同時にこの世を去ってしまった。
そんなただ一人の肉親を失った令士は、母が亡くなると入学が決まっていた高校の入学を取り消し、彼女の友人夫婦の男性に頼みこんで仕事を紹介して貰ったのだ。当時15歳の彼に男性は自身の伝手を使い、彼をある貿易会社に就職させてくれたのだ。それから早10年。彼は色々な苦難を乗り越え、一人前として認められたことを報告するために、今日この場所に訪れたのである。
それから彼はこれまでのことを掻い摘んで語っていく。
男性から職場を紹介してもらったこと。
そこでアルバイトで下働きしたこと。
始めて交渉の場に参加して、散々な結果になってしまったこと。
自分の下に出来た後輩から怯えられてしまったこと。
何度も頭を下げて走りまわり、仕事を探し回ったことなど、これまでにあった様々な経験と出来事を語っていった。そうして二時間程話すと、彼は首にかけていた形見の品であるシンプルな銀の指輪を取り出して握り締め、そこにいる母に向って最後にこう締めくくる。
「母さん。あなたの息子は、自慢できるような男になれただろうか……」
彼が最後に会った母が、彼に向って言って言葉があった。
『……令士。あなたは、その優しい心で、多くの人達を幸せにしなさい。そして、自分を誇れる、自分を肯定できるように生きなさい。私の自慢の息子……あなたなら、それが出来ると確信しているわ』
この言葉を心に刻み、その期待を裏切らないだけのことはしてきたと彼自身自負している。それでも、やはり心のどこかで「本当に、これでいいのか?」という疑念があったが、これまでのことは決して無駄ではなかったと、これからもそうあろうと決意と誓いをするために母親の許に赴いたのだ。
その言葉を言うと、彼はその場で片膝を地面につけ、墓に手を合わせて目を瞑る。
(どうか、これからも俺のことを見ていてください、母さん……)
彼はそこにいる母に安心してもらおうと、心の中で感謝と心配ないことを伝える。
その間、彼の周りでは外から聴こえる街の喧騒と、そこに吹く風の音とそれによって擦れあう木の葉の音が彼の耳に響く。そんな心地いい風を感じながら、その場で静かに祈っていると__
__急に、その場の雰囲気が変わったのを感じたのだ。
(……ん? なんだ?)
先程まで心地よかった風が止み、更に周囲からどよめきのような聞こえてきたのだ。
「おぉ!よもや、成功するとは!」
「神よ、感謝したします……」
「これで、我らは救われる。救われるぞ!」
盆地には自分以外は誰も居なかったと彼は覚えている。それなのに、周囲からそんな話声が聞こえてきたのだ。それに、街から聴こえていた車の走行音やその他の生活音があったはずなのに、それら聴こえなくなっていることに更に困惑する。
その異様な現象に、令士は恐る恐る瞑っていた目を開く。するとそこには__
「なっ……」
視界に入ってきた光景に、言葉が出なくなってしまう。その目に映っているのは、まるでどこかの礼拝堂のような白亜の建造物の内部。それも、正面にある幻想的なステンドグラスが嵌め込まれた窓から陽の光が差し込んでいるような場所である。
先程まで屋外に居たはずの彼が、何故このような場所に居るのか困惑しながら立ち上がろうするとして視線を下に向けると
(これは……なんだ?)
彼がいる地点から、彼を中心にして床に幾重にも重ねられた幾何学模様が描かれていた。その模様をよく見ると、微かに発光しているように見える。最初は蛍光塗料だと思った彼は、直ぐにその考えを振り払う。なぜなら、窓から光が差し込むような部屋で、暗い場所で光を発する蛍光塗料が光って見える筈がないからである。
そんな不可思議な現象を見ながら、更に周囲を見渡す。
この幾何学模様の外側に多くの白い法衣と呼ばれる服を着こんだ集団が互いに何か言い合い、それを令士に視線を向けながら話している。集団の顔は法衣で隠されて見えないが、彼を見る目には大きな達成感と期待が込められているのがまざまざと垣間見える。
周囲からの視線を集めている中で、令士はその場で立ち上がり周りを見渡す。
ただそれだけのことで更に周囲から歓声のような声が建物に響く中、令士はというと……
「いったい、ここは何処なんだ……?」
半ば放心状態で、その言葉を溢すのがやっとだった。
【魔王召喚編】が始まりましたが……短い!
こ、こんなことで、これから書いて行けるのか不安ですが、どうか見捨てずに読んで下さい!お願いします!